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文禄・慶長の役ってワクワクしない?

1 :タキオン:2007/10/01(月) 00:26:43 ID:iQBxQcbt
だって、朝鮮併合から300年も前に半島を支配下に置くチャンスだったのに。
軍事的にもう少しやりようがなかったのかな?

2 :名無し三等兵:2007/10/01(月) 00:43:28 ID:???
俺はネット軟派して知り合った女とマジでハメられたことあり
でも一発やって別れたが
ネットの自称写真だけは気をつけろ
http://jp.youtube.com/watch?v=wCQaWT9x140

3 :名無し三等兵:2007/10/01(月) 00:48:10 ID:???
>>1
こいつはお前か?
http://jp.youtube.com/watch?v=603-aL117gw

4 :名無し三等兵:2007/10/01(月) 01:59:50 ID:???
当時の日本軍は、島国でありながら海軍がほとんど発達していなかった。
そのためせっかく落した海軍の拠点を、即座に放置するなど、戦略的に問題が多かったのが最大の敗因だろう。
戦争といっても、内戦であれば、地域住人は支配者が変わるだけで、比較的容易に受け入れるが
異民族への侵略となれば、そうは簡単には行かなかった事も大きな原因だ。

関心するべき点は、20万もの大軍を朝鮮半島に送ることに成功した能力か。これは世界史でも16世紀最大級の海洋遠征の一つであり
元寇でも15万、第三次ポエニ戦争でもローマ軍がアフリカに送ったのは20万程度だったから、その規模の大きさが理解できる
つまり日本は大帝国に匹敵する巨大な遠征を成し遂げたのだから、その造船技術の高さは驚愕に値する

本来であれば、朝鮮半島の制覇と、北京陥落も夢ではなかったのだよ
何故なら、当時の朝鮮半島の戦力は10万にも満たず。明の軍事力も100万の大軍を擁すると言っても、その大半は主敵である内陸部に向けられ
沿岸部から侵攻する日本軍に対応できる戦力は8万程度、各地の平定を行なっている軍を含めても25万程度だった
内陸部の戦力が反転できる暇も与えず、北京まで攻め上ることができれば、陥落させる事は不可能ではなかっただろう

ま、もっとも兵站がもったかどうか疑問も残るが

5 :名無し三等兵:2007/10/01(月) 02:17:35 ID:???
重複です。

秀吉による朝鮮役の軍事分析4【日本・明・朝鮮】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/army/1179749016/

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