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☆★☆ 武 則 天 ☆★☆

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 13:43:58 ID:w0u6UrQP0
中国の歴史上で唯一の女性皇帝にして、美貌と実力を兼ね備えた最強の女傑である武則天について語りましょう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 13:50:46 ID:w0u6UrQP0
唯一の女性皇帝であることに加え、高宗の皇后時代や皇太后時代を比べると、
実質的に半世紀も中国を統治し、朝廷内の政争はともかく、内政外交共に、
ほとんど乱れがないばかりか、唐朝の版図も最大規模に拡大。
皇帝、政治家としても超一流の部類に入れてもいいと思います。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 16:33:14 ID:V3dQq19u0
政敵粛清に酷吏を用いて、後に用済みになるとそれらも粛清して
自分に泥が被らない様にした。
粛清テクニックはスターリンにも劣らない。

4 :よいどれみら某 ◆UnCmUnUn.U :2006/10/26(木) 17:10:05 ID:NV7NKfnQ0
西のマリアテレジア、東の武則天。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 00:54:04 ID:X6f4Dp+60
今の世にいたら、きつい感じのばりばりのキャリアウーマンになっていただろうね。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 10:35:51 ID:BavDBui30
>>3
酷吏を用いた恐怖政治は、よく非難の的になるけど、
あくまで政治に絡んだ人物を的にした、朝廷内の権力闘争であって、
最下層の庶民には関係のない話。
民乱の類がほとんどないところを見ると、庶民には暮らしやすい時代だったんだと思う。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 12:01:13 ID:26deI4230
でも、王皇后を失脚させるために、自分が腹を痛めて産んだ赤子を絞め殺すところが恐ろしい。

8 :よいどれみら某 ◆UnCmUnUn.U :2006/10/29(日) 17:39:39 ID:zcSLopU+0
サバイバルだからねぇ。

いったん権力闘争にエントリーしちゃったらもーね。。。
呂后や西太后の例は極端だとしても敗者は、、、ガクブル


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 15:47:48 ID:6MQs6dsM0
権力は魔物

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 21:37:58 ID:mh/yIKxh0
>>6
むしろ庶民にとっては武則天の密告政策は有難いものだった。
普段、自分らを搾取する悪徳地主や雲の上の存在の貴族を蹴落として
上手くすれば褒美&官吏登用の道が開けた。

この人を小説化した原百代女史は手放しで賞賛していたよ。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 23:32:40 ID:eNAY3jyj0
それまで政権内を牛耳っていた関隴貴族集団を配して、
格式の低い家から積極的に人材を採ったからね。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 14:54:32 ID:A+oh1Jup0
武則天時代に新たに登用された人材が、後の玄宗期の前半、
唐の最盛期と言ってもよい開元の治を実現することになる。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:13:49 ID:V8MlL4X+0
その新たに登用された人材たちの、武則天個人への忠誠度はどれくらいだったのかな?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 14:20:53 ID:mV19FHeG0
>>13
武則天退位の際に泣いて別離を悲しんだ姚崇から
飽くまでも武則天政権を過渡的な物として冷静に見ていた狄仁傑と
上下の幅が激しい。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:32:40 ID:ViycpXpl0
いろいろいたんだな。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 23:59:19 ID:nmrMUlL70
とにかく最強の人。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 10:01:39 ID:DURozhhf0
最凶だろw
それも朱元璋に限りなくちかい

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:54:41 ID:yxgR08jb0
独自の漢字もいくつか使ってたよな。
「圀」とか。
他にも武則天みたいに独自の漢字を作った皇帝っていたのかな?

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 23:15:45 ID:YBw/bV9U0
ぶっちゃけ李世民より実力は上なんじゃないだろうか。

そういや、李世民は武則天にもちゃんと手はつけたんだろうか。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:45:01 ID:3/3meLCVO
>>18
たしか三国時代の孫休も子供の名前用にオリジナルの漢字を作ってたはず

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 22:46:31 ID:FGEe++Y80
武后といえば思い出されるのが永泰公主陵墓の壁画だ。
日本の高松塚古墳の壁画によく似ているという公主陵墓の壁画を思い浮かべる。
武后は章懐太子や永泰公主などに死を命じているね。
粛清の連続という恐怖政治だが、実の息子や孫娘を殺さなければいけない理由とは何だろう。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 22:53:02 ID:4OibmrCs0
肉親の情を捨てて政治家に徹していたんじゃないだろうか。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 23:13:42 ID:3SWE8QAF0
>>4
>西のマリアテレジア、東の武則天。

これはマリア・テレジアに失礼だろう。
マリア・テレジアに唯一残酷な点があるとすれば、
売春婦に鞭打ちの刑をくらわし、存在を許さなかったぐらい。
則天武后のように酷吏や酷刑に頼るブラックなことなど考えもせず、
マリア・テレジアは啓蒙専制君主の一人として立派に国を治めている。



24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 01:24:58 ID:zctZD3M5O
李世民以来重要な役職を独占していた関隴集団を遠ざけ
有能な人材を多数登用したのも武則天

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 07:22:15 ID:I7l2r3sB0
>>20
ありがとう。確認した。
孫休は学究肌の文人志向の人だったみたいだね。
裴松之が注としてひいた呉録に載っていたみたいだが、この行為について批判をしてたわw

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 12:03:01 ID:06+NxUD50
高祖 ☆☆☆☆
太宗 ☆☆☆☆★
則天武后 ☆☆☆☆☆
玄宗 ☆☆☆

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:57:09 ID:Z3wfjH4dO
孫休さんのは単に昔の字を組み合わせた感じだけど
則天文字は明/空とか一生とか哲学的?な雰囲気があって面白いね

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:24:13 ID:/GUB3BCZ0
高祖 ☆
太宗 ☆☆☆☆★
則天武后 ☆☆☆☆☆
玄宗 ☆☆☆☆☆

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:28:27 ID:chwNDKJt0
李淵があまりに可愛そうすぎやしないか?

30 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/16(木) 23:01:08 ID:EexWbnFB0
玄宗を3くらいに下げて、李渕も同格か半ポイント上くらいでいいと思う。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 23:22:22 ID:/owm887r0
>>23
残酷という点はともかく、立派に国を治めたという点じゃ、
武則天はマリア・テレジア以上だよ。


32 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/16(木) 23:26:50 ID:EexWbnFB0
為政者はブラックであれ残酷であれ、平穏に庶民を治めればいいんだよな。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 23:29:18 ID:AMZ6jPFd0
ブクオフでちょこちょこみるけど、原百代の武則天て面白い?

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 01:37:18 ID:CE2yYW7U0
武則天と比較対象できそうな人物は西洋じゃエカテリーナ2世じゃね?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 02:21:36 ID:f7iK5D2a0
エカテリーナ2世と武后はよく似ている。

だが武后のある一面のオリジナル性は世界に類を見ないもの。
中国人独特のものだ。西洋人はかなわんかもしれぬな。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 02:44:26 ID:3FsWuWFW0
tesuto

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 09:42:32 ID:iRFfXZqc0
中国3大悪女の一人である呂后・則天武后・西太后
西洋最悪の悪女といわれるカトリーヌ・ド・メディチ

息子が馬鹿だったという点だけは共通してるな。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 10:55:37 ID:iRFfXZqc0
>>37
間違えた・・・

中国3大悪女の呂后・則天武后・西太后
西洋最悪の悪女といわれるカトリーヌ・ド・メディチ

息子が馬鹿だったという点だけは共通してるな。


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 18:37:55 ID:BJy4P//j0
武則天の場合、利口な息子はみんな始末されてった結果バカが残っただけ。
西太后の息子若死にしすぎてバカかどうか判別つかん。
呂后の息子もバカとは言われてないんですけど。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 21:29:23 ID:OwOxPfgt0
武お嬢ちゃんの少女時代はどんな感じだったんだろう

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:25:46 ID:k5PZRR0S0
母親は父の後妻、すでに成人した前妻の子(武后の異母兄)に侮られながら
媚娘(武后)とその姉を育てた。
武后が赤ちゃんの頃、男の子の格好をさせて人相見に見せたら
「この子が女の子なら天下を取るだろうに、男児とは惜しい事」
と言われたらしい。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:46:15 ID:Z2stlsMm0
呂后の息子は馬鹿かもしれないけど
優しい馬鹿だった

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:00:50 ID:s2jvp6gy0
政治100つけるとしたら、
この人じゃないかと思うんだがなぁ。

44 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/22(水) 23:11:12 ID:bJGvkCog0
んじゃ98で馮道。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 21:00:23 ID:MjhBXbDH0
謀略100なら同感だが
政治100はないだろう。


46 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/24(金) 22:16:25 ID:Hcp2zfSf0
>>45
武后を100と見るなら処世や内廷政治の評価かと思った。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 23:44:36 ID:EGMyDZUi0
きりっとした感じの美人だったんだろうね。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 14:33:48 ID:6ELxZNZq0
現代ならばりばりのキャリアウーマン

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 23:07:27 ID:aa83NeyM0
上司に武則天みたいな人がいたら、きついだろうねえ。
容赦ない命令が飛んで、無能と判断されたら則追放だろうなあ。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 23:08:13 ID:h9FmfRDt0
>>49
追放くらいならまだマシという気がw

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 00:22:01 ID:mAJXpJf80
圀これ作ったってマジ?

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:49:51 ID:fAd+nbeH0
則天文字ね>圀

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 12:37:27 ID:Z5woXNIb0
原百代の小説に武后の若い頃はこんなじゃなかったかなーって感じで
中国の女の子の写真が載ってた。
二重で目がパッチリしてて、彫りの深い顔立ち。
今の日本で言うとそこまで美人とは言えないが、可愛いとか健康美って感じだった。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 11:23:33 ID:C4DCga500
スタイルは唐代にもてはやされたグラマー系だったんだろうか

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 17:25:53 ID:LA6s3ekd0
8年ほど前にNHK・BSでやっていた中国中央電視台制作「則天武后」の配役はそれぞれハマっていたな。
武后・太宗・李治・李 責力(リセキ)・長孫無忌・
索元礼・ハイ炎 等々・・・

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 17:55:21 ID:elc/eL900
武后を演じたのが「西太后」の劉暁慶だからね。


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 19:05:44 ID:66zE3JW20
>>54
細いんじゃなかったっけ?
で、太宗の好みではなかった、と

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 23:32:28 ID:CWqGcBaz0
>>55
長孫無忌もせっかく甥を皇帝にしたのに哀れだな・・・

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 00:29:40 ID:dtMqiwXZ0

504 :奥さまは名無しさん :2006/12/10(日) 13:24:26 ID:Vq5CR5hD
スレ違いだけど、某中国語字幕翻訳家が
自分のブログに 劉暁慶版則天武后ドラマの字幕を作成中と書いていた。
(劉女史自身がリメイクに挑戦した最新版ではなく一昔前の、BSで
放映したことのある古いバージョンみたい)。

とりあえずDVDあたりが出るんじゃないだろうか。
出るとすればコ○ービデオな予感だけど orz


60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 23:57:13 ID:JEeyU0e40
吹き替えはなしだろうな。
吹き替え入れると、1話あたり100〜200万円もかかって、
ノーカットの場合は採算が合わないらしい。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 23:59:19 ID:XZXHt9vq0
康熙王朝とかと同じ扱いじゃないかな

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 02:30:05 ID:jqX7+WYo0
コ○ーだったら画質に全く期待できない。
多分字幕も焼付け。ある意味VCDレベル。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 11:20:04 ID:Ph73ZbEd0
金庸原作の某武侠ドラマを日本語ソフト化してくれている某メーカーは、
日本語吹き替え・字幕に加えて、中国語字幕までつけてくれて原語を確認できる上、
DVDの画質クオリティが高く、現地版DVDよりはるかにいいと評判だけど、
メーカーの中の人が熱心なヲタらしいな。


64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 02:38:50 ID:rZkQtVy90
則天武后ってやっぱり巨乳グラマーだったんだろうか

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 13:23:05 ID:LI+70RQ40
正月番組(録画風景)で「武則天」の主題歌を歌う劉暁慶姐。
ttp://ent.sina.com.cn/v/m/p/2006-12-29/10101390977.html

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 22:21:19 ID:1s5fXtfF0
今リアルタイムで見ている。

暁慶姐御、すっげえ迫力で出てきてワクテカ(でも歌は・・・)

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 15:21:50 ID:O8SaJtfJ0
劉暁慶って一度逮捕されたよね。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 17:25:30 ID:jqMyB6KI0
脱税かなんかでね

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 17:28:12 ID:03aWhca90
脱税か

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 23:11:56 ID:zTbQpvN80
托克托か

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 01:03:23 ID:UD/h8QHZ0
それは脱脱

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 23:39:09 ID:1ZpCS/pH0
産んだばかりの赤ん坊を自ら絞め殺したって逸話は本当なのだろうか。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 19:46:20 ID:Apl9OmZU0
最近、フランス在住の中国人女性の手による
「女帝-我が名は則天武后」を読んだけど、原百代の方がずっと上だった

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 19:52:35 ID:Apl9OmZU0
>>39
確かに呂后の息子は、「バカ」とは言われてはいないけど、
気が弱くてもうちょっとで廃嫡されるところだった。
そもそも、ご本人がもうちょっとしっかりしていたら、
たとえ、戚妃が余計なおねだりしたところで、劉邦も聞き入れはしなかったろう。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 22:43:30 ID:qzDO4Evy0
>>72
原百代の本じゃ、

赤ん坊の面倒などをろくに見たことも無い皇后が、善意のつもりですっぽりと
布団で包んだんで窒息死

自然死(乳児の突然死)

冬季であれば赤ん坊の部屋に暖房用として置かれた木炭火鉢による中毒死

って説があがってた。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 12:12:41 ID:mDdR+Yjy0
>>74
息子の資質云々は言い訳だと思う。
成長した息子より小さい子の方がカワイイ、賢い子に見えるもんだし。
何より寵妃にせっつかれて太子を代えるわけだから。

77 :74:2007/01/27(土) 13:06:00 ID:6m5Mz3tt0
>>76
でもな、やっぱり、呂后の息子は甘いわけよ。

戚妃の子の如意が殺されないよう、自分のそばに置いた、というけど、
そもそも、まだ王朝は二代目、安定していない時期に、
どのような理由であれ、先帝が後継者にと一度は思った相手を見逃したら、
いつ、不満分子がそれを担ぎ上げてくるかわからないのに、
そういう相手を保護するというのは、ちょっと、自分の立場がわかっていないのでは?

また、その守り方にしても、ある日、狩に出かけようとし、
寝ているから起こすのはかわいそうだ、と放置して出かけて、その間に
殺されてしまったなど、詰めが甘いと思う。

そのあたり考えると、「バカ」ではなくとも、政治的手腕があるとは思えない。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 13:25:00 ID:PrmAMK390
六朝の歴史とかで過去の事例を学んでおけばよかったのにね

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/30(火) 22:51:50 ID:uG13b+kn0
さすがにその辺は押さえてるんじゃないの?
その上で非情になれない人間だったんだろう

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/31(水) 05:54:58 ID:osEuAkMq0
>>78が恵帝(呂后の息子)なら学ぶのは不可能
数百年「後」の歴史をどうやって学ぶ?

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/31(水) 08:54:37 ID:/yxmxoMy0
>>80
「史記」もまだありませんなw
皇族が権謀術数を学ぶには、何の本ですか?
孫子とか韓非子ですか?


82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/31(水) 18:23:58 ID:5hqU7vVP0
権謀術数なら「六韜」と「三略」でそ。
「春秋」も謀略ネタ多いし。

そういや、ドラマの「武則天」の中で長男が「春秋」読んで怒ってたな。
「親子や兄弟が殺しあう歴史の本がなんで儒教の教科書なんだ!」とかなんとか。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/01(木) 10:28:55 ID:7kSdqHe50
>>82
簫何や張良といった人材がいたんだから、息子の家庭教師もしてもらえばよかったのにw

でもさ、こうしてみると、呂后と武則天の評価の違いって、
結局、呂后の死後の漢の皇帝は、呂后の子孫ではなかった。
武則天の後の唐の皇帝は、武則天の子孫だった、って所から来てるんだろうね。

だから、呂后は、後世の歴史家から遠慮なく筆誅を加えられたが、
唐は、皇帝の直接のお祖母様、曾祖母様である方をあまり貶めるわけもいかず、
悪女・・・婦徳はなかったが、英主であった、と描くよりしかたなかったんだろうね。

まあ、俗説レベルですが。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/01(木) 21:32:07 ID:qqwwF2+n0
中国の正史は、前王朝の歴史を後の王朝が書くので
皇帝の先祖とかあんまり書く側には関係なかったりする。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 21:32:20 ID:1zg8c5eS0
>>84
正史はそうだけど、
その正史を書く資料とされる文献にそう書くよりしかたなかったのでは?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 20:09:58 ID:h8+xsO/m0
>>83
結局、高宗と一緒に葬ることになったしね。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 12:06:41 ID:aw5fOf5L0
>>86
皇帝としては一切認めず、あくまで「皇后」としてしか扱わなかった、
ってことだね。

でもさ、完全にその存在を抹消しなかったというのは、面白いね。
古代エジプトのハトシェプスト女王は、次代の王からその業績を
完全に抹殺されたというのに。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 12:50:22 ID:ObInEwQx0
孝とか祖先に対する観念が違うからかな。
「廃后」「廃帝」されて庶人扱いされる場合も史書には載るし。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 20:23:30 ID:CfxtORmk0
いや、武曌本人の遺言だった筈。
死後は、皇帝ではなく、皇后として葬って扱ってくれと。
だから「武則天」じゃなくて「則天武后」と。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 23:20:25 ID:0qadWPfZ0
死ぬ前の武則天ってどんな感じだったんだろう。

かなり耄碌していたのかな。
張兄弟を寵愛したあたりとか。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 23:49:57 ID:ObInEwQx0
劉暁慶のドラマだとすげーヨイヨイの婆さんになってた。
原百代も「老いては麒麟も駑馬に如かず」って書いてたし。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 00:18:49 ID:968/IW4c0
まあ、皇后として葬ってくれという遺言を残したのか、捏造wされたのか、
わからないけど、一応、唐は、皇后位を剥奪はしなかったね。
やっぱり、それが「孝」なのかね?

呂后も皇后を剥奪されたのは、光武帝のときらしいね。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 18:26:14 ID:2S0yxpz10
玄宗系李氏の始祖なんだから廃后扱いは出来ないでしょ。
でも皇后として埋葬してくれという遺言は張柬之らの捏造。
その張柬之もすぐ失脚して流刑途中に死亡したのは武則天ファンから見れば
因果応報に見える。
原百代の小説でも好意的に描かれてないからな、この爺さん。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 18:49:13 ID:f9dyP2L10
いや、遺言が捏造かどうかは微妙だと思うよ。
客観的に見て、武則天は生きているうちに皇帝の座を失った所謂「廃帝」だ。
一代で皇帝の座に上り詰めた女傑だが、同時に一代でそれを失った「廃帝」だ。

唐以前の「廃帝」も、唐以後の「廃帝」もマトモな人間としては扱われていない。
大きく分ければ、馬鹿か暴君の二種類しかいない。
(馬鹿で暴君もいるし、そうでないのもいるけれど。)

その「廃帝」である武則天さん。
「皇后として云々」は、むしろ息子への懇願にさえ思えてしまうのだが・・・。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 19:05:36 ID:2S0yxpz10
狄仁傑の進言に従って一度は廃した中宗を復帰させた時点で
「我が武周王朝は私一代で終わるのだろう」と諦めていたのかもしれない。
子の中で特に寵愛していた太平公主を皇太女にしなかったのが悔やまれる。

やはり来俊臣の進言通り狄仁傑も粛清しておけばよかったのかもね。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 23:23:18 ID:GkjDKC4p0
結局、自分の子を継がせると、帝位が李氏に戻っちゃうからねえ。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 00:24:37 ID:SnxzNA8v0
武姓の甥とかそのあたりに太平公主を娶わせて〜と言っても
異母兄の一族は気に食わないし、同母姉を殺っちまったお陰で
そっちの息子も始末せにゃならんかったし。
なまじ息子ばっかり産んじゃったのが災いというか。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 23:57:22 ID:+El2VFbQ0
そのへんが武則天周朝の最大の弱点だね。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 23:32:43 ID:THGhnWx10
来俊臣もそのへんの弱点を突いて、王朝乗っ取りを狙っていたとか。

まあ、どのみち来俊臣じゃ無理な気がするけど。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 18:41:18 ID:2WHOVeN70
来俊臣も欲出して武氏一族まで酷密の対象にして墓穴掘ったな。
大人しく今までどおり官僚中心に追い落としていけば宰相まで登れたかもしれないのに。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 19:17:16 ID:cTw1uzNB0
どうだろ?
人に恨まれすぎていたろうからね
やっぱり、狡兎死して走狗煮らるる、で用がなくなったらお仕舞いだったのでは?
しょせん、拷問係に宰相=テクノクラートとしての能力があったとは思えないし


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 23:46:57 ID:eNXqlyvr0
武則天は、来俊臣をどこまで使うつもりだったんだろう。
あくまで、使い捨てるつもりだったんだろうか?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/03(土) 12:25:57 ID:w2mhKmgb0
始末しようと思えばボロはいくらでも出てくるし、
都合よく使って捨てるつもりだったんでね?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/08(木) 15:05:27 ID:cpCNYKEi0
とは言え、神龍革命の主要人物は来俊臣の死後に出世して
武則天を裏切っているから官僚への抑止力としては最後(武則天の死の寸前)まで
生かしておけば武周王朝存続に役立ったかも。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 23:54:51 ID:m/oy1/wy0
96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/10(土) 13:39:36 ID:SDbbDHog0
スーチンガオワーの武則天「无字碑歌」
ttp://www.cctvdf.com/j/program/cctv_detail_news.php?program_id=924&program_div_id=01


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 22:23:39 ID:ytTibeqn0
「无字碑歌」
http://ent.sina.com.cn/v/m/f/wuzbg/

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 20:40:27 ID:azKHMQ240
原百代の小説ってどうなの?

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 20:46:27 ID:lBC/VOAPO
武則天関係じゃ一番出来がいいと思う。ただ武則天マンセー過ぎるのが鼻につくかも。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/09(月) 23:58:21 ID:5a0Z0OfY0
187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 16:20:33 ID:2ypVhSdH0
どうでもいいことだが、「武則天」という呼び名が一時期流行したが、
「武」(名字)+「則天」(贈名)という組み合わせはイマイチだということで
最近ではまた学者の間では「則天武后」という呼び名に戻ったらしい。

もう、則天皇帝と言ってしまえばいいと思うけどね。


188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 19:08:14 ID:TZ1n1uAN0
>>187
謚+皇帝は言わないことはないと思うけど、やっぱり一般的じゃないんでないかい?

あれ? よくよく考えたら、謚は則天大聖皇后で皇后扱いだから武則天て廟号なし?
皇后扱いだからじゃなくて後継者が居ないからか?
謚号も随分変遷しているみたいだから、唐王朝も扱いに困りかねてたんだろうなぁ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/13(金) 23:57:03 ID:/iMYcUQj0
武則天の新しい小説が出ているね。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 18:44:59 ID:uVVZ+u220
『女帝 わが名は則天武后』のことか?
後、日本人だと津本陽が書いているが。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 23:47:27 ID:mOB0iExF0
「わが名は則天武后」って笑うところだよな。
あんたの名は曌だろって。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 08:26:00 ID:Pl34Nfg60
原題は「女帝」だけなんで訳者が余計なことしたみたい。
日本人にしっくりくるからだとか。
中国人がフランス語で書いたものをさらに日本語訳。
しかも訳者は仏文系の人なんで微妙なニュアンスに違和感がある。
しかし、武后の幼い頃の思い出に「かわいい大熊猫」って笑うところか?

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:43:11 ID:PUJBkvJ00
翻訳ものは訳者が重要だよね。
ただ中国語が分かるだけじゃなくて、取り扱っている内容にも理解がないと。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 23:59:47 ID:dpecyZFJ0
武則天様にしごかれたい

115 :劉邦:2007/04/27(金) 12:20:29 ID:r+N5t88O0
趙姫=仲間由紀恵、則天武后=竹内結子、士会=矢田亜希子だよ。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 02:32:35 ID:Ew5bbp8r0
>>114
李治乙

117 :よいどれみら某 ◆UnCmUnUn.U :2007/05/13(日) 14:46:54 ID:sBv7fB2/0
>112-113
>中国語が分かるだけじゃなくて、
>取り扱っている内容にも理解がないと

とりあえず村上春樹に翻訳させてみるかwww


すっごい文章になるだろな。いろんな意味で。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 20:35:07 ID:LXxzI9QX0
>>115
武則天はもっと迫力があるグラマーな感じの美女が似合うと思う。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:22:10 ID:Rbu/mWV3O
>>116
例の馬のエピソードでも見たんだろうな。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/22(火) 02:39:08 ID:H9j6kC4i0
142 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/05/21(月) 14:34:19 ID:wWnnSoev0
<先行情報 2007年6月21日発売>
・則天武后 DVD-BOX 全10巻
(4月21日発売から変更になりました)

===============

上記はコ○ービデオのサイトより。
このメーカーが出すソフトに画質を期待しないように。
字幕はたぶんonoff出来ない焼付け式だろう。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 23:51:41 ID:Izw1qIy70
劉暁慶の武則天だから、一昔前にNHKで放送していたドラマか?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 23:57:57 ID:14tsxI030
字幕の焼き付けって手間が省けて安上がりなのかな?
やられるとすごいむかつくんだけど。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 23:14:25 ID:zrEH+5Ql0
劉暁慶の武則天は迫力満点

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/29(火) 13:09:46 ID:uzXcnRa/0
163 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2007/05/29(火) 02:39:21 ID:d4879f2t0
2007年6月21日発売
則天武后 DVD-BOX 全10巻

NHK BS2:1996年6月-8月放送
主演:劉暁慶(リュウ・シャオチン)
「西太皇后」「続 西太后」「芙蓉鎮」他
太宗:鮑国安(「三国演義」曹操を熱演)

セット品番 DNN-1120
全10巻 全30話 本編収録:1440分
26,250円(税込) 25,000円(税別)
カラー/モノラル/音声:北京語/日本語字幕/NTSC/片面一層/4:3

ttp://www.chinasoft.co.jp/catalog/1-dorama/sokuten/main.html


125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 13:44:32 ID:CfPLqFgF0
主人公は太平公主だけど、
大明宮詞っていう人気ドラマもあるね。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 19:56:14 ID:QEzOzCwC0
>>125
どんなストーリですか?

127 ::2007/06/23(土) 16:26:51 ID:1nH7g20K0
太平公主の恋愛と政治?って感じだとおもいますけど。それ以外に
「至尊紅顔」っていうドラマもありますよ。武則天の少女時代の話です。
笑いあり涙ありの悲恋モノです。李君羨との恋とか。李治(高宗)じゃないです。
でもいい作品ヨ。恋愛要素濃いめ。武則天役の賈静文が可愛いです。
あと「一代女皇」という武則天の全人生物語もあります。古いですが。
ていうか、武則天のホントのホントの本名は「武媚娘」です。そのはず。
「至尊紅顔」は日本語も日本語字幕ありません。中国語中級者向けです。
これのベトナム語で中国語字幕だったらいいな、という方はこちらが
いいですね。↓
「thieu nu vo my nuong」ベトナム語の中国語字幕版です。
ちなみに「lady wu mei niang」という英語版もありますよ。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:04:49 ID:9+ej/hLe0
>武則天のホントのホントの本名は「武媚娘」です。そのはず。

ホントのホントの本名というよりは幼名、もしくは字とでも言うべきだろうね。
大人になってからの本名は照または曌

でないと曹操のホントのホントの本名は阿瞞ですって事になるよ

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 20:44:08 ID:gyKLjpf/0
>>127
見てみたいが、中国語わからんし・・・
日本でも放送してくれんかな

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:38:37 ID:3f42Iw280
また新しく武則天のドラマを作る話があるようだし、
題材としていいんだろうね。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 11:23:20 ID:P3VNapWT0
一度、上官婉児のドラマを作ってもらいたい。
太平公主のドラマはあるみたいだし。

132 ::2007/06/29(金) 20:52:26 ID:cmL6nlqT0
私も見たことないですね。上官婉児のドラマ。
上官儀の孫娘で後に武則天の右腕の才女ですよね。容貌と頭がかなりいい人だし。
太平公主と仲良かったという説のある人ですね。姉妹並みだったとか。
武則天の本を見たんですけど。やっぱり武則天さんは自分の生まれたばかりの娘を殺して
いないらしい。『実は事故かもしれない』とか。『侍女が当時の武則天の出世を願ってやった』とか。
事故っていうのは、王皇后は子育てできない人みたいだから、公主を見舞いに来た時、
寝ている公主に気を使って布団をかけた。その時の布団が顔を覆っちゃって息できなくて
死んじゃった…と。やー…、複雑ですねー。
新しく武則天のドラマを作る話があるっ!?ヤッタ、探さなくっちゃ。



133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 19:56:03 ID:IVFqlG7c0
歴史の表舞台には登場しない、武則天の腹心として動いた侍女もいたのかもね。

134 ::2007/06/30(土) 22:03:59 ID:ntwoUq/U0
確かに武則天の名前は「武照」で幼名が「武媚娘」でした。や、でも中国では
ほとんどが「媚娘」と呼んでますねー。私も「媚娘」と呼んでますし。なんて
いうか…こっちの方が「女の子」「美人」って感じがするんですよ。感じ的にも
可愛いし。
武則天は才人時代から多くの侍監や侍女の心をワッシと掴んでたらしいですねー…。
侍監から見ればアイドル、侍女からはお姉様。最初は皆キライよだったけど、
媚娘さん(この時はまだ照じゃない)がそこを上手く洗脳して。すごいなーー。
武則天は文・楽・武・美が全部備わってたらしく、いわゆる…天才?

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 23:14:34 ID:mYFEcSCm0
ハイハイ、ホントさんもうわかったから

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 23:16:14 ID:6j9Zt43F0
>>134
圧力かけて歴史を改ざんしてますから

普通にドブスだろw

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 04:58:11 ID:LwYBCBTn0
『新唐書』則天皇后本紀「后年十四にして、太宗其の色有るを聞き、選して才人と為す」
当たり前だけど、若い頃は美人だったってことですよ。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 09:45:51 ID:n60rnORo0
>>私も「媚娘」と呼んでますし
お前がなんて呼んでようが関係ないじゃんwww

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 13:23:48 ID:CB0H9gpD0
少なくとも高宗の目には絶世の美女と映ったんだろう。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 18:54:14 ID:DBGWZAiQ0
まあ、後宮に入れたんだから、その程度には美しかったんでしょう。
ただ、後宮の中でどのレベルだったかと言うと事については、わからないけど。

この人の魅力は、「色」よりも頭のよさの方が大きかったのでは?

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 16:47:40 ID:YXbxPOz90
うん、それもあるかも。ていうか、高宗も女の手の平で操られ〜、ていう裏人生を
送ってたんだよね。〜女に弱いのだ〜で王皇后・淑妃・武昭儀・その他多数の
女性陣に取り巻かれた生活、美女ばっかで幸せだろうけど、ある意味可哀相だわ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/13(金) 20:45:59 ID:xWi+Xqfa0
もともとは太宗の後宮にいたんだよな
もし太宗が寵愛してたらどうなったかな

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/13(金) 23:44:48 ID:/whRDLAk0
あー、なんか最初入宮したばっかの頃は寵愛してたらしいよね。でも『武』って女が唐乗っ取る噂流れたから、寵愛ストップ〜したわけだ。
それが武才人の性格に大影響及ぼしたらしいよ。そこを高宗が武則天に惚れて摘み食い。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/14(土) 06:45:42 ID:+QayiDfA0
>>143
寵愛ストップじゃなくて、その時点でさっさと始末しておけばよかったのに。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 18:31:39 ID:BEMfHTQG0
そこそこ、うちも思った。でも、なんかどっかの道士(名前が複雑)が武則天殺したらもっとヤバイ奴が来るなんて言ったからなんだって。
でもこのおかげで周時代の国民は平和に暮らしてたんだよね。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 18:58:20 ID:yuZLVhZf0
タミヨに色々と仕込まれたであろう昭たんに萌え。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 19:05:44 ID:XBEGa1md0
ラストが王莽っぽい部分あるよな。
偶然の一致かもしれんが両者の立てた
王朝は互いに15年しかもたなかった短命国家だったしな。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 20:49:38 ID:w2SCU6q20
でも政権追われて死んだあとでも、
武氏の一族が族滅されないようにしたのは偉い。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 22:02:13 ID:u1PQVU510
しかし、楊貴妃の最初の旦那が武恵妃の息子だったりして
やっぱ唐に祟るよな武姓の女って

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 22:51:12 ID:CJG+wDl00
祟るも何も皇室は則天皇后の子孫なんだから、
本当に祟るなら唐皇室があんなに長くは続かんだろう。

則天皇后はかなり気が強く、頭も回るが、
高宗みたいな柔弱な男が甘えたり頼ったりするぐらいだから、
包容力のある母性的な一面もあったのだろうね。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 23:04:20 ID:HMpGfbo00
>>147
政治面では、王莽と違って武則天は現実的だ

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 01:40:24 ID:+gXztFpF0
則天の本紀を読んでるとさ、いっそすがすがしいくらいに宗室や大臣たち殺しまくっててさ。
ここまでやらんと奪権できんかったのね〜。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 23:51:59 ID:leP3WCmX0
そりゃ他の簒奪者たちに比べても、
女性であることのハンデは凄まじいものがあったと思うよ。

だから容赦なんかしていられなかったんだろうね。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 21:35:20 ID:CJtvnccDO
>>150
自分の餓鬼を殺すぐらい母性的

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 23:32:01 ID:eijs2mmA0
娘を殺した時はさすがに悩んだんじゃない。
母親の道を選ぶか権力者の道を選ぶか。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 23:53:23 ID:QCLk1ylt0
皇帝権の確立のためには門閥の排除は絶対必要事項。
唐朝の皇帝が長い間権威を保つためにやらなければ為らない事を
則天皇后が全てやった。
高宗や中宗が統治していたら、唐はもっと早くに滅んでいたであろう。
唐皇室は太宗と則天皇后には足を向けられない。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 11:00:15 ID:bjCcLicq0
長女は、事故死・・・布団をかぶせてしまったとか、暖房の一酸化炭素中毒とか、
あるいは、赤ちゃんの突然死との説もあるね。

もっとも、長男や次男の件もあるが。
長男も病死だったとして、次男を自決に追い込んだのは武則天自身だが。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 08:58:02 ID:5YZjLQHH0
>>156
武則天がもっと長い時間、皇帝として権力を揮えたら、
明のような絶対的独裁権力を確立できていたかもしれないね。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 15:41:06 ID:iix7wdre0
>長女は、事故死・・・布団をかぶせてしまったとか、暖房の一酸化炭素中毒とか、
>あるいは、赤ちゃんの突然死との説もあるね。


それ則天武后マンセーの原百代が主張してんだけど、
明智小五郎も真っ青の迷推理だよなw
王皇后が赤ちゃんの顔にまで布団をかぶせてしまっただって?
則天武后に都合がよすぎるってのw

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 18:04:31 ID:jfxsXpd30
当時なら今と違って乳幼児の死亡率は結構高いはず、
生まれた子が当然のように全員成人するのはごく最近になってから。
武后みたいに沢山産んでたら、一人ぐらいは赤ん坊のうちに死んでても
別におかしくない。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 18:43:59 ID:iix7wdre0
詭弁としかいいようがない。
その一人ぐらいの赤ん坊が死んで王皇后が失脚し、
則天武后が皇后となったのだから。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 19:49:46 ID:jfxsXpd30
はいはい、
則天武后は自分の子を殺して出世した
とってもワルーい女でちゅねー

これでご満足?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 20:01:30 ID:iix7wdre0
なんてレベルの低い奴w

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 21:12:18 ID:jJzsX9kIO
釣りに決まってるだろうに
釣りのレベルが低いというならわかるが。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 22:18:18 ID:d/nshRolO
162からは釣りというより見苦しさしか感じられない

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 22:29:45 ID:nkm8ASMLO
本人が悔やんでないなら良いんじゃね?
子供を殺してまで手に入れたものは、彼女に何をもたらしたかは分からない。

兄弟をブチ殺して至高の座についた太宗。
子供を犠牲にして、誰もなし得なかった地位に上りつめた武則天。

二人は共に、その有した権力を使い、国を繁栄に導いた。
その功績を、倫理で無に帰することは出来ないし、
功績をもって正当化は出来ない。

もはや好みの問題じゃね?

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 22:41:10 ID:iix7wdre0
太宗皇帝大好きな田中芳樹、則天武后マンセーな原百代、
両者に共通してるのはありえない擁護をしてることだな。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 22:42:13 ID:FO1H4Hb10
田中芳樹のありえない唐太宗擁護とはなんですか?

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 21:17:53 ID:ylOivmNP0
>>161
まあ、武照レベルの女だったら、たとえ事故死であっても
取り乱さず、それを悪用するぐらいの奸計はやってのけるだろう

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 21:24:04 ID:ylOivmNP0
後半が抜けたw

だから、まあ、事故死としても「ありえない擁護」とは言えないと思うよ。

武即天は、自分の野望のためには、自分の赤ちゃんだって平気で殺す女だろうけど、
今だって赤ちゃんの突然死は結構あることを考えるなら、事故死の可能性も十分にあると思う。

まあ、俺としては、事故死4割、殺人6割ってとこかな?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 22:14:40 ID:z6PuNiLh0
事故死って本場の中国で通じるのかな
都市伝説みたいな話
突然死だの、王皇后が事故で殺していただの

中国のドラマ(全30話)では普通に則天武后が殺していた事になってる


172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 23:35:17 ID:7ezAxZSh0
殺していたことのほうが、武則天らしい感じがするし。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 08:21:09 ID:3UYP0N/S0
そもそも中国人は日本人がそんな俗説を立てているのを知らないからw
実際、中国人に向かってそんな電波なこと言えないし。

「赤ちゃんを殺したのは武后じゃなくて王皇后だ。
 殺されたのでなければ、事故死か突然死だ。
 武后が赤ちゃんを殺した証拠はない。
 武后は悪名をきせられた、男尊女卑の被害者だ」

中国人に、その論法ならもう何でもありと言われればそれまでだし。
突然死だの事故死だのは日本人同士にのみ通用する議論だね。


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 23:06:34 ID:FhCY0qW4O
仮に事故死だとしても、親としての情より、政略的な判断を優先しただろ。
どっちにしろ、倫理的には非難されると思うんだが。

子殺ししなかったことが、免罪符になると思えない。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 23:56:58 ID:11S8IlCh0
漫画中国の歴史の則天武后はよかったな。
最後廃立されるんだけど夫の高宗の幻影に向かって笑顔で、
武后「あなた、これでいいのですね」って終わるの。
でも、この終わり方、BSでやってた則天武后も同じだったような。
廃立された武后が昔を思い出し高宗に告白される場面を思い出すの。
高宗「もし、武媚の心の中に私がいるとしたら嬉しいよ」

この二人一緒に乾陵に合葬されてるけど、二人ともかなり複雑だろうな。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 01:01:45 ID:Dv6Pu1TX0
武則天の赤ちゃん突然死は通鑑にしかないだろ。
どっかの小説から拾ってきたヨタ話がひとり歩きしてるだけだよ。
『新唐書』諸帝公主を見ろ。高宗の女子は三人しかいないから。そのうちふたりは蕭淑妃の娘。
あと高宗と武則天の間の女子は太平公主だけ。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 02:58:55 ID:qiCm/NbbO
>>175
武則天は評価されて良いと思う。
確かに非難される部分はあるが、為政者としては優れてた。

ただ物語としては、人としての弱さなど、共感できるようにするから、
かえって実像からズレるよね。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 12:18:33 ID:NuBJgbgj0
「乳児突然死症候群」

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 23:57:22 ID:1W/BLGO50
>>177
徹底的に冷酷に描いてもそれはそれで魅力的だと思う。
若い頃に、そういう冷酷な道へ走るきっかけがあった、
とかいう設定の物語にしたら、説得力あるだろうし。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 16:14:30 ID:DJvVnkR00
というか太宗が原因かな。太宗がいきなり武媚さんを寵愛中から、
死に追い詰めたから女王様まで成長したんだし。
そもそも『武氏の女が唐を乗っ取る』なんて噂流さなければ
武媚は多分ただの寵妃ぐらいにしかならなかったと思うんだよね。
や、寵愛保つために、後宮の女をハメたりするかな…。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 17:01:39 ID:t3h6GJA2O
後宮、女、ハメる…

エロスの爆裂のお燗

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 20:00:33 ID:8TWYYnJH0
中国の歴史では則天武后の周王朝は認められてるのかね。
唐は周を間に入れて前唐・後唐とかいったりして。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 13:06:38 ID:PxxlynvS0
儒者にとっては消し去りたい歴史でしょ、周は。
それに唐は、周に一時簒奪されても、実質で継続性を保っていたから。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 21:01:00 ID:hadbpEwc0
何しろ唐の中宗皇帝が復活してるから、武后の周はおままごと程度にしか見られてないよ。
歴史の年表に唐と唐の間に周ができるなんて、武后マンセーな奴でも妄想してないだろw

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 21:11:36 ID:BL8ltuN90
一応「武周」って名前は付けられてるけどね

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 21:48:57 ID:hadbpEwc0
その『武周』は年表から無視されてるけどね。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 22:14:44 ID:546Lw25g0
年表がすべてとは思わないが、たとえば(たとえが悪いが)袁術の成が年表にないのと
似たような感じで、「認めていない」というだけと思う。
皇帝を名乗った連中をすべて年表に組み込むと、えらいことになるだろうし正統性も問題視される。
ま、それでも武周が入っていないのは、やはり当時と後代の男どものメンツも大きな作用があると思う。
それに期間の短い一代限りの政権であって、そういうのを開国と認めないというのもある。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 23:39:53 ID:qrYgKhXF0
そりゃ、地方政権は認めないのが普通だろう
武周は統一政権ですよ?

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 10:36:39 ID:APvDXCJ00
でも、武周の後は、その前の唐の皇帝である中宗が復璧(になるのかな?)
したわけだから、武周の前と後の唐が断絶したわけではない。
漢は、前漢と後漢では血統が変わっているけど、唐は同じ高宗の子孫だしな。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 23:21:59 ID:rPwJywUK0
189で思い出したけど、
前漢と後漢の間には『新』があってこっちはちゃんと年表にも入れられてるよな。
やはり187が書いてるように『武周』も三国志の袁術の『成』と同レベルだろうな。
あと男のメンツは全然関係ないけどなwフェミニストもここまでくるとウザイw

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 08:35:01 ID:4r6ykxoL0
>>190
「同じレベル」というところに違和感がある。
>>187ではあくまでも後代の「政権を担う者」が「認めない」という話。
国家として政権として、また歴史に対する役割として
武周が袁術の成や他の地方軍閥のような低レベルと同じと言っているわけではない。
男のメンツは大いに関係あると思うよ。
しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。

唐が前後仕分けでないのは、たぶん>>190のとおりと思う。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 09:15:35 ID:A/zYgt9E0
エカテリナ二世もロマノフ王朝の皇帝として考えられているからね、
それと同じだろう<武周>

皇后が一時的に皇帝位についたという扱いなのでは?
死後もあくまで、「皇后」扱いだったしね。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 10:00:05 ID:n5Hxmr6o0
汝南一帯の自分の勢力範囲で独立した袁術は単なる地方政権であって公孫述の政権みたいなもんだろ。
まがりまがりにも全国に指示出せてた王莽の新ならまだしも、袁術は例えに適切じゃないだろう。
だいたい、袁術の国は『成』じゃない

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 10:21:17 ID:JbtVtZs40
>男のメンツは大いに関係あると思うよ。
>しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。



男女差別の視点からでしか歴史や則天武后を見れないなんてかわいそうだな。
則天武后マンセーの原百代といってる事がコピーしたかのように同じw


195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 10:35:28 ID:JbtVtZs40
則天武后は男女差別の被害者だなんてアホなことを延々と主張し続ける限り、
則天武后が正当な評価を受ける事はないだろうな。
なにしろマンセーの奴らは「評価すべき」「評価すべき」「評価すべき」のみ。
だいたい男女差別なんてふざけた事が問題になってるのはこのスレだけだ。
男女差別だ、と叫び狂ってる奴らはまわりがうんざりしてるのに全く気がついていない。
則天武后の評価で一番足を引っ張っているのがマンセーしてる奴というのは笑える。


196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 11:00:54 ID:4r6ykxoL0
>>194
いや、残念ながら、男女差別の裏返しで武則天を評価しているわけではない。
則天武后時代ともあわせて、唐の絶頂期の現出もとである廷臣の登用が評価できる。
マンセーしていると捉えられるのは迷惑極まりないし、そちらが一心に否定する態度も
方向性が違うだけで同じこと。
評価できないならできないところを指摘し、相対的にはかりにかけるべきだろう、子供じゃないんだから。


>>193
たしかに喩えとして不適切だった。そこは訂正するよ。
しかし後代の歴史に書き加えられない事実が、どうしてもその「地方軍閥」の扱いに
似ている気がしていただけなのだ。ま、そこは改めるとしよう。
>>袁術の国は『成』じゃない
そうだっけな? 三国志をよく知らんから間違えた。
わかりやすいと思って出した例が間違えていたとは… 赤面、赤面。

ああそれと、>>唐が前後仕分けでないのは、たぶん>>190のとおりと思う。
>>189の言うとおり
だったな。とんでもないアンカーミスしてしまった…

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 11:51:41 ID:JbtVtZs40
>男のメンツは大いに関係あると思うよ。
>しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。



・・・・・・

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 12:03:26 ID:4r6ykxoL0
あのなぁ…
男女差別があったから武則天が「有能」だと言ってるわけじゃないと言っている。
男女差別はあったとは言っているがな。
周皇帝が正当王朝として認められなかった理由をソコに求めること自体が
間違っていると主張しているわけだ、そっちは。
では、それはそれとしよう。
だが、差別とかメンツ「だけ」とも言っていないからな。

そちらの武則天の主張をよくよく耳にしたいものだ。
むろん、ID:JbtVtZs40の言葉でね。
原百代は知らんけど、氣賀澤氏の本は読んだ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 12:14:12 ID:JbtVtZs40
>男のメンツは大いに関係あると思うよ。
>しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。



・・・・・・


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 13:40:21 ID:A/zYgt9E0
>>191>>198の言っていることが的外れだとは思わないが?

中国の歴史学者は、武則天を「武后」扱いで、皇帝として認めなかった。
認めだしたのは、戦後になってから。

もしも、これが、外戚とか李氏の傍系とかの男が、皇帝位を中宗から簒奪し、
「武周」を作り、その後、また中宗に戻ったというなら、
「武周」も「新」程度に認められていたかもしれない。

認められなかったのは、男のメンツが全てとは言わないが、
ある程度はあったと思うよ。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:06:16 ID:JbtVtZs40
>男のメンツは大いに関係あると思うよ。
>しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。



・・・・・・


202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:07:22 ID:JbtVtZs40
IDを変えてまでも男のメンツにこだわるw

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:09:41 ID:JbtVtZs40
>男のメンツは大いに関係あると思うよ。
>しかしそれは唐代のことではないようだ。唐代ではそこまで男女差別が激しくなかったらしいから。

IDを変えてw

>認められなかったのは、男のメンツが全てとは言わないが、
>ある程度はあったと思うよ。


必死すぎw




・・・・・・


204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:12:44 ID:4r6ykxoL0
残念だが、必死なのはそっち。
ま、そちらの言い分はわかった。
それをもって訂正する気にはなれんがな。
持論を展開していただかないことには。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:16:23 ID:JbtVtZs40
>ID:JbtVtZs40の言葉でね。

といいながら自分はID変えて他人を装い自説擁護w
本当に男尊女卑のマンセーブタは腐りきってるなw
>>198のID:4r6ykxoL0と>>200のID:A/zYgt9E0が同一人物なのは誰が見てもわかるよw
ひどい自作自演だなw

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 13:40:21 ID:A/zYgt9E0
>>191>>198の言っていることが的外れだとは思わないが?




206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:17:50 ID:4r6ykxoL0
ダメだ。
あっちの世界に行ってしまっている。話にならん…

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:18:40 ID:JbtVtZs40
また自作自演厨がきたw

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 16:28:51 ID:8TVLXDrW0
男女差別やら男のメンツって論理で展開されるとすごい違和感があるから変なのも湧くよ。
むしろ戦後の連中がそれを過剰に意識してるだけとしか思えないしね。
皇帝の産む器械であったからこそ彼女は帝位に赴くことになったというのにさ。

だいたい皇后の身で帝位についたこと自体に無理があったろう。
皇太子である息子は改姓させたって唐の血統であることに変わりはないわけで(また改姓すりゃいいだけ)、
武周の皇太子としては正当性があるのかないのかとにかくすごく変。
かといって独自の血統を残そうにも(女系の血統に説得力を見出せたかどうかも問題だが)、
どうせもうあがっちゃってるんだから無理だし。
武后自身は自分の死まで無事に武周が存続するとして、いったいどういう採算を立てて帝位についたのか。
まさか改称マニアなだけあって呼称だけ整えればなんとかなると思ってたなんてことはないよな。

とにかく王朝としては誕生した時点で当然の結果を生む重大な欠陥があって、
見方によれば変わった呼び方して変わった体制を布いて甚だしい権力を誇っただけの垂簾政治に過ぎない。
後世の史家は前例もなくどう扱っていいやら困った挙句本質を取っただけじゃないのか。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 17:07:05 ID:4r6ykxoL0
>>皇帝の産む器械であったからこそ彼女は帝位に
たしかに垂簾政治の延長上にある皇帝即位だから、それはあたっているだろうが
帝位に就きやすかったことと、成したこととは別物と思えるわけだ。
評価したいのは、その成した方。
存在や帝位に就いてしまったことからの、武則天自身の評価が辛いのは後代のことと認識している。
劉昫やあの欧陽脩ですら本紀としてまとめているし、趙翼の説があるから、武則天英主を認めもする。
実際に武則天を災いとして扱ったのがいつの頃からか知らんけど、そういう背景はなんだ?
というあたりを探りたいのだ。
この辺、認識が誤っているかもしれんから、教えていただけるとありがたい。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 18:39:55 ID:8TVLXDrW0
俺の知識は乏しいから素朴な疑問なんだが災いとして扱うのは当然なんじゃないのか?
曲がりなりにも帝位についたからややこしいことにはなってはいるが、
唐王朝において帝号は無きものにされ結果的には皇后という位置づけになったわけだろ。
それが粛清を重ね、皇族を殺したわけだからそれだけ見ればよく並べられる希代の嫌われ者呂后と大差ないじゃないか。
反面その政治は評価すべき点が多く、その影響もあり武氏とは退位後も関係が続いてるせいで余計ややこしくなってる。
評価が両極に大きくぶれるのは何の不思議もない気がするが?

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 18:46:30 ID:JbtVtZs40
これでID:4r6ykxoL0には何を話しても無駄だということがわかったと思う。
なにしろ結局は男女差別に持っていってしまうんだからな。
>>208は『男女差別やら男のメンツって論理で展開されるとすごい違和感がある』と書いててこの返答。
どれほど、ああだこうだ言ってもID:4r6ykxoL0には、
『則天武后は男のメンツでつぶされた男女差別の被害者』という結論以外受け入れる気はない。


212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 18:56:12 ID:OwhHf7WLO
なにマジになってんだか
信者とはそういうものだろうに

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 19:30:15 ID:4r6ykxoL0
もはや男女差別の話はしてないが?
男女差別の話に拘っているのは>>211だろ。
まして>>211は何も識見を語ってはいない。

>>210
まぁ、だからこそ三大悪女の一人となるわけか。
皇后として本紀は立てられているが、独立した国として認められてはいない。
その辺の扱いが、一代で断絶した地方政権あたりの扱いとかぶったように
自分には見えたわけだ。周という国号が間に入り、前唐後唐とならなかった
のはなぜかのアンサーとしてね。
それは結果的に血統が続いたからということなのだろうが。

男女差別は棚の上に置いといて、宋以降の士大夫たちは、自己の権利を脅かす
ものへの記録上の表現や扱いが手厳しい場合が多々ある。
いい例が馮道とかだな。
馮道の評価は、実は武則天の評価にあい通じるものを感じる。
彼ら士大夫は、民の苦しみを軽減したことより、皇帝をあっさり挿げ替えた行為を指摘し
民を苦しめなかったことは小さく扱う(当時の士大夫としての正義だから当然だけどね)。

武則天の評価は唐よりも、宋以降の時代性によって左右されていると思えるんだ。
結局、政治手腕は認めるが、それを得るまでの手段は認めん、というところか?

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 19:50:44 ID:A/zYgt9E0
>>209
俺も単なる中国史好きで、史学科じゃないから、正確なことは言えないが・・・

>劉昫やあの欧陽脩ですら本紀としてまとめているし、趙翼の説があるから、武則天英主を認めもする。
>実際に武則天を災いとして扱ったのがいつの頃からか知らんけど、そういう背景はなんだ?
「英主」であったことと「災い」であったことは別だろう。
「英主」として、唐の繁栄の基本を作ってくれたのは唐にとっては「幸い」だが、
武則天は李氏のためにしたわけではない。武周や武氏のためにしたのであって、
唐の繁栄の基本を作ったのはその結果。目的ではない。
いわば、怪我の功名。むしろ、武則天の子以外の李氏は
皆殺しにしてしまったりして、李氏にとっては災いであった。

つまり、唐を李氏の血統に属するものとしてみた場合は災い、
唐を現在のような国家として考えたら、幸いになって、
武則天が唐にとって「英主」であったことと「災い」であったことは、
十分両立すると思うよ。

で、そこに儒教の婦徳がくっついて、「災い」としての面がクローズアップされるとw

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 20:01:12 ID:A/zYgt9E0
>それが粛清を重ね、皇族を殺したわけだからそれだけ見ればよく並べられる希代の嫌われ者呂后と大差ないじゃないか。
一緒だと思うよ
呂后もそれなりの政治的手腕の持ち主で、
後の文景の治や武帝の大遠征等の政治的・経済的基礎は呂后によって
作られたとも言われている。

ただ、武則天と違う点は、武則天以後の唐の皇帝は、武則天の末裔だったが、
呂后の後の漢の皇帝達は、呂氏とは関係のない人間だった。

したがって、唐は苦々しく思いつつも、皇帝のお母様・お祖母様に
あたる人を悪く書くわけには行かず、悪女ではあったが、英主であった
と記録に残し、呂后は、遠慮なく筆誅を加えられた、という所じゃないかな?

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 20:03:59 ID:A/zYgt9E0
>>213が先に書いちゃっていたね
>結局、政治手腕は認めるが、それを得るまでの手段は認めん、というところか?
そういうところじゃないのか?

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 20:35:49 ID:JbtVtZs40
ID:4r6ykxoL0は自分で『男のメンツ』『男女差別』を持ち出しておきながら、
都合が悪くなったら「もうその話はしてません」、だとさw
くやしいのうw
くししいのうw


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 20:58:09 ID:4r6ykxoL0
>>216
ああ、自演の疑いをかけられた人ですか。
どうもすみませんね、迷惑かけて。

まぁ、結局自分は、三国魏から脈々と続く体制、貴族制であるとかの
その最末期に現出した女帝という、今までにないものが、どう扱われ
思われるのか、というところにたいへん興味があり、
なぜ、前唐後唐とならなかったのか、という問いかけに反応しただけなんだがな。

面白い事実として、唐朝には皇后不在の期間が思いのほかあるそうだ。
これは『中国の歴史 絢爛たる世界帝国』に書かれていたことだけど
全皇后が存在した期間が72年で、唐朝300年(正確には290年)の4分の3に留まり
そのうちの23年が則天武后の時代で占められていたという。
呂后と違い、皇帝になれた側面がこのあたりにうかがい知れるようだ。

英明の憲宗が皇后を置かなかったことも疑問に思える。
これが武則天の先例を慮ってのことと思えば面白い。
皇后となるべき女性だけでなく、北族的な気風のある唐では
女性の積極性が垣間見れて、それを抑える制度がない。
では空位にしかず、ということで皇后をおかなかったことが指摘されている。
これは唐の時代性が、女性の政治関与を縛ってはいない性格に由来するもの。
儒教倫理よりも貴族的文学的性格が優先された結果とみることができる、と。

であれば、唐以降の北族でない気風の文化であった場合、武則天が
扱われた背景がどのようなものか、興味深いとは思うがね。


219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 21:22:56 ID:JbtVtZs40
>ああ、自演の疑いをかけられた人ですか。



自作自演厨乙w

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 21:27:32 ID:JbtVtZs40
いくらIDを変えようが『男のメンツ』について語っているのはお前一人なんだよw

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 04:47:34 ID:dXRwFMnCO
武則天死後、彼女の子孫を頂点とした政権が続いてる。
彼らは彼女の夫である高宗の子孫でもある。
彼女の政権の前政権は、彼女の子供が名義上とはいえ頂点に立っている。

武昭の姓は『武』であるが、彼女は李治(高宗)の妻である。
妻なんだから、たとえ本人が否定したとしても、
彼女は李氏の一族に組み込まれたと考えて良い。
よって、姓が違かろうが継続してたし、実際、続いてる。

以上により武周は、一時的な王朝であるため、唐の中に組み込まれている。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 11:18:24 ID:Rd4Hj1EBO
ようやくまともな議論ができそう
男のメンツだの男女差別だのはもううんざり
武照は後継では太平公主を指名しとけばよかったと思う
二代続いての女帝なら所詮は一過性のものとしてかたずけられないしな
もっともその場合でさえ太平公主が唐を復活させる可能性が残るが

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 11:36:38 ID:uckWUVKJ0

■コピペ奨励・人殺しが野放しに!!■

【人殺し】時津風部屋親方・双津竜順一(山本順一)容疑者【人殺し】

時津風部屋の親方ですが、17歳の少年を集団暴行の殺害し、その上被害者を中傷し
さらに隠ぺい工作までした鬼畜です。このような人殺しが角界にいては日本の恥です。
双津竜が二度と社会に出られないように皆さんご協力ください。





224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 18:29:31 ID:6d9Sztrg0
>>222
んー意味ないな。
わざわざ娘を立てて女帝なんて怪しげなものに拘る必要はないでしょう。
血統は変わらんのだしリスクが増すだけだと思うよ。
結局実際に行った自ら人材を引き立てて恩顧を与え勢力を固めるってやり方以外ないでしょ。
武周王朝の確立には及ばなかったが、譲位が比較的穏当に済んだ要因にはなってると思うし。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 18:43:18 ID:9BgczJ2w0
NHKの則天武后のドラマでは後継者問題で武后が大臣と相談するシーンがあったな。
武后「そなた、太平の事はどう思う?」
大臣「公主様は我侭勝手、それに公主様が帝位につけば必ず骨肉の争いが起こりましょう」


226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 23:19:49 ID:Gp9DIfoL0
【世界】隋唐【帝国】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1190784441/

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:33:50 ID:ketb9J/s0
武則天ってあまり大規模な土木事業のイメージは少ないね。
仏教関係で、多少はあったけど。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 22:55:14 ID:8DaQ7Efx0
確か愛人の僧がせっかく造った天堂を焼いちゃったんだったな。
もし今でも残ってたら評価も多少違ってたかもな。
西太后が艦隊にまわす金を宮殿に使ったことで当時非難を受けたが、
今ではそこは北京の観光スポットになっていて後世に遺産を残したとして評価されてる。
けど、中国人にとっては理屈はわかっていても複雑だろうな。


229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 14:40:27 ID:QqLmn/B10
>>227
いや仏像に使う金は相当な額。
ある寺の明堂を建設するだけで、数億(銭か両か忘れたw結構重要なのに)注いだ。
ただ、唐代の仏教の隆盛を考えれば、それもある種の必然性が感じられる。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 14:44:11 ID:RLhptOrN0
大規模な土木事業や、軍事的な遠征。
武則天にはあまりイメージとしては付随しないけど、
実際はなかなかのことをやっている。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 00:44:14 ID:QJX3r7fu0
まさか武則天の軍事的な遠征って高句麗を滅ぼした件じゃないだろうな。
大学入試で高句麗を滅ぼした唐の皇帝を聞かれた時に武則天だなんて答える馬鹿はいないよ。
武則天が軍事的に成功しただなんて息を吐くように捏造する奴っているんだな。
武周は他国に攻められっぱなしだってもちろん知ってるよな。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 07:28:30 ID:pYUCVaN40
皇后のころの指導力は評価に値しないということ?
他国に攻められっぱなしはそうだな。突厥の復活がこの頃だったな。
武則天の意識が内に向けられすぎていた、というのがその主な要因。

しかし、その煽り口調はなんとかならんのかね。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 07:50:22 ID:QJX3r7fu0
>皇后のころの指導力は評価に値しないということ?


あくまで唐の高宗皇帝のもとでの賢后としての指導力だという基本的なことはおさえておいたほうがいいぞ。
そうじゃないと武則天は『軍事的な遠征』をしただなんて悪質な捏造をする奴がこのスレではいるからな。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 09:37:32 ID:0oUY9mhm0
武則天は高句麗に軍事的な遠征を行った
高句麗に軍事的な遠征を行った時の唐の皇帝は高宗

単なる言葉遊びに過ぎない

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 13:03:13 ID:QJX3r7fu0
>武則天は高句麗に軍事的な遠征を行った


行っていませんw



236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 14:27:04 ID:Enn99nZ30
煽り口調は損だよ。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 14:33:03 ID:QJX3r7fu0
『男のメンツ』『男女差別』『武則天は高句麗に軍事的な遠征』
武則天マンセーは伝説を次々と作り出していきますなw

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 21:09:29 ID:3CVaEScC0
Qさまのクイズで武則天が問題に出てたが

説明で「恐怖政治をしいた暴君」って……

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 23:35:21 ID:D3okxkRh0
>説明で「恐怖政治をしいた暴君」って……


まさしくそれが一般常識なんだがな。
厳然とした現実を自分の目で見るのは、ただただ武則天をマンセーする奴にはつらいだろうなw
田中芳樹が書いた創竜伝一巻にはこうある。
『唐の則天武后を知っているか?血を見れば卒倒するほどデリケートなおばさんだったそうだが、
生涯にどれほど多くの人間を拷問にかけさせたり殺させたりしたかわからない。
貴様はそれと同じだよ。自分の手で切り刻んだものでないかぎり、
自分の手が汚れていないとでも思ってるのか?』

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 00:13:02 ID:Rboh33/O0
田中芳樹の創竜伝wwwwwwww

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 07:41:18 ID:IwP0DV930
田中の『創竜伝』と『薬師寺』はまれに見る駄作

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 09:37:23 ID:lpZz3NfK0
小説をもとにして語るってのもすごい話だな。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 09:48:18 ID:wML3SVelO
田中がアンチ武后なのは李成民崇拝のせい

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 17:16:33 ID:XcgrJtrCO
田中は所詮ライトノベル作家だから作中の誰かに入れ込むことでしか歴史モノ書けない
東郷の勝利を局地戦と言いながら劉永福を英雄視するダブスタとか、本人無意識だし
もはや滑稽

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 17:50:45 ID:lpZz3NfK0
劉永福を主人公とする小説ならいいじゃん。
実際に東郷は局地戦勝利の英雄だし、劉永福もそうだろうが。
それにしても、それってどこかで聞いた話だな… もしかしてコピペ?

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 20:44:07 ID:Rboh33/O0
件の創竜伝だろ?田中のダブルスタンダート。言っておくが、創竜伝の主役は劉永福じゃないぞ。
ヨッシーの素晴らしさは名将百選では陳慶之を知らなくて、後から教えた貰ったのに
その次には臆面も無く陳慶之マンセー小説(主人公マンセーしか書けないけど)を書ける厨坊さ。いい歳してね。
そして自分を啓蒙家だと思ってオウムのように「日本人は三国志しかしらない、三国志しかしらない」と繰り返す所。
彼の人に啓蒙されるのは、彼以下の厨房しかいない。>>239みたいなw

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 21:52:07 ID:lpZz3NfK0
よく知らんが、後から知った人物をスゲーと思うのは
別にいいことなんじゃないの?
自分はそれがよくあるがな。特に、現在調べ物進行中だけに。
それにさ、三国志とか史記あたりの「日本語で読める」ものしか知らんというのは
一面大当たりだと思うな。この板見てると、そうでない人の方が圧倒的少数という。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 22:43:50 ID:Ijuuexkc0
>局地戦
東郷の勝利は空前絶後のパーフェクトゲーム。
陸で日本如きの弱小国と一進一退が続いていたロシアにとって不愉快すぎる敗北。
逆のことをロシアがやって制海権を握ってれば日本の無条件降伏もありえる可能性。
まあその場合イギリスが自分たちの権益の為に何とかしてくれるだろうが、
日本の都合は一切配慮されないものになったことだろう。

>陳慶之
戦績だけ見れば韓信並みの化け物。
増援がないから獲得した土地を維持できなかった。
それは南朝の政権としての脆弱さだけを示すもので彼が不世出の天才であることに疑問を挟む余地はない。
ガイエ先生好みの名将がそのまま史実から見つかったんだからマンセーするのも当然だろう。
厨でなければ小説など書けない。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 23:54:51 ID:IwP0DV930
すごい・・・
このスレでここまで議論が活発になるとは思わなかった。
ただし、田中は銀河英雄伝説でピークだというのが俺の意見だ。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 00:17:01 ID:SiwjzNNF0
今まで「信玄・謙信最強」と思ってた人が、戦史の信長や元就を知って、急に後者をマンセーし始める痛さに通じるモンがあるな>田中


武則天関係ないけど

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 03:35:50 ID:T6rOmw5nO
彼女のやった密告政治は批判されてしかるべきだ。
また、酷吏が幅を利かせたのも事実。
ただ、彼女だけがそのての事をしたワケじゃない。
唐太宗も後ろ暗い部分はあるし、康煕帝だってある。
彼らが賞賛され、彼女が非難されるのならフェアじゃない。
やはり纂奪者であり、その政権が一代限りだったのがマイナスか。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 06:12:00 ID:bkEMXvBI0
>>247
勝ちっぷりだけならそうなんだが、劉裕、桓温は一定期間は北伐して獲得した領域を維持できていたぞ
この両名は韓信以上の名将になるのか?
どうも、陳慶之は過大評価になっている気がする

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 07:40:08 ID:V253rqQM0
>>252
自分の代くらいは保持できてたら、その通りでもかまわんだろう。
当時の江南の国力で南朝が北朝に勝つのはそれくらい凄い。
しかし劉裕も桓温も政権の中でそれこそ簒奪も視野に入るような強力な地盤を持ってた。
梁武帝の子飼い止まりで終わった陳慶之よりは使える戦力と国力ははるかに上で有利。
だからその二人は「恒久的な維持に失敗した」ということで減点するのが妥当では?

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 07:55:38 ID:24lbRAqM0
田中は唐太宗の玄武門の変を必死で擁護してるからな。
先に手を出したのは皇太子とまで書いてる。
太宗が兄弟の一族を皆殺しにし、その妾を自分の後宮に入れたなんて間違っても書かない。
これに対し陳舜臣は、
『後世の史家がどのように美化しようが、太宗が兄弟殺しをした事実を消す事はできない』
って書いてる。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 10:50:11 ID:liTBWPpQ0
>Qさまのクイズで武則天が問題に出てたが

>説明で「恐怖政治をしいた暴君」って……

武則天をクイズに出すとしたら、どんな設問が他にできるかな。
女帝ということを出したらそれだけでわかっちゃうし・・・

・父帝の後宮にいて、その死後寺に入れられたが、息子の皇帝の皇后になった
・ライバルの皇后・側室を追い落とし、自分が皇后になった後、残酷な殺し方をした
・新しい漢字を作らせ、水戸光圀の「圀」がそれである
・皇帝に即位したのは、67歳のとき
・仏教を重んじ、自らを弥勒菩薩の生まれ変わりとした
・晩年に美少年を寵愛した

他に何があるかな


256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/06(土) 13:34:12 ID:m8Vxt4+00
その問題だとカルトクイズレベルだと思うぞ?
今のTV番組って、「クイズ番組」じゃなくて「クイズバラエティ」なんだから。
Qさまだって問題は「歴史上有名な女性の肖像画の名前を答えよ」だったんだから。
数字が多い程難しい扱いで武則天は8番目。一番難しいのは10番目の日野富子。
そんな簡単な問題も、一応高学歴な芸能人達は答えられない

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