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【仁】最高の君主【徳】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:22:11 ID:1aMYzW9J0
尭≧舜>ウ≧周公旦で決まり!!

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:14:19 ID:XeTiTTr80
古代の伝説上の人物より、もっと後代の皇帝たちの中で、
「仁」「徳」と評されるべきは誰だろうか?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:20:17 ID:BcUz2vZIO
周公旦を君主に入れるとは、王莽のようだな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:21:12 ID:Aq8FuxDz0
宣統帝溥儀

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:27:07 ID:IRWHXrSX0
清なら康熙帝

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:34:48 ID:zE6GKtnW0
雍正帝

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:37:00 ID:XeTiTTr80
「仁」「徳」だから、名君であっても、残酷なことしていたらアウトか?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:40:26 ID:pE1WXTdV0
1で結論が出たんだからもう良いじゃないか。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:46:59 ID:IRWHXrSX0
前漢の文帝、後漢の光武帝、唐の太宗、宋の太祖なんかはどうなの

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 05:34:22 ID:KPcL+uiDO
仁といえば宋襄公

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 07:45:08 ID:POHaDn/Q0
仁徳天皇

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 15:21:42 ID:Yj0oFzg0O
劉秀と趙匡胤のツートップに決まってる

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 15:28:30 ID:z4OdVvci0
清の歴史家の趙翼によれば
趙匡胤>李世民>漢の武帝=始皇帝
だそうな


14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 17:30:35 ID:KlBX71mn0
>>13
 どういう基準なんだ? それ?

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:41:39 ID:ixilzAu00
仁宗か徳宗しかおるまいよ…

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 20:04:56 ID:+vCx6OGNO
じゃあ司馬徳宗か…

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 20:11:22 ID:ixilzAu00
いや、それ安帝だし…

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 21:19:15 ID:Pc1nlmza0
春秋期は、晋の文公、楚の荘王あたりか。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:24:40 ID:ViycpXpl0
春秋期になると細かいことは分からんしな

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 12:50:04 ID:aWzovnDU0
>>14
文武のバランスがとれているか、後ろめたいことがないか。
だったはず。
で、軍閥出身だけど節度使の割拠を防ぎ、先帝の遺族を優遇したり、士大夫保護したりしてるから
宋の太祖がぶっちぎりなわけ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 14:49:02 ID:9qknhmrB0
>>20 細かいが、より正確をきするなら…
趙匡胤が節度使を兼任したのは、陳橋の変の2年前。
といって、任地にいたわけではないので、軍閥=藩鎮としての名望ではなく、禁軍の大将としての名望だった。
そして、最初に手がけたのが禁軍将帥の兵権奪取で、節度使のそれは太祖期にはまだ完全になされていない。
抑藩というかたちで制御したに留まったが、多少の不満を言うものはいたものの、抵抗されなかったのはすごいこと。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 15:00:45 ID:U0i1BNfzO
司馬炎に決まってるじゃんあの一番有名な三国時代を統一した英雄だぞ   
人格者で天才なんだよ

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 17:46:08 ID:wpIMDmqQO
治世の世なら劉禅だな
家臣の独裁政権を許せる唯一の名君

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 18:32:26 ID:Qhlb+7Xr0
李世民ってあれだろ、兄弟を家族もろとも皆殺しにして親を脅迫して帝位を奪
った極悪人だろ。しかも歴史家まで脅して捏造する小人ぶり。救えない奴よ。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 18:41:39 ID:9qknhmrB0
でも民は救えたな。 よかったよかった。
これぞ、名君。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 19:30:55 ID:Qhlb+7Xr0
>>25
李世民は名君だが仁君ではない。朱元璋だって民は救っている名君だ。それと
どうレベル。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:21:03 ID:9qknhmrB0
>>26 レベルの高い同位置だな、それ。
ボンクラには想像もできないような統治手腕と忍耐と人事の適正があってできることだ。
殺された方は未知数で比較はできないが、少なくとも殺したほうがこんなに名君で当時の人は、助かったことだろう。
暴君であれば目も当てられなかったが…
後半、高句麗に負けているが、それは宋太祖だって北漢に負けている。
ことさら貶める必要はないって。
名君になろうと努力して、そういう評価と荒れた国土を回復させただけで十分だろう。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:45:55 ID:jedoNW/Q0
宋太祖は北漢に勝たなきゃならん理由があるが
唐太宗の高句麗征伐は完全な自己満足だから
同列に語るのはどうだろう?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 21:19:47 ID:9qknhmrB0
たしかに。
同列に置くのは軽率な発言だった。 そこは訂正します。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 23:20:32 ID:LgbViBId0
>>21
人望があったんだろうな


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:17:22 ID:UZXjj6+RO
切磋琢磨の衛武公が「徳」部門では最高の名君じゃないかい?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 03:42:00 ID:eh5j2uc20
>>20
その基準だと後漢光武帝もトップクラスだな。
簒奪ではなく自力で創業した分、後ろめたさの無さにかけては宋太祖を上回る。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 07:18:25 ID:jy0+2d8p0
光武帝はトップクラスというか、トップだろうな。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:10:20 ID:DRUuBGo10
確かに皇帝個人としては光武帝は非常に優れていると思うが、
後漢というイマイチな王朝の創始者というところがどうにもなあ。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:14:47 ID:5HGlGIY60
イマイチというなら宋だってイマイチだったさ
共通点は暴君は出ないが暗君は出る

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:45:09 ID:XTCBwEus0
つまり王朝の性格がハデな方がいいと?
堅実なイメージはあるが、そのイマイチという認識(一般的だろうなぁ…)にすっげー不満アリアリ。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 21:10:20 ID:5HGlGIY60
個人的にはそんなイマイチな王朝が俺も好きだけどね

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 00:46:18 ID:NvFOy9KG0
後漢っていまいちか?
前漢、後漢、唐、宋、元、明、清をいけてる順にすると、どんな感じ?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 01:58:21 ID:sczrkyRy0
派手な王朝だと民衆は外征に駆り出されて大迷惑。
結構内乱も多いしな。
統一国家を維持できていれば、イマイチ王朝の方が民衆は幸せで内科医?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 02:01:21 ID:iuJkv9ah0
後漢、宋、明なんかはその例かな

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 12:52:25 ID:yQpFrdGM0
元はもう考慮の外として(フビライ期の外征の多さと、後継者たちの政治不在は酷すぎる)。
宋>清>明>前漢>後漢>唐 こんなとこかな。
後漢と唐は一時期を除いてとにかく規模の大小問わず反乱内紛が多すぎる。その点では
前漢のほうがまし。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 18:33:33 ID:1kk6Cs2h0
東アジアに与えた影響という点で、唐は無視してはいけない王朝。
しかもこのとき、ユーラシア規模で、巨大国が揺らぐという共通の事象がみとめられるので、より象徴的なものとしても捉えることができる。
内実は>>唐は一時期を除いてとにかく規模の大小問わず反乱内紛が多すぎる<< に尽きるが、民族が多国籍化した王朝としては統一への求心力を、最後の最後まで保てたのは、結構すごいことだと思う。
結局は、内部の人間(朱温)によって乗っ取られたわけだからね。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:36:20 ID:iuJkv9ah0
ドコまでを民衆とするかだ
富豪連中まで含めるなら明が圧倒的に豊か

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 02:05:43 ID:TxBln8m20
>>41
内紛反乱の多さなら明だって負けてないだろ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 15:21:42 ID:ITguuZLR0
実は民衆にとっては、武則天なんかが一番いい君主なんじゃ・・・

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 16:21:40 ID:N7JhhCox0
>>31
衛武公って春秋時代の武公和ですか?
兄貴を殺して君主になっているから、業績から考えて唐太宗に及ばないのではと思います。
お爺さんになっても諫言に耳を傾けたいうことは素晴らしいと思いますが。
世界史板の春秋戦国スレで聞いたら、過去の「瑕」が彼を名君にしたんじゃないかって言ってました。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 18:41:54 ID:YMY+IHcf0
>>45
貴族官僚弾圧と寒門からの人材登用は高く評価されていい。
密告制度も民衆の政治参加という面で語ると名君という評価も当て嵌まる。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:31:20 ID:JQNVrffk0
衛の武公よりは魏の文侯の方が上って気もする

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:49:07 ID:9yglEGdLO
>>45 >>47
確かに善政をしいてるケド個人的な人徳については大いに問題あるよなー

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 08:54:41 ID:a2JR5tLr0
覇王項羽だな
戦う君主最高

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 11:01:32 ID:0DIPoqbK0
個人的人徳なら徽宗だって善人だから仁君になる。
名君には個人的感情を殺して政治を行う冷酷さが必要だし、
それは仁や徳とは逆のもの。
両方を兼ね備えている人間は稀有の存在で、冷酷な人間が仮面を被っているか、
人格者が世のために己を殺しているかどちらか。
極端だが洪武帝と光武帝が例としてわかりやすいか。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 13:08:56 ID:vL7i+j/C0
>>50
自分が負けるのは、自分が弱いのでは無く、
天が自分を滅ぼそうとしている・・・・

最後の最後まで勘違いしてましたね

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:26:22 ID:bHZW8t1e0
そこは感動するところで、イヤミを言うところではないんだよ〜

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:34:52 ID:Ki586nPRO
符堅や蕭衍なんてどうだろう
殺戮皇帝続出の魏晋南北朝時代にあって稀有な存在だと思うけど

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:59:26 ID:Now8xyiQ0
蕭衍は晩年仏教に傾倒しすぎで国政を乱し宇宙大将軍が暴走して最後は国を崩壊させたのが痛いな。
もっと早く死んでいればここのスレの条件に合致したのに…


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:17:19 ID:mi3o28d/0
符堅タンは萌えキャラだよな

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:45:38 ID:R9h/KX1G0
>>51
友達に持つなら徽宗がいいな。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 15:15:38 ID:n6HmCdud0
>>57
気前がよさそう。
張士誠なんかも。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 17:35:49 ID:NTP3TuDy0
つまり、そうやって他人を食いつぶそうと寄ってきたヤツラが、北宋六賊の正体なわけね…

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 21:17:25 ID:F8WMbef+0
趙匡胤や劉秀も友人としてはいいんじゃない?
ただ酒の席で愚痴やつまらんギャグ連発されそうだけど。
李成民は友人としては嫌だな落ち着かない。
いくら名君でも雍正帝とだけは係わり合いになりたくないな。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:25:53 ID:npk1lAni0
雍正帝みたいな上司は悪夢だな。
庶民にとっちゃ、雍正帝みたいなのは結構いい方の君主だろうけど。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 21:16:12 ID:Ih3aQjV20
光武帝は名君だけどなぜか中国でもマイナーで人気がないらしい
どっちかというと日本人好みの君主なのかな?日本でもマイナーだけど

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 20:02:42 ID:bcD0T9Nt0
名君でいるのってストレス溜まって身体に悪そうだな。
長生きした名君はストレス発散する方法があったか、
仕事が趣味みたいな人間なんだろうな。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:28:44 ID:SWEfWNpO0
雍正帝は過労死らしいね。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 16:29:20 ID:9O9djyOd0
そう考えるとあの在位の長さで名君の評価を揺るがせにしない康熙帝は偉大だよな

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 23:00:53 ID:YI6/pxCa0
>>62
光武帝の人生って完全なハッピーエンドだからじゃない。
天下を取り、惚れた女を妻にし、息子も優秀で後継者争いもなく、功臣の叛乱もないときてる。
幸福な人生より悲劇的な人生のほうが物語としてうけるんだろう。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 13:01:23 ID:BYcpgwZl0
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68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:58:39 ID:Sr3Y8M9J0
>>65
同じように幼いうちに即位して、在位期間が長かった皇帝として、
少し前に万暦帝がいるね・・・

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 21:27:26 ID:OBJxhWMf0
>>68
万暦帝も最初はまじめだったらしいけど・・・
子供のころから皇帝やってりゃおかしくなるかもな。
康煕帝は死んだはずの父親が実は出家してたって伝説あるけど、
もし本当ならアドバイスとか受けていて、
それが皇帝としての勉強になったのかも。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 23:56:36 ID:LTs5+NOs0
最初はまじめと言うか、先生の張居正に厳しく躾けられたからな。
せっかく張居正が財政を建て直してくれたんだから、
あの後真面目にやっていたら、明はもっと続いただろうに。


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 21:57:26 ID:cIM5h2BB0
>>70
結局は政治家としての資質の差か。
誰かから強制されないとまじめにやれないやつは、結局自由になればサボりだすよ。
きっと自分のこと意外は、考えるのも嫌だったんだろう。
そんな責任感の無いやつが皇帝になったのが、明にとって不幸だったんだな。

72 :名無しんぼ@お腹いっぱい :2006/12/07(木) 15:36:49 ID:ICxDt00Q0
それを思えば、康熙帝の父親の順治帝もとても立派ですね。
彼も幼少の頃は、ホンタイジの弟のドルゴンが摂政として、清の基礎を固めてましたが、
ドルゴンの死後も毅然とした態度で政治に臨んだ点など、万暦帝とは天と地ほどの
差があると言っても良いでしょう。
また、ドルゴンの死後にその一党を罰しながらも、政策路線を変えなかった点は、
何気に商鞅を罰しながらも、変法を推し進めた秦の恵文王を思わせるものがあります。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 21:31:10 ID:xAhoegnW0
でも順治帝は弟の妻を奪ってるんだよな。
儒教的モラルから母の再婚相手のドルゴン憎んでたのに、
自分もそのモラルを守れなかった。
それほどその女性を愛していたのだろうけど。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 23:41:20 ID:1crxYZKJ0
清の皇帝は、明だったらいずれも名君に分類されるレベルだな。

まあ、少数派異民族の王朝という弱点があるから、昏君なんて出す余裕がなかったんだろうけど。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/18(月) 23:38:25 ID:3QpLgdr00
清が明みたいな皇帝を輩出していたら、早晩崩壊しただろう。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 12:52:38 ID:Ph73ZbEd0
清朝では並みの皇帝も、明朝だったら名君扱いになっただろうね。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 14:13:55 ID:tmjadiZl0
順治帝と康熙帝が宦官の定員を大幅に削減して
明の轍を踏まないようにしたのも要因かもね。
何せ明代は宦官が十万人近く居て、その大半が金目当てに自宮した
たちの悪い人間。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 13:07:15 ID:O9ejWnWa0
自分で自宮したのに、宦官として採用してもらえなかった可哀想な奴もいたらしいねw

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 23:28:27 ID:eyhqux1B0
宋も太祖・太宗・真宗・仁宗・神宗と名君が多いと思う。
しかし徽宗のイメージが強すぎて馬鹿皇帝ばっかりとか思われてそう。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 02:27:17 ID:Lptl0erHO
宋の皇帝ってイマイチパッとしない人ばっかだよね…

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 18:28:06 ID:qs15dPtQ0
と言うか、宋朝自体が、軍事面でそんなに強くなく、
版図も小さいめだったから、ぱっとしないイメージを抱かれがち。
文化面、経済面で超大国だったけど。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 21:02:32 ID:KeFRCDXt0
三国志とかからの延長でみれば、どうしても軍事力とか大版図とか、そういう目で見る傾向があるだろうからな。
宋は軍事力マンセー、英雄マンセーに対するアンチとしての国家体制だから、そういう方面からみる人にはつまらんのだろう。
そう、今の日本を見ているようで、ね。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 22:33:12 ID:Ddo510InO
>>81
ただ南宋のイメージがあるからなんか好きになれないんだよな
性格が曲がっちゃってるというか……

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 23:47:26 ID:B9s9idSO0
ぶっちゃけ北宋も趙匡義のせいでイメージ悪い
李世民も永楽帝もその意味じゃ一緒なんだが、やった相手が趙匡胤ってコトがその理由だろうか
あとは趙兄弟のイメージが日本の足利兄弟のイメージと重なるというのもある

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 00:00:24 ID:4fYlaPuZ0
だが、仁宗や神宗時代のイメージはかなりいいぞ。
多少、停滞気味だが名臣と呼ばれる官僚たちが生き生きしている。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 00:30:13 ID:W2lZP61o0
>>83
いわゆる主戦派の皆さんが北宋の実力も無視、たーだ「中華」のプライドだけで
金にぶつかってったお陰で危うく死ぬ目にあった高宗は、そうとう性格ひん曲がったらしいね。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 23:42:14 ID:bfRcKxn80
人質にされている最中にも、主戦派の皆さんは和議を無視して、
平気で金軍に攻撃をかけてくれたりしたからなあw

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 07:58:06 ID:eVt7gI520
仁君なら、自分の命より祖国の存立のほうを大事とするだろう。きっと。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 16:44:13 ID:5e+9ZgGj0
>>89
頭でっかちな主戦派も皇子である以上、「自分の事は気にせず敵を打て」
と言って、壮絶なryとでも思ったのだろうが、
「俺があっちにいる間は絶対攻撃すんなよ、絶対だぞ」だった高宗だからねえww。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/18(木) 19:39:41 ID:Ho5j6RzF0
>>87 主戦派が、欽宗が人質なのに和議を蹴りまくったわけではない。
高宗が、和議の条件で欽宗に帰還されると、非常に困るから影で主戦派たちを煽動し、いらなくなったら実権を奪ったり、抹殺させたりした。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 23:49:54 ID:v/ODXrh/0
欽宗は治世が短すぎてどんな皇帝かよく判断できないけど、
可哀想イメージは強いな。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 01:35:57 ID:DNDxzLyG0
アホなオヤジの尻拭いで一生懸命がんばってたのに敵に異郷に拉致。
後を継いだ弟からは自身の保身のために、帰国を拒否られ失意のうちに死去だからな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 23:52:13 ID:3Bb/3em00
可哀想と言えば明朝最後の崇禎帝も。

袁崇煥を処刑したのは非難されてしかるべきだっただろうけど、
仮にそれがなくても、即位した時点で、
明を再建することはほぼ絶望的になっていたんじゃないだろうか。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 23:59:28 ID:IQiM9rJX0
清の康熙帝だろ。
この人の節約っぷりは凄すぎる。
国政を維持する費用は莫大なものに達するというのに
自らは率先して節約に尽くし、減税処置を毎年の如く実施。
庶民が着ているような物を着て、政務に尽くしていたというのだがら
もはや人民を労わるために天が使わした聖君ともいうべき逸材。
61年の長期に渡る治世も納得してしまう。


95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 01:39:59 ID:91PvwxQk0
文字の獄がね。。。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 16:36:29 ID:v+GPrebc0
西漢の宣帝

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 16:41:29 ID:DEt3HxhQ0
荒らしです

98 :名無しんぼ@お腹いっぱい :2007/01/22(月) 21:57:43 ID:AxnrkSJS0
春秋戦国の鄭の簡公も、ある意味立派では?
子産、子展・子皮父子、子大叔と言った有能な人材を用いて、
不安定だった鄭の国勢を安定に導いたのですから。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 17:36:49 ID:rVE4gBJs0
雍正帝

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 10:19:41 ID:Qp3OFixKO
劉備とかいいんじゃない?天才軍師孔明を迎え、すばらしい人徳で蜀を治めた。その功績は大きい。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 16:54:37 ID:F0BoUhF+0
>>100 実際に治めた期間が短すぎ、だれも劉備のおかげとは思わない。
というか、四川では劉備より諸葛亮。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 17:50:28 ID:Qp3OFixKO
>>101でも横山光輝のやつにそう書いてあったよ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 19:34:50 ID:F0BoUhF+0
>>102 まじで?
読んでないから知らんが、劉備と諸葛亮の君臣関係は後世の君主にとっては、結構理想像だったようで
たんまに史書なんかに、劉備と諸葛亮のように、とか、年若い太子を頼むときに託子の故事だしたりしてるのはある。


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 20:03:31 ID:JoJaExIp0
>年若い太子を頼むときに託子の故事
普通は周公旦を持ち出すがな

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 20:32:41 ID:6Rpkvtr/0
そりゃダントツで劉備でしょ。同時代の曹操が、人格低劣、酷薄無残の最低君主
だったのと対照的に、あの変転極まりない時世にあって、誰も裏切らず、欺かず、
正直に生きて大をなした男。その人格、志の高さは中国至上、稀有。真に民を愛し、
民とともに歩んだ民衆政治家。まさに非の打ち所のない英傑だと思う。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 20:41:29 ID:JoJaExIp0
それ全部「演義」の中の劉備じゃね?

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 20:45:11 ID:F0BoUhF+0
>>104 三国志が大人気な宋代に書かれた「旧五代史」李昪伝(南唐烈祖)に、似通った記事があった。
呉の権臣徐温が、呉の幼帝についてどうたらこうたらいうときみたいだな。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:27:43 ID:Qp3OFixKO
>>105が一番真相に近いと思う。曹操はいつも孔明にやられて逃げ回っているくせに人を裏切ってばかり。ほんと劉備の爪の垢を(ry

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:29:17 ID:yW58EGWA0
>>108
> 曹操はいつも孔明にやられて逃げ回っているくせに

工エエェェ(´д`)ェェエエ工

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:40:36 ID:cxroJRbA0
>>109
どう考えても釣り以外の何者でもないだろ

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:43:37 ID:yW58EGWA0
>>110
書き込んでからそう思ったw

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:46:07 ID:VfjhaPbG0
治世の王としてなら劉備はこの上ないほどの適任者。
戦争下手で常に精強無比な家臣がいたからこそ戦の天才である曹操とも互角に戦えるほどになった。
逆に曹操は絶対に治世の王にはなれないな。
曹操は乱世でこそ光る英傑。曹魏が全土を統一したら、どこかしらで必ず反乱が起きて次世代の争乱の火種となるよ。




113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 02:23:56 ID:f/aO5WDv0
曹操と劉備が親子なら、一番バランスがとれた。親父の覇道(創業)路線を、息子
が修正(守成)。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 07:52:50 ID:GvWyyFlyO
>>112
曹操って治世の能臣なんじゃないの
てか治世の王だったら諸葛亮を推薦しますよ


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 11:16:18 ID:I94TH/Uc0
>>106
演義の劉備も裏切り欺きの常連だった気がしなくもない

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 20:51:02 ID:jZC7Y+75O
何言ってんの。劉備は正義だよ。曹操は暗君だが劉備は史上稀にみる名君。曹操などと同列に語ってはいけない。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 21:17:33 ID:JR6Q69PM0
なんだやっぱり釣りか

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 21:20:51 ID:4MbiPCbh0
煬帝

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/23(金) 08:50:40 ID:tqTm4+2b0
最高の仁君は煬なんて諡号を与えられたりしない

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/24(土) 11:48:08 ID:bSol+wyc0
唐のプロパガンダ

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 17:43:25 ID:6YNuzQtA0
とりあえず明の朱元ショウや前漢の劉邦より後漢の光武帝劉秀の方が格上と言うのは断言できる
前者の2人は汚い。権力を手に入れたら本性現して功臣を粛清粛清!

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 19:58:23 ID:WIMm1mcV0
劉週も権力を得るために嫁さんとっかえたり自分の妹可愛さに無実の官僚を処刑しようとしたりして大して変わらん気がするけどな

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 20:08:12 ID:burmEGiJ0
>>劉週も権力を得るために嫁さんとっかえたり

漁色でないのは北宋の皇帝だけ。
あとは女関係ではいろいろ問題アリ。
特に非難することもなかろう。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 05:41:22 ID:162yLwmk0
北宋の徽宗はかなり女漁りもしてたみたいだね。
息子や娘がたくさんいるし。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 08:21:16 ID:8cxxhFq00
北に連行される間に生まれた子や孫もいる。
長くは生きられなかっただろうなあ。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 15:48:46 ID:8ch11Iki0
漢の文帝もなかなかだと思う
薄葬令や対外消極策など光武帝が手本にした人でもある

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 23:49:28 ID:G8tRg0hA0
節約皇帝は一般的に評価高いな。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 03:24:05 ID:8T4x/2ha0
朱元章様

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 05:09:16 ID:y8lnZW510
度量というのは裏付けとなる実力があってこそ、大衆に「寛容」として受け止められる。
実力に欠けた度量はスタンドプレーか偽善でしかない。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 23:57:24 ID:ebIw+M6P0
後宮の女を減らす皇帝こそ名君w

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 00:22:54 ID:MzB8pY+i0
つ後唐明宗だね。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 00:49:43 ID:1GT7Q9+20
逆に、国家が滅亡の危機に瀕している時でも、
後宮に美女を集めることに精を出す昏君もいるし

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 19:53:40 ID:zWtkaE1f0
>116
さぁ、君は正史を読もう。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 20:48:32 ID:DCQg2gHO0
ロード・ブリティッシュ

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 07:41:44 ID:XCvlMhTn0
曹操=劉備=孫権>>>>>その他

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 01:17:04 ID:ok2nxA5M0
>>135
後漢末〜三国時代の中でか?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 01:23:45 ID:6IliRqz30
好意的に見れば天下人の器が3人もいたから統一できなかった
意地悪く見れば天下人の器がいなかった

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 13:17:35 ID:fHB159hP0
後者。
三国とも自滅して終わってるのが証左。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:36:52 ID:oyHjZxiRO
中国に名君はいないよ

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 19:01:38 ID:fHB159hP0
>>139
康熙帝。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:02:17 ID:uClfV08Q0
確かに中華人民共和国に名君はいないのかもな

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:38:16 ID:0OSm6CG90
周恩来はどう?
名「君」とまでは行かないだろうが。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 22:17:47 ID:0OSm6CG90
あ、もしかして>>139ってコレ?

110 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage ] 投稿日: 2007/05/09(水) 05:25:16 ID:Qvu513jt0
中国を中華人民共和国の略だと思ってファビョる人、
たまにいるんだよ。
多分古い資料とか読めない人だと思うけど。


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 23:58:59 ID:klSFM2rT0
>>125
生き残れても奴隷生活

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 12:30:21 ID:w3YmPjGl0
>>137
間違いなく前者だよ
他の時代に比べ三国時代は参謀のレベルが高すぎる

劉備には孔明と五虎将がいて魏延もおり、孫権には天才周瑜と魯粛がついているし
曹操にも司馬懿・張遼・張コウ・トウ艾と名軍師・名将が多くいた

3国時代は他の細く長い内容の薄いしょうもない時代に比べ
太く短いので内容が濃い
彼らが完全に統治した領域では平穏が守られ、凌ぎを削った場所では戦乱が訪れる
野心と理性をバランスよく持ち合わせた英雄とそれを支える参謀たちが
生まれる環境・条件が後漢末期には揃っていたという事

よく英雄の名を挙げ、もしあいつとこいつが同じ時代を生きて
戦っていたらどうなってたとか勝手に妄想するやつがいるが
それが現実の形として唯一実現したのが三国時代ってわけよ


146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 12:48:10 ID:uyd8S41t0
>>145「ですよねぇ〜?」
/ ,ィ         .:/   /::::∨:ヽ  |:.:         \:.  |
 //      .:  .:.:|  :/´`ヽ/゙|:.  |:.:.           l:. |
/ /      .:.:l .:.:./| .:/     !:.  ∧:.:    |:      |:./}
  {  .:.   .:.:.:.| .:.:/ .| .:/     |: /  l:.:   l:.   ヽ   l/ }\
  |  .:.:   .:.:.:.:| .:/\!./     /:../  !:.:.  /:.:    |:.  !/ト、 、
  | .:.|:.    :.::.:!⊥=、 \    /:.:/   l:.:.:. ハ:.:.:    |:.  |/l ',  〉
  | .:.|:.  .:.:.:.:.ィl:|  `ヾ、  _/_,/‐ 一十、/ |:.:   :.: |:.:.  |イ ∨
  | .:.|:.:  \:.:.:.| リ (::)    //イ´ ̄ 7 ∧ヾ:.  :.:. ト:.:  | !  |
  | .:ハ:.:.  :.ヽ:ヾミ、_,,   ´   (::)// 〉} .:.:.:  .:|:|:.:. l |  |
  ',:.:.:| ',:.:  .:.:.:.:\\   ,    ミ、 _,,  ´ノ .:.:.:.:  .:/:|:.:. l | /
  \{ ヽ:.  :.:.:∧ ̄  __         /.:.:.:.:.:.:  :∧:|:.:.:./:.!´
      ハ:.:.:.:.:.:.:ハ   ヽ  ̄` ァ   /-ー:.´:.:.:. .:.// |:.:/:.:ハ
      / ∧:.:.:|:.:.:|\  ゝ-- '      イ:.:.:.:.:.: .:.:∧  ,j/ \:.ヽ
.     l  ヽ \l:.:.:|  > 、  __,.  <´ /:.:.:.:.:.:.:.:/ ヽ __ --ミ }
      ',   \ !:.:.| /   丁 |   | /:.:.:.:.:.:.:.:/  /    ',:|
      〉   ヾ:.:.|′   |   !   !/:.:.:.:.:.:.:.:/  /      l|



147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 13:04:35 ID:MRbdtUIz0
pgrとしか言いようが無いな…

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 18:23:25 ID:U9BQ82zf0
下手な釣り乙

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:51:47 ID:oFXeSC450
>>145
ほうー ほうー

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 22:36:38 ID:BHIewNgf0
三国志厨は焼きギョーザを食っただけで中華料理を理解したつもりになってるに等しい。
他の人はもっと美味いいろんな中華料理を知ってるから、焼きギョーザだけを取り立てて
褒め上げたりしないだけだ。しかも「焼き」という形式は中国におけるギョーザ本来の食べ方じゃないわけで。
にも関わらず、彼らにとっては中華料理=焼きギョーザ、とにかくマンセーを主張してるって感じ。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 23:31:31 ID:6j9Zt43F0
ところが、そいつらが食った様々な中華料理は全て
三流以下の中華料理店で食したものであるにもかかわらず
中華料理の全てを理解したと勘違いし、
まるで巨匠にでもなったかのような気分になり、しまいには>>150のような
しょうもない書き込みをして自己満足に浸ってしまう人間が出てきてしまう

ただ実際は本場のギョーザすら食した事すらないただの知ったかだったのであるw


152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 23:44:32 ID:C9AhC2Mu0
自己満足は2chの華

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 02:48:02 ID:hfvoLzKZ0
後漢明帝あたりは仁徳の皇帝だな。
それと明の洪煕帝かな。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 12:38:22 ID:juz//uJq0
やあ

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 13:26:30 ID:nOqB6/yK0
>>153
洪煕帝が長生きしていたら、明朝の方向性は何か変わったかな。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/18(土) 21:32:40 ID:49QGmkav0
漢文鳥

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 00:13:00 ID:AtX0y4YA0
>>155
むしろ永楽帝や宣徳帝が異色で、洪煕帝はわりと明朝の標準路線だったのでは?

ま、明朝の場合、その標準皇帝が変なのばかりなわけだけど。


158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 20:39:57 ID:zeZ/gdpk0
明はあれだけおかしな皇帝ばかりでよく続いたもんだ。
中央集権の皇帝以下がぎりぎり破錠しないというか微妙なラインでもっ
た感じがする。皇帝が異常でもなんとかやりきる。
宋は逆に皇帝が糞だと国政への影響が甚大な気がする。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 00:26:15 ID:4d0WxavFO
破錠って誤字すごいな

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 20:59:34 ID:K+QFrAMn0
137
たしか陳瞬臣先生は後者だと断言していたね
しかし三流や四流の英雄ばかりだからこそ我々は彼らの生き様に共感できるのだ
ともあった。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 21:23:10 ID:rX9pln+T0
李世民や朱元璋のような傑物には確かに感情移入は難しいかも分からん

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 21:36:17 ID:jshjUE+U0
李世民は無理でも朱元璋は結構感情移入できると思うぞ。
人間の持ってる感情を鋭角化したような人物だから、書きようによっては凄く好感度の高い人物になると思う。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 00:39:12 ID:GhW4ajSK0
145
曹操・・・器用貧乏、すぐにぶち切れる、色ボケで失敗
孫権・・・ただの酒乱、後半は完全暗君
劉備・・・裏切りの天才、疫病神(彼が頼っていった所は全て悲惨な最期を遂げている)
はて、どこに器がいるって?

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 17:04:07 ID:PzjbjEfW0
>>163
最も情けないのは、その三人の国のどれでもない晋が天下を統一したってとこだな
まぁ、いいオチではあると思うがw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/03(水) 15:23:49 ID:ew8pcuTu0
>>163
劉備の資質は悪くないようだな。
周りがアホなだけということになるw

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