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。。。。。曹真。。。。。

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 15:48:28 ID:Lp16J3H40

 曹真(生年不詳-231年)は、三国時代の魏の武将。字は子丹で、曹操の一世代下の従子に当たる。曹邵
の子。曹操・曹丕(魏文帝)・曹叡(魏明帝)の三代に仕え、魏の宗室の筆頭格として重きをなした。また蜀漢
の諸葛亮の北伐から魏を防衛するも、三国演義においては諸葛亮と司馬懿の対決の引き立て役を当てら
れ、不遇をかこつている。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 15:54:32 ID:3XMnymf40
三国志でもっと評価されるべき人物の代表格だわな。



3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 18:07:48 ID:sKd+eUbE0
肥えてる人

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 23:39:20 ID:A40pXmtM0
wikiから

 曹真(そうしん、生年不詳−231年)は、三国時代の魏の武将。字は子丹。曹操の一世代下の従子(おい)
に当たる。曹邵の子。曹操・曹丕(魏の文帝)・曹叡(明帝)の三代に仕えた。
 特に曹叡の代には、魏の宗室の筆頭格として重きを為(な)し、また、蜀漢の諸葛亮の北伐から魏の領土
を守った。

若き日
 『三国志』の「曹真伝」によると、曹真は曹操の従子とはっきり記されている。彼の父の曹邵(字は伯南)は
曹操の同世代の従弟に当たるという。
 190年に、曹邵はの従兄の曹操が挙兵した時に一族として呼応した。しかし、豫州刺史・黄琬と悶着を起こ
して殺害されたという(曹邵の項を参照のこと)。こうして、曹操は曹真が年少の身で父を失ったことを憐れみ、
自らが引き取って他の子と同じように養い、(おそらく同年代であった)曹丕と起居を共にさせたという。
(また、裴松之が注に引く『三国志』の参考である『魏略』によると、曹真は元来は秦氏で曹操の家臣の秦伯
南の子であり、194年頃に秦伯南が袁術に追われた曹操の身代わりになって「わしが曹操だ」と叫んで戦死
した。その功績として、息子の真に曹氏と名乗らせたとある)
 若年期には猟ばかりしていて、ある日に曹真は虎に追われてしまった。しかし曹真は馬上から後ろ向きに
矢を放ち、虎を倒した。曹操はその勇敢さを褒め、自らの親衛部隊「虎豹騎」の隊長とした(以前には曹純・曹
休など曹操の一族がこれ務め、「虎豹騎」を率いていた)。


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 23:39:51 ID:A40pXmtM0
魏の重鎮として
 正史における目立った軍歴は、偏将軍時代の219年に漢中一帯に攻め込んだ劉備軍を迎撃するために下弁
に出陣したところから始まる。
 翌年、曹丕が魏帝国を興して即位すると、鎮西将軍(高位の将軍職)となり、雍州・涼州の軍事の長官となっ
た。222年には都・洛陽に戻って上軍大将軍となり、大きな軍権を握った。
 226年の曹丕の死の際には、曹休・陳羣・司馬懿と共に、後を継ぐ太子の曹叡を助けるよう委ねらている。曹
叡が即位すると、大将軍となり、邵陵侯に封じられた(裴松之は注で、父の名が入った封地は不自然なので誤
りではないかと指摘する)。
 その後、何度も諸葛亮率いる蜀漢の軍勢が祁山に攻め寄せるが、その都度撃退に成功した。その功績によ
り大司馬となり、帯剣したままの昇殿と、宮殿内で早足で歩かなくてもよいこと(当時の宮殿内では皇族でも臣
下は屈んで早足で歩かなければならなかった)を認められた。同時に多くの封地を賜ったが、曹真は若い時に
共に曹操に仕えていた従弟の曹遵や同郷で親戚でもある朱讃が早くに亡くなってしまったことを憐れみ、その
子らに封地を分け与えるなど、自らの幼い頃の苦労と重ね合わせたように情で報いている。また、恩賞が足り
ない者がいれば、自らの財産を与えるなどしたと言われている。このため、曹真は将兵から人望が厚く、その
率いる軍の団結力も強固なものであったという。
 230年の秋に再度、諸葛亮が祁山に攻めて来たが、秋の長雨が長引いて停戦状態だったという。結局は蜀
漢も魏の両軍とも撤退した。
 洛陽に戻った曹真は間もなく重病となり翌年春3月に逝去した。生前の彼が寛容で大望を持った人物として元
侯の諡号を送られた。

 なお、『三国志』「魏書」の王粲伝中に附伝された呉質伝が注に引く『魏略』によれば、曹真は相当に太ってい
た人物であったため、呉質からそれを酒宴でからかわれて激怒したという逸話が残っている。


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 23:40:24 ID:A40pXmtM0
『三国志演義』における曹真
 『演義』における曹真は、宗室の一人の有力者として魏を支えようとするものの、蜀の諸葛亮の圧倒的に優れ
た知略の前に連戦連敗を喫してしまう。
 さらに諸葛亮相手に奮戦する同僚の将軍司馬懿と自らを比べ、能力の差に愕然とする。
 決して暗愚ではなく、かつ人の意見を聞き入れる度量もあるのだが、なまじ聡明なためになおその格差がわ
かって心中苦しみ続け、しまいに腹心の王双が魏延に斬られるなど心身的に憔悴してしまった。また司馬懿と
の賭けで負けてしまい、ついには病に倒れ、最後には諸葛亮の罵言の書状を読んだショックで死んでしまった。
 即ち『三国志演義』の後半のクライマックスである諸葛亮と司馬懿の知恵比べを、「曹真」というごく普通の人
物・キャラクタを設定することで、読み手は「実際」に普通の人物から見た両者の人物像が作り易くなってよりス
トーリーに没入できると共に、話にリアリティを持たせることに成功している。

大将軍曹真残碑
 時代は下って清朝の道光年間(1821年−1850年)、陝西省西安の郊外で、曹真の業績を称えた石碑が発掘
された。
 石碑は曹真の死亡から数年後の235年−236年の頃の建立と推定され、内容は一部しか残っていないものの、
蜀漢の諸葛亮が攻めて来たのを曹真が迎撃したというものである。文章の書体(魏代の隷書)も書道史的に高
い価値を持つ。なお、文中の「蜀」と「諸葛亮」の間の文字が削られているが、これは3世紀の建立時には魏の
立場から「蜀賊諸葛亮」とあったのを、発掘後に『三国志演義』の諸葛孔明の大活躍を愛する地元民によって、
「賊」の字が削り取られたものである。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 01:55:47 ID:VrpN7agC0
ローマと仲良し。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/19(月) 23:56:15 ID:+KbJOkWe0
諸葛亮と司馬懿の引き立て役

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 21:49:23 ID:dN06ufpL0
つまりただのピザ。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 19:40:39 ID:ytTibeqn0
曹真は曹休とほぼ同格だよ。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 18:48:24 ID:FPJTyaOyO
王双が死んだ 王双が死んだ

うーん(バタッ)

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 23:37:55 ID:ZtyCdL9v0
また演義の犠牲者か。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/14(土) 23:59:38 ID:G8tRg0hA0
魏延に比べればまし

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 19:20:48 ID:GAyM4l010
完全なる良将
何人いても嬉しいタイプ

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 23:25:10 ID:b2lp7f/30
こういう出しゃばらないけど、きちんといい仕事をしてくれる人は、
ありがたい存在だねえ。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/12(土) 03:27:39 ID:73vwtWpkO
そうか。魏には曹真さんがいる!

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 01:10:14 ID:Dh7IxZo80
大秦との通商は大手柄だよね?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 01:36:36 ID:cWOO/YrZ0
三国志名将二十四選
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1180016273/

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:23:14 ID:oFXeSC450
百度百科「曹真」
http://baike.baidu.com/view/38796.htm

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 09:23:49 ID:j/u1nCCU0
( ´w`)<曹真にメール送信したよ、ナンチテ

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 09:46:22 ID:Oi480fcFO
(´・ω・`)>曹真はやってくれる。そう信じている

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/19(木) 09:37:26 ID:21C11Yf90
曹仁スレはここですか?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 09:23:09 ID:KEnvyVjc0
そうだお( ^ω^)

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 09:10:46 ID:iabT/ub40
なんとういう空気スレ

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/03(金) 09:19:19 ID:QjBbkXJh0
曹純を語るか・・・・

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 09:20:32 ID:IzXvBf1V0
曹一族って、本当にみんな血縁者なの?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/11(土) 23:37:15 ID:4ejIYqK+0
( ^ω^)ぅうむっ。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/12(日) 00:17:08 ID:dh73xYCV0
曹操が天下取ってても八王の乱並に荒れること間違いなしw

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/16(木) 10:06:44 ID:pg3EBwAB0
そーいう決め付けはよくないお

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/18(土) 21:07:25 ID:A2KXSnah0
曹仁が皇帝になるお

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 23:05:29 ID:H7wHys0s0
無りっす

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 23:31:41 ID:6gjDXT+D0
個別スレ立てるほどの人物じゃないだろ

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 09:38:53 ID:Ro63GBRy0
おっと・・・・

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:18:16 ID:Ja3gE9UQ0
>>28曹操は血縁をそれほど優遇してなかったと思うが

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/29(水) 09:27:49 ID:JTmWc2H60
とういうか曹否が一門を遠ざけた

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 16:13:57 ID:bRy4uZg10
曹一門はイマイチな人間が多いなぁ

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 21:17:28 ID:aOmD1Hkr0
( #^ω^)ビキビキ

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 18:08:38 ID:YrzNPfsM0
無双の曹仁は実は声が高い


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 20:41:23 ID:V53Joem00
ウホッって感じ

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 22:37:20 ID:ajsSF21R0
40get!

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 20:26:05 ID:isVXLmki0
攻城兵器さえ破壊すれば・・・・勝てる!

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 13:59:55 ID:6nHRGuLN0
無双厨乙

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 23:46:35 ID:+RcJC0qs0
あばばあばば

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 23:55:26 ID:gMt1Up0V0
この人がさ、クシャーン朝の遣使をとりつけたっていう話の出典は何なの?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 06:28:56 ID:O8bW8FAp0
正史において、誰々が仲介したという記述はどこにも無いね。
大月氏の使者が魏を訪れたとき、曹真が西方を担当していたことからの推測かな?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/01(月) 20:51:35 ID:YvNTJMZb0
「曹真 貴霜」で検索してもそれらしい話はヒットしない
「曹真 クシャーナ朝」で変な話が出てくるだけ

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 09:26:07 ID:qgQROuGC0
曹真は一族でもかなりの高位
有能さの裏づけ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/05(金) 15:55:19 ID:V6N0Dy4y0
大月氏とクシャンて同一て確定してるの? 大月氏はモンゴル系かと
思ってたよ・・。 つーか大月氏て何なんだろうね。実態がわからんから
不思議。

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