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【確定は】 中国名将百選 其ノ四 【誰だ!?】

1 :代理:2007/04/15(日) 09:45:49 ID:Pj2Smi8z0
書き込めなくなった?らしいので立てました

2 :代理:2007/04/15(日) 09:47:37 ID:Pj2Smi8z0
1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [] 投稿日:2006/11/14(火) 13:26:14 ID:cwVjzMAO0
 中国の長い歴史の中で登場した数多くの武将たちの中から、特筆に値するであろう名将百名を選ぼうというスレです。
 要は作家の田中某氏の著作「中国武将列伝」と同じ企画ですが、田中某氏の評価に従う必要はなく、各人それぞれの
評価によって、百選に入れるべき武将を推挙して下さい。

・推挙する武将については、その理由を述べること。
・対象となる武将は、近世以前の武将とし、近代以降の軍人は含めない。
・対象となる武将は、特定の時代に偏らないように配慮する。

 以上の三点に留意して、中国名将百選を決めましょう。

前々々スレ
【みんなで】 中国名将百選 【決めよう】
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1163478374/
前々スレ
【中々】 中国名将百選 其ノ弐 【決まらんね】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1167560946/
前スレ
【確定は】 中国名将百選 其ノ参 【誰だ!?】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1170812626/

3 :代理:2007/04/15(日) 09:48:47 ID:Pj2Smi8z0
時代区分

春秋戦国(紀元前771年〜紀元前221年 550年間)
統一秦〜前漢(紀元前221年〜紀元前8年 213年間)
新・後漢(紀元前8年〜紀元220年 228年間)
三国〜両晋(220年〜439年 219年間)
南北朝(439年〜589年 150年間)
隋・唐(589年〜907年 318年間)
五代〜北宋・遼(907年〜1127年 220年間)
南宋・金〜元(1127年〜1368年 241年間)
明(1368年〜1644年 276年間)
清(1636年〜1912年 276年間)

4 :代理:2007/04/15(日) 09:49:41 ID:Pj2Smi8z0
これまでのまとめ、はどうなってるか分からないので誰かお願いします。
以上。

5 ::2007/04/15(日) 09:59:03 ID:D0oU8gsK0
代理の方 乙です
現在の状況
南宋・金〜元
【確定組】
 宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共](孟sル)、
【候補】
成吉思汗(チンギスハーン)、忽必烈(フビライ) 、完顔宗弼(ウジュ) 、伯顔(バヤン)
 阿朮(アジュ) 、韓世忠、杜杲、張弘範
張俊、呉?、呉リン、劉キ[金奇] 、虞允文、李顕忠、楊存中、僕散忠義
 徒単合喜、宗翰(ネメガ)、史天沢、兀良合台(ウリャンハタイ)
 劉整、脱脱(トクト)、呂文煥 、完顔陳和尚、郭侃、李庭芝
bヨ雷(トゥルイ) 速不台(スブタイ)、木華黎(ムカリ)


前スレより
>850:名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/14(土) 07:12:11 ID:9iDv5RQB0
「誰某が名将としてどの程度か」と問うならば、
全ての手柄を斟酌してその手腕を量るべきだろう。
一部だけ切り抜いて量ることなど不可能だし意味がない。

そもそも漢人でも戦歴をぶつ切りにされるというのはおかしな話である。
蒙古帝国が中国ではない、というのは判る。
だが彼を選外とするのは「漢人が中国人ではない」と言ってることと同じだ。これはおかしい。
民族の一個人として見れば、その手柄の立てた場所とか相手を区別して云々する必要はない。

それに1127年の靖康の変で宋は南北支那の統一王朝としての面目を完全に失っている。
燕雲十六州を支配したのみの遼を北朝と呼ぶことは難しいかもしれないが、
中原を完全に支配した金はそう呼んで差し支えないだろう。
支那史のお約束通りに考えるならば、
その金は1234年に蒙古の攻撃で滅んでいるので、北朝としての天命は蒙古勢力に移行したのだ。
以後の西征は紛れもなく北半分の統一王朝の遠征であるので除外する必要はない。
その論理は無茶だと言うならば、五胡の蛮兵や、統一した隋以前の北朝の指揮官、唐の外国人の客将は全て除いて頂きたい。


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 10:39:32 ID:RJ3LHnlu0
>>1スレ立て乙です

スレの流れをぶった切ってまで前スレ>>777やら前スレ>>788の定義を固めてもらっらんだから、
まずはそれを遵守して運用すべきじゃないですか?不満や不都合があるなら明確な改訂案を出すべきであって、
特定の将に対して抜け道探すような手法はせっかく決めた定義が無意味なものになってしまいます。


前スレ>>838
>郭侃は最終的に元にいたんだよね?
>名将か否か判断するのに○○時はのぞくなんておかしい。途中どこにいようが関係ない、
>趙亡命時の楽毅だけをみて燕時代を無視するのと同じだろ
>全体を見て判断しないといけないと思う
名将の評価と言う意味ではその意見は正しいでしょうけど、
ここは「中国の」名将を選ぶスレなので評価する上で仕えた政権や活躍の場所の吟味は重要です。
燕時代の楽毅の活躍を、楽毅が最後に趙にいたんだから趙将の業績だというのはおかしくないですか?


前スレ>>850
北半分の領土的抑えただけで、南朝への遠征放っておいて
西への遠征するような政権は中国政権とはいえないという見方もあるでしょう。
初期は首都すらない完全な遊牧民国家だし、オゴデイ〜モンケまでは
カラコルムに首都おいたとはいえ現モンゴル共和国で、
中華人民共和国内の内モンゴル自治区ですらないわけで、
中国政権とはみなせず、先行政権扱いが妥当と思いますが。

>五胡の蛮兵や、統一した隋以前の北朝の指揮官
それらの政権は基本的に中国の領土獲得を主眼に行動しているので
モンゴルとは性質が異なります。単に拡張期のモンゴルが特殊なだけだけど。

>唐の外国人の客将
元朝より前のモンゴルと唐では国家思想も国家の形式も全く異なり、
唐は完全な中華統一帝国であるので、客将であっても中国の将からの
除外比較対象に上げること自体間違ってると思いますよ。

>だが彼を選外とするのは「漢人が中国人ではない」と言ってることと同じだ。これはおかしい。
>民族の一個人として見れば、その手柄の立てた場所とか相手を区別して云々する必要はない。
その論理が正しいなら、異民族の名将は中国じゃなくて本来の民族の将だっていうのが正しいことになるんでは?
「既に確定に上がっている名将のうち、五胡やら突厥その他異民族出身の将は
それぞれの民族の将だから選外にすべき」っていう意見が出てきたらどう反論しますか?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 10:45:04 ID:RJ3LHnlu0
前スレで決まった定義を再掲

前スレ>>777 ◆oOLAqFKRB. 2007/04/07(土) 22:00:07 ID:G49b2+p90
そんでもって以前選定者の一人に選ばれたわけですが、
>>505>>761の折衷というだけでは具体的な形が見えないのでここに概論を書きます。
・基本は正史ベース。二次資料から引いてくる場合は典拠を明らかにする。
 (資治通鑑より、とか出典・十国春秋、とか)
・異民族武将に関しては守勢(中国からの侵略に対する防衛戦)で高名な武将であっても除外、
 中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
 当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
 ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
・征服王朝の先行政権における武将の場合、中国本土に攻め入って領土を攻め取るか橋頭堡を作り、
 そのうえでのちに来る征服王朝の樹立に貢献した武将を資格ありとする。
 ・・・こんなんで。

 俺の頭ではこれ以上波風立たせずに全員を納得させる案は立てられんです。
 ◆RQdk7scN8sさんや○さんがもっと洗練された定義案を出してくれるのを希望。

前スレ>>788 ◆oOLAqFKRB. 2007/04/09(月) 00:22:27 ID:7CdWDV6X0
>>777を全時代に適応できる汎用定義にすることについてアップデート。
・中国統一政権下における外征で活躍した武将もカウントする。
 唐の李靖の突厥討伐、清の策稜らのジュンガル討伐を認める、ということで。
まだまだ完全な定義足りえないのは承知ですが、そこは諸兄に任せます。
本音を言うと他の人が完璧な定義を持ち出してくれると助かるんやけど、怠慢はよくないわな。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 10:54:35 ID:k9NPg/DdO
>>1 乙&d
一応スレ立てチャレンジしてみたが俺には無理だったので
仕方ないのでに>>1の方に代わりに立ててもらった
長文の所為で要領一杯になっちゃったんだから
心当たりがある奴が次スレぐらい立てろよと言いたい!!


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 11:00:35 ID:u6nOquCr0
>>1
乙華麗

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 11:24:56 ID:NIBuulv0O
原則的に

民族、出自に関わらず、中国本土での戦いに参加した者を対象とする。

国内平定後は、戦地が国内から国外に移るのは自然の理であり、
当然その場合は、その戦いも対象となる。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 11:35:22 ID:NIBuulv0O
ただし、その人物、及び政権、王朝、国家が、中国の領土、
政治や経済、文化の継承をする意志がない場合、その対象より外れる。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 11:36:30 ID:RJ3LHnlu0
ここまでのまとめ

春秋戦国 其ノ弐>>623
【確定】
楽毅、楚の荘王(熊侶)、白起、李牧、王翦、呉起、廉頗、孫武、樗里疾
【候補】
士会、魏無忌(信陵君)、趙の武霊王

統一秦〜前漢 其ノ弐>>831
【確定】
韓信、項羽、霍去病、衛青、趙充国、陳湯、周亜父、章邯、灌嬰(暫定)
【候補】
劉邦、曹参、彭越、鄭吉

新・後漢 其ノ参>>171
【確定】
劉秀、馮異、樊崇、耿弇(エン)、呉漢、班超、段熲(ケイ)、馬賢、曹操
【候補・議論中】
岑彭、周瑜

三国〜両晋 其ノ参>>169
【確定】
ケ艾、石勒、祖逖、王猛、劉曜、慕容垂、慕容恪、桓温、拓跋珪
【候補】
陶侃、石虎、謝艾、謝玄、冉閔

南北朝 其ノ参>>278、284
【確定】
劉裕、檀道済、韋叡、陳慶之、拓跋燾(トウ)、蘭欽、斛律光、高洋、韋叔裕、段韶

隋・唐 其ノ参>>468、475
【確定】
楊素、李世民、李靖 、李勣、裴行倹、薛仁貴、郭子儀、李光弼、李克用、史思明
【候補・議論中】
李晟 or 李愬(郭子儀 or 李光弼との入替)

五代〜北宋・遼 其ノ参>>786
【確定】
李存勗、柴栄、趙匡胤、楊師厚、狄青、李存審、狆(チュウ)師道、楊延昭、李継遷、耶律徳光

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 11:39:42 ID:RJ3LHnlu0
ごめんなさい、スレ番参照でミスがありました。
新・後漢 其ノ参>>71です。

14 ::2007/04/15(日) 12:18:21 ID:D0oU8gsK0
自分は西征での郭侃の功績を認めるべきでは無いと言うつもりはありません。
遠征での功績はもちろん考慮すべきだと思います。
自分が主張しているのはその範囲なんです。
モンゴル帝国の領土拡大は世界史から見ても類を見ませんよね?
当時の全世界の大半を征服したのは確かに凄いことです。
確かモンゴルを除く歴代王朝の遠征は東アジア圏(ベトナムを含む)
に於いて行われていますよね?
(西域は入れないのかいと言うツッコミはご勘弁を
西域の事を忘れてました…)
だからあえて東アジア圏に限定してはどうでしょうか?
と言うのが自分の主張なんです。
(個人的には中近東での活躍を含めるのは違和感がありますので)
しかし諸兄がそんな枠に縛られずどの地域での功績を認めるべきだと
仰るなら自分はそれにしたがいます。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 12:42:55 ID:wwoVJMbhO
モンゴルを先行政権と認めるか否かで決めるべきかな、と
認めるのであれば違和感どうのと言って個人的感情でその範囲に制限かけるのはおかしい


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 12:50:21 ID:RJ3LHnlu0
>>15
先行政権止まりなら、>>7に従えば遠征の業績は除外になるんでは?
元以前のモンゴルを中国統一政権として認めるか否かではないかと。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 13:18:35 ID:hQ7KfBf60
孫?、花木蘭、李廣、岳飛、鄭成功、戚継光、李陵、高仙芝

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 13:36:21 ID:NIBuulv0O
前スレの850の主張って、


甲子園で活躍し、直接大リーガーになってタイトル穫りまくるも、
その後、日本プロ野球に移籍したときは、タイトルは穫れなかった選手にたいし、
大リーグでの活躍、成績をもって、日本プロ野球の10大名選手の中に入れろっていうようなもんだろ?


良識ある人ならば参考までにとどめ、話を先に進めると思うが。

19 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/15(日) 17:48:59 ID:/WpUledx0
ええと…
出遅れました、すみません。
>>1の人および呼びかけてくれた人、ごくろうさまです。
容量制限あったの初めて知りました。
長文あったら早めにスレ立てなければならないことがよくわかりました。
以後、他所でも気をつけよう。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 19:25:24 ID:y8lnZW510
>>6
〇、政略
一、戦略

↑はこのスレでは不要だが、真の名将たる者、自ら事を処し、自ら計を決めるべきだろうが、
このスレで問われるのは↓の五つだろう。

二、戦術
三、戦功
四、出身民族
五、所属勢力
六、三を立てた戦域

俺は二、三の条件を満たしたならば、
四、五はどちらか一つしか満たしてなくても入選を認め、
あまり意味のない六は除けと言っている。

>>18
野球の場合、大リーグ>日本プロ野球は明らかだが、近代以前の阿州、欧州、西亜、南亜、北亜、東亜は基本的に並列。
良識以前に比喩としておかしいことが自分で判らんのだろうか?
少なくとも貴方は良識を知る者ではないな。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 20:48:16 ID:RJ3LHnlu0
>>20

>四、出身民族
>五、所属勢力
なんで>>7の定義が設定されたか、そこにいたるまでどれだけ議論が費やされたか理解してますか?
四、五が、万人が認めるように定義できるなら、その基準でも問題ないのですけど。
あなたの頭の中では明確な定義があるのかもしれないですが、
五胡や五代、遼や金や元や清あたりのカオスな状況を整理できる定義なんでしょうか?
もしそうなら、ぜひ定義案として提示してください。


あとNIBuulv0Oさんの代わりにコメントしますけど、
なにか論旨を誤解してませんか?それとも意図的にすり替えてます?
大リーグ>日本プロ野球のレベル差なんて、>>18の論旨には全く関係ないです。
大リーグ=日本プロ野球と考えて読み直してください。その上で反論してください。

22 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/15(日) 21:11:17 ID:adogH1CA0
俺も長文で書けなくなるとか知らんかったです。すいません。
>>1さん、>>8さん、他迷惑をかけた諸兄、申し訳ない。
でも俺スレ立て技術ないんよ・・・。
とりあえず今度からは訳文を出来る限り削る方向で行こうと思うんでお許しください。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 21:12:00 ID:y8lnZW510
選手(名将)のみを語るべきで、リーグ(戦域)はどうでもいい、境界線上の闖入者を決められる訳がなかろう。
また、>>18の定義でも「日本人の野球選手」としては十分名手と言える。
俺は「日本リーグの選手」としてどうかなんて言ってない。
意図的に論旨を摩り替えているのはNIBuulv0O氏だろ。
このスレで語られる「中国名将」は複合的なものだし、比喩としては全く不適当。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 21:25:03 ID:RJ3LHnlu0
>>23
だから「中国人」とは何かを定義できるのかといってるんですがね。
西晋崩壊以降、いろんな民族の流入・混血が進んで中国人・漢民族の定義は困難だから、
スレの当初から一貫して所属政権でもって定義する方向で進めてきているわけですよ。

民族的な定義付けを主張するならば、まずは中国人とは何か?を明確に定義できる案を提示してください。
それがいいもので多少の修正で採用できそうなら、皆の意見を反映した上で採用されるでしょうし、
穴がありすぎるようなら議論するだけ時間の無駄なので却下になるでしょう。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 21:34:58 ID:NIBuulv0O
>>20
俺だした喩えで、その選手が外れる可能性があるぐらいは、分かるよな?
同じ選手が、同じ競技をしてても外れるように、
郭侃の功績が限定されのはしょうがない。

まず、過去スレぐらい嫁。で、その中には名将といえども外れた人物はいる。
何故か?そのぐらいは考えろよ。

郭侃を入れたら対象になる武将が、際限なく増えてしまう。
その中には中華風の国号を名乗り、中国本土まで攻め入ったような人物までいる。
だが一般的には、その人物を中国人だとは思わない。
そんなのまで認めたら、中国じゃなくて、アジア史だ。
完璧に板違いになる。だから皆が知恵出し合って定義を決めてきた。
それを自分のワガママで変えろと言うのであれば、良識がある人間とは思えない。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 21:49:03 ID:k9NPg/DdO
>>22
許すも何も俺は別に長文に対して怒ってる訳じゃないぞw

>でも俺スレ立て技術ないんよ・・・。
俺の場合は技術じゃなくトライしたけどハード的問題でスレ立て失敗したのさ・・・orz
スレ立てるのって環境さえ整ってれば簡単らしいけどな

それと郭侃の参加した遠征は中国統一政権下における外征では無いのだから
功績としてはノーカウントにするのがが妥当だろうな
それと>>18での例えは結構的を得てると思うけど…
あとねy8lnZW510氏がどう思うかは自由だが
良識を知る者ではないなとか言わない方がいいと思うぞ
逆にそんな風にカキコされたら憤慨しませんか?  現にNIBuulv0O氏は憤慨してますよ

NIBuulv0O氏そう興奮せずモチツケ


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 22:17:48 ID:NIBuulv0O
ID:y8lnZW510に素直に聞きたい。
郭侃は中国本土で全く功績がないとでも思ってるのか?

個人的に俺は、宋弼よりも郭侃の方が、このスレてきにふさわしいと思ってる。

宋弼は負けすぎてる。東西から攻めるなどの技量は評価できるが、
それならば郭侃の西での活躍をもって、その意見に答えたい。



こんな感じの議論をするのが、このスレの流れ。
都合よく定義を変えるのは、ルール違反だ。



>>26
俺は>>850の意見が無茶苦茶すぎるから言ったまで。
自分の推す人物が入らないなら、やり直せと言うのなら、
せめて郭侃と同じように、統一以前の中国外の活躍をもって確定した人物を
具体的に取り上げ、その人物がいるから入るor外せ
と言うのなら分かるよ。じゃなけりゃ誘拐犯が人質とって金を要求するのと変わらない。

>>850を正式に取り下げるなら、こちらも謝罪はする。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 22:43:27 ID:k9NPg/DdO
>>27
うんNIBuulv0O氏の主張は最もだと思うよ
でもねあの人は自分の考えが絶対だと思い込んでる様に見えるよな
ここではみんなで決めた定義に沿って議論してるはずなのにね…

それと多分、あちらの方は人には侮辱的なこと言う割りには
自分が逆の立場になったらブチギレるであろうタイプの人間だから
あえてNIBuulv0O氏にモチツケと振ったのさ おK?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:01:28 ID:y8lnZW510
野球の場合、その区別は容易い。
一、大リーグ
二、日本プロ野球

だが、文化圏は容易に区切ることは出来ないし、↓のように無理に分けるしかない。
一、東亜
二、東亜〜北亜
三、北亜

やはりNIBuulv0Oの比喩は無茶苦茶過ぎる不適切なものだ。
まあそれはどうでもいい。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:07:44 ID:RJ3LHnlu0
・・・なんかもう相手するだけ時間の無駄なような気がしてきた。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:25:37 ID:k9NPg/DdO
>>29
>まあそれはどうでもいい。
じゃあわざわざ刺激するようなレスよこすなよと言いたい…


NIBuulv0O氏、RJ3LHnlu0氏
あの方の相手するのもうやめようぜ


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:36:47 ID:bJsmtWF40
今更でなんなんだけど、「中国」の定義ってどうなってるの?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/15(日) 23:56:53 ID:wwoVJMbhO
>>18 の例えは的外れだと俺も思う

34 :RJ3LHnlu0:2007/04/16(月) 00:02:17 ID:RJ3LHnlu0
>>31
>まあそれはどうでもいい。
は、その後の反論なり、定義案なり考えてるのかと少しだけ期待したけど、
1時間近くたっても投下ないのでまともに議論する気ないのが確定ですね。
相手しないに同意します。NG登録したいくらいです・・・。

>>32
そこに踏み込むとスレの趣旨から外れるのと、結論出せないということで、
これが「中国」というみんなで合意した明確な定義っていうのは決まってないと思いますよ。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 00:05:43 ID:TUPTWbh/0
この時代専門でないのに口を挟むのもなんだけど
現在の確定が宋3人に金1人
普通、防衛より攻め込む方がエネルギー要るもんでしょ
元贔屓の人にがむばってもらいたい
バヤンとか確定主張しなくていいの?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 00:07:43 ID:3oHnWORa0
間違った方向と雖も、半年間で培われた旧法に対して、新法を一時間で出せと言うのは無理な要求だなあ。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 00:18:28 ID:6MwUiMrMO
>>33
俺が言いたいのは、>>850で同じ人物が、
ある期間が入り、ある期間が外れるなんてあり得ないと言うから、
仮に「日本のプロ野球での10大名選手を決める」なんてスレがあって、
その選手がNPBでの実績が乏しいなら、大リーグでの活躍は外れる。
同じ競技でも、所属と場所により外さなくてはいけないこともあると言いたいだけ。
それでも的外れと思うなら、ここはそういうスレだからあきらめてもらうしかない。

>>28
おk
言い過ぎた。スミマセン。

じゃ、改めて郭侃を推挙。確かに西方での活躍が華々しが、
対金戦役に従事しているので、全くの無縁な人物ではない。
フビライのもとに使えた後のことは、その置かれた状況を考慮して欲しい。
一時的とはいえ、敵対してる人物の配下にいて、
多大な功績を残してる武将に対しては、与えるだけの活躍の場がなかっただけ。

郭侃が確定入りすることはあっても、候補から落ちることはないと思うので、
さほど必死になれず。

まだ席は空いてるし、伯顔が相手ならば、中国本土のみの活躍限定なら分が悪いが、
それ以外の人物であれば、十分に太刀打ちできると思う。

38 :RJ3LHnlu0:2007/04/16(月) 00:22:19 ID:27vtNhal0
>>36
別に定義案がすぐに出てくる必要はないけど、時間が必要ならその旨書き込めば済む話。
また彼の発言からすれば、彼なりの定義が彼の中で決まってないとおかしいので、概案くらい出せるはず。
それに直前の反論に対してろくに反論せず、自分の言いたいことと捨て台詞だけ残して去っていくようでは・・・

>>35
前スレ817・818あたりで確定に推す意見があり、その後反対意見もないので伯顔は確定でいいんでないですかね。

39 :RJ3LHnlu0:2007/04/16(月) 01:13:05 ID:27vtNhal0
>>37
対金戦のトゥルイ、スブタイや、南宋戦のアジュ、張弘範あたりを超える東方の功績があるんでしょうか。
不勉強なので、できれば功績の詳細をご教示いただきたいです。そのうち◆oOLAqFKRB.さんが推薦文投下してくれるかな?

あとスレ違いの話題かもしれませんがフラグの西征だと、バイバルスに負けるまでは無敗だったキトブカがまず思い浮かぶのですが、
郭侃がキトブカあたりと同格の将だったのか、フラグ・キトブカあたりの統率下での一武将だったのか、とかも興味あります。
ペルシャ側の集史には郭侃の記述がないらしいですが、逆に元史だとキトブカの業績がなかったりするんでしょうか?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 01:24:40 ID:3oHnWORa0
>>32
中国が何かは知らないが、
支那大陸が支那海〜崑崙山脈〜戈壁沙漠の自然境界線の輪に囲まれた場所とは定義可能だろう。
その中心地が中原と呼ばれ、正統王朝なり統一王朝としての求心力はそこを支配することで生まれる。
問題は外への玄関口にあたる河西、関東、雲南〜越南の、
三つの回廊地帯(と非漢文化の後背地)に割拠した西夏、遼、高句麗、渤海、朝鮮諸王朝、南詔、大理、越南諸王朝などの独立志向の地方政権を如何に捉えるかということだと思う。

また、支那の内側にも、長城という人為境界線に、
黄河、秦淮線、長江の三つの自然境界線が、合計四つ横たわっている。
北からの国防は上記の四つを防御コンプレックスとして行われた。
実際には南朝が反攻することは稀で、呑み込まれることがほとんどである。
その奇跡を成し遂げた君臣が存在する。

太祖開天行道肇紀立極大聖至神仁文義武俊コ成功高皇帝朱元璋とその忠実なる下僕徐達である。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 07:11:44 ID:hUp+9G4SO
>>37
そうなの?俺はあんまり詳しくないから偉そうなこと言えないけど
郭侃って西征での功績はすげぇ〜ものがあるのはわかるけど
百人・千人長時代と遠征後の南宋攻めでの功績ってどうなんだろう?
というのがあるね
俺も◆oOLAqFKRB.氏が推薦文を投下してくれるのを期待したい!!
>>35
これ又詳しくないから偉そうなこと言えないけど
バヤンの南宋攻めでの活躍ぶりは確定入りに十分過ぎるほどのものがあると思うな


で例の人はもう嫌なら無理に参加してもらわなくてもいいんじゃない?

42 ::2007/04/16(月) 17:47:54 ID:9IoQbNQZ0
自分は別に元贔屓じゃないけど一応投下。

伯顔(バヤン)の功績
対宋戦にて総司令官に任命される。
その際、鄂州、常州、無錫、湖州などの都市を陥落させる。
南宋の都、臨安府を落とし、宋の恭帝ら皇族を捕縛。
南宋の武将、趙文義、范興を討ち取る。
南宋の宰相、賈似道を撃破。
伯顔(バヤン)の活躍振りはこんな感じです。
・・・十傑入り決定でいいのではないでしようか?
あと南宋、平定後のモンゴル高原に置ける反乱鎮圧は功績に入れるでしょうか?。
諸兄の意見を伺いたいです。
なお異論を唱える方は持論なり理由なりを是非、書き込みしてほしいですね。
そうじゃないと今回な結果になっちゃいますよ・・・

43 ::2007/04/16(月) 18:17:08 ID:9IoQbNQZ0
>>42の追記
自分はバヤンのモンゴル高原に置ける反乱鎮圧は功績に含めないが妥当かと。
>>7で示されてる定義に適合しないと思いますし。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 20:33:34 ID:areLor/Y0
次は明代か。
朱元璋を「名将」扱いするかどうかで一悶着ありそうだが
自分としては入れてもいいと思う。
何といっても江南から北伐して成功して中国統一に成功しているのが大きい。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 21:28:18 ID:hUp+9G4SO
>>44
まあそう慌てるな
まだ南宋・金・元の審議中だ
それに郭侃、バヤンの件についても話合ってる最中なんだし
それに明の審議中に次は清か〇〇の扱いはどうなるんだろうみたいな
横槍入れられたら嫌だろ?
自分の得意な時代が待ちどうしい気持ちは分かるが
俺も以前に先走ったことして注意されたことがあるんだ
だからもう少し我慢してくれよ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 21:53:23 ID:areLor/Y0
>>45
悪かった。反省します。

しかし元代で現代中国の領域内での活躍に限定するのは難しいな。
郭侃は言わずもがなだしバヤンも対ハイドゥ戦の功績もあるし。

取り敢えず史天沢を推薦しておく。
漢人世侯で終始中国内で戦った武将。

47 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/16(月) 22:00:26 ID:Io2Ki5sF0
期待されてよーなので郭侃、落とします。ただし西域抜きで。
郭侃(あざなは仲和)
 丞相史天沢に見出されその家で教養を学ぶ。知勇兼備し二十歳のとき百戸長
となった。金の伯撒が衛州を侵すとここを守り、大勝して敵軍4万を潰走させ
る。金主を襲い閼伯台を破った。速不台の節度下に入り汴を攻め、金の元帥・
崔立を降す。のち再び史天沢の節度下に戻り、太康に屯する。功績により千戸
長とされた。
 フラグ汗の遠征に従軍。この時期の蒙古は先行政権と考えるのでこの期間の
活躍は無視。とりあえず無敵無敗で「東天の将軍、神人なり」と現地の人々に
畏れられた。
 フビライ即位後中国に戻る。国号を定めること、都城を修築すること、尚書
省、御史台の設置、学校その他の創建、そして宋伐戦の方略などを上奏する。
宋伐戦の方略はやはり荊州、襄陽地方の攻略を要とするもの。
 中統二年、江漢大都督府理問官となる。翌年、益都の李壇と徐州総管李杲哥
の叛乱平定に出陣、李杲哥を殺す。南宋の夏貴が辺境を脅かすとこれを攻め破
り軍民1万余を奪う。夏貴が3万の軍勢を率いて再度辺境を騒がすとこれを迎
撃、1千余を斬り殺し、戦艦2百艘を奪った。
 至元五年、呉乞児と道士・胡王の乱を平定、七年、改めて白馬に駐留して僧
侶・臧羅漢、彰徳の趙当驢の叛乱を鎮める。功績により万戸長。阿朮の襄陽攻
めに従軍、襄陽・樊城が落ちた後、長江を渡って江南を平らげた。寧海州の知
州とされる。在任1年にして没した。
 ・・・中国本土でも結構活躍多いですな。宗弼とどっち取るかって言ったら
こっちやろーというぐらいには活躍しとります。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/16(月) 22:18:33 ID:hUp+9G4SO
>>46 ありがd
よかったーareLor/Y0氏が物分かりのいい御仁で

>>47
◆oOLAqFKRB.氏 ありがd郭侃は6MwUiMrMO氏が言う様にこれで十傑入りの地位は不動たろうね


49 ::2007/04/16(月) 23:05:12 ID:9IoQbNQZ0
>>47
◆oOLAqFKRB.さん 乙です郭侃の件がようやく解決されましたね。
今度はバヤンのモンゴル平原での反乱鎮圧の件についての
諸兄のご意見お待ちしています。

あと自分はですね忠孝軍を率いてモンゴル軍を散々に打ち負かした完顔陳和尚を推します。
最終的にbヨ雷(トゥルイ)に破れてはいますが対モンゴル戦での
数々活躍振りは評価に値すると思います。


これがまた自分好みの武将なんですわw


50 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/16(月) 23:45:35 ID:Io2Ki5sF0
伯顔の陰に隠れとるけど将才は伯顔以上と目されるこの人。
阿朮(アジュ)
 兀良合台の子、速不台の孫にあたる。物静かで知勇謀略に長け、勇敢にして
果断、気は万人に蓋す。
 フビライ即位後中統三年、李壇の乱を平定して功績を立てる。同年九月、
征南都元帥を拝命、汴で士卒を練兵する。至元元年八月、両淮を略して多大な
戦果を挙げ、南宋政権を恐怖に陥れる。
 翌年八月、襄陽の兵を検閲、南郡から攻め入って僊人、鉄城などの塞を抜き、
俘虜五万を獲て軍を返す。南宋軍が襄陽・樊城で連携して元軍を挟撃する気配
を見せると再度南下してこれを阻む。安陽灘から長江を渡り、精騎五千を
もって牛心嶺に布陣、南宋軍と交戦して斬首数万を数える。五年、漢水に塞を
築き、襄陽に張り付いて持久戦の構えを見せた。
 翌年七月、宋将夏貴、范文虎らの襄陽救援軍を大破、斬首および漢水に溺死
したもの五千余を数え、戦艦百艘を鹵獲する。ここで水軍を練兵し、南征に
備えたのち襄陽を囲む。范文虎が戦艦百艘をもって百丈山に出陣するも、阿朮は
一撃でこれを破った。
 九年三月、樊城の外壁を破り、これに迫る。張順(もと孟珙麾下の民兵武将)
および張貴が船百艘で襄陽に救援物資を届ける任につくも、阿朮はこれを
察知して張順を殺す。阿朮と元帥・劉整は兵を分かって張貴を捜索、これを
擒らえ、余衆をことごとく殺した。補給路をことごとく扼し、援軍を遮断して
同年十二月、襄陽と主将・呂文煥がついに陥ちる。翌年淮東に出兵、揚州を
攻め、伏兵を持って南宋軍を破り王都統を擒らえる。
 十一年正月、参政阿里海牙とともに宋伐戦出陣を請い、兵十万を率い丞相
伯顔、参政阿里海牙とともに南征する。
 同年秋九月、南宋軍と交戦、阿朮はみずから槊をふるって勇戦、向かうところ
敵なしの勢いで南宋軍を破り、兵五百を斬る。趙・范統制を擒らえ、さらに
進軍して沙洋、新城を抜く。復州を攻め、守将翟貴を降した。同年、南宋の主将
夏貴と交戦、力戦のすえこれを破る。夏貴は阿朮が長江を渡ったのを知って
大いに驚き、麾下三百とともに戦艦に乗って退却した。南宋軍が退却したのち、
阿朮は陽羅堡を攻め抜き、軍事物資を鹵獲した。伯顔の慎重論に対して攻めの
姿勢を貫き、船三千を燃やし漢陽、顎州を降す。
 十二年正月、黄州、蘄州、江州を降す。水軍を率いて安慶を落とし、范文虎
を降す。そのまま池州まで進み、南宋の賈似道と蕪湖で交戦、これを大破、
さらに2月、丁家州で南宋軍と激突、回回砲にものを言わせて孫虎臣、夏貴、
賈似道をことごとく破る。宋朝の主力が揚州に移ると阿朮は兵を分かって揚州
を囲み、揚州を攻めつつ、みずからは真州の珠金砂で南宋軍を破り、斬首二千級
を数える。揚州に合流、南宋の都統・姜才が二万の兵を率いて突出してくると
一事撤退、兵を建て直して再び姜才と交戦、副将張林を擒らえ敵軍一万八千を
覆滅した。
 同年七月、南宋の張世傑、孫虎臣の水軍と交戦しこれを破る。戦艦七百を鹵獲した。
十月、中書左丞相となる。伯顔とともに臨安を落とし、伯顔が宋朝を降伏させたのち
も残党討伐に奔走した。
 十三年六月、揚州の李庭芝、姜才を伐つ。
 阿朮は士兵に対して温厚であったが同時に厳格であり、部下が無辜の民を
傷つけるのを厳しく禁止した。田中某氏の小説(海嘯)とは大分イメージ違う。
 生涯戦績。両淮を平定し、汴、臨安を陥とし、二十数州を降し、六十七県を
支配した。23年、昔刺木の叛乱を平定に北伐し、翌年凱旋。のち征西にも
参加したが、まもなく病没した。享年54歳。河南王を追贈された。

51 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/17(火) 01:12:41 ID:ywN+Wd4k0
老婆心ながら現在までの確定および候補確認。
【確定組】
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟珙、郭侃、伯顔
【第一候補(推薦文あり)】
拖雷(トゥルイ)、速不台(スブタイ)、阿朮(アジュ)、張弘範、阿里海牙(アリハイヤ)
【第二候補(推薦文なし)】
韓世忠、呉玠・呉璘、劉リ、完顔宗弼、完顔陳和尚、劉整、呂文煥、史天沢、兀良合台(ウリャンハタイ)
・・・さっぱりさせるとこんな感じやろか。
他にも候補おったけど、彼らには多分票が入らんと思って篩い落としました。
明日もあるし、今日はこれで落ちます。では。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 01:13:16 ID:JKkEsWSdO
>>49
は?何も解決してねぇよ。結局西征抜きで確定とかいってるじゃないか。よく読め。
これからの時代、または一巡して残った枠決めるときに同じようなことで揉めるぞ。
何も分かってないのにしきんな、馬鹿。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 01:17:31 ID:f8DCfPly0
「あの方」乙。
新法を立てる実力も人間性もない分際の馬鹿がこのスレに来るな。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 01:38:30 ID:JKkEsWSdO
プロ野球とかメジャーとか検討違いな例えしてた人ですかw?

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 02:18:28 ID:f8DCfPly0
見当違いだろ日本語も出来ないのか?この馬鹿。
ルールに従えない非常識なワガママ野郎は消えろ。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 02:30:47 ID:JKkEsWSdO
携帯とパソコンを使った俺の自作自演でしたw
すいませんw

57 ::2007/04/17(火) 03:13:45 ID:ysRVHac90
>>52
郭侃の中国国内での功績を示してくれたので不明瞭な部分が解消されたので
解決したと言ったまでで誰も仕切ってませんが…
何も分かってないの貴方ですよ
それに西征時期の蒙古は先行政権と考えるのでこの期間の活躍は無視
自分はこれに同意しますね。
>>7の>中国統一政権下における外征で活躍した武将もカウントする。
に該当しないでしょう?
西征時にはまだ中国国内を平定してません。


馬鹿とか自作自演とか楽しいですか?
wとか付けて誤魔化してますが笑えません(ry

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 03:24:55 ID:q4p++dZp0
万度帰とかは実績云々以前に資格がないのかな?

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 04:15:55 ID:rIqTBJ8G0
もうメンドイから明に行きたい

60 ::2007/04/17(火) 04:17:07 ID:ysRVHac90
まあ自分は仕切るつもりなど更々ないですが>>58さんへ一言。

万度帰が>>7で示されてる定義に適合する人物なら資格はあると思いますよ。
推薦文なり紹介文なり挙げてみればいかが?


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 07:57:34 ID:wcWH7fA2O
>>58
万度帰は今話合ってる時代の武将かと思ったら五胡の武将かよ
はっきり言うがこの武将の場合は資格はない

>>59
上の方でも言ったが今は南宋・金・元の審議中だ
もし明の審議中に同じ事言われたら気分良くないだろ?
気持ちは分かるが暫らく我慢してくれよ



自作自演とか関係無い時代の武将の話とかいい加減ウザイ!!


62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 12:07:50 ID:Te6DeNrjO
そういうのマルっと含めてマンドクセから明にいって空気変えちまおう

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 12:46:14 ID:/mg0Xi7n0
>>61
ここで議論しようとかじゃなくて、例えばこいつには資格がないのかという程度の話。
万度帰は北魏太武帝が華北統一後に西域に派遣した将軍。タクラマカンを転戦して功績を挙げた人物。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 13:37:22 ID:OgsQlBe80
テムジンとスブタイはリデル・ハートが(1920年頃の著書で)ベタ褒めしたせいで、マンシュタインやグーデリアン、ロンメル等々がスブタイ信者になっちまったくらい。
(何故かドイツの軍人が多いw)
著書では、「今次大戦(=第一次世界大戦)で初めて登場した戦車や航空機こそが、将来の戦争でこれらが蒙古騎兵の直系子孫である事を証明するだろう」と断じている。
(間接的ながら、後の電撃戦などに影響を与えている。
しかし、これを実現したのはアメリカ合衆国の軍隊だったりするわけだが。)

両者共に時代を超えた「世界史の名将」だとは思うんだけれど、「中国史」という枠には収まらないような気はする。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 13:55:30 ID:hRLHwESxO
>>◆oOLAqFKRB.氏
郭侃の中華地域での戦績が優れているのはよくわかります
しかし、アジュとの軍功の差が確定と有力候補ほど離れているかは疑問ですがどうでしょうか?
(あとチンギスは……中華地域限定でも同意得られそうにないですよね、やっぱり)

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 14:10:24 ID:wcWH7fA2O
>>63
スマンちょっと乱暴に言いすぎたね
うーん西域はアウトじゃないかな?

タクラマカン砂漠はウイグル自地区だろ?だからこっちはセーフだとしたら
万度帰はギリギリ資格が有るのかな?
アホな俺には判断付けかねるよ…


67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 15:41:00 ID:hRLHwESxO
いや中国史での西域って、およそウイグル自治区の辺りでは?

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 18:36:46 ID:wcWH7fA2O
>>67
調べたら楼蘭(ゼン善)亀茲国(クチャ)、焉耆国(カラシャール)は現在の中国領新疆ウイグル自治区
となってた
となると>>7の定義にある
中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
に適合するなら万度帰は資格有りということになるね

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 18:48:51 ID:wcWH7fA2O
連投でスマン

>>7で示されてる定義に番号を振って再掲載
@基本は正史ベース。二次資料から引いてくる場合は典拠を明らかにする。
(資治通鑑より、とか出典・十国春秋、とか)
A異民族武将に関しては守勢(中国からの侵略に対する防衛戦)で高名な武将であっても除外、
中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
B征服王朝の先行政権における武将の場合、中国本土に攻め入って領土を攻め取るか橋頭堡を作り、
そのうえでのちに来る征服王朝の樹立に貢献した武将を資格ありとする。
C中国統一政権下における外征で活躍した武将もカウントする。
唐の李靖の突厥討伐、清の策稜らのジュンガル討伐を認める
プラス>>10より
原則的に

C民族、出自に関わらず、中国本土での戦いに参加した者を対象とする。

D国内平定後は、戦地が国内から国外に移るのは自然の理であり、
当然その場合は、その戦いも対象となる。     

一応、こんな感じで番号振ってみたどうだうか?

70 ::2007/04/17(火) 19:28:26 ID:ysRVHac90
>>65
◆oOLAqFKRB.さんに援護射撃
確か、郭侃の西征以外の功績が不明瞭だった為、確定入りが決定的ではなかったですよね?
(西征の功績をどうするかも揉めてましたが)
で郭侃の中華地域での戦績が示された為、
郭侃の中華地域での功績なら十分、確定入りにしてもいいのでは?
とみたいな意見が数名より挙がってますよね?
このスレの今までの流れからすると
まず十傑入りに相応しいであろう人物が浮上してきます。
そしてその人物を確定でいいのでは?と言うレスが挙がって来ます
そしてその人物を推す複数のレスが決定の大きな要因となっていると思います。で十傑入りに反対の声がほとんど無い場合
今まではそれで十傑入りが決定してる様に思いますが…
だから郭侃とアジュとの軍功の差が大差にしても
取り敢えず郭侃を先に確定入りさせたのではないでしようか?
アジュも郭侃に劣らない功績があるのですから
何れは確定入りされると思いますよ。
◆oOLAqFKRB.さんは皆さんの意見を参考に
郭侃を先に確定入りさせたのではないでしようか?
自分はそう思いますよ。
◆oOLAqFKRB.さんは以前に「俺が一人で勝手に決める訳にはいかんよな」
みたいな発言なされてますし。
まあ◆oOLAqFKRB.さん本人の意見を聞くのが一番なのですが…


71 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/17(火) 20:15:08 ID:o8BwlyJn0
>>70
○さん、援護射撃感謝。
実際アジュ>郭侃(西域除く)だとは思うんだわ。
でもアジュを入れろって声はほとんどなかったし、
郭侃は定義論含む話題の主役で10選入りを確定視する声が多かったので、
とりあえず暫定的に確定、ということで確定に入れました。
俺個人としてはアジュは多民族軍を見事に統御してのけた伯顔に統率力では劣るも、
戦闘力、破壊力なら上、と評価しとるんですよ。実のところ。
だから郭侃の確定は蒙古の漢人武将代表という抽象的な意味合いです。
南宋末、元初の名将たちは並べてみるとそうそう差がつくものでもないと思うし。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:25:53 ID:f8DCfPly0

ttp://mixi.jp/

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:30:29 ID:GydVicnn0
金、西夏を滅ぼしたチンギスハーンも十分要件を満たしてるな。改めて推薦させてもらおう。
阿骨打はこの時代でいいのかな?
一巡したら漢代の冒頓、老上、軍臣の各単于も推薦することにするとしよう


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:34:09 ID:GydVicnn0
あー阿骨打よりも呉乞買の方がいいかもこっちにしようかな

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:35:38 ID:hRLHwESxO
>>73
いや金も西夏もチンギス生前には滅びてないでしょ
そりゃ大打撃は与えてるけど

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:43:20 ID:GydVicnn0
>>75 
ほんとだ。まあ両国とも虫の息に追い込んでるんだからよしとしようよw
十二分に要件を満たしてるんだしさ

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 21:57:16 ID:wcWH7fA2O
ID:GydVicnn0氏
ああだこうだこうだ言わずに推薦文あげりゃあいいじゃんw

ん?冒頓単于とかに資格があるの?      
>>69に示されてる定義のA
ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
に該当しそうだが・・・


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 22:05:48 ID:rIqTBJ8G0
独立意識を持ってない他国の将って居るのか?

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 22:34:48 ID:wcWH7fA2O
>>78
少なくとも冒頓単于は中国からの強い独立意識を持ってよな
それに確か冒頓単于は中華の領土を支配しようとは考えてなかったのでは?
でアナタの言ってる様な事言い始めたら切りがないと思うが・・・


まさか例の人じゃないよね?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 22:36:29 ID:GydVicnn0
>>77
チンギスくらい有名ならいちいち推薦文あげなくてもいいだろうさ。ウィキ、それが嫌ならぐぐればいくらでも出るでしょ。
阿骨打、呉乞買書こうかとも思ったけど粘没喝の名前があがってるんだよね。
実際動いた人間の方がこのスレ向きだろうし。名前挙げた人に推薦文は任せる。

>>78 同意。
モンゴルの武将が入るなら匈奴の武将も入っていいと思ったから。この2つの国の違いって相手国の政治力、外交力の
優劣でしょ。土下座外交してでも攻め込ませなかった漢、不味い外交で相手を怒らせ攻め込まれた金、宋。
政治力は名将か否か判断する材料にはならないと思う。

81 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/17(火) 22:56:15 ID:Fl1wk6yX0
>>76さん
チンギスは確かに金、西夏に大打撃を与えたけれど、金も西夏もチンギスが
引き上げるとたちまち国力・兵力を盛り返し旧来の版図を取り戻しとーから、
彼は選外だと思います(十分な国土を切り取る、あるいは橋頭堡を作るに
該当せんから)。金なんかトゥルイとの戦役でおよそ40万かそれ以上の兵力
を動員しとるし、当時はまだ余力満々だったと見るべきかと。それにチンギス
が中国経営にあまり熱心でなかったことも重要。むしろ金の支配からの独立を
目指した風が感じられる。ムカリに中国経略の全権を与えたとはいえ、河北が
取れれば御の字ぐらいにしか思ってなかったのでは?
>>69案、十分な国土を掠取する〜以下略は十分な国土を掠取し、それを多年に
わたって支配した、に手直ししたほうがいいかな?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 23:02:28 ID:rIqTBJ8G0
>>79
言いがかり付けるなっていいたいの?
杜撰な条件定義を立てておいて、指摘されたら逆ギレってコト?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 23:02:51 ID:wcWH7fA2O
>>80
>ああだこうだこうだ言わずに推薦文あげりゃあいいじゃんw
と言ったのはチンギスの事じゃなく阿骨打か呉乞買か迷ってたから言ったんをだよ
それに粘没喝の推薦文よかったら書いてみてよ
俺も書いた事あるから分かるんだけど
特定の人ばかりが推薦文挙げるの結構しんどいと思うよ


で冒頓単于とか推薦したいなら俺はこれ以上、異は唱えないておくよ

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 23:08:18 ID:uUTXiMcy0
>>80
そういう手抜きはこのスレでは認められないんじゃないかと。推薦したい場合はちゃんと業績あげてください。
特にチンギスの場合、中国以外の業績は省く必要があるし、拡張期のモンゴル軍は常勝すぎて
>>71の最後に言われてるみたいに、有力な名将の業績は凄すぎて比較が難しいでしょうし・・・

あとその後に元という統一王朝建てたモンゴルと、まともに侵入すらできなかった匈奴では、
このスレ的に扱いが全く異なります。>>7>>69の定義を熟読お願いします。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 23:16:47 ID:wcWH7fA2O
>>82
なんですかアナタは言いがかり付けてたんですか?
異を唱えるのは別に反対しませんが例の人の様に
言うだけで何も持論を述べないのは如何なものかと・・・
で杜撰な条件定義と思うなら修正案をだせばいいじゃん
俺が言ってることそんなにおかしいか?
第一、俺は逆ギレなどしてませんが


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 23:24:06 ID:uUTXiMcy0
>>80
あと、阿骨打は遼攻略までで、宋にまともに攻め入るまではいってないので対象外っぽいですね。
現状、遼が中国統一政権扱いではないですし、戦域も燕京の周辺までにとどまってたと思いますので。

呉乞買の場合は、業績のほとんどが宗望や宗弼のものなような気がするですが、不勉強で詳細がわからんです・・・。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 00:24:15 ID:hiwhGuyY0
>ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。

この一文、日本語として変なこと極まりないですが
逆説的に言えば、該当するのは
本人が中国外の武将でありながら、中国に対して強い帰属意識をもってる武将
ということになります。
とっとと中華政権に降伏でもして中国の武将になって戦えばいいんじゃないですか?ソイツ。そんなに中国人になりたいなら

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 00:38:33 ID:2qfHyaIq0
>>87
そこの解釈はそのときの中華政権から独立するという意味ではなく、
伝統的な中国文化に傾くかどうかかと思ってた。
モンゴルでいうと遊牧民的な志向だったモンケと中国的な志向だったフビライの差みたいな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 00:42:52 ID:hiwhGuyY0
それはモンケとフビライの相対的な違いでしかないと思うんですが
どちらもモンゴルとして中国的な文化とは相容れてない部分で自立してる訳で
フビライは中国的なことに理解は示してるけど、それを中国というのは違うでしょう

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 00:52:21 ID:v3udnKAUO
>>86ちと頭固すぎないか?遼は駄目で宋は良しって。燕京周辺まで行けば十分じゃない?


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:02:20 ID:2qfHyaIq0
>>89
いや、だから中国的な文化や支配体制に対して理解を示すか、否かが大きな違いなわけで。
モンケとか、匈奴あたりや契丹時代の遼あたりは中国的な志向が明らかにない。
元を王朝名に採用したり、中国式の政権作りを取り入れたフビライとは違います。

あと、できれば>>87の意図を明確に示してほしいのですが。
その文は削除するべきだと言いたいのでしょうか。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:10:01 ID:2qfHyaIq0
>>90
連投失礼
遼は結局異民族王朝扱いになって中原深くまで攻め入った太宗のみの入選に留まってる以上、
金の遼への侵攻は異民族同士のぶつかり合いで中国への侵攻にあたらないという解釈です。
遼が中国扱いに昇格するのなら、守勢の活躍という理由で選外になった耶律休哥や耶律斜軫あたりも入選すべきでは?

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:12:57 ID:hiwhGuyY0
ちょっと待て
ちょっと中国式を取り入れたぐらいで中国扱いなの?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:18:29 ID:2qfHyaIq0
>>93
中国式を取り入れるか否かは大きな差ですけど・・・

どこまで中国に同化したら許容するかを定義できる、もっといい案があったら教えてください。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:27:47 ID:v3udnKAUO
>>92
それならばモンゴル対金も異民族同士の争いと言うことで除外と言うことになりますわな
スブタイが候補に入っておりますが外れますか

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:29:07 ID:UhreilvE0
近代以前の話をしてるんだから、「民族」てのはやめたほうがいいんじゃない?

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:40:40 ID:hiwhGuyY0
>>87の意図
日本語変だから直せ(別にコレに限った話じゃないけど、最近はあんまり整理されてない文章が多すぎる)

中国式を頑なに取り入れないってのは、よほどの排他的民族主義であって
普通、人間社会・文明っていうのは他にいいところがあったら取り入れて進んでいくモノですが
家に畳が無いから日本人じゃないとか言わないですし、今使ってるパソコンはWinであれMacであれ日本のメーカーではないでしょう
逆に、アメリカ人がソニー製品使ってるから、その人は広義で日本人なのですか?
中国式を取り入れた国に属したアジュらは自分のこと中国人だと思って馬乗って兵隊を指揮してたのですか?
それを取り入れるか取り入れないかが大きな差で、明確な分け方になるのでしょうか?


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:49:23 ID:UhreilvE0
>>97
中国ってのは文明の名前であって、中国式を取り入れるってのはその文明システムを受け入れるってことでしょ
windowsやらソニーとは全く次元の異なる話だよ
例えば、日本がキリスト教を受け入れて、「神の名の下に」正義をふるったり
裁判のときなんか聖書に手を置いて宣誓したりとかすれば(個々人の信仰は別の話)
それはキリスト教文明を受容して、国家をその形に変えたって事になる。
中国式を取り入れるってのはそういうことでしょう。
中国式を思いつくままに列挙してみれば

洛陽あたりを中心とした華夷観
皇帝を頂点とした官僚機構 
年号の設置
儒教システム

他には何があるだろうか、こういったものを受容しているかどうかが問題だと思うんだけど…

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:52:30 ID:2qfHyaIq0
>>95
金は北宋滅ぼしてて完全統一まで行ってないけど、
北部を制して統一政権に準じた扱いになってるという認識です。
この場合、金を滅ぼしたモンゴルとの違いは難しいのですけど、
郭侃の征西の扱いについての議論の中で、モンゴルは南宋をあくまで征服対象のひとつ、
という扱いだったので先行政権扱いが妥当、という解釈になってたように思います。(違ったらすいません)

自分としては、もし金が先行政権扱いになるのであれば、モンゴルの南宋攻め以外の功績は除外すべきかと思います。
その場合、ムカリ・トゥルイ・スブタイあたりは対象外になりますかね。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 01:53:57 ID:cQ7DeTg90
胡服騎射の実行者とその追従者である武霊王と李牧ほかは除外されるべきだと思うが。
こいつらは全部、中国的な文化からの離脱者だろ。
あと楚呉越もアウトとすべし。
南越や西夏、遼のような周辺国と同じ扱いでいいだろ。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:12:16 ID:hiwhGuyY0
>>98
例で前半上げてるのは文明なのに、後半の例がシステムなのですが……
それは使えるもの、理に適ったものは使うという次元ですので、究極のところ、ソニーの話とそう代わり在りません
あくまでモンゴルがシナを統治するのに便利だったから採用したというレベルでしょう
儒教システムなんて取り入れたなんて言えるもんじゃないですし。あることを許したに近いでしょう
途中で裁判の例が出てますが、ここは名将という個人を上げるスレなので、
むしろ国(裁判形式)よりはその武将個人(個人の信仰は別といった部分で)の背景・精神に寄る選考が正しいと思うんですがね(個人的には)
草原で育った、中国外で育った人間が、別段中国に生活を根ざした訳でもないのに、中国で戦ったから中国の武将なんですか?という話で
逆に唐なんかの外人武将は唐という国の中で生活して、その価値観の中で武将になったからそれは中国武将でしょうし



まぁ別に選定条件なんて、もうウンザリしてきたんでどうでもいいんですけどね、ぶっちゃけ(休哥もモンゴル将も入れちゃえば?)
ただどうも粗が目立つ文だったので、定義文。そういう突っ込みや疑問が持つような文章にするのが一番よくないですよ
もっと言葉選んでくれないと。
(後ついでに、武将の紹介するときに、2レスも3レスも使うのも正直、国語力を疑いますね
 そのまんま本の写しを打ってるとしか思えない。文章の要約ぐらいは出来て当たり前だと思うんですがね
 4096文字60行も使えるんだから)

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:12:19 ID:2qfHyaIq0
>>97
> >>87の意図 日本語変だから直せ
その文の意図がちゃんと理解できないから表現を見直してくれ、という解釈であってますかね?
自分の認識は既に述べたけど、正確なところは◆oOLAqFKRB.さんに確認した方がよいかもしれません。
(振ってしまってすみません)

>(別にコレに限った話じゃないけど、最近はあんまり整理されてない文章が多すぎる)
残念ながら、ご自身の>>87も、意図する結論部分がきちんと記述されてなくて、
何が言いたいのかをきちんと伝達できてないと思いますよ・・・。

後半部分については、「中国とはなにか」を明確に定義する術がなく、
そこを突き詰めて議論してもどれだけかかるかわからず、全員が満足するもを作ることもできないので、
紆余曲折の末に、このスレでの便宜的なルールとして>>69が決定された、という回答にならざるをえません。
(もしもっといい案がでてくればそちらに切り替えるのはありだとは思いますが)

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:16:31 ID:Zjm71ruBO
ID:hiwhGuyY0氏に是非聞きたいし、質問したい
>日本語変だから直せ
それならアナタを含めみんなが納得いく様な代案を出すなり、もしくはその項目を削除するべきだと主張すれはいいのでは?
時間をくれと意志表示なされるなら待ちますよ
だって杜撰な条件定義なんでしょ?
もちろんそれなりの修正案なりこう改善すべきだと言う考えが御有りなんですよね?
出来ればアホな俺にでも理解可能な最善案を提示してほしいですね

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:17:33 ID:2gPLeexKO
>>91
イェケ・モンゴル・ウルスがダイオン・イェケ・モンゴル・ウルスに変わったのがそんなに大きいかな?
それに中華地域を中華式のやり方で治めようとするのは、ある程度はオゴタイの頃に始まってない?
意外とショボいとか言われてるものの、耶律楚材の立場はどうなるの

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:19:51 ID:2qfHyaIq0
>>101
五胡十六国や五代十国、遼、金、元、清あたりの入り混じった状況の人物を、
明確に分類できるのであればその方針の採用もよいと思います。
自分としては現状の政権ベースの定義案と比較して、あなたのおっしゃる
人物ベースの定義案の方が複雑になるのと、より揉める原因になるように懸念しますが。

時間が掛かってもよいので、皆が満足できそうな定義案を出していただきたく。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:22:01 ID:EnVX91ag0
http://page7.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g55753565

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:22:02 ID:Zjm71ruBO
>>103の日本語がおかしいので訂正
× ID:hiwhGuyY0氏に是非聞きたいし、質問したい
〇 ID:hiwhGuyY0氏に是非聞きたいし、答えてほしい

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:27:49 ID:2qfHyaIq0
>>104
中国式の王朝名を使うこと、というのがこのスレ発足当初に固まった定義案の要件のひとつなのです。

オゴタイの頃にある程度中国的な文書行政が始まってるので、線引きをどこにするかは確かに難しいと思います。
国号の点と、首都がカラコルム、ていうのがネックになるんではないかと。
フビライ時代も上都と大都の併用ではあるんですけども・・・。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:34:55 ID:cQ7DeTg90
>>108
フビライ時代は、夏は遊牧国家、冬は中国国家でおk。
それ以前はそれこそ先行王朝として扱う形式でいいだろ。
あと、それとは別にその先行王朝に仕えた金の漢人をどう扱うかだ。
南北朝期の選考に準じればいいかと思う。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 02:45:16 ID:v3udnKAUO
定義に漢人であること、漢人でない場合は漢人相手に戦って勝つこと
ってのを追加したほうがいいな

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 03:03:33 ID:2qfHyaIq0
>>101
>(後ついでに、武将の紹介するときに、2レスも3レスも使うのも正直、国語力を疑いますね
> そのまんま本の写しを打ってるとしか思えない。文章の要約ぐらいは出来て当たり前だと思うんですがね
> 4096文字60行も使えるんだから)
推薦文投下してくれる方は、史料の漢文訳すだけで相当な労力を使ってるんだから、
そのくらい我慢してください。長文読むのがめんどくさいなら読みとばせばよいだけです。
このスレには推薦文を楽しみにしてる人も多くいるってことを理解してください・・・。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 04:01:37 ID:cQ7DeTg90
もともと黄河流域だけが漢人(の原型)の縄張りだった。
長江流域が漢化されたのは秦漢〜六朝の長い時間をかけてのことで、
秦漢初期は、北部の勢力から送り込まれた諸侯王や太守を中心とする漢人植民地が巨大な蛮地の中に点々と存在した程度のものだったと思われる。
皮肉なことに五胡の南下によって、黄河流域という本拠地を失ってから長江流域の漢人化は促進された。

<黄河流域>
上:強い異民族
下:弱い漢人、弱い異民族

<長江流域>
上:強い漢人
下:弱い漢人、弱い異民族

そして上記のように、南北で玉突きのように強者が弱者を支配し混血し新しい漢人が二種類発生するという図式が出来上がる。
北部の場合では強い異民族も漢人と混血すると弱くなり、北からやってくる強い異民族に自分が征服される。
南部の場合は同化を拒んだ弱い異民族はさらに東南アジアに逃げ込む、と。
概して見ると、暴力に対する抵抗力は、南に遷るたびに、そして文化の恩恵に浴するたびに弱くなっていく傾向がある。

蒙古族は文化のうち便利なものを取り入れ、同化には興味を示さなかったし、漢人に参政権を与えることも例外的だった。
満州族は一度目は漢化し、二度目は辮髪や満州服などで自らに同化することを強制してから、参政権を与えた。
結論をいうと強い漢人(=士大夫)足り得るか、ということが彼らにとっての中国人の証明だと思われる。

その意味で宋は(最強ではなくとも)最高の中国だったし、王朝による定義制度は正しいと言わざるを得ない。
だが、南遷以後の六朝や南宋のみを、北朝が再統一するまでの間だけ中国とするのはいささか寂しい。
だから、五胡北朝と女真蒙古の支配した時期の北部中国は別の定義で適応する必要があるだろう。
漢人の王でなくとも、漢人の役人を起用さえすれば中国の王にはなれるのだから。

あと余談だが、金、元、明、清は国号としては中国式とは言えないだろう。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 12:05:15 ID:fsUSOkQL0
>>101
文明を可視的に特徴付けているのはシステムでしょ
あなたの例で言えば唐を中国たらしめているものは何?ってこと。
非漢族王朝の唐がどうして中国王朝なのか、それは中国文明のシステムを導入しているからじゃないかな?
そうすることで被支配層の漢人の支持も集められるわけで。
それと、唐ってのは漢土からその外部まで広くに跨っていたから、草原育ちの将軍もいくらでもいたよ

114 ::2007/04/18(水) 19:59:45 ID:SvSYsgGj0
もし>>109-110で述べられてる提案で定義に関する諸問題が解決されるなら、
取り敢えず条項として起して頂けませんかね?

>あと余談だが、金、元、明、清は国号としては中国式とは言えないだろう。 
金については知らないのですが
元の国号の由来は蒙古は封じられた国が無いから四書五経から採ったんですよね?
確か宋までの王朝は始祖が封じられた土地の名前を元号に採用してたはずですよね?
モンゴルは最初、蒙古と名乗っていたのですが中原国家からすると
二文字の国号は夷狄の国の元号と馬鹿にされたので
苦肉の策(?)で四書五経から採った言葉を元号を採用。
その流れを明、清も受け継いでたはず。
では金、元、明、清の国号は中国式で無ければ何式になるのですか?


・・・こちらも余談ですが
明治、大正、昭和、平成も書経から文字を抜粋して年号に採用してます。


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 20:05:40 ID:OdKWoxd40
>>114
なんか途中から国号と元号がごっちゃになってない?

116 ::2007/04/18(水) 20:11:33 ID:SvSYsgGj0
>>115
すいません元号になってる部分も国号の打間違えです

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 20:48:25 ID:HPxBBrN20
>>81
前にも書いたけど、チンギスは燕雲十六州に相当する地域は確保しているけど
それでは不十分ということなんだろうか?

118 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/18(水) 21:07:22 ID:9hNRKR7Q0
>>87さん
>ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
 これ日本語としておかしいか? ID:2qfHyaIq0さんは>>88以降普通に意味を理解して話を進めてくれとーし、
ID:wcWH7fA2Oさんも>>77においてちゃんとわかった上で定義に触れる、触れないの話題を展開してる。
むしろ貴方の文章のほうが俺にはおかしく思えるし、上記の一文に関しては単純に貴方の読解力の問題じゃなかろーか?
やからこの一文は別段、書き改める必要ないと思う。
 ・・・別に喧嘩売ってるわけじゃないよ。
 ただ、直せってんならどーゆう書き方をすればいいか、提示していただきたいだけ。俺はそこらへんわからんのよ。
 あと、長文に関して。
 2レス3レスにまたがるのもしょーがない人おるんよ。一レスあたり所詮原稿用紙12枚分やろ?
列伝の長い人やったら30ページとかあるし、どー削っても訳文が2レスぐらいかかる人おるって。確かにほとんど正史の
丸写しやけど、だいぶ自己流に書き換えとーけん直接正史の直訳って訳でもないし、そこにそうツッコまれても困る。
まぁ、何処何処で勝って何処何処で負けた。戦績は○○。って書くのは簡単やけど、それじゃあ情緒がないやろ。
 ただし、訳文がところどころ変なのは認めます。力量不足ってやつです。すんません。

>>99さん
 金は先行政権か統一王朝か、ということなら、統一政権でいいと思いますよ。
南北朝時代で言えば北朝を完全統一しとるわけやし、
岳飛獄殺後の和平締結以後は南宋から朝貢を受けて南宋より金のほうが中国の実質的支配者やったことは間違いないし。
金の先行政権は金主が阿骨打やった時期、あるいは遼滅亡以前でいいかと。
その統一政権・金を打ち倒して次に来る時代を切り開いたトゥルイ、スブタイ、ムカリあたりは、やっぱり資格保持者やと思う。

>>117さん
 不勉強ですんません。
燕雲に伍す領土を取りそれを放棄することなく確保したなら、チンギス本人にも資格はあると思います。
当時の金朝の人々に恐怖心を植え付けたという点では申し分ないし。
ただ、チンギス自身が本心から中華の土地が欲しいと思っていたかどうかが問題でしょうか。
領土の確保もそれまで自分たちを押さえつけて下に見ていた金朝に対する反抗であって征服欲と無縁であったなら、
資格保持者というには少々無理があるかも。でもまぁ、とりあえず推薦文なり紹介文なり落として諸兄に諮るのが一番かと。

で、完顔陳和尚の紹介文、落としていい?

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:22:54 ID:2gPLeexKO
>>114
そもそも、それまでのモンゴルは国号使ってなかったんじゃなかったっけ?
名無しに近い大蒙古国が、国号が決まって大元大蒙古国になったはずでは

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:23:01 ID:urBhmHXx0
開封落とせなかった岳飛が確定で燕京落としたチンギスは駄目ですか
漢族マンセースレなわけだ。いわゆる異民族は漢族の武将の力量測るものさしでしかないって事か



121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:27:20 ID:HNr4X7gv0
チンギスのことは自分には分からないので脇に置いておくとして、
岳飛を推す人に岳飛の戦績を書いてもらいたい
どうもぴんと来ない
関羽みたいに知名度が先行しすぎている気がしなくもない

122 ::2007/04/18(水) 21:31:37 ID:SvSYsgGj0
>>87
>ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
この項目が入っているのは西夏の李元昊みたいな人物がいるからじゃないのかな?
こう言う一文を入れなきゃ自分みたいに李元昊を推薦した時の様な事態を
回避する為の措置と思いますが…

>>118
本来なら自分が完顔陳和尚の推薦文を挙げるのが筋なの様な気がしますが
代わりにお願いしようかな
お願いしても おK?


123 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/18(水) 21:34:04 ID:9hNRKR7Q0
完顔陳和尚(本名は彝、あざなは良佐)
豊州の人。二十歳を過ぎた頃母もろとも北に攫われる。蒙古の大元帥
は彼の驍勇を愛し、帳下に置いて護衛官とした。母が豊州に帰りたいと
いうので従兄の完顔斜烈と秘かに計る。その後一年、大元帥の目を盗んで
監視の兵を殺し、馬を奪って母、斜烈とともに豊州に帰還した。馬が潰れ
ると母を荷車に載せ、黄河を渡って金に帰投。宣宗より厚く嘉される。
 陳和尚は文人王渥と交友を深めて甚だ資質があり、《孝経》、《小学》、
《論語》、《春秋佐氏伝》などを読んで略儀に通じた。軍中で事がないとき
には牛の毛を筆にして詩文を書き、寒苦の士について賦したという。
 正大二年、斜烈が罷免されると入れ替えで総領となり、方城に屯する。
旧斜烈麾下の兵たちは陳和尚を従兄同様、兄事した。このころ斜烈が病に
かかる。軍中の李大和と方城の鎮将・葛宜翁が喧嘩を起こし、陳和尚に訴えた。
陳和尚は大和に理ありとして宜翁を杖打ちの刑に処したが、宜翁は生来凶悍で
杖刑にかけられたことを恥辱とし鬱々として死んだ。死に臨んで妻に必ず
陳和尚に復讐を果たせと言い残しており、彼女は陳和尚が私怨をもって夫を
殺したとして御史台・尚書省・近侍官に向けて訴訟を起こした。ために陳和尚は
獄に繋がれることとなる。獄中に書を持ち込んで閲読し、18ヶ月が過ぎた。
遡って正大三年、斜烈の病が好転、総帥として西(多分蒙古)に攻め込む
ことを命ぜられたが、陳和尚が冤罪で獄に繋がれていることについて哀宗に
上奏、まもなく斜烈は病死するも、従兄の上奏により四年、陳和尚は許され、獄を出た。
哀宗は冤罪であったことを陳和尚に詫び、名将・斜烈の弟(従弟)として名将
たることを期待すると述べた。陳和尚は感涙して拝礼し、左右みな感動の涙を
流した。紫微軍都統となり、翌年“忠孝軍”を創建した。
 正大五年、蒙古軍が大昌原に侵入すると平章・完顔合達の先鋒として出陣、
四百人を率いて八千の蒙古軍と交戦、三軍の士を鼓舞し、巧みな用兵手腕を
もって蒙古を撃滅した。二十年ぶりの快勝に金国は欣喜雀躍、陳和尚は勲功
一等とされ、定遠大将軍の位を授かる。この一戦で完顔陳和尚の名は一躍
天下に轟いた。
 忠孝軍の士卒は皆ウイグル人、羌族、渾族の亡命者でこれを統率するのは
困難を極め、陳和尚を置いて彼らを御撫することは不可能といわれた。攻め落とした
すべての州県において秋毫も犯させることなく、治軍は厳正。戦うたびに
先鋒を務めて真っ先に敵陣を陥とし、その速さは風雨のごとし。諸軍の将帥
たちはいつしか陳和尚と忠孝軍を自軍の要と頼るようになった。正大七年、
衛州で捷ち、翌年倒回谷で勝つ。禦侮中郎将とされた。
 正大九年正月、三峰山で蒙古のトゥルイ(実戦指揮官はスブタイ)に敗北、
鈞州に逃れる。城が陥ち、市街戦に突入すると非難して隠れる。騒乱が静まると
トゥルイの前に出頭、「我こそは忠孝軍総帥・完顔陳和尚。大昌原の勝者は
我なり、衛州の勝者もまた我なり、倒回谷の勝者もまた我なり。人の我を国家を
負う将と謂い、乱軍の中に死すを望まず。今日死するは明白なれど、天下に必ず
我を知るものあり」と言って刑死を望んだ。トゥルイは陳和尚の将才を惜しんで
蒙古に仕えよと言ったが、陳和尚は腕を折られ足を折られても屈さず、口の中を
剣でえぐられて死んだ。享年41歳、金朝は鎮南郡節度使を追贈し、石碑を建てて
その忠義と将才を称えた。


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:39:47 ID:FHMP1W2rO
チンギス・ハンは無しにしませんか?

日本語を解するモンゴル人(某力士等)が、このスレを見て、
モンゴルの英雄を中国の英雄扱いされてたら、あまり良い気分しないと思うんです。

阿倍仲麻呂を中国の英雄と紹介されてたら、少なくとも私は違和感を感じます。

後年のモンゴル人に対する影響力を考えたら、外すのが妥当だと思うのです。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:41:04 ID:v3udnKAUO
長文乙。でも前半部分はいらんだろ。


126 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/18(水) 21:46:49 ID:9hNRKR7Q0
前半部いらんかな?
陳和尚の人格や教養を語るエピソードとして欠かせんと思ったんやけど。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:52:34 ID:2gPLeexKO
>>124
征服王朝なんだからモンゴルが強い証じゃないの?

128 ::2007/04/18(水) 21:56:31 ID:SvSYsgGj0
>>119
あくまで自分の知ってる範囲での話なのでこれが正しいとは断言できませんが
モンゴルは最初、日本などへ書状を送り付けた際には蒙古と名乗っており、
「二文字の国号とは所詮は夷狄の国だな」
みたいな侮りを受け相手にされなかった為、
四書五経(書経?)から
言葉を選び出して元を国号にしたと読んだ記憶があるんですよ。


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:56:38 ID:v3udnKAUO
名将である理由に人格、教養が条件に入るならいるだろうな。
でもそうじゃないだろ

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 21:57:46 ID:H5dC65zb0
>>126
人格や教養は選考理由には関係ない。
関係あるのは武勲の量と質のみ。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 22:23:25 ID:Zjm71ruBO
>>129->>130
まあプラスαぐらいに考えとけばいいんじゃないか?
やいのやいの言うほどの事でもあるまい

124
チンギスハーンを無しにする理由がモンゴル人があまり良い気分しないからなら
中国名将百選も止めとくか?
日本語を解する中国人(某ITの社長等)がこのスレを見て
東夷の蛮民ごときに中国の英雄、名将を勝手に討論されてる様子を見たら
それこそ憤慨ものだと思うが…
チンギスハーンを入れる入れないは定義に当てはめて判断すべき
阿倍仲麻呂は本人が嫌でも中国の臣下にされちゃっんだから仕方ない
個人の違和感とは別問題


132 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/18(水) 22:29:52 ID:T9FrouWD0
岳飛は関羽などとは全然違う。それこそイメージの先行。

岳飛。
宣和年間に募兵によって参じる。
百人単位の部隊で賊(反乱軍?)を次々と撃ち破る。
宗澤のもとに配属され、その武勇を絶賛される。
ただ勇猛なだけでなく、その兵法、運用の妙を讃えられた。
宗澤が死んでから、各地の反乱を討滅に奔走。
汜水関において金将を討ち、その軍を大破。
精鋭300を伏せては金軍を夜襲し、潰走させる。
王善ら賊軍、合して50万には、わずか800で撃破した。

極めつけは金の南下によって、高宗が逃げ回っている最中
金軍の後方にあって、その軍と6戦戦い皆勝ち、多くの将帥を捕らえた。
金軍が常州に再度やってきたときも4戦皆勝ち、清水亭での戦いでは
敵の屍が15里にわたったという。

南宋が杭州を確保でき、政府として機能できた戦功の第一は岳飛。
これは張俊が奏上している。
華南の賊軍討伐に奔走したあと、襄漢を平らげ完顔宗弼の南下に伴い
くだんの朱仙鎮の戦いで完顔宗弼を撃破し、開封に追い返した。
朱仙鎮は開封から目と鼻の先だった。
結局開封奪回は、岳飛をおそれた金の謀略(と予想)と秦檜の横槍で実行できず。
あとは知ってのとおり。
この人は掛け値なしの名将。とくに民衆には慕われ、食料など進んで提供されている。

本紀なみに長い記録なので、本当のところはこれの5倍くらいはあります。



133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:23:09 ID:HNr4X7gv0
岳飛については黙っておきます

漢族以外の武将を全員外してほしい
こんな漢族マンセースレで添え物にされて哀れ、次からはスレタイに「漢族限定」の文字を入れてくださいね

134 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/18(水) 23:29:49 ID:T9FrouWD0
>>133
中国史関連の書物をふつうに読んでいたら、そんなセリフは出てこないと思うが…
漢族ってなんですかね。
マンセーしているような人もいないと思うのだけど。

ちなみに自分は、民族の異種はあまり興味ないですね。
五代ではテュルクマンセーでしたがw

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:31:31 ID:qDwJCv350
モンゴルに対して「中国」と関するのに違和感を感じているのがいるだけで、
漢人マンセーなんて誰もしてないだろ。非漢人の将軍がどれだけ入ってるかみてみろよ。
それと、煽り口調だとたとえ正しいことを言っていても誰も聞かんぞ

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:57:48 ID:2gPLeexKO
>>135
まあ今までも非漢民族の武将も入れてきたからね
だからこそモンゴルだけ特別扱いするのも変なんじゃない?

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/18(水) 23:58:57 ID:ItMU0bN40
国号について。
大元大蒙古国が漢語での正式名称。
大元とか元しか言わないのは支那の学者先生方の史観に漬かり過ぎだ。
中国王朝としての「元」も「大元」も本来は存在しない。
元に取っての中国は最も重要な直轄植民地でしかない。
宋までは旗揚げの場所や封土がそのまま全国政権の王朝名に適応された。
金より後は「大○」の二字で一つの国号であって、慣例に反する。
従:大元
主:大蒙古国
と、あくまで大蒙古国がメインパートなのである。
これだけで全然中国的中国式とは言えないだろう。
経書から引いたのはあくまで道具として利用しただけで本質的に漢化した訳でも漢族志向に寄り添った訳でもない。
大元大蒙古国とは、元来の中国王朝とは一線を画する超世界帝国の国号なのである。
明は中国部分しか引き継げなかったが、支配制度は蒙古のシステムを継承していた。
宋ではなく、大元大蒙古国をより明確に意識していた証拠だろう。
1636年に北元から超世界帝国の帝位を継承したのであって、
中国王朝としての帝位の正統性は明朝滅亡のどさくさに紛れて誤魔化した感が大きい。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 00:13:16 ID:QZMqize90
(修正)
清は1636年に北元から超世界帝国の帝位を継承したのであって、
中国王朝としての帝位の正統性は明朝滅亡のどさくさに紛れて誤魔化した感が大きい。

<近世的中国>
満蒙:大北部
支那:大南部

<支那>
中原:小北部
江南:小南部

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 04:30:09 ID:GM3M5UIHO
そろそろ明に行こうぜ

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 07:42:13 ID:QZMqize90
N16_11086.lzh に今までの過去スレをうpした。
パスは「過去スレ」
見れない人は参考にどうぞ。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 11:29:23 ID:sOI9heFPO
>>133
ID:HNr4X7gv0は自分がこよなく愛する関羽を貶されたから
逆ギレしてアホな事ほざいてる風にしか見えない  
漢族(?)マンセーなんて奴なんかこのスレに居ないし、異民族武将を添え物なんかにしてねーよ
両方共評価してんじゃん


俺は鮮卑慕容部・拓跋部スキーだしw テュルク萌え〜
で俺はアジュと完顔陳和尚に各一票入れとく

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 15:16:12 ID:1XOclV5U0
>>118
>ただ、チンギス自身が本心から中華の土地が欲しいと思っていたかどうかが問題でしょうか。
領土の確保もそれまで自分たちを押さえつけて下に見ていた金朝に対する反抗であって征服欲と無縁であったなら、
資格保持者というには少々無理があるかも。

これって名将か否かを語る上で必要ですか?
本当に必要な条件であるならば金はこのスレにおいては除外対象になりませんか?

金は中華の土地を欲していなかった。結果的に北宋部分を支配下に置きましたが。
金の建国は遼に対する反抗であって建国初期においてはその遼に対抗する手段として宋と手を
結びました。そのときの金は燕雲十六州など中華の土地を欲していなかったこと。
そればかりか独力で十六州を奪回できなかった宋の肩代わりをし、その土地を宋に返還していますよね。
その後紆余曲折あって金は宋に進攻して中華北部を領土にしますが直接統治せず楚、斉と傀儡国家を
立てて統治させ自分たちは北方に戻っています。

結局、金は中国からの強い独立意識持った、と言うより自分たちと中国は別物と考えていた国であり
大筋では匈奴等と同様に扱うべき
征服王朝の先行政権であるのも首都を燕京に遷し南征を起こした海陵王の時代からで統一王朝であった時期は無い。
言葉は変ですが先行政権の先行政権の武将である宗望、宗弼、宗翰、
先行政権同士、考え方によっては先行政権と異民族の戦い。である、モンゴルVS金で活躍した武将、陳和尚、スブタイ、
トゥルイ、ムカリもこのスレでは選考外になるのではと言うのが私の考えです。

長文失礼しました。



143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 16:35:21 ID:GM3M5UIHO
どうでもいい話だが完顔陳和尚って最初お坊さんかと思ってた。
武将とわかった今でも脳内想像図は騎兵率いる将軍でなく花和尚魯智深みたいな豪勇な僧侶が浮かんでくる

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 18:17:54 ID:LLMUQ9lF0
>>142
そんなに必死にならなくても・・・
チンギス・ハーンを候補入りさせたいなら推薦文を書き込みしたら
いいだけじゃないの?


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 19:45:54 ID:I9w1Tlat0
>>143
あるあるww

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 20:06:20 ID:dXElhxkd0
てっきり俺も坊さんだと思ってた

147 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/19(木) 20:13:32 ID:AsiDAywz0
>ただ、チンギス自身が本心から中華の土地が欲しいと思っていたかどうかが問題でしょうか。
領土の確保もそれまで自分たちを押さえつけて下に見ていた金朝に対する反抗であって征服欲と無縁であったなら、
資格保持者というには少々無理があるかも。
 はい、確かに言いました。実際名将の条件とは直接リンクしてないですね。
 でもここで>>7>>69の定義がものを言ってくるわけです。
異民族武将に関しては守勢(中国からの侵略に対する防衛戦)で高名な武将であっても除外、
中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。
 先日も問題になった最後の一行ですね。
 この一行があるがゆえに、チンギスがただの反発心と独立心から金を攻めたのであればここで選外と言うわけです。
西夏の李元吴が名将でありながら中華からの独立を目指したために落選したのはご存知でしょう?
 あと、金は傀儡政権を立ててはいますが明らかに漢化しています。
 アクダ時代はいざしらず、北宋との決別、対決姿勢に移行して以来は明らかに支配欲、征服欲をもって侵攻しています。
傀儡政権は漢人のほうが中国支配に向いているという適正の問題で立てただけのようなものですし、これが打破されると
自ら南進して河北を支配下に置いたわけですから。自ら北朝の主をもって任じ、和平後は南宋から多大な朝貢を受け
中国文明を取り入れ、中華の正統たることを主張したことから征服王朝と呼ぶに問題はないかと思います。
 で、蒙古に話を戻しますがオゴタイ以降は蒙古が本気で中国本土を狙っているのは明らかですから、
となればこれは統一政権・金と征服王朝の先行政権・蒙古の戦いということになり、
この時期に戦った金の完顔陳和尚や蒙古のトゥルイ、スブタイらは資格保持者で問題なし、というのが俺の持論です。

 まぁ俺が定めた定義案なんぞが完全なものなわけじゃないし、違うと思うなら手直ししてください。
実際俺なんかの定義に影響される必要はなく、貴方の胸にある“これが正しい定義だ”というのに照らし合わせて
諸兄に諮るのがいいと思います。
 誰が資格保持者たりえるか、なんてことは俺が決めることじゃないし、
 誰を推すにしてもまず推薦文、あるいは紹介文を挙げて諸兄と議論を交わすのが最善だと思いますよ。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 21:07:35 ID:nU9GlXRu0
・異民族武将に関しては守勢(中国からの侵略に対する防衛戦)で高名な武将であっても除外、
 中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
 当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
 ただし本人が中国からの強い独立意識を持っている場合はこれに該当しても選外とする。



・異民族による(中華外の)他国家の武将においては、対中華国家に対する自国の防衛戦の功績は除外する。
 対して中国領を侵食し、土地を掠取する、またはそれに準ずる者は資格を有する。
 これにおける異民族国家とは中国式の国家システムに好意・理解を示し、採用・継承しつつも、
 民族としての独立性を失っていない、謂わば疑似中国国家である。(李継遷時代の西夏などの国粋主義時代の排中国国家は該当しない)



異民族武将にすると、中国国家に属した異民族武将の意にもなるので、訂正
高名、恐怖意識などの個人により定義が曖昧な言葉を削除
独立意識云々〜は補足要項なので、()扱い

文章公正はこれでいいですかね


>>105
人物ベースの定義案が複雑で揉めるコトは判ってるから、(個人的には)と付けたんですが

>>113
唐がいつのまに非漢民族王朝になったんでしょうか?漢民族の血は入ってると思いますけど
祖先を辿れば〜、母方や妻が〜、唐の服装には〜、っていうので唐は漢民族じゃない!っていうのが流行ってるのは判りますが
育ち云々の話は中国の倫理基準や社会システムの中で、本人がその価値観を持つという話なので
別に草原がどうとかいう話ではありません

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 21:46:47 ID:sOI9heFPO
>>148
文章公正 乙
結局、定義に異論を唱えてた奴は何の返答も寄越さなかったな
時間が掛かるなら一言言って頂きたいと念を押しておいたのに…
結局は持論も改正案もなくああだこうだ言うだけで他人任せとは…

で上の方でもカキコされてますが自分が推したい武将がいるなら(チンギス?)
まずは推薦文か戦績をカキコすればいいと思う、入選か落選はそれからの話なんだし


あとにわかは>>140の過去スレうPをよく読んでからお越しください


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 22:03:45 ID:LALhZm4W0
>>148
唐は建国したときから非漢族王朝でしょ。非漢民族と非中華を同一視しないことを求めたい。
南北朝時代から隋唐にかけて特徴的であったのは、非漢民族が中華帝国を形成したことにある。
例えば、杉山正明などは唐をタクバツ国家と位置づけているほど。

151 ::2007/04/19(木) 22:39:41 ID:3o9x59by0
>>142
自分としては
金が楚、斉と傀儡国家を立てて、統治させ自分たちは北方に戻っていたとしても
それは金が中華北部を支配する手段の一つに過ぎないと思います。
だから金は統一政権として扱ってもいいと思いますが。
例えば南北朝の東魏、西魏には共に皇帝は存在していましたが、(孝静帝と文帝)
東魏は高歓が西魏は宇文泰が実際は影から支配してた訳なんです。
状況的には結構似てると思います。
それに高歓も宇文泰も支配しようする意欲がが無かったとは言えないでしょ?
実際に傀儡国家である東魏と西魏は高洋と宇文覚にそれぞれ併合されてます。

それと>>142さんがチンギスを候補入りに相応しいと思うなら推薦文なり紹介文を挙げればいいんじゃないのかな?


152 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/19(木) 23:10:39 ID:Ps/lvsnO0
>>148
粗の目立つ文章を改定していただいてありがとうございます。
自分の文章に責任持てと言われても、
自分視点からだとどう書き換えたものかわからんのですよね。多謝。

どーでもいいけど、丁寧語って疲れるわ。別段喋りよるわけでもないのに。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 23:35:55 ID:QZMqize90
>>149
新定義は>>140を読んでから検討するよ。
その為にモリタポを購入して過去スレをうpした。
そっちもぐだぐだ言うのを止めてくれや。
古参のみが貴族化したスレなど不要。
入選の議論は開かれるべきだし、定義の検討は常に怠ってはならない。

154 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/20(金) 00:01:48 ID:K+KiW1xh0
>>152
うあぁ、今気付いた。
“改定”じゃなくて“改訂”やが。俺はこーいうミスがやたらと多い。

155 :105:2007/04/20(金) 00:12:54 ID:PCS1zf5Q0
>>148
文章修正乙です。

>人物ベースの定義案が複雑で揉めるコトは判ってるから、(個人的には)と付けたんですが
そこを理解してもらえてるのであれば、了解です。
ただ文章の正確さを求めるあなたならば、できればその旨をはっきり書いてもらいたかったです。
あくまで人物ベースの定義に固執しているかのように受け取ってしまってました。


>>153
定義の検討が大事なのは同意ですが、ここは中国武将とは何か、
を議論するのが主旨のスレではないのも事実。
定義論が主になってしまうようでは本末転倒です。

せっかく元まできててあと少しで一回りなので、ひとまずは現状の定義で清まで行くべきと思いますが。
その後、最終確定できてない部分や、確定組の見直しなど2週目のサイクルに入るはずなので、
その前に根本的に定義見直し議論の場を設けるということではいかがです?
異論のある人はそこまで定義案の推敲時間にしてもらうってことで。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 04:42:10 ID:ijKItsuG0
「意見の相違を受け入れるよりも、意見の相違を抑圧してしまう方が悪い結果を招く」

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 06:53:10 ID:fZmu5ZmIO
>153
過去スレをうpされた方ですか乙です
>そっちもぐだぐだ言うのを止めてくれや。
>古参のみが貴族化したスレなど不要。

別にぐだぐだ言うつもりはないが文句言うばかりでは愚痴りたくもなるでじょ?それに古参のみが貴族化などしてませんが
入選の議論は開かれるべきだど思うよ、でも定義に関しては取り敢えず新法でいってみませんか?
不都合のある箇所は修正すればいいだけの話で異論があるなら代案なり、
修正案を出してくださいと言ってただけ
過去スレがうpされたからもう大丈夫だけど
以前は今までの流れが分からなかったら正直に聞けばいいだけなのに
それを怠っている様な方が見受けられた感は否めなかった
俺は他スレで前スレが確認出来ない状態の場合は正直に教えて頂きたいと聞きますよ
普通は大体教えてくれる方がいますし、今まで流れが分からなければ聞けばいいじゃんと普通に思うけど
またぐだぐだ言ってスマン

>>156
みんなは意見の相違を受け入れ様としているし、意見の相違を抑圧なんてしてるか?

捻た風に捕らえるのは良くないと思うが…


過去スレもうpされたんし、定義の不都合な部分も改正された
ぶっちゃけそろそろ前に進みたいのだが…

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 07:12:00 ID:AgQwTp+z0
じゃあ現行は旧法でいこう。
それ以前にココテムルは元じゃないのか?
彼の死とともに中原の失陥が確定された気がする。
確かに活躍したのは明初だけど、北元からのお客さん扱いも変な気がするが。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 08:50:05 ID:fZmu5ZmIO
>>158
>じゃあ現行は旧法でいこう。
ゴメン言ってる意味がよくわからないんだけど…
アナタの言う旧法って隋唐まで適用された定義?
それとも文章改訂前の新法の定義のこと? どっち?
それによりいろいろと話が変わってくるんだけど



160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 08:52:47 ID:YmFEuclP0
ここで北宋の旧法派と新法派の争いが

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 13:25:23 ID:5vXvfyR80
張俊

群盗出身の南宋の名将。劉光世、韓世忠らがそうだったように皇帝即位前の
高宗に合流。建炎3年の金の侵攻ではその部隊の規模から積極的に
迎撃に出ることはなかった(但し他の将軍も似たようなもん)。
明受の乱を鎮圧する時は武官で中心的な役割を果たした。
その後宗弼の鋭鋒が陝西方面に向いている紹興1〜4年の間に
各地の反乱勢力を鎮圧し軍勢を拡大。岳飛とともに李成、馬進を討伐。
宣撫使として国境地帯に駐屯し紹興4年9月からの金斉連合軍を
劉・韓両将と共に撃破。紹興6年に30万を号する金斉連合軍の南下に
際しても岳飛の軍や三衙軍(皇帝親衛隊みたいなもん)と共に
最も活躍した。
朝廷が劉光世の軍閥統制に失敗してからは東部防衛の最高責任者となる。
その時点で張俊の軍は最大の兵員を擁していた。
紹興10年からの金の侵攻に対しても善戦した。
しかし岳飛とは年を経るごとに不仲になっていき、秦檜の兵権回収に
協力したこともあり、その功績にも関らず不当に低い評価が定着してしまった。
他軍閥との連携も多く、南宋軍の中心的な役割を担っていた彼の戦略的立場は
岳飛小説などではすっかり岳飛のものになっている。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 13:43:34 ID:SQuzy2fv0
沖縄県の方へ(命に関わる注意事項です)

沖縄県での選挙ですが、どうか民主党だけは避けてください。県民の生命に関わる可能性があります。
民主党の最大の公約は一国二制度(※)ですが、一度「一国二制度 沖縄 三千万」で検索をお願いします。
この際、民主党のHPで調べても良いです。以下の注釈↓と矛盾することは書いてないはずですから…

※一国二制度
 簡単に言えば沖縄を中国と日本の共有物にし、そこに3000万人の中国人を入植させます。
 (つまり沖縄人口の 96% を中国人にして、実質、沖縄を中国人の居住地とします。)
 さらに「自主」の名の下、沖縄で有事が起きても自衛隊は干渉できません。
 3000万人の中国人が、少数派となった130万人の日本人に何をしても、です。
 そして反日教育を受けた中国人の反日感情の強さは、ほとんどの日本人の理解を超えるものです。

今回の選挙で民主党が勝った場合、「自主」「発展」を連呼しつつ段階的に進めていくことになります。
自主と言っても、自主を認めるのが「住人の96%が中国人となった」後だということに気をつけてください。
発展と言っても、新沖縄の少数派となった「少数民族日本人」の発展ではないことに気をつけてください。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 15:40:15 ID:uwmbANC30
チンギスの推薦文書こうにも、漢文が読めないから参考文献が元朝秘史だけ
(読めもしない中文の元史とにらめっこしたが殆ど意味がわからない)
で元朝秘史だけだとこうなる

チンギス・カン
(前略)
1211年、金国へ遠征。撫州、狐峠、宣徳府を抜く。
居庸関に到るまで敵軍を殺す。中都を包囲する。
1214年、潼関でイレ、カダという将を破る。
(後略)

対金戦の記述少ないなぁ(なんか食い違ってるところもある)
一応前スレ834にもチンギスの対金戦の概略は書いてあったが、
まっとうなのはちゃんとした人じゃないと無理か……
ただの歴史好きの理系学生の俺には手に余りすぎる

164 ::2007/04/20(金) 18:33:36 ID:DTTgDqfg0
>>161>>163 乙です
元朝秘史はフィクションの部分が多いですからね、記述が食い違ってるのは
かなりいい加減な書物な為ではないでしょうか?
元史なんかも急造品みたいですし。
まあ自分もただの歴史好きの馬鹿なだけですし、大して漢文なんか読めません…
このスレには五代を得意とする神と南宋・モンゴルを得意とする神が存在しますけどね。        

以上寝言でしたw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 18:56:35 ID:UvqYF3jkO
寝言は寝てから言え
仲良しさんには気持悪いぐらいヨイショするわ、そうでない人の意見にはすぐ熱くなって喧嘩腰になるわで
○は本気でうざい

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 19:45:38 ID:byUutMaK0
過去スレはどこで見れるのかな?
>>140の意味がよくわかんない

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 19:51:09 ID:fZmu5ZmIO
俺もw
偉そうに言ってはみたもののどこのアップローダーか分からんかった・・・
>>153氏お願い教えて

168 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/20(金) 20:03:48 ID:VVhTjdec0
岳飛を誉めそやしているのは張浚という人なんだが
「岳侯,忠孝人也,兵有深機」
「岳侯神算也。」
とか、ベタ褒めなんすけど…
この人について詳しく聞かせてくれる人はいないだろうか?(抗金名将のひとり?)
盗賊あがりの張俊も、最初は名コンビって感じだったけど
岳飛が最年少でもっとも戦功があって、しかも和平を巡っての意見の対立で、決裂したんでしょうかねぇ。
より権力をもった秦檜側についた張俊が残った、という感じ。

169 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/20(金) 20:13:50 ID:VVhTjdec0
>>166
ロダはここです。
ttp://www6.axfc.net/uploader/16/
今度から自分で探してみてね。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 20:44:38 ID:byUutMaK0
>>169
どうもありがとう。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 21:20:53 ID:fZmu5ZmIO
>>169 d
でも携帯だからうPされてる内容が見れないorz

172 ::2007/04/20(金) 22:44:41 ID:DTTgDqfg0
張俊は南宋の高宗の時代にに活躍した武将。字は伯英。
元匪賊で朝廷に帰順後、抗金戦にて活躍し、戦功を立て
岳飛、韓世忠共に抗金の三大将軍に数えられている。苗伝・劉正彦が乱を起こすと、韓世忠・呂頤浩らとともに鎮圧。
建炎元年、御営司統制官となり、三年には明州城を守り、金兵の来攻を阻止し、高橋にて勝利する。
その後、完顔宗弼が大軍を率い南下してくると、城を放棄逃走。
紹興初年、江淮招討使に任命される。
各地にて叛乱を鎮圧し、叛将李成を討つ。
紹興五年、淮西を宣撫し、斉の劉猊を打ち負かす。
十年には、部将の王徳を北上させ、亳州に勝利するも、高宗・秦檜の意を迎えて軍を引き帰させ、寿春に駐屯する
紹興十一年、劉?・楊沂中と合流して、淮西を援護し、柘皐で金軍を破った。
同年には和議に賛同し、軍権を返上し、枢密使に任ぜられる。
晩年には清河郡王に封ぜられ、太師に上っている。
高宗に寵愛され、死後に循王に追封される。
優れた戦術家だったものの利に敏い処があり、将兵の略奪を禁止しなかったり、
劉?を排斥や後に秦檜と結託し岳飛を讒言して逮捕の要因を作った。


別に馴れ合っては無いが投下してみた。

173 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/20(金) 22:54:23 ID:VVhTjdec0
>>172
いや、それは張「俊」であって、自分が知りたいのは
張「浚」、あざなは徳遠という人なんです。
読みが一緒だから紛らわしいったらない。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:13:56 ID:5vXvfyR80
>>168
その人は主戦派官僚として有名だが同時に初めての軍閥統制も行っている。
明受の乱に際して張俊が武官の中心的な役割を果たしたのに対し
文官の中心人物として鎮圧に貢献した。
明受の乱の後、陝西に派遣され富平で大敗北を喫するも戦時体制の整備などで
活躍した。
陝西で軍事政治を監督した後東部の国境地帯を指導することになった。
彼の指導のもと韓世忠や張俊、楊沂中は勇戦して金斉連合軍を撃破するが
当時最大軍閥であった劉光世が積極行動に出ず北進は遅々として進まなかった。
そのため劉光世を罷免したが後釜にすえられた人物が副将と対立し
殺害され、その軍団の大部分が斉に投降するという一大不祥事に発展。
この責任をとる形で解任されてしまう。
劉光世を罷免した政策は陝西で勇将の曲端を解任した政策を踏襲した
ものであった。しかし当時の宋軍は大きく
前護軍(韓世忠の軍)
中護軍(張俊の軍)
右護軍(呉カイの軍)
左護軍(劉光世の軍)
後護軍(岳飛の軍)
三衙軍(楊沂中の皇帝親衛隊)
前護副軍(兵員が少なかった前護軍の補佐ということになる。詳細不明)
で構成されていたが右護軍のみが旧北宋正規軍の流れを汲むもので
、そこで成功した政策が同じように他に通用するものでなかった事が
彼の軍閥統制が失敗した最大の要因である。

なお呉カイや劉金奇を抜擢したのもこの人。

175 ::2007/04/20(金) 23:30:23 ID:DTTgDqfg0
>>173
失礼w
上で説明されてますがさっき間違えたので再投下。

張浚は張俊と同時期活躍した人物
政和年間に進士に及第し、
宋が抗州へと遷都後に国内の叛乱鎮定に転戦し、後に知枢密院事まで出世したが講和派らに排斥された。
劉?・楊沂中と共に淮西を援護、柘皐で金軍を破っていたりする。


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:47:43 ID:5vXvfyR80
あと劉キ(金奇)についてだがマイナス要因がある。
順昌府での戦勝以外はあまりパッとしないのに加え、順昌府の戦いで
も知府の陳規が

>4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/10(火) 22:02:26 ID:6820HRkf0
>南宋初期の陳規
>もとは安陸の県令だったが文武諸官が逃走する中で住民に請われて残り
>徳安府の行政と軍事を所轄するようになる。
>その地をおびやかす勢力から9度の防衛戦を戦いことごとく
>耐えぬき守りぬいた。優れた政治家として、優れた防衛の将として
>その才能を評価され最後の戦いでは順昌府の知府として劉リと共に
>防衛にあたる。
>劉リなくしてあの大勝利はなかったであろうが、かといって劉リがいなくとも
>宗弼が順昌府を落せたかどうかはあやしい。
>講和が成立した後も文官であった事から順調な人生をあゆむ。

>単に清廉潔白な官僚と記憶されることが多い。

というように隠れた名将であること。つまり単独の見せ場に乏しい

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 03:19:41 ID:oowaX0dDO
韓世忠はたった八千で金の完顔宗弼率いる十万の大軍を
退路に潜んで追撃し打ち破ったりしてるけど
なんか数々の戦功が梁紅玉夫人とセット扱いされてるような希ガス
ここでの評価としては張俊>韓世忠?


178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 07:10:50 ID:dt26H9NUO
守備に回って領土を守り抜いた人物と、外部に打って出て
勢力拡大した人物とでは、後者の方が評価され易いため、
抗金の武将の中には不利な面がある。


これを言っちゃおしまいだが、たかがお遊びのスレで、
確定したから偉く、落ちたらダメなんてないんだから、
無理してねじ込む必要もあるまい。

179 : ◆RQdk7scN8s :2007/04/21(土) 09:40:16 ID:1Noo2fNN0
>>174
感謝。唐の王忠嗣のような人か。
この時期は俯瞰しきれていないので、助かります。
>>175
サンクス。お手数かけました。
検索してもコレといったのがなくて。

>>178
それはそうだけど、やっぱり確定になると後々の印象には残る
だから必死になってしまう。
しかし個人的に今は、候補に挙がるような未だ知らぬ人物の紹介こそ
このスレの本質と思ってしまっている。
もっとしゃべって…

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 10:41:55 ID:+BVsWw6t0
>>177
韓世忠の軍は兵員が他より少なかったから大局的な評価だとどうしても
張俊>韓世忠
ということになる。韓世忠は他軍閥と協調姿勢を見せることが多かったが
本人の性格もあっただろうが軍の規模もその理由だったであろう。
自分としては抗金の名将に
岳飛:英雄
韓世忠:武人
呉カイ:軍人
張俊:政治家
というイメージがある

セット扱いで思いだしたが呉カイも随分呉リンとセット扱いされているが、
南宋建国期の抗金戦争中は呉リンは副将格にすぎず、現に呉カイの死後
その軍は同じく副将であった楊政や郭浩と呉リンがそれぞれ継承し
宣撫使に胡世将を迎える形で処理されている。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 12:59:36 ID:u/tGwffr0
宋滅亡以後の将の名が挙がってないからいろいろネットで調べてみたが
これぞってのがいない。というか資料が少ないorz漢文は読めないし

どうだろうって思うのがカイシャン(海山)なんだが詳しい人いればご教授を
自分でわかったのは
長年元に叛き続けたハイドゥをカラコルム、タミールの戦いで連破。ハイドゥは傷を負って死亡
その後ハイドゥ派の分裂に乗じて、アルタイ山脈を越えメリク・テムルを降す

即位後の政治能力にはかなり?が付くが武将としてはかなりのものだと思ったので




182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 13:28:41 ID:oowaX0dDO
・・・まさかこんなに波紋を呼ぶとはorz
>>178
岳飛、張俊の推薦文が挙がってるからって
別に俺は韓世忠をねじ込みたいとかじゃなくて純粋にセット扱いされてるが
可愛そうだなと思っただけで…
つーかこのスレじゃそうゆう人物不利でしょ?
だから張俊>韓世忠になるのかな?と単純に思っただけ
韓擒虎と賀若弼も下手すりゃセット扱いされてたし…

>>180 d
いい勉強になりました



183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 15:54:29 ID:pB9TdzsFO
ウィキペディアを見てたんだが、書いてあることが事実ならチャガンテムルは有力な候補になると思う。
養子のココテムルは次の時代になるだろうか?

184 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/21(土) 17:01:42 ID:OMN1tw6R0
韓世忠(あざなは良臣)
 延安の人。雄偉な体躯と雷のごとき眼光を持つ。若くして勇猛なこと絶人、馬を御するの技に長けた。
貧農の家に生まれたが家業を継がず、酒を飲んでばかりいた。
18歳のとき募集に応じて兵となる。強弓を引き騎射に優れ、勇は三軍に冠絶した。
 靖康の変後、康王(高宗)を済州まで護送。
金軍が大暴れして手が付けられない状況下で韓世忠は西王台に割拠、力戦して金軍の勢いを削いだ。
翌日、数万の大軍を率いて再戦に打って出た金軍をわずか一千の寡兵で迎撃、敵中に突撃して力戦し、金軍を破る。
 元節、長江の海戦でウジュと大戦の約束を交わす。
双方十回の戦いを経て勝負はつかず。韓世忠は利なしと見て退却しようとするウジュの退路を断ち、
黄天蕩で48日間、優位に戦を進める。ウジュは和睦を持ち出したが韓世忠は
「それなら徽宗、欽宗陛下を返せ」
とにべもなし。数日後、風が止まったのを見て取ったウジュは外輪船の強みを生かして的中突破、
それを阻もうとする韓世忠麾下、孫世詢と厳允が金軍の放った火矢のために死んだ。韓世忠は軍を収容し、楚州鎮江に戻った。
このときのウジュと韓世忠の兵力差、10万対8千。
同年建安の范汝為の反乱を平定、
捷報を聞いた高宗は「古の名将といえどなにをもって加(くら)べるか」と狂喜した。
さらに同年、各地の反乱平定に奔走、投降したものを自軍に取り込み、兵士18万を得た。
建康に帰還後兵士を再編成、驍勇絶倫の士をもって編成された“背嵬軍”を創立する。
 紹興四年、劉豫と金軍が合同で南宋を犯した。韓世忠は詔書を下賜され自分が頼られていることに感涙、
鎮江から長江を渡り、解元らを派遣してまず金軍に一撃を食らわす。自らは後方に高い柵を立て退路を断ち、決死の決意を明らかにする。
五箇所に陣を敷き二十ヵ所に伏兵を設けて会戦に挑んだ。伏兵により金の別将撻孛也および将兵二百余人を擒らえ、
背嵬軍を率いて金軍を潰滅させる。そのうえで解元ら先遣隊の救援に赴き、大いに戦い大いに勝って女真族千余を擒らえた。
淮水に沿って追撃に移り、四分五裂した金軍を斬り捨て、淮水に落とし、使者無算という大戦果をあげた。
高宗より“中興の武功第一”と称えられる。
紹興六年十月、淮河を渡って金将・訛里也と激戦。しかし淮東を劉猊に扼されたため前進を阻まれた。
軍を移して山陽に駐留、三頭の豪傑たちに渡りをつけ、共同して金・偽斉の軍を駆逐する策を立てる。
今を逃せば北伐の機会はない、と朝廷に念押ししたが、和平派・秦檜の命令で鎮江に戻ることとなる。
和平に利のないことを十条の上奏文にして奉じたが、握りつぶされた。
 一応の和議が結ばれて間もない紹興十年、金は盟約を破棄して南進を再開、ウジュが麾下の将軍たちを引き連れ三路から侵入して三京を奪う。
淮陽を囲んでいた韓世忠のもとに金の援軍が訪れるも、韓世忠は加口鎮でこれを迎撃、打ち負かす。
部下を派遣して潭城でも捷ち、千秋湖でも勝った。さらに淮陽城を抜く。英国公に封ぜられた。
 紹興十一年、濠州危急の報せを受け援軍として出陣、しかし出立から五日目には城が落ち、韓世忠が到達したのはその三日後。楊沂中が南に逃げた後だった。
韓世忠は淮河の岸で金軍と戦って勝ち、部下を遣わして金軍の動向を調べる。
赤龍洲に寨を築いていると知ると全軍回頭して金軍を攻めた。金軍は渦口から淮北を渡り去り、以後二度と淮河近辺を侵すことをしなくなった。
韓世忠は楚州にあること十余年、兵はわずか三万でしかないにもかかわらず、金人に畏れられた。
同年四月、枢密使とされて軍権を剥奪されて引退、その後湖のほとりに東屋を建て、自ら清涼居士と號し悠々自適の人生を送った。それから十年で没。
死後皇室より朝服、貂蝉の冠、水銀を下賜され、皇陵に倍葬された。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 18:10:21 ID:EmteMphF0
すいませんどなたか呉カイと呉リンについて詳しく教えて頂けませんか?


186 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/21(土) 20:18:49 ID:r0BhOqjs0
呉玠だけですが。
呉玠(王+介。字は晋卿)
 若くして物静かで節度があり、兵法を知り騎射をよくした。読書を好み、熟読するのではなく大略を掴むのを善しとした。
家柄により未冠の年で軍属となり、しばしば西夏の軍と戦って戦功を上げた。方臘の乱平定にも活躍している。
 建炎二年、黄河を越えてやってきた金軍に対して都統制曲端の先鋒として出陣、青渓嶺の戦いで金軍に逆撃を喰わせ、
三十里にわたって追撃した。金軍が伸安府を攻めると曲端に従って現地に急行、華州攻めを任されてその命を果たした。
 建炎三年冬、大賊・史斌が漢中攻めを企むと、曲端の命令を受けてこれを伐った。宣撫処置使・張浚の覚えめでたく、
その場で統制の位を授かる。四年春、金の元帥・婁宿と撒里喝が長躯入関すると、彭原でこれを迎え撃つ。
呉玠は見事撒里喝を打ち破り、撒里喝は恐懼し泣いて退却した。そこでついたあだ名が「泣き虫(啼哭)郎君」。
盛り返して再戦を挑んだ金軍の前に、今度は呉玠が敗北する。曲端は原までの撤退を命じたが呉玠は聞かず、
曲端の節度下を離れる。曲端は呉玠の官籍を削ろうとしたが張浚は呉玠の才能を惜しみ、罷免の訴えを取り下げた。
その後戦火に巻き込まれた被災者たちを助けてしばらくをしのぐ。
 建炎四年九月、金軍との一大決戦に参加するも敗北。しかし残存兵を集めて和尚原まで下がり、金軍を隘路に誘い込んで
上から岩を落とす。馬が使えなくなった金軍は周章狼狽して呉玠の前に大敗。さらに営寨を黄牛に移して仕切りなおすが、
台風と雹に出会った金軍はほうほうの体で逃げ去った。
 巴蜀の地は朝廷から遠く、人々の志も固まらず、そんな土地であるから呉玠・呉璘兄弟が金に投降することを恐れた大臣が
現れた。呉玠は諸将とともに血盟して忠義の証とした。士卒はみな感涙し、呉玠に用いられることを願った。
張浚はこれを壮とし、呉玠を陝西諸路都統制に任命した。同年十月、ウジュが十万の兵を擁して和尚原に攻め入る。
呉玠は隘路に伏兵を敷き、崖の上に弓・強弩の扱いに長けた士卒を選抜して設置する。金軍は伏兵にかかって大いに乱れ、
上から飛んでくる矢に次々倒されて統制を失い、そこに呉玠の本隊が縦横に突撃してくるとなったらもはやなすすべなく敗走するしかなかった。
 紹興二年、撒里喝が上津攻めると、呉玠は河池から三百里の距離を走って現地入り。敵の指揮官に呉玠がいると聞いて、撒里喝は顔色を失った。
饒風嶺で交戦、山頂に布陣する南宋軍は重い鎧を身につけてゆっくり上ってくる金兵を次々倒し、呉玠は弓を乱射しながら巨石を落とす。
死体の山が出来たが金軍は退く様子を見せない。呉玠は決死隊五千を募り、彼らにそれぞれ銀一千両を支給し、祖渓の小道に入から饒風嶺の
後背に入り、高みに乗じて敵を殲滅するよう命じた。この策が成功し、これをもって金軍は完全に潰滅、潰走した。
 紹興四年二月、仙人関で金軍を翻弄、矢を雨のごとく降らす新兵器(正式名称が分からん。知っとる人がおったら教えて)を使って屍の山を
築く。金軍も負けじと震天雷を寨に投げ込む。翌日、呉玠は先鋒に王喜、王武を起用、精鋭を与え金の営寨に突撃させる。
速攻戦術に驚いた金軍は浮き足立ち、そこに呉玠率いる本隊が突撃、韓常が弓兵隊を仕切って矢を射掛ける。金軍は恐れおののき我先に退却、
南宋軍の勝利であり、呉玠はこのときも南宋の土地を一片たりと掠取させることがなかった。
 十年以上にわたる戦場生活の中で民生にも意を用い、百姓を傷つけ、苦しめぬよう細心の注意を払い、しばしば問題ごとの裁決も行った。
屯田を興し、毎年十万国の収益をあげてそれを軍費に当てた。同年、仙人関で病死。享年四十七才。明集を賑恤するに熱心な人物であったが、
それでも余財が銀30万両ほどあったという。晩年は酒と女に溺れ、才覚も落ちぶれたという。


187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:08:34 ID:+BVsWw6t0
>>186
>矢を雨のごとく降らす新兵器(正式名称が分からん。知っとる人がおったら教えて)
wikiのリンクから宋史を読むところをさがして読み
(ttp://www.hoolulu.com/zh/25shi/20songshi/t-index.htm)
その他いろいろ自分が持っている本などを参考に考えたのですが、
それは列伝第125の「璘以駐隊矢迭射,矢下如雨」
が該当部分だと思いました(違ってたらごめんなさい)。
多分その部分は呉リンが考案したジョウ陣という陣形で、
最前列に長槍、第2列に強弓、第3列に強弩、第4列に神臂弓という強化版の
強弩を持つ兵士を配列させ4→3→2・・・という風に間断なく攻撃を
加えて攻撃する戦術だと思われます。
(参考文献「武器と防具 中国編」新紀元社刊)
この他にも陝西方面軍は
「玠急遣統領田晟以長刀大斧左右擊」(列伝125)というように
金の重装騎兵部隊に対抗する長刀や大斧(重量が5〜25kg相当)
を先駆けて配備しており、それが他の軍閥に大いに参考になったことは
想像に難くないです。但しこの戦術は迎撃に力を発揮したものの追撃には
不得手であり、その場で大勝利しても追加効果はあまり期待できないものでした。

この頃の南宋の将軍は戦術面でも創意工夫を凝らしており
韓世忠は神臂弓を改良した克敵弓を考案し、
陳規(列伝136に伝)は史上初めて火槍(先端に簡単な火炎放射機能をつけた槍)
を使用したそうです。
(いずれも前出・新紀元社の「武器と防具 中国編を参照」)

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:32:44 ID:gg3zCXI50
チンギス・カン

 1211年2月に南下し定薛を野狐嶺で破り帰還。秋に再度南下しジュチ、チャガタイ
オゴタイの三人に山西北部を襲わせ、自らは貛児嘴で紇石烈胡沙虎、完顔兀奴の軍三十万を
破り、これを聞いて退却した後続の完顔胡沙を会河で捕捉し殲滅した。この後守備隊
が逃走した居庸関を通過し中都に迫るが、城内の金軍の奮戦にあい撤退。冬に金の牧場を襲い
馬群を奪った。この年の冬は内蒙古に駐留した。
 1212年春、宣徳府を占領し徳興府に進むが敗北し退却。トゥルイが徳興府を奪取して
帰った後、金軍がまた奪還する。秋に西京を囲み、来援した奥屯襄を密谷口に誘い込み反撃
して破る。奥屯襄は僅かに身一つで逃れた。再三西京を攻めるも落ちず、チンギスが矢にあたった
ため囲みを解いて撤退。
 1213年秋、徳興府を抜き懐来に至り、完顔綱、術虎高hの兵十万を破り、死体が地を覆うこと
四十里(20キロ?)。居庸関に進むも金の精鋭が死守しているため抜けず。密かに迂回して紫荊関
を急襲し五回嶺で金軍を破る。軍を三つに分け、三皇子が右翼となり太行山脈に沿って河北を南下し
黄河に至る諸郡を抜き、反転して山西を襲う。弟カサル等を左翼として河北北部、遼西を攻略。
チンギスはトゥルイと共にみずから中軍を率いて河北東部から山東北部の諸郡を取って還る。この年
黄河以北で金の手に残ったのは中都を含む十一城のみだった。帰還した三軍は中都近郊に集結して
金の朝廷を威圧する。
 1214年の三月に和議が成立してモンゴル軍は北に去ったが、五月になって金が開封に遷都したため
軍を送って中都を包囲し翌年五月に陥落。
 1216年にチンギスはモンゴルに帰還。

チンギスの伐金は史料ごとにかなり記述が食い違うので、つじつま合わせるのがえらく難儀でした。
これで正しいか正直自信ありません。

1213年の侵攻の際には黄河以北のほぼ全てを奪取していますが、上で書かれているとおり
土地に興味のないモンゴル人は北に引き上げるときにほとんど放棄しています。チンギスが西に出かける
前に確保していたのはほぼ燕雲十六州に相当する地域だけだと思います。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:50:56 ID:pB9TdzsFO
チャガン・テムル
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%A0%E3%83%AB

上でも書いたがウィキペディアなんで鵜呑みにするのもあれだが
まあまるきり嘘ってわけでもないだろう。
あとは正史持ってる人なりこの時代に詳しい人に添削してもらうことにして、とりあえず推薦ね。

190 ::2007/04/21(土) 22:54:57 ID:mzyLXI/v0
>>187
それは連弩を改良したものでは?
もしくは床子弩、床弩と呼ばれる、
西洋のカタパルトに相当するものがあるとwikiには載っています。
連弩は中国では戦国時代から使われ始め、南宋期に最も使用されましたが、
元代に入ると火薬を利用した砲や火器などが導入され、
戦場から姿を消していった様です。
また明代には10発の矢を連射できる諸葛弩と言われるものが存在した様ですよ。

191 ::2007/04/21(土) 23:48:49 ID:mzyLXI/v0
察罕帖木兒(チャガンテムル) 字は廷瑞。
代々河南に定住するナイマン出身のウイグル人で、
至正十二年に紅巾軍に対して自衛軍を結成。
李思斉とともに羅山の紅巾軍を打ち破り、朝廷に帰順して華北を確保した。
その功により汝寧府達魯花赤に任ぜられた。
また河北河南で幾度となく紅巾軍を撃破し、功により河北行枢密院事へと累進。
十七年には陝西に援軍として馳せ参じ、鳳翔で紅巾軍を撃破、関中を平定する。
十八年に軍を率いて京師に入りし、兵を晋南・太行の隘地に分屯させた。
陝西行省右丞・陝西行台侍御史・同知河南行枢密院事となる。
十九年、梁の大宋紅巾軍を攻め、開封を陥落させて紅巾軍の統一を崩壊させた後、
軍を返してボロテムルと山西・河北で争った。
二十一年、山東の紅巾軍の内紛に乗じて、兵を五路に分けて進撃し、
田豊・王士誠らを降す。
二十二年、山東を転戦し益都包囲中の最中、田豊・王士誠に刺殺される。


192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 00:08:21 ID:e0LQrcakO
さんくす。で、どーよ?確定かどうかはこれからだとして候補入りは間違いないと思うが。
このまま行くと抗金の将と金将で半分以上行きそうだからな。
それはもったいない

193 ::2007/04/22(日) 00:53:34 ID:DgLVGMEW0
>>192
いいんじゃないでしょうか察罕帖木兒(チャガンテムル)
自分は大して詳しくないので偉そうな事、言えませんが
元と言えばバヤン、トゥルイ、アジュとかに目が行きがちですが
この武将は掘出し物って感じですかね?
よくぞ見いだしてくれましたねってところじゃないでしょうか。
◆oOLAqFKRB.さんにはモンゴル武将をもっと紹介して貰いたいです。


194 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/22(日) 00:56:23 ID:dgvngNYl0
>>187、ジョウ陣に>>190、床子弩か。知らん事あったら教えてもらえるのが
ここのいいところやわな。多謝。
>>192
抗金名将と金将の隙間をかいくぐって、俺は蒙古からトゥルイ、元からアジュ
の二人を推しときます。トゥルイから統帥権を受け継いで最終的に金軍を蔡州
に追い詰めたスブタイもいいんやけど、三人推薦は多すぎやろーから上記二人で。
 ところでいま空き枠いくつあるんやっけ? 暫定の郭侃外して5枠?
そんだけ空けば入るべき人が残るやろ。抗金名将について知りたかった人も
推したいから知りたい、ってより知識として知りたいって感じやったし、
宗沢、岳飛に張俊、韓世忠、呉玠が伍するってわけでもなかろう。
新候補として挙がるのはチャガンテムルぐらいやと思う。

 ・・・ところで俺の紹介文、やっぱあれでも長いかな? 
 訳文を削りに削り、文のニュアンスから可能な限り短い文章になるよう
 注意しとーつもりなんやけど、どうしても1レスギリギリの文量になる。
 まぁ、2レス3レスにまたがらんように気をつけとーから
 許して欲しいところなんやけど、それでも長文やから、気を悪くする人おるよなぁ。

 以上、駄文失礼。

195 : ◆oOLAqFKRB. :2007/04/22(日) 01:19:17 ID:dgvngNYl0
連投。>>193の○さんへ。
モンゴル武将をもっと、ということやけども、
俺も南宋滅亡後の元将はほとんど知らんのですよ。
頭ん中でこの時代は南宋成立〜その滅亡、までで区切られとーから。
史天沢とか董文炳とか耶律阿海あたりなら挙げられるけど、
新鮮味はないしみんな知っとる有名人やから今更やしね。
それに史書を翻訳→自分の文章に→冗長な部分を削って落とすって作業は疲れるんよ。結構。

196 ::2007/04/22(日) 07:44:21 ID:DgLVGMEW0
>>194
>三人推薦は多すぎやろーから上記二人で。
あれだけモンゴル武将に拘った訳ですから三人推すべし。
長文については昔、指摘しましたがこれ以上は縮めるの無理みたいだし、
情緒を大事にしてると言ってたので文句は自分は言いません。
推薦文を楽しみにしてる人がいるはず、煽りはスルー汁べし。

>>195         
南宋が得意と1スレ目で公言なさってたから、
勝手にモンゴル武将はオールおKと脳内変換済みでした。
それに推薦文挙げる作業はしんどい気持ちは良く分かります。
無茶振りしてスマン・・・
あと個人的には張弘範、阿里海牙(アリハイヤ)、
完顔陳和尚、bヨ雷(トゥルイ)、察罕帖木兒(チャガンテムル)を推します。
特に完顔陳和尚はbヨ雷(トゥルイ)に負けてますが
モンゴル軍相手に暴れ回った活躍振りは称賛に値するはず。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 09:01:30 ID:+mtSmey6O
>>179
張浚は王忠嗣とは違う。張浚は文官。
その方針や施政は誤りもあり、現実と現状を無視して金に攻め入らせたりしてるが、
王忠嗣は無用な戦を止めるように進言してる。

彼が見いだした武将が唐朝を救い、中興を果たす役割を担ったように
自身の武勲、実績はもとより、その言行にいたるまで、名将の名にふさわしいものだった。

大袈裟な話、南宋の主戦派だからと「張浚は宋沢みたい人」と
言ってるのと同じぐらいムチャクチャ。


>>181
元から武宗まで入ると、元朝の短い期間から、成立期、中期、末期まで
すべてフォローされることになる。

即位の過程から、オゴタイ汗国と元は抗争を重ねており、
フビライ、バヤン死後の混乱に乗じようと、オゴタイ汗国のハイドゥが
国力をあげて攻めてくると、ハイシャン(後の武宗)が
完膚なきまでに打撃を与え、これを撃退。

成宗死後の相続争いで、叔父のアナンダに勝ち、敗死させて自ら帝位についた。
在位わずかに4年の享年31。あたら有為の才能をもちながら、酒と女に溺れて身を崩したと言われる。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 11:16:31 ID:0Oqgf0RBO
>>187
ttp://w3.shinkigensha.co.jp/book_naiyo/4-88317-211-2p.html
↑ここにそれらしき武器が記載されてるよ(知ってたらスマン)
そのサイトにも書かれてるけど諸葛亮が元戎なる新兵器(それは連射可能だったみたいだよ)を三国時代に
兵力を補う為に考案したと昔、なんかの本で読んだ記憶が…


199 ::2007/04/22(日) 19:10:41 ID:DgLVGMEW0
史天沢、董文炳、耶律阿海以外にどんな武将がいるかちょっと調べてみたので、
参考程度に投下。
バルジュナ湖の十九功臣の一人で
対ケレイト戦でや金遠征では忽察虎破り、征西の際にムカリの副将となり
劉黒馬・史天沢らを率いて金と戦った、
元の契丹人武将で耶律阿海の弟である耶律禿花。
遼が滅亡後も華北に留まり金に抵抗し、
後にチンギス=ハーンに降り、ムカリの下で遼東攻略の手柄を立て、
ムカリの華北攻撃に参戦中し攻城戦の際に砲石に当たって命を落とした、
武略に秀でてた石抹也先。
モンゴル降伏後、義兵の清楽軍を率いムカリの許で各地を転戦、金の武仙を降伏させるが、
南宋と内通していた武仙に殺ろされた、元の重臣史天沢の兄である史天倪。
モンケの南宋遠征に従軍して戦功を立てた耶律楚材の子である耶律鋳。
変わりどころなら回回砲(投石機)製造に従事し、
アリハイヤの伐宋戦に従軍し樊城・襄陽を陥落させ、潭州・静江などの城を破った、
ペルシア人のアラー・ウッディーン(阿老瓦丁)
うーんモンゴル人はやっぱり有名どころがほとんど挙がってるからいませんでした。


200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 22:16:17 ID:unT4+AwWO
そろそろまとめに入って次の時代に行こうや

201 ::2007/04/23(月) 22:44:43 ID:Dnk/XawD0
>>186
>矢を雨のごとく降らす新兵器について
自分もさらに詳しく調べてみたところ床子弩、床弩の種類に
神臂床子連城弩、双飛弩、三弓弩と言うのがあるみたいです。
この三つのどれかではないでしょうか?

ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/isiyumi/sinheki.htm

ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/isiyumi/souhi.htm

ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/isiyumi/sankyuu2.htm

ちなみに>>187さんが言ってる神臂弓がこれ

ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/isiyumi/sinhekido.htm

>>198さんが言ってる元戎がこれ

ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/heikijiten/isiyumi/rendo.htm


あと劉整の推薦文を挙げたいのだが準備が整ってないんですorz


202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 06:30:07 ID:+6t4NV5xO
劉整
金の乱を避けて南宋に亡命。孟王共のもとで驍将となる。
愈興に嵌められ粛清されそうになり、モンゴルに亡命。
アジュと共に南宋を攻め、呂文煥を降伏させる。
その後も転戦するが長江を渡ることはなく没した。



こんな感じ。こんだけ端折ると、かえってイメージわかないか…

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 11:43:02 ID:oZsdvqxL0
百度百科によると、孟珙の生年は1195年になってるね。

http://baike.baidu.com/view/67145.htm

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 19:17:34 ID:Tt5Y20ix0
現行確定人数
春秋戦国(紀元前771年〜紀元前221年 550年間)> 9
統一秦〜前漢(紀元前221年〜紀元前8年 213年間)> 9
新・後漢(紀元前8年〜紀元220年 228年間) >9
三国〜両晋(220年〜439年 219年間) >9
南北朝(439年〜589年 150年間) >10
隋・唐(589年〜907年 318年間) >10
五代〜北宋・遼(907年〜1127年 220年間) >10
南宋・金〜元(1127年〜1368年 241年間) >
明(1368年〜1644年 276年間) >
清(1636年〜1912年 276年間) >

205 ::2007/04/24(火) 22:18:04 ID:SCTYiMXU0
劉整
字は武仲。騎射を得意とした。
金での戦乱を避けて南宋に亡命する。
孟[王共]の下で驍将となり、潼川安撫使・知瀘州軍州事に累進。
金が南下すると趙方の部下として出陣し奮戦する。
しかし、司令官の呂文徳らとそりが合わず、
また兪興に貶められて粛清されそうになったため、モンゴルに投降。
府行省兼安撫使に任ぜられた。
兪興を攻め破り、南京路宣撫使となる。
至元四年、アジュと共に軍を率いて襄陽攻略戦に参加し功績を立てる。
十年には樊城を陥落させ、襄陽の呂文煥を降伏させた。
功により行淮西枢密院事となる。
十二年、兵を率いて淮南に出撃したが渡江を果たせず、行中書左丞の地位のまま亡くなった。

>>202さんがこんだけ端折ると、かえってイメージわかないか…
と仰ってるのでもう少し詳しく劉整について挙げてみました。

個人的にはアジュ、トゥルイ、張弘範、完顔陳和尚が確定でいいのではと思います。          
うーんアリハイヤ、チャガンテムルも捨てがたいですね。正直迷っています。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 22:39:58 ID:u5e5Rgbm0
>>205
完顔陳和尚は実績不足じゃね?
いくつかの局地戦で勝っただけだし、結局大勢を覆せなかったわけだし。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 23:59:09 ID:KLstqQiRO
抗金将たちもじゃね?

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 05:17:54 ID:PG1Ac2DX0
このスレの定義なら局地戦の手腕だけでも入選には十分です。
スブタイとモンゴル軍団相手に、十分の一の戦力で勝ち星を挙げるなんて千年に一度の奇功ではないでしょうか?
また、金は南宋以下の国力にもかかわらず、蒙古に隣接し、頼むべき天険もありません。
単純な戦力でも蒙古とは比較になりませんし、南宋を背後に抱えていては注意を二分せざるを得ません。
この亡国必死の状況で大局的な結果を要求するのは無理が有り過ぎます。
私ならさっさと蒙古に降伏するか、南宋に亡命するでしょう。
強敵相手に男を見せ、圧倒的な大勢力の進撃速度を己の将器を以って遅らせたこと。
それだけで十分に入選の資格は有ると弁護します。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 13:37:30 ID:Sj95AF4rO
周瑜、謝玄、韋叡、抗金名将達、ココテムル以下なのは間違いないな

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 15:52:23 ID:2rYlZ1grO
>>209
韋叡、ココテムルはともかく、周瑜、謝玄よりは下でじゃないだろ。
あと抗金名将は上下の差があるけどな。      
それと同じ時代枠以外の武将と比較するのはナンセンスじゃねえの?

211 ::2007/04/25(水) 22:25:38 ID:RZMxFa300
完顔陳和尚はたった400の軍勢で蒙古屈指の名将スブタイ率いる8000を打ち破ってる点や
河南・陝西にてモンゴル軍を相手に暴れ回り快勝を重ねていたり、
最終的にトゥルイに負けるまで蒙古の金侵略を食い止めていますし、
完顔陳和尚の功績はかなりのものではないかと思いますが。


212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 12:38:53 ID:FDDc5HdM0
>>210
同時代枠といえど百年の開きがあったり、
さらには勃興期の将と滅亡時の将を比較したりと現状は既にナンセンスなわけで
他時代ともある程度はバランス取らないといけないと思う

完顔陳和尚は候補止まり。
400で8000を撃破したっていっても、謝玄はヒ水の戦いに勝ってもランクインせず
正史か演義か忘れたけど張遼は800で10万しばいた
その存在は奮戦したけど駄目でしたって言う亡国の悲哀を彩る武将って感じで
南宋の張世傑、演義における蜀漢の姜維と同程度ではないかと
他に人いなきゃ入れてもいいと思うけどね


213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 12:57:37 ID:0nVwOOWp0
完顔陳和尚に関しては、相手の質も評価に影響してるんじゃないの

当時最強のモンゴルの、その中でも最強クラスのスブタイを20分の1の兵力で撃退とかそういうの

214 :210:2007/04/26(木) 18:14:53 ID:dalfdSpPO
>>212
そもそも同じ時代枠の中で無理矢理に優劣を付けようというのがこのスレの趣旨な訳でそこは理解してもらわないと。
今まで同じ時代枠の中で争って来たんだから
他の時代の武将と比べるのは俺はナンセンスだって言ったんだよ。
状況の似てるあの時代の武将が落ちてるんだからこいつも落とせというのはちょっと違うと思うし。
合肥の戦いで張遼は李典か楽進と呉の十万の軍勢を相手に戦っているとは云え一部を突き崩した程度だろ?
謝玄のヒ水の戦いでは前秦側のミスに助けられた部分が大きい。
呉軍も前秦軍も戦意が高揚してなかった訳だし、
陳和尚の方が条件がはるかに不利じゃないかな?

陳和尚は四狗の一人であるスブタイと当時、世界最強であったモンゴル軍を打ち破った実力を評価しているんだし。
それに南宋の張世傑はともかく、蜀漢の姜維の戦績はいまひとつだよね?
同じ次元として扱うのはどうなんだろう・・・
陳和尚が十傑入りに相応しくないと思うなら
代わりの相応しいであろう武将を挙げてみてよ。
その方が議論しやすいと思うけどね。


215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 19:17:52 ID:3NXwludm0
張世傑がともかくで姜維が今ひとつの差は何だろう?
似たようなもんこの上ないと思うんだが

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 19:47:37 ID:gE/bzXdUO
400対8000がクローズアップされすぎで一発屋感が今だ拭いきれてない。
確かに凄いが率いた兵400ってのも少なすぎるわ。
過小過大スレや能力値スレとかで趙雲の統率が下げられるのと似てるかな。
他で勝ったと言っても規模や相手が推薦文からじゃわからんし。
確定にしたい人はもう少し頑張ってプッシュしなさいな。


217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 19:58:03 ID:dalfdSpPO
>>215
スマン張世傑を韓世忠と素で勘違いしてた

>>216
だから陳和尚が確定に相応しくないと思うなら代わりの相応しいであろう武将を挙げてみなさいよ。


218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 20:10:28 ID:gE/bzXdUO
代わり代わりってうるさい。反対してる奴の説得も出来ない癖に。
候補に残ってる奴は大概陳和尚より上だろうよ。
国も救えないような将軍はこのスレにはいらん。


219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 21:27:35 ID:FDDc5HdM0
少数で多数撃破ってのも>>184見る限り韓世忠もやってるな
抗金名将からは多すぎるっていうのなら元中期からカイシャンかな
敵国の侵攻を防いだ点は完顔陳和尚より上だろうし
彼が負けてたら元がなくなるか南元ができてそうw

フビライの高麗侵攻は元成立以前だからアウト?
隋が失敗して唐も苦労した半島進出に成功してるってのは
かなりのプラスになりそうだけども後方総指揮じゃだめかな
誰が前線指揮だったんだろうか
知ってる人いる?

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 22:07:37 ID:nih0KNwA0
功績なら南宋戦で活躍したアジュだな。
残り一枠はアジュでいいんじゃない?

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 22:22:41 ID:nih0KNwA0
ごめんアジュじゃなく対金戦で活躍したスブタイを残り一枠に推すよ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 06:27:45 ID:jj9y3WUVO
張弘範は詰み状態の南宋を滅ぼしただけじゃないか?
ならカイシャンは、フビライのウルス=元朝を外敵から守り、
アルタイ山脈方面まで外征し、共に戦果を残してる。

張弘範よりカイシャンを推す。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 06:56:06 ID:7hiTYa3o0
一発が凄すぎるから完顔陳和尚を推したんだが。
全盛期ホラズムさえも瞬殺されるのに、
瞬殺を秒殺くらいにまで遅らせた陳和尚を「国も守れんヤツ」扱いは酷い。
蒙古帝国をも過小評価しているように思うが。
近代以前では史上最強の戦争集団なのに。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 11:00:43 ID:xIm6SS1DO
瞬殺を秒殺ってそりゃ五十歩百歩
モンゴル軍はたしかに強かったかもしれんがエジプトのバイバルス
大越のチャンフンダオ、日本、ジャワと勝ってるところもあるし
中国の対モンゴルの名将は孟[王共]でいい
陳和尚ごときを孟[王共]と同列に扱うってw
それとモンゴルを過小に扱ってないからな
どんなに注意しても小石につまづくこともあるしね

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 11:35:58 ID:7hiTYa3o0
孟珙でも金においては完顔陳和尚以上の仕事は出来ないだろ。
南宋、金、元>>>>>女真、蒙古
このスレ的には↑の順に決めるべきだ。
病んで滅亡寸前の国と史上稀に見る拡張期の国の将を並べるのはおかしい。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 12:25:27 ID:GhBSHs0b0
騎兵戦でモンゴル(しかもスブタイ)に勝った意義はあると思う
少なくとも元寇と同日の談じゃないわな

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 13:11:04 ID:lMFDcjyr0
>>224
陳和尚の勝利が局地的であるのは確かだが、兵力はたったの四百なんだから
そこも考慮しないと。あれ以上を望むのは酷だろう。

>>222
カイシャンの外征はカイドゥの死後王国の乗っ取りを図るドゥアと連携して
劣勢なオロスを叩いたものだし、アルタイ方面を占領したのは周辺を支配する
アリク・ブケ一族が寝返った後だから軍事的にはそれほどでもないのでは。
同時代ではトップかもしれないけど。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 13:16:56 ID:xIm6SS1DO
モンゴル騎兵に騎兵戦で挑むところが陳和尚の限界
陳和尚推薦派はどう凄いかもっと必死になって説明しろやw

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 14:05:22 ID:sV6gj+dw0
>>228
ああっ説得やら説明しろばっかりうるさい×3(お前の真似だw)
反論されたら逆ギレする品の無いゲス野郎はこのスレにはいらん。
それに小石につまづく様じゃスブタイも大したことない武将ってことになるな。
当時、世界最強のモンゴル軍を相手にまぐれや運だけで連戦連勝できるほど敵は甘くはない。
それに戦闘の内容を考慮して話をしているんだ。
陳和尚の稼ぎ出した五十歩は評価に値すると思うがな。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 14:20:19 ID:EPTGVBZ5O
ただここの採点はかなり軍事業績の配点が大きいから、陳和尚が目立たなくなりそうなのは事実では?
何分同時期に世界征服者達が居るんで、守勢(それも守りきれなかった)の採点が辛くつけられるのもわかる

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 14:58:28 ID:7hiTYa3o0
姜維は洮水の戦いなどで大勝してはいるが、このスレでは選外だろう。
張世傑も関羽の同類だろうなあ。
悪くはないが敗死エピソードで得をし過ぎ。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 18:17:57 ID:UD6TKJZG0
>>227
カイシャンの将としての功績の幹は攻め寄せてきたハイドゥを撃破したことで
その後の外征は枝葉じゃないかな
相手の隙に乗じるのは軍事的にも当然のことでそれをもって評価を低く
するのはおかしい話だと思う

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 18:32:44 ID:xIm6SS1DO
>>229
逆ギレ何てしてませんが?してるのはお前だろw
陳和尚の擁護も出来ずゲス野郎とか誹謗することしか出来ない人はこのスレに来ないで下さいねw
あと、小石につまづいたからってスブタイがたいしたことのない武将だなんてことにはならんよ
常勝無敗が名将の条件ではないからな

スブタイと陳和尚をセットで語らないでね


234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 19:23:01 ID:7hiTYa3o0
いや、スブタイが凄いのが前提で、その凄いスブタイに勝ち、モンゴルの征服を遅らせたのが、陳和尚がこのスレで限定的に入選される理由だろ。
スブタイやツルイ、ジンギスカンが入るなら態々推薦しないって。
ただ彼らはローカルルールで弾かれる。
同じ要領で元将より金将を優先して入れるべきだと言ってる。

蒙古を退けたバイバルス、ハルジー、孟珙、陳興道といった世界百選級の名将にも、
当時の陳和尚と同じ状況で彼以上の活躍が出来るとは思えん。
完顔陳和尚とジャラールの類は世界百選は無理でも、
それぞれの地元の百選で入れないのはマズイだろう。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 19:33:47 ID:EPTGVBZ5O
>>234
あれ?結局ローカルルールで弾かれることになったのか?
逆に攻勢期の金・モンゴルや抗金組に比べると、数の関係でどうしても選に入れられないって感じだが

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 19:53:07 ID:7hiTYa3o0
世界百選、東洋百選、蒙古百選で確定でいいだろ。
その連中を中国百選に入れる場合蒙古百選との兼任となるが、
そこまでして入れるのは無理があるような…

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 19:59:52 ID:EPTGVBZ5O
>>236
モンゴルの中華統治を黒歴史にするなよ
仮にも二十四史に記されている支配者だぞ
それにモンゴルが駄目ならこの時代南宋と金だけになるじゃないか

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 22:41:51 ID:sV6gj+dw0
ID:7hiTYa3o0さん
陳和尚を擁護してくれるのは有り難いのだが、
陳和尚の話とスブタイやトゥルイ、ジンギスカンが十傑入りするしないかは話が別だよ。
支持されればスブタイ、ジンギスカンだって入る訳で
その二名は現時点ではあまり支持されてないのは否めません。        
実際にアジュ、トゥルイは落とせと言う声は挙がってないし。
まあバランスを考慮している部分もあるとは思うけどね。          

>>219
高麗の洪茶丘が文永の役では元軍の副司令官を
弘安の役にも東路軍の司令官を務めたそうだよ。
高麗の金方慶なる武将も 日本遠征にも参戦したらしい。


239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 22:53:38 ID:sV6gj+dw0
>>268の追記
文永の役での総司令官は忻都なる人物だそうです。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 22:56:28 ID:EPTGVBZ5O
>>238
いやスブタイが定義上駄目ならトゥルイも駄目だし、トゥルイが有りならスブタイも有りでは?
トゥルイが死ぬのはスブタイが死ぬ前だし

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:19:12 ID:/PoI3eH+0
>>240
多分主な活躍の舞台の差ではないかと推察

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:23:02 ID:RcPINS3k0
金は統一政権扱いで落ち着いたはずだから、定義上、
トゥルイやスブタイの対金戦の功績はOKでしょ。
ローカルルールで弾かれてはいないはず。

もし金が統一政権扱いでなくなってトゥルイ・スブタイが外れるるなら、
遼の休哥と同様、守勢での活躍の陳和尚も資格なしになる。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:31:45 ID:/PoI3eH+0
今頃こんなこと言い出してなんなんだけど、「統一政権」ってどう定義されてたっけ

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 00:03:26 ID:LNk8M4MQO
>>241
両者ともトゥルイが戦うようになってから死ぬまでに投入された戦線は似たようなものだと思うんだけどね
ただどうしてもスブタイのイメージはヨーロッパ遠征なんかの西方が強くて
トゥルイのイメージは三峯山の戦いなんかの東方のものが強くなるんだろうな

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 00:54:51 ID:WFihsJm00
>>232
カイシャンらの元軍は優勢にも関わらずカイドゥを撃退するにとどまっている
のでやや評価が低くなるように思う。カイドゥは勝ったけど帰る途中に病気で
死んだ、っていう歴史書もあったりする。

あと、敵の隙に乗じるのはもちろん当然だけど、内紛中の敵を攻略するのはより容易
なわけで、その分評価が低くなるのは仕方ない。

なんかけなしてばっかりだが上にも書いたとおり同時代でカイシャンがトップである
ことは確か。ただバヤンや孟珙と並べるほどではない、と思うのだが。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 01:33:11 ID:8ygMLR39O
>>245
カイドゥがフビライ、バヤンの死に乗じて総力あげて攻勢に出てきたのを
過小評価し過ぎるのはどうだろ?
結果論として、カイシャンが撃退して元は存続したが、
死に物狂いの相手が多大な損害を与える可能性もあった。
元が国力を弱め、滅亡を早めるのをとどめたのは、
ひとえにカイシャンの功績だと思うが。

>カイドゥは勝ったけど帰る途中に病気で死んだ、っていう歴史書もあったりする。

その時の傷が元の病死では?少なくとも宮崎市定博士の見解はそうなんだが。


> あと、敵の隙に乗じるのはもちろん当然だけど、内紛中の敵を攻略するのはより容易
> なわけで、その分評価が低くなるのは仕方ない。



カイシャンは戦略家タイプの武将だから、勝つべく方策を練り、時と場所を選ぶ。
これをすべてラッキーとされて評価を落とされるなら、
名将の定義とはいったい何なのかを教えて欲しい。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 06:49:17 ID:9HSuCpNr0
>>246
>カイシャンは戦略家タイプの武将だから     
このスレでは戦略家タイプのは評価が低いよ。戦術重視だし。        
>名将の定義とはいったい何なのかを教えて欲しい。
このスレの定義では中国の領土を犯し、十分な土地を掠取する(あるいは侵略のための橋頭堡を作る)か、
当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をした。
中国統一政権下における外征で活躍した。
というのが名将の条件じゃないかな?
それと守勢はあまり高く評価されてないのが現状。
だから陳和尚の件で議論しているし。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 08:15:54 ID:8ygMLR39O
>>247
カイシャンは十分に条件を満たしてるだろ!?それでも外すなら理由が聞きたい。
勝つべくして勝ち、しかも功績がある人物に対して、あとは何が必要なんだ?
時代が課した命題の内、統治の面ではともかく、軍事面であれば十二分に果たしてるんだが。
国難を救い、国境を安定させた。バヤンが同じ状況で、これ以上の成果を残せたとも思えない。

出来るだけ多くの兵力を集めるのは兵法の基本。
己の長きをもって、相手の短きを打つのが基本のはず。
時期を待ち、機が熟したら一気に攻め勝つのが悪いのか?

兵が多くて悪いのであれば、王朝の創業期、全盛期の殆どの武将が評価を落とし、
亡国に身を起き守勢にまわり、防ぎ続けた武将こそ、確定されるべきだろ?
つまり、過去に戻って選考し直すということで、宜しいか?

基準がブレすぎ。自分が気に入らない武将を落とすために、その都度、その都度
都合の良いように基準を変えてたら、作業が進まないよ。
ガキじゃないんだから割り切ろうや。

カイシャンを外したいなら、外すで良いから基準を明確にしてくれ。

で、大軍を指揮して勝ったらダメなのか?
寡兵で大軍を破らないと評価されないのか?

ハッキリしてくれ。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 09:26:47 ID:fQFp1IyW0
俺はカイシャン等の元将を入れるなら陳和尚は落としていいと思います。
守り切れなかったのは事実だし。

だが、それだとローカルルールに抵触しないでしょうか?
後々面倒になることは必至です。
あと中国に脅威を与えたなら阿片戦争のジョージ・エリオットも時代的に入選の資格があるでしょう。
当時の英国は近代化してるけど太平天国の乱以前ですし。
蒙古帝国も大英帝国も基本的に同類の外夷。
ただ陸軍国と海軍国の性質の差が、両者の支那利権へのアプローチを変えたに過ぎないと思います。
元代は支那の全てが一時的に外人に植民地化されたと考えた方が良いのではないでしょうろうか?
日本人の我々が中国人に都合の良い歴史観を盲信する必要はないと思います。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 09:39:28 ID:RdoS1hu2O
あんまり馬鹿なこと言ってないで過去スレ最初から見直してこい

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 12:34:57 ID:xwzJOgNP0
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟キョウ、郭侃、伯顔、カイシャン、トゥルイ、、阿朮、チャガンテムル
でいいや。俺は

ほんと次の時代に行こうや

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 12:59:34 ID:5pB+Z/Gd0
>>251
確かにもう先に進んだ方がいいかもね、又一から語りたいって人もいるだろうし(自分もだけど)
陳和尚は落とすには惜しい人物だがモンゴル系の名将が犇めきあっているこの時代では落選するのも仕方ないことかも

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 14:26:19 ID:8TdR/9M6O
>>251
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟[王共]、郭侃、伯顔、カイシャン、
トゥルイ、アジュ、チャガンテムルor張弘範
なら異論はないけど。
陳和尚は仕方ない諦めるよ。

》ほんと次の時代に行こうや
でも話合いをしているのをうやむやにして次の時代にいったら
次の時代でも同じことされるよ。
それでもいいの?

>>252
》又一から語りたいって人もいるだろうし(自分もだけど)
じゃあ今まで決めたり今から決めようとしてることは無駄な作業ということ?

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 14:38:16 ID:5pB+Z/Gd0
>>253
ごめん、そういう意味じゃなくてまだ確定が決まっていない時代について語りたいということです

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 15:02:34 ID:LNk8M4MQO
>>251>>253
スブタイが落ちた理由は何?

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 15:22:09 ID:FZdoa03k0
トゥルイ入ってるからバランスで外したってくらいしか思いつかない
功績からしたら、スブタイ(征西除く)>カイシャンになりそうだけど

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 17:36:17 ID:8ygMLR39O
敵対する勢力を根こそぎ倒し、フビライ家の威信を高めたカイシャンの功績が、
ここまで評価されないなら、正直、どのぐらいの実績を残したら良いのか分からない。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 18:17:38 ID:FZdoa03k0
>>257
うーん、カイシャンをここまで強烈にプッシュしてるのって、見る限りあなた以外にはいないような・・・
他にいないならともかく、征服期の最強モンゴルと被っている分、不利になるのは仕方ない
秦を二回撃破してる信陵君も一発屋として選外になってるし、大勢に与えた影響では
カイシャン以上の謝玄あたりも一発屋で選外だし、戦績が少なめな人は敬遠される傾向にある
カイシャンがそこまで優れていると力説するなら、その優秀なところが他の人にも理解しやすいよう、
具体的な指揮や策略なんかのエピソードを挙げてもらえるとよいのではないかな?

・・・それはそうと、史天沢あたりも長期間活躍してるイメージがあるけど、あまり推す人いないね

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 19:03:14 ID:8TdR/9M6O
>>255
創業期のモンゴル武将は伯顔、トゥルイ、アジュの三人が入ってればいいだろ?
中期にはカイシャン、あとは残り一枠はチャガンテムルか張弘範。
てな感じでバランス取ってみたんだけど。
張弘範は南宋にとどめを刺したとこだけがクローズアップされてるけど
それ以外の功績を考慮すれば落とされるほどでもないと思うけどね。


>>258 同意
カイシャンは確かに凄いと思うけど、確か簡単な紹介文ぐらいしか挙がってないよね?
俺も含めてみんな余りカイシャンについて知らない部分が多いと思うよ。

ここは合議制で決まる部分が大きいし、
カイシャンの功績などをしっかりアピールしたらいいと思うよ。


260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 19:16:42 ID:FZdoa03k0
>>259
バランス云々言うなら、なんで張弘範が残るの?矛盾してない?

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 19:50:41 ID:FZdoa03k0
現状を整理してみます。トゥルイ、アジュ、チャガン・テムルは特に異論もなさそうなので確定入りで。
バランス考慮するならカイシャン入選で>>251でok
バランスこだわらないなら、カイシャンを張弘範やスブタイより上に見るかどうか?ですかね。

【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望、孟珙(キョウ)、郭侃、伯顔(バヤン)、拖雷(トゥルイ)、阿朮(アジュ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)

【有力組?】
海山(カイシャン)、張弘範
速不台(スブタイ)、阿里海牙(アリハイヤ)

【有力だったが惜しくも落選?】
完顔陳和尚

【次の時代候補?】
擴廓帖木児(ココ・テムル)

うーん・・・しかしココ・テムルはここで入れないなら、
徐達遠征の撃退の功績は北元での防衛戦になって、資格なしってなりません?

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 20:02:42 ID:8TdR/9M6O
>>260
ごめん、ややこしいんだけど
創業期のモンゴル武将に偏らない様にする部分と時期の部分の
両方考慮して考えてみたからまあ矛盾する部分はあるかも…
多少の矛盾は勘弁してよ。

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 20:38:01 ID:LNk8M4MQO
ここで郭侃落としてスブタイとか言ったらさらにグダグダになる?

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 21:04:25 ID:8TdR/9M6O
そりゃなるだろうな

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 21:12:41 ID:LLHhsbmL0
>>261
十区分の時代分でこれまで9人分しかだしてないところもあるんだから
ここで11〜13人ド〜ンと確定出してもいいと思う。
自分は呉カイと張俊を推薦しておく。呉カイは陝西で、張俊は淮東・淮西で
岳飛と同等級の重要性を担った活躍をしたから。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 21:28:13 ID:FZdoa03k0
>>262
選定の論理に矛盾があると揉める元になりそうなんで確認しときたかったのです・・・

>>263
個人的には>>47の郭侃の東方の戦績は、この時代では即確定ってほど抜けてるわけではないのに、
推薦文上がって東方の戦績もあるってだけで勢いで確定になったように思ってるので、スブタイin郭侃outには賛成
でも郭侃押しにこだわる人は多くいそうだから揉めるかもね

>>265
唐のあたりで似たようなこと言い出した人がいてかなり荒れたのを思い出します・・・・
できれば過去スレ読んでください。そうすればそんな発言はできないはず。
あと抗金名将は結局大勢を覆すには至ってないので宗沢・岳飛入ったらもう十分って思いますよ。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 21:31:50 ID:LLHhsbmL0
>>266
そんなことがあたんですか・・・。
軽はずみな発言、この通り謝します。
でもまあ張俊くらいは推薦してもいい・・・よね?

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 21:38:47 ID:8TdR/9M6O
>>267
あったよ(ry
でそりゃあ荒れに荒れた(ry
それと張俊じゃ十傑入りは厳しいかと…

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 22:28:33 ID:9HSuCpNr0
>>261
【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、

【有力候補】
海山(カイシャン)、張弘範
郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、張俊

指摘通り、郭侃の確定入りは勢いの部分が否めないので
取り敢えず有力候補へ入れてみたよ。       
一応こんな感じでおK?   
ココ・テムルについては言いだしっぺの◆oOLAqFKRB.さんの意見を伺いたいのだが
忙しいのか最近顔を出していませんね。
ご登場願えないかな?
あとカイシャンの件もあるのだが…


270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 02:18:10 ID:vD14S6sq0
残り1名を、とりあえず置いといて次の時代に進んでみては?


271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 03:32:46 ID:XRa4Mjqz0
カイシャン(海山)

1300年8月に闊別列でカイドゥを破る。
1301年8月、モンゴル高原に大挙侵攻してきたカイドゥを大元ウルスは総力挙げて
迎撃した。カイシャンは迭怯裏古でカイドゥ軍を潰滅させた。二日後、カイドゥは全軍
を合わせて来襲し合剌合塔で交戦。戦況不利となり、カイシャンは自ら出陣して奮戦し
カイドゥ軍を大破しその輜重を全て奪った。明日また戦い、カイドゥは元軍が少し後退
したのに乗じたがカイシャンは力戦して突出し敵陣の後ろに出て全軍還った。カイドゥ
は優勢な元軍に大敗して目的を達せずに去り、その時の傷がもとで(もしくは病気で)
死んだ。

カイドゥとドゥアはカヤリク市より数日の距離で元軍と交戦し、カイドゥはいつものよう
に勝利し大量の戦利品を獲得してそれに満足して帰途についたが、たまたま沙漠で病気に
かかって死んだ。(モンゴル帝国史の注にあるワッサーフの記述を要約)

カイドゥの死後、その王国はドゥア・チャパル派とオロス派に分かれて内紛が生じた。
そのような状況でカイシャンはアルタイを越えてオゴタイ家の本拠地を占領し、またこの時
アリク・ブケ一族が投降したことにより敵対勢力は消滅し北方は平穏となった。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 04:27:44 ID:KEDiawjZ0
明清になるのをじっと待つぜ…

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 05:11:10 ID:NFfqariJO
カイシャンってアピールするほど凄くないように感じるけど…

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 15:29:05 ID:IphoJY+y0
カイシャンと争ったカイドゥについて

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%89%E3%82%A5

カイシャンが越えたアルタイ山脈

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%B1%B1%E8%84%88

凄くないって何が凄くないのよ?

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 15:44:48 ID:IphoJY+y0
ageてたな。すまん

ココテムルに関しては次の時代でいいのでは?
攻守の方向が変わっただけで金の侵攻から国を守った抗金名将たちとやってることは変わらんだろうし
徐達に勝った後も南下して中原回復をめざしたりしてるし

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 16:16:58 ID:kd3eRFeA0
>>269
どうもありがとう
残りの有力候補からはアリハイヤを推したいかな

>>274
史料によってはカイドゥが勝利したとなってるのは、曲筆を少し疑ってしまう
カイドゥ破ったのが正しいとしても、元への投降が増えて勢力瓦解の危機になり、
破れかぶれで攻めてきたのを普通に迎撃しただけってイメージを持っちゃうな
総力をあげてとなってるが、勢力比とかどんな感じだったのだろうか?
カイドゥ健在のときに積極的に攻め入って破ってたなら文句なしで入選だけど・・・

山脈越えについてはパミール越えやった高仙芝も外れたからねえ・・・
それに元々遊牧のモンゴルがそういうことやっても、それほど凄いって思えない
あと元ネタがwikiでは残念ながらやや説得力弱い

>>275
異民族政権なので、>>69の定義に従えば、元か北元かで、
統一政権の防衛戦として認めるかどうか変わってくるのですよ

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 18:45:24 ID:NFfqariJO
>>276
そうだね俺もカラコラムの戦いとタミールの戦いについていろいろと調べてみたが
カイシャンがカイドゥを打ち破ったとしか書いてないし、
具体的な記載が見当たらないのでイマイチどう凄いのかピンとこないのだが…
国の存亡を掛けた戦いを制したという感じないがあまりしないのがぶっちゃけた感想。
>>273の様なコメントになった。

パミール越えをやった高仙芝が落選したのはタリム河での敗戦が評価に響いた訳で
山脈越えしたのに落選という訳じゃないんだよ。

張俊はやはり十傑入りは厳しいと思うが…


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 22:24:57 ID:xVCgEaS10
【確定組】 9名
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、

これまでのに慣例(?)に従って一枠を残し、
海山(カイシャン)、張弘範、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)を有力候補・議論中として、
もう次の時代に行く?

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 23:54:58 ID:xVCgEaS10

【確定組】
 徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥
【候補】
 朱元璋、陳友諒、方国珍、湯和、李文忠、藍玉、于謙、兪大猷、
 王守仁、拡廓、呉三桂、李自成、鄭成功、馮国勝、張輔、張士徳、馬芳、
【資格あり?】
 拡廓帖木児(ココテムル)

取り敢えず貼っとくよ。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 09:49:02 ID:/DwM+G9u0
朱元璋が中国史どころか世界史でもナンバーワンとかいう説があるんだが。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 13:54:15 ID:5evbkO/+0
>>280
出典は?

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 14:48:40 ID:jSUKrpFa0
んじゃ、もう明代入ってええの?
まだ元代で語り足らない方がいらっしゃるなら、もうちょっと我慢するけど。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 15:32:19 ID:h1ArJXGGO
もういいんじゃない?
流れも止まってた気もするし。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 17:50:23 ID:0o7XXxcXO
>>281
出典も糞もないよ。最下層からの天下統一だからってのが理由。
名将である論拠じゃない。

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 18:02:10 ID:5evbkO/+0
>>284
なら取り上げる必要は無いねぇ。
ここ、名将スレだし。

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 18:14:36 ID:/DwM+G9u0
朱元璋の仕事量は異常。
一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
部下を殺しすぎだが、これほど働けるなら粛清も手段としては有りだな。
まあ自分の後の馬鹿息子たちにもそれを要求するのは見通しが甘いと言えるが、
当時は目先のことで手一杯だったのだろう。
徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
将之将として元祖の劉邦より上かも。

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 18:37:52 ID:h1ArJXGGO
>>286
>朱元璋の仕事量は異常。
>一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
つーか始皇帝は?

>徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
つーか自分でやるにしても劉伯温の力が大きそうじゃない?

将の将については以前かなり揉めたのだが…

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 19:56:59 ID:2p2qUwGuO
ハヨーコでの戦略的失敗と呉王以降は部下功績と理由で確定から落とされた朱元璋だが
やはりカムバックを要請する。半生は彼の指揮がもの言ってたし、その後将の将なったからって外されるいわれはない

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 21:39:45 ID:zq78DjSZ0
このスレは、「兵の将」の能力で選定しているのだと思ったが?

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:34:41 ID:8n8s+mbY0
紅巾時代の朱元璋は間違いなく兵の将だったわな。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:39:05 ID:h1ArJXGGO
>>288
だったら朱元璋の半生の指揮がもの言ってた実績をアピールしたらいいんじゃない?
曹彬なんかも用兵に巧みだったことについてエピソードなどを挙げてと頼んだけど、 
結局、挙がらず落選したんだし、
確か朱棣の軍事的資質が凄いから朱元璋も凄い筈だみたいな意見が出てたが却下され、
その後、将の将なんだから評価しろみたいな話になったような希ガス。
でも別に将の将なったからって外された訳じゃなかったような記憶が・・・
劉邦も将の将だからって落ちた訳ではないし。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:46:08 ID:8ybH+zNFO
すでに確定してる名将の列伝を誰か書いてくれないか?
今までの推薦文だと文量やら個人差が大きかったり、わかりにくかったりする
素人の俺が見ても名将の名将たる所以がわかる文章を誰か頼む

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:47:57 ID:SqQ5Twlw0
>>286
>一日に千件の上奏文、三千件の案件を処理するなんて信じられん。
事務処理能力の凄さは皇帝としてはプラスでもこのスレでは評価対象にならないわな

>徐達がいなくても自分で北伐くらいは軽く出来そうな指導力。
北伐の実績はないわけで、仮想・妄想で語られてもアピールにはなりませんよ?
推薦するなら朱元璋が自身が指揮したときの実績を挙げて、その凄さをアピールしないと。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:52:39 ID:0o7XXxcXO
>>289

それと>>288の主張は矛盾してないよ。
あくまで将軍として兵を率いた時代の実績をもって、推薦してるだけだから。

将の将〜は無視して良い。もし、どうしても呉王以降の業績を軍功であるとするならば、
その理由を明確にしない限り、いっさい考慮しなくて良い。

幸いこの時代は、しょせん一発屋だからと、候補止まりにできそうな人物が多いし、
下手な小細工は要らないと思うよ。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 23:15:49 ID:5evbkO/+0
>>294
だからこそ事績をつまびらかにせよという主張を>>291がしているわけで。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 00:17:51 ID:Ulz7nq870
朱元璋の呉国建国までの戦績

徐達、湯和ら二十四人と郭子興の元を去ったとこから始まる。
一三五四、定遠にて民兵集団の首領・驢牌寨を計略を持って倒し、配下三千人を獲得。
その後、黄カン山のビュウ大亨の配下二万を夜襲をもって服属させる。
一三五四、チョウ州を墜とす(この戦は花雲が活躍)
翌年、迎え入れた郭子興と共に和州を攻撃、和州城を攻略。
牛ショ磯・サイ石の元軍と陥落させ、退路を断ち兵を奮い立たせ太平の司令官ナガチュを捕らえる。
しかし元将マンジハイ、アルクゥイらが、朱元璋が去った後のサイ石を奪回。
陳埜先と康茂才の数万と共に二面作戦を展開。
朱元璋は防戦しつつ、奇襲部隊を持って挟み撃ちにし陳埜先を捕らえる。
陳埜先は説得を受けずに解放され、再び集慶の福寿と共に朱元璋を伺う。
朱元璋対峙しつつ、徐達を蕪湖や句容などに向かわせ、南方から集慶を牽制し、
常遇春をサイ石のマンジハイに向かわせ和州と太平の線を回復した後。
集慶を攻め、途中で陳兆先(埜先の子)を破る。降伏者は三万六千。
集慶城を猛攻し、一日で落とす。民兵五十万を摂取。
一三五九、浙東攻撃を開始し、李文忠らがブ州を守備してた石抹厚孫を抜けないので援軍を率いる。
ブ州救援に向かう処州の石抹宜孫(厚孫の兄)に大勝し、ブ州は孤立、降伏する。
陳友諒は艦隊を率い、揚子江を渡り太平を陥落(守将の花雲は殺された)
一三六〇、サイ石に進駐し、徐寿輝を殺して漢を建国した陳友諒は張士誠との朱元璋に対する挟撃作戦を持ちかけるも。
結局は単独で応天攻撃を開始。朱元璋政権は震撼し降伏論や退去論がでる有様。
朱元璋は劉基と意見を共にし、決戦を決意。胡大海を信州を牽制させ、康茂才をして偽内応をしかける。
この戦いに勝利した朱元璋は捕虜七千人、巨戦艦百余隻、戦艦数百隻を得る。
太平を奪回した朱元璋は乗して安慶、信州、浮梁、袁州を攻略する。
翌年、陳友諒が再び安慶を陥れたが、朱元璋は自ら兵を率い奪回、長駆江州を攻め、逆に陳友諒を撤退させる。
ジョウ州、建昌、竜興などと次々と攻め落とし、漢は盛時の半分以下の領土になる。
一三六三、張士誠軍に攻め立てられた小明王の救援に向かう。(劉基は陳友諒の動きを警戒し反対する)
無事、小明王を救出したが、その安豊に向かう間に陳友諒が軍備を整え再び進軍。
ハ陽湖の戦いに至る。(この戦いは有名なので省略)


297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 10:48:08 ID:zzFkThvrO
コレで落選ってこの時代、どんだけ凄いんだよw

298 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/01(火) 12:10:44 ID:0C9OK2/a0
>>ハ陽湖の戦いに至る

うおお、そこへ行くまでが奮い立つじゃないですか。
つうか、まだメインイベントじゃないのか。
ところで、まったく関係ないことだけど、この頃の華南とはどんな状態だったのか
ヒマがあれば教えてください。
(なにせ自分の時代は南宋の滅亡とともに終ってますので)



299 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 14:03:14 ID:Ss8ybL//0
>>298
◆RQdk7scN8sさんへ、これぐらいは知っとるかしれんけど当時の概要。
元朝の支配力が弱まった14世紀半ば、苛斂誅求と自然災害によって人心が離れた時期、
人々は農民階級に強く根を張る白蓮教の教えにある救世主到来を強く心待ちにしていた。
しかし南人(旧南宋人)たちは長らく虐げられ続けていたこともあって救世主到来を待てず、
不満を爆発させて武装蜂起。モンゴル打倒を叫んで“紅巾軍”を結成、江南の各地で
モンゴル軍や地主を襲い、思いを同じくする農民勢力を取り込んで勢力を拡大していった。
これによりモンゴル貴族階級対漢族農民階層の対決構図が明らかになり、
朱元璋がのちに述懐するように「人を殺すこと麻の如し」という凄惨な状況が長いこと続く。

ちなみに劉福通ら率いる穎州系紅巾賊を東系、徐寿輝ら率いる湖北系紅巾賊を西系と呼び、
朱元璋が身を投じた郭子興は東系紅巾。
                    (世界歴史体系・中国史・四巻、明・清より)

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 14:55:19 ID:gKO/jiSL0
朱元璋と毛沢東はイメージがなんか同じだ

301 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 15:15:07 ID:Ss8ybL//0
>>292さん
10行ぐらいで簡潔にまとめりゃいいかいな?
いっぺん長文書いた人物やったらつづめられると思う。

孟珙(字は璞玉。1195-1246)
名将孟宗政の子。若くして対金戦で非凡な才覚を発揮する。
父の死後、彼の創建した“忠順軍”二万を受け継いだ。
金の武仙と5度に渡って戦い、金兵数万を斬り宋人数十万を解放。
蔡州の戦いに参加。モンゴルの大将タチャルに兵糧二万石を届け、自身も奮戦、金を滅ぼす。
モンゴルとの戦いにおいて常勝無敗、占領された要地・襄陽、樊城を回復した。
襄陽に兵士10万を駐屯させることを乞うが認可されず。ひとまず先鋒軍を置く。
各地に転戦して奪われた版図を取り戻し、子爵とされた。
江陵に屯して四川から襄陽にわたる三層の防衛ラインを構築、各地に一千〜一万の兵を駐屯させるを乞うが認められず。
襄陽に兵を募集し朝廷に北伐を進言するも、過去の宗沢同様、聞かれなかった(「三十年余中原の人心、今志あれども実現あたわず」)。
再び江陵に屯してモンゴル軍南下に備える。敵が南宋領内に入るや防衛ラインに兵を送り、事前に牽制して敵を領内に入れなかった。
1246年9月、没。死後吉国公と謚される。忠義に厚く教養があり、仏教と易学に精通し、自ら“無庵居士”と號した。
・・・こんな感じでどーやろか?

>>269さん
ココテムルの扱いについて。
元朝がまがりなりにも中国の北半分を擁していた時季は統一国家、元の武将として叛徒と戦った名将。
北元に退去したのち中原回復を志して南下してきた時は統一国家・明に戦争を仕掛けた異民族国家の名将、
という扱いで俺の頭ん中では処理されとるんやけど、変かいな?


302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 15:30:39 ID:+OW6jgdx0
>>301
269さんではないですけど、一点質問です。

>北元に退去したのち中原回復を志して南下してきた時は統一国家・明に戦争を仕掛けた異民族国家の名将
の扱いだと、北へ撤退後に攻め込んで大きく領土奪った実績がない場合は、
>>69の定義からは完全に外れると思うのですけど、その辺はどうなんでしょうか?

303 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 15:49:30 ID:Ss8ybL//0
>>302さん
完全俺のミスです。死角です。
ただまぁ、
「領土を掠取」はできてなくても
「当時の中華国家の人々に恐怖意識を植えつけた」
方でなんとかならんかな〜。
当時ココテムルがどれほど恐れられたかによるけども。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 16:18:41 ID:8XSv3Wv+0
>>301
◆oOLAqFKRB.さん、徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥についての説明文を今、作成中なんですが任せてもらえません?

で自分は実は>>269なんですがココテムルについてはぎりぎりセーフかなつーのが自分の意見なんですが。 
それと前の時代枠でも弾かれ、明でも資格無しではココテムルが可愛そ過ぎませんか?
(こんなこと言ったらみんなに怒られるかな?)〇

305 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 16:29:51 ID:Ss8ybL//0
>>304さん
本当やったらわざわざ断ってもらう必要ないんやけど、
毎度俺が勝手に紹介文書くケースが多いもんね。もちろん了解、任せます。

ココテムルはどーやろねぇ。「泣く子も黙る」とかそーいう記述があればなんとかなるんやけど、
せいぜいが劉基の「拡廓、未だ軽んずべからずなり」ぐらいしかないんよね。
朝敵としては恐れられたが民衆は大して怖がってなかったってことやろか。
でも才能あるのに弾くのが惜しい・・・って耶律休哥のときもそー言って結局落選したわけやが。
やっぱ定義定めた自分が曲げるのは問題あるよなぁ。誰かココテムルの凄い情報もっとらんかいな。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 16:33:11 ID:+OW6jgdx0
>>303>>304
現定義で考えると、ココ・テムルは元の枠に入れるべきではないかな、と思ったりしてます。
別に前の時代枠でも、明代に入れて徐達とセットにした方がよいってことで先送りになっただけで、
実績不足で弾かれたってわけじゃあなかったですし、残り一枠をカイシャン他と争うのでもいいのでは?

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 16:42:10 ID:hH1WBaPs0
ある酒宴の席で朱元璋が
「今の世で最も怪傑と呼ぶに相応しい武将は誰か?」
と尋ねると、満座の臣下たちはみな常遇春の名を挙げた。
しかし朱元璋ただ一人が敵であるココテムルを推し、その勇武を賞賛した───という話が野史に見える。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 19:40:59 ID:1dBDNDUw0
常遇春の奥さんは食べられちゃったよね。

309 :携帯からで読みづらいかも知れん:2007/05/01(火) 20:20:10 ID:uRoWrSN0O
それからの朱元璋


ハ陽湖における戦いで陳友諒は巨艦数百隻・軍勢六十万を発し、南昌を攻めました。
守備部隊のトウ愈、朱文正は小勢にもかかわらずよく守り、三ヵ月の時間を稼いだので朱元璋は救援に向かうことができました。
陳友諒は朱元璋到来を聞き、東転しハ陽湖に船団を整えました。後世名高いハ陽湖の戦いが始まります。
三日間の戦闘は陳友諒優勢に進んだ為、朱元璋は一計を案じ、近くの漁船と枯草を集め、火薬を乗せて東北からの風を待ちました。
風が吹くやいなや朱元璋は船に火をつけ風上から陳友諒軍に突っ込ませたのです。
陳友諒の戦艦は全て三階立てで、軍馬の小屋すらあり、船体には鉄の裏打ちが施された重船でした。
しかし煌々と燃える炎は船団を食らい付くし、陳友諒は弟の友仁、友貴らを失います。
大型の陳友諒の船に比べ朱元璋の軍団は小型で、燃え盛る陳友諒船団を縫って攻勢に出たのでした。
翌日、乾坤一擲、陳友諒は再び決戦を挑みますが、大敗しハ陽湖からの脱出を試みます。
しかし朱元璋は先んじて出口である湖口を押さえた為、
敗残の陳友諒軍は朱元璋軍との睨み合いを続けなければならなくなります。
数日の内に食料が欠乏し、部下の投降が相次ぐようになった陳友諒軍は
血路を開こうと囲みの突破を計り戦闘が開始されます。
午前八時から始まった戦いは日暮れても決着をみず、勝負は翌日に持ち込まれるかと思われましたが、
船頭で陣頭指揮をとる陳友諒に流れ矢が貫通、一代の梟雄はその生涯をにわかに閉ざしたのです。
勇躍、朱元璋は陳友諒軍を責め立て、総崩れにし、皇太子の陳善児を捕らえます。
明けて一三六四、朱元璋は晴れて呉王の位につくと、武昌に逃れた陳理(友諒の子)を親征、平定します。
さて、残るは朱元璋に先んじて呉王を称していた張士誠です。
彼の勢力範囲は現在の浙江省、江蘇省、山東省、にまたがる大国であり、さらに西に汝州、エン州、濠洲を加えてました。
生産力では当時の全土の租税額の三分の一、塩に至っては六割を賄う巨大国に対し
朱元璋は徐達、常遇春に二十万の軍勢をもたせ制圧させます。
張士誠の呉国を併呑した朱元璋は北伐を計画します。常遇春は一路大都を突く戦略を挙げますが
朱元璋は採用せず、周りの拠点を落とし、孤立させた後に大都を攻めるのを指針とし、
再び徐達、常遇春に兵を預け、一方で湯和らに南征を行なわせ統一を達成したのでした。


顧みるに、朱元璋の戦術は常に相手に先んじて退路や援軍、補給線を断ち
十分に疲労してから叩くという、戦術的奇才というよりはセオリー通りの戦術家と考えられます。
逆をいえば機を見るに敏、兵は拙速を尊ぶの才が高かったといえるでしょう

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 21:45:55 ID:CvnnNoeq0
>>307
手元に史料がないので、確認は取れないけど、
朱元璋が王保保を天下第一奇士と評したって話は確か明史にも載っていたはず。

それと、以前、明代の名将を議論していたときにも散々述べたけど、
再び張士誠の弟である張士徳を推す。

江南三強中、最大の生産力を誇る姑蘇の地を張士誠が制し得たのは、
彼の活躍によるところが大きい。

『国初群雄事略』の「周 張士誠伝」は三巻に分かれているけど、
事実上第一巻は張士徳伝と呼んでいいのではないかと思うほど、
その活躍が全文の多くを占めていたように記憶している。
彼が指揮をした戦いで敗北したのは、俺が記憶している限り、
苗族の元将楊完者の守備する杭州を一度は陥落させるも、その後奪い返されたことと、
朱元璋軍に攻撃されていた常州の救援に向かい、
徐達、常遇春等、朱軍の名だたる名将たちと激突し、善戦の末虜になったことぐらいか。
(前述したが、現在GW帰省中で家に帰らないと史料が参照できないので、
ちょっと記憶違いがあるかもしれない。)

また、常州での朱元璋と張士徳の攻防戦を『国初〜』著者の銭謙益は
明建国過程の重大事と評して、作中でも最長の考証文を書き綴っている。

他にも、これまたずいぶん前にここや元末スレでも述べたことであるが、
張士徳直属の部下に史椿という武将がいて、
彼は張士徳没後、次第に綱紀が弛緩してきた張士誠軍に見切りをつけ、
チャガンテムル(暗殺された後は朱元璋)に投じようとしたという話が伝わっていて、
直接の記述は見つけられなかったものの、
張士徳の軍の綱紀を重要視する姿勢を垣間見ることができる。

また、こっちは軍事とは関係の無い話かもしれないが、
陳基をはじめ、多くの才能ある人物の発掘も行っている。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 22:03:14 ID:8XSv3Wv+0
>>292
徐達 
紅巾の乱が起こると、その朱元璋の麾下で濠州の蜂起に参加。
集慶(南京)を陥す一翼を担う。
鎮江に進撃、常州・常熟を落し、張士誠の勢力を弱体化させる。
ハ陽湖の戦いでは先鋒を務め、猛火の中を勇戦し敵を撃退。
張士誠を討って江南を平定。
北伐では征虜大将軍に任じられて山東・河南を降す。
大都を陥落させ、河北を平定。
応昌攻略ではココ=テムルに撃退されたが、
先鋒として数多く各地を転戦した彼は明朝開国の功臣の第一とされた。


常遇春
劉聚の蜂起に従う。後に和州で朱元璋に帰順。
采石・太平を奪取、総管府先鋒に任命され、後に総管都督となる。
集慶を攻略従い、最も著しい功績を挙る。
徐達に従って鎮江を責め取り取り、常州を破る。
浙東を攻め、衢州を陥落させる。ハ陽湖の戦いでも功績を挙る。平江で張士誠を滅ぼす。
北伐では徐達の副将として大都を陥落させ、太原にココ=テムルを攻め、全寧にエスを大破させ、李文忠と共に北元軍を撃破し、開平府を攻略した。

勇猛果敢で知られ、集慶攻略や陳友諒・張士誠平定では武勲第一とされた。


朱棣(永楽帝)
燕王時代に北平を鎮し、北伐の際北元の乃児不花を捕らえる。
靖難の変にて耿炳文・李景隆・を打ち破る。
明軍より兵力差などが不利な状況に有りながら(五十万対十万)
最終的には南京を陥落させ建文帝に勝利。
即位後、北元に親征を五度に渡り行いモンゴル族を打ち払い、
また安南にも遠征、これを直轄領とした。 満州も征服している。

戚継光
倭寇及びモンゴルと戦って戦果を挙げた。
浙江南部・福建方面に来襲した倭寇の大軍に連戦、兪大猷・劉顕らと共に数々の功績を挙る。
しかしその名声は他の二人に大きくうわまっていた。
戚継光の活躍により東南の倭寇の害は取り除かれた。
また薊州などを鎮め、規律ある軍制と卓越した指揮により
戚継光は北方に十六年間、侵略を防ぎ続けた。

袁崇煥
進士に及第した後、遼東の守備を志願。寧前兵備僉事に抜擢される。
後金のヌルハチが寧遠を攻撃した際、ポルトガルから輸入した大砲(紅夷砲)を駆使、
清軍を敗北させる。功績により遼東巡撫となった。
ホンタイジを寧錦で破る。
薊遼・登莱・天津の軍務を統括し、寧遠に鎮める。叛将の毛文龍を殺す。

こんな感じですが五名の名将たる所以は分かって頂けましたか?


>>299
>(世界歴史体系・中国史・四巻、明・清より)ですか、アジア辞典といい羨まし杉・・・〇

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 22:04:18 ID:CvnnNoeq0
>>305
>「泣く子も黙る」とかそーいう記述があればなんとかなるんやけど
確か、ずいぶん昔にどっかの先生が書いた「拡廓帖木児の死について」って論文に、
北元政府はココテムル死後も外交の場においてココテムルは健在であると宣伝し、
そのネームバリューを利用していたって書かれていたから、それなりの威勢はあったんじゃないの?

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 22:06:47 ID:8XSv3Wv+0
連投スマン

>>309
徐達や劉伯温にばかり目が行っちゃうけど改めてみてみると
朱元璋自身もかなりの戦術・用兵家なんだな。

ちなみに羅貫中がハ陽湖の戦いをモチーフに三国志演義での赤壁の戦いのは描かれていて、
諸葛亮の神掛かりな奇策は劉伯温をモデルにしてるみたいな話があるんだよね。

314 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 22:39:22 ID:3DNBoeHE0
李文忠(あざなは思本。1339-1384)
 太祖朱元璋の甥。養子とされ朱姓を下賜される。読書を好み鋭敏であった。
 武勇にも優れ勇は三軍に冠たり。青陽、石埭、太平、旌徳を攻め、ことごとく降す。
 浦江にて苗族の反乱を平定し降伏した兵士三万を自軍に取り込む。現地で搶掠・放火を厳禁し、
現地の人々に恩沢と誠心を示した。
 厳州を守る。張士誠が攻め込んでくると二度に渡ってこれを撃退、以後張士誠は
あえて厳州をうかがうことをしなくなった。
 呉軍十万が諸全を攻めると徐右丞、邵平章をつれて諸全へ。浮き足立つ呉軍を大いに破る。
 張士誠が二十万の大軍をもって新城に攻め寄せると寡兵で迎撃、騎兵の機動力に任せて
縦横に敵軍を切り崩し、向かうところ敵なしの大活躍でついに敵軍を潰走させる。
数十里に渡って追撃し、数万を斬った。
 朱元璋の呉攻めに従軍、別将として桐盧、新城、富陽を抜き、杭州まで陥とした。
兵三万と食糧二十万石を得、朱姓から李姓に戻る。建、延、汀の三州を平定。
 洪武二年、常遇春の副将として元の上都を攻める。常遇春が死ぬとその軍を引き継ぎ、
大将軍徐達のもとで慶陽、太原を攻め陥とす。
 翌年、徐達と別に十万余の兵を率いて北伐、元の平章・チュチェン、シャブチェン、
シャンドゥガンらを斬り、あるいは投降させた。時に元帝が崩じ、太子のアイユチリダラが
新たに立った。李文忠は間者の報告でこれを知ると応昌に走って元の新帝を襲い、
その嫡子と皇后、妃、宮人ら数百人を擒らえ、宋から元にいたる玉璽その他の宝物を奪った。
凱旋し戦利品を献上、奉天門で洪武帝の朝賀を受けて戦功一等とされた。
 洪武五年、北伐。馬が流れ矢に当たり落馬するも、元兵から馬を奪い死戦、ついに敵を破り
捕虜万余を獲る。ただし曹良臣以下の名将を失ったため論考は行われなかった。
 翌七年、各将道を分かって出陣し、三不刺河で平章・陳安礼を捕らえる。白登で太尉・ブカを擒らえた。
 秋、大寧と高州を抜き、宗王ドドチリを斬り、承旨・百家奴を擒らえた。氈帽山で魯王を斬り、その妃
および司徒タンハイを斬った。
 洪武十六年冬、病を得、翌年二月、世を去った。享年四十六歳、岐陽王に追封された。謚は武靖。
太祖の陵に倍葬され、建国の功臣第三位とされた。


315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 22:43:13 ID:wvylm5yGO
演義赤壁はハ陽湖の戦いをモデルにしたかも知れないが
ハ陽湖の戦い自体は正史にある赤壁の戦いを参考にしたんでなかろうか
劉基とか頭良くて正史一通り読んでそうな奴もいただろうし

316 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 22:45:02 ID:3DNBoeHE0
連投、つーか反省。
26行ですか・・・やっぱ長いわな、俺の紹介文。
>>311さんみたいにスパッと行くと気持ちいいんやろーけど上手くいかん。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 22:48:28 ID:wvylm5yGO
間に割ってた。済まん

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:03:43 ID:8XSv3Wv+0
>>314
李文忠ですか。自分も目を付けてたんですよ。
自分は鄭和と曹文詔を推します。(推薦文はまた今度ということで)

◆oOLAqFKRB.さん
だいぶ前にも言いましたが、〇〇を撃破、××を攻め落とした部分などを強調し、
エピソード的部分は添え程度にしてみてはいかがでしょうか?
まあ◆oOLAqFKRB.さんの推薦文を楽しみにしている人も居るかも知れないので
あまり要らんこと言えませんが・・・  〇



319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:19:39 ID:wvylm5yGO
王玄策がスルーされてるこのスレで鄭和の出番あるんだろうか…
詳しくないんで推薦文に期待

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:43:05 ID:zzFkThvrO
>>315
赤壁の戦いの記録のドコを読んだら、ハ陽湖の戦いに応用できるのか知りたい。
疫病が流行ったんで侵攻した側が火をつけて退却。防御した方は名声を得た。
という経緯じゃないの!?


ハ陽湖の戦いは、戦術的には特殊なトコはなく、先行する例はよくあるけど、
赤壁の戦いと共通点があるとは知らなんだ。

ニワカの俺に分かりやすく、咬んで含むように教えてもらえるとありがたい。

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:47:43 ID:8XSv3Wv+0
>>319
せっかく期待してくれてるのにスマン、鄭和じゃなく湯和だった。
鄭和の功績じゃ無理だ・・・
つーか手持ちの資料じゃ詳しい記載がないんです。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 23:53:17 ID:zzFkThvrO
>>319
このスレ的には候補すら入らないけど、軍事的には重要人物ですよって場合には、
推薦文があがることあるよ。

こんな人物だったんだぁ〜 知らなかったよ。dクス!!でも無しだな(プ
って感じでスルーされるが、それはそれで一興かと。

323 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/01(火) 23:56:23 ID:3DNBoeHE0
これで今日は打ち止め。明で俺の一推しといえばこの人(李文忠も好きやけど)。
馬芳(字は徳馨。?-1579)
 十歳のときアルタンに攫われたが隙を見て逃走、帰国。非凡な体力により兵卒に抜擢される。
 嘉靖二十九年、威遠で北虜と交戦、敵の伏兵を見抜いて逆撃し、自ら首級九十を挙げた。
 嘉靖三十六年、土蛮が十万騎の大軍を擁して界嶺口に迫るも、
馬芳が兜を脱いで素顔をさらすと「げぇ!! 馬大帥やんけ!!」と驚愕して退却。北賊に大いに恐れられる。
 宣府の守りを任されたとき、北賊が山西に侵攻すると一夜に五百里を駆けて交戦、七戦七捷して敵を殲滅した。
 嘉靖四十五年七月、辛愛率いる十万の騎兵を馬蓮堡で迎撃、謀略と敢闘をもって大いにこれを破る。
 馬芳は胆力智謀に優れ、敵情を熟知してその虚実を利用することを得意とした。情報戦を得意とするが戦に臨むとむしろ猛将型であり、
常に士卒に身を先んじて突撃することを旨とした。しばしば出兵して敵の堡塁を破壊。あるときは自ら督戦し、あるときは副将を遣わして戦果を上げた。
 大同がアルタンに犯され、宣府の馬芳は現地に急行、アルタンの軍を打ちのめして辺境に安寧をもたらした。
 馬芳は行伍(一兵卒)から十余年で大帥となり、膳房堡、朔州、登鷹巣、鴿子堂、龍門、万全右衛、東嶺、孤山、
土木、乾荘、岔道、張家堡、得勝堡、大沙灘などの戦役で活躍、大小百戦以上を経て身に傷を受けること数十、
つねに寡をもって衆を破り、かつて大勝せざるはなし。敵の部長を擒えること数十、斬殺したもの無数、威名は辺境まで轟きわたり、
功績は当世の将帥に冠す。石州城が落ちたとき、防衛軍指揮官の副将・田成威と参将劉宝が死刑に処されるところを、自らの功績に免じて
彼らの一命を助けてくれと上奏した美談が残る。
 削りに削って15行。孟珙でも10行ちょっとやったし、こんくらいが俺的ギリギリラインか?

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 00:09:18 ID:Ilihl0BuO
>>323
そんなに鬱になるなよw
俺はいつも楽しみにしているし、凄く勉強になる。
程々の長さならそんなに気にしなくてもいいんじゃない?

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 09:34:33 ID:z559dP//0
代表的な一つの出来事を丹念に書き記した方が面白い
出来事の羅列は見てる方には退屈


326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 09:51:22 ID:HBHBRtZm0
>>325
どこが面白いかなんて人それぞれだし、推薦文投下する側で判断することじゃない
そういう類のわがまま言うなら自分で史書を読むべし

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 11:45:47 ID:/Zu/GTxd0
>>325
読み物としてはそうだろうが、実績評価の材料にするぶんには
羅列のほうがわかりやすいと思うよ


史書といえばやっぱりみんな明実録とか読んでるわけか?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 11:53:42 ID:JjxXbAi30
自分は今まで大体あんな感じの推薦文投下してきたんだけど
不評なら投下するの止めようか?
つーか自分の力量じゃ、あんな感じにしか作成出来ないし・・・

329 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/02(水) 12:49:00 ID:cVwz+1tH0
あんな感じってどれのこと?
>>309のようなのだったら、明を知らん自分にはありがたすぎるくらいなのだが。

だいたい、個人の能力を引き比べているこのスレではあれど
そのときの勢いとか、世論の方向性とか、開戦にいくまでの経緯とか
知って損はないはず。 というかそこまで分析する必要が実はあるのだけどね。
まぁ、それは冗長になるから、個々の専門スレですればいいが、
ここがオレ的に一押し、みたいな付加的要素は加味すれば、なおよし。
羅列とか箇条書きでは、味気ないというか、すごいのかどうなのか、
わかりにくいところもあると思う。熟知している人にはくどく感じるだろうがね。


330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 14:08:04 ID:JjxXbAi30
>>329
例えば、◆RQdk7scN8sさんと五代・北宋・遼で推薦合戦しあってた時の推薦文が自分のスタイル。
(楊師厚、霍彦威、郭崇韜などや南宋・金・元の劉整)
>>311>>292さんが分かりやすくと言っていましたのでシンプルにまとめてみました。
味気ないと言われれば立つ瀬がないわけで・・・
駄目なら本当に投下止めますが。




331 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 14:47:40 ID:OlVm8I7a0
>>324さんは擁護してくれたけども、どーも書き込んでいいんかどーか悩んでしまうな。
一つの出来事にスポットを当てる、ちゅーことやったら箇条書きやめてエピソード重視の長文に戻したほうが受けいいんやろか。
例えば大同がアルタンに襲われたときのエピソード。
 大同が犯され、その害は宣府にまで及んだ。総督・陳其学は恐怖し、大同は混乱に包まれる。代わって趙岢が総兵官となった。
趙岢は紫荊関を扼守したが懐仁、山陰をほしいまま寇賊に略奪され、罪に落とされ俸禄を三級落とされた。
馬芳はその後任を任され、彼から防衛の任を引き継ぐ。アルタンは転戦して威遠に逼り、いくつかの鎮を陥とした。
ちょうど陳其学が胡鎮らを率いて馬芳の陣に合しようとしたが、馬芳は余計な兵力は自らの天才を阻害するものだとして救援を拒む。
そして将兵に告げて曰く
「大同、宣府と比べるにあらず、我との間一墻のみ。時ならず寇、到る。大創もこれをあらざるべからず!!」
(大同の重要度は宣府とは比べ物にならず、しかも彼我の距離は一墻のみ。時ならず賊が襲い来るも、大創を負ったとて退くべからず!!)
 ここで領軍の右衛を突出させて威寧海子で交戦、大いに敵を打ち破りアルタンを就撫し、辺境には遂に平穏が訪れた。
こーいうの入れたほうがいい? むしろこっちのほうが得意っちゃ得意やけども。

332 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 14:59:42 ID:OlVm8I7a0
あとID:JjxXbAi30さん、やめるとか言わんでください。
推薦文職人は結構貴重な存在なんやから。
それに>>311は推薦文じゃなくて簡潔な紹介、という前提なんやから批判されてもノーカンでしょ。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 16:32:42 ID:xaQW0wEP0
まとめサイト作ったほうがいいな

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 16:46:22 ID:JjxXbAi30
>>332
◆oOLAqFKRB.さん d
正直にぶっちゃけるとコテ(?)はあえて付けてませんが
ID:JjxXbAi30は貴方のよく知っているアイツな訳で。
丁寧語じゃないのは常時だと正直、精神的にしんどい訳で、砕けた書き方してます。
自分の力量と蔵書じゃいつも投下してる、
推薦文を書くのが限界なんですよ。
あれが受け入れられないなら消えるしか道はない訳で・・・

335 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/02(水) 16:48:28 ID:cVwz+1tH0
>>330
実は○さんですか?
自分は文句ないので、続行よろしく。
なんでそんなに悲観的になってるんでしょ。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 17:12:14 ID:hUEcqCSmO
中国史素人の俺だけどまとめ作ろうか?


337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 17:36:10 ID:JjxXbAi30
>>335
はい。自分は〇です。(思うとこがあってコテはずしてますが)
>>325の>出来事の羅列は見てる方には退屈
>>329で◆RQdk7scN8sさんの
>羅列とか箇条書きでは、味気ないというか、すごいのかどうなのか、 わかりにくいところもあると思う。

このレスにマジで凹んだんですけど・・・

あんなんでよかったら投下しますが他の皆さんいいんでしょうか?

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 17:55:32 ID:HBHBRtZm0
>>337
どんな形式であっても、推薦文投下してくださるだけで感謝しますよ
おいらは、自分では投下もしないのに、他の人が投下してくれる
推薦文には文句つける輩はこのスレにいる資格なしと思ってます

339 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 18:07:35 ID:cJ8fvbR10
俺もオッケー問題なしと思うよ。
受け取り方は十人十色なわけやから、書き込みの文体も千差万別でよかろ?
それに、あそこで凹んだゆーたら短文にこだわって箇条書きの紹介文書き連ねた俺も同じ。
なんにせよ需要は十分にあるんやから、知識があるのにそれを隠すのは勿体無いやん?

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 18:10:40 ID:Ilihl0BuO
>>338
同感。俺もそう思う。
それとクレクレ言っといてサンクスやdも言わない奴って
せっかく親切に教えてくれた人にかなり失礼な話じゃない?



341 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/02(水) 19:55:27 ID:cVwz+1tH0
>>337
それは申し訳なかった。
…でも、今までのアレで味気ないとか思っているとしたら、
ちょっと自己を過小評価気味とおもいますけどねぇ。
自分は朱元璋のくだりや、>>311のことを指して、羅列や箇条書きと言ったつもりじゃなかったのだけどね。
特にこれと言ったレスを指したわけじゃなく、広義のつもりだったのだ。
曹彬のときにもあったけど、華南平定に貢献した、とかそんなんじゃどうすごいのかわからんもんね。
しかも、華南平定に功績があったのは曹彬じゃないし…
勘違い等も含め、それを訂正するためにも、多少文章は長い方がいいと思っている。
それがあの、前スレで1000いかずに終った原因なんで、申し訳ないところではありますが。

>>340
そうですよね、自分も礼を書くのをすっかり失念していましたよ。
>>299の岩城氏にはいつも感謝しております(ついでにいつも非礼で申し訳ない)。
>>309 鄱陽湖のくだりもおもしろかったです。こういうの書いてくれると燃えますね。

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 20:39:26 ID:Ilihl0BuO
>>341
別に貴方を責めているんじゃないよw
第一、ちゃんと分かってらっしゃるみたいだし。
忘れてたなら仕方ないよ、俺もそこまでは責めるつもりないし。
でも居るよね?明らかにクレクレ言うばっかりの人って……

343 ::2007/05/02(水) 21:01:15 ID:JjxXbAi30
ID:HBHBRtZm0さん
ID:/Zu/GTxd0さん
◆oOLAqFKRB.さん
◆RQdk7scN8sさん
支援ありがとうごさいます。浅学の自分には勿体ないレスに感謝です。
只今、曹文詔の推薦文を準備中なので仕上がり次第、投下しますね。


でちょっとチラシ裏なんですが、初代スレで◆oOLAqFKRB.さん(?)が叩き台などを投下したりして
孤軍奮闘?してるのを目の当たりにしています。
その中で◆oOLAqFKRB.さん(?)がポツリ愚痴をこぼしたのが頭に有ったのと、
春秋・戦国の時代枠の時に推薦文の件で揉めたことがあったんです。
これをきっかけに自分もちょっと推薦文挙げてみようかと思ったんですよ。
で今日に至ってます。
だから推薦文を挙げる苦労はよく分かるんです。
取り敢えず出来る範囲で頑張ってみますので皆さんお手柔らかにお願いします。
連投スマン


344 ::2007/05/02(水) 21:02:31 ID:JjxXbAi30
連投スマン

>>341
いやいや◆RQdk7scN8sさんこちらこそ過剰反応してスマン。
話の流れ的に自分の事かなと思った訳で・・・orz
で長文の事はあまり気に為さんな。
自分も大変勉強になったし、言わば糧ですよ糧。


345 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 21:34:12 ID:O6R8Ym980
俺も今までの分感謝書き込みしとこうかな。
◆RQdk7scN8sさん、○さん、そしてその他このスレで支えてくださった
皆さんにありがとう。下手すりゃ二代目スレでキレて排除されるとこやった
のを容認してくださったみなさんがいなければ今の俺はいません。
本当に感謝。

>>343、○さん。
確かにありましたよ、その事件。思い出したくない俺の黒歴史やけどね。
あと、後漢から清までの叩き台出したのは俺で合ってます。なんのかんの言って結構楽しんでました。

現在俺は何騰蛟の紹介文を作るべく翻訳中。
こんな名前聞いても「は?」やろーけど、結構剛毅な抗清英雄なのです。
・・・友達に騙されて攫われたり、あんまり英雄っぽくないけど。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:14:25 ID:Tf5leQ4PO
前スレが1,000いく前に書き込めなくなり、
スレ立てを頼んだりしたわけだ。その件に関しては、どう思ってんの?
住人以外に迷惑かけて、反省や対策も講じず、長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
なら、それはそれで問題では?

その辺はどう思ってんの?
長文投稿者および擁護者は、ちゃんとスレ立てするか、長文を諦めるのが筋じゃないの?
それを考慮したうえで結論出さない?

チョット論点が違いすぎる。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:29:02 ID:HBHBRtZm0
>>346
前スレのスレ立てでのごたごたに関しては反省すべきなのはおっしゃるとおり
でも、それは推薦文あげてくれる人だけの責任じゃないだろうに
誰か気づいた人が立てるように心がければ済む話であって、
むしろあなたの言うことの方が論点がずれている

ただ、スレ立て失敗も多いんだから依頼するのは2chでは普通のことだし、
1000いかないで終わるの自体はも別に問題ない

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:29:44 ID:xK4Lal9FO
>>346
長文・AAが多いスレでは残り容量に注意すべきって基本忘れてたのは問題だが……

349 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/02(水) 22:43:20 ID:cVwz+1tH0
>>346
申し訳ないと思っているし、今回の件で初めてそれに気づいたわけだから
今後はないようにするつもりでいる。
書き込めなくなるのは、初の経験だっただけに、新スレをたてるというところまで
気が回らなかったのは事実であり、あれでも謝罪したつもりだったのだけど
気に入らなかったのなら、もう一度謝る。
ただ、長文書くことはそれとはスタンスが違うので、そっちはできればやめないで欲しい。
個人サイトでは、これほどの人たちが集まるとは思えないし、
結局、数人の固定メンバーの牙城になるのがオチですもんね。

無意味なよくわからんコピペ長文ではない、有益な文章を排除してしまうのは
あまりに排他的だと思うんだよね。もったいない。

納得いただければ、以下続行よろしく。

350 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 22:49:18 ID:xbrb3H6G0
>>346さん
反省してるし悪いとも重々思ってるし、謝れというなら謝ります。
けども
>長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
 なんて思ったことは一度もないしね。これはつきつめれば自己満足やし。
で、前スレの反省を踏まえた上で今スレでは出来るだけ短くなるように、
少なくとも1レスで収まるように、出来れば30行以内、と自分に
課しとるんやが、まだ足りんかな?


351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:50:30 ID:CVOSUQDR0
割と歴史好きな一般人だが、
>>12読んでも知らん人ばっかでへこんだよorz

春秋戦国〜前漢までと隋・唐はだいだいわかるけど
後漢なんて特に、知らん名前ばっか
有名な劉秀班超、三国の曹操周瑜はいいとして他は全然わからん
馬援とか入ってないんだな

陳の中国の歴史をちょっと開いてみたら、岑彭くらいしか名前が出てこない
樊崇って名前も複数人に連なって書かれてるだけだった

陳は後漢初期はたいした人物がいない灰色の時代とか書いてるな
まあ陳の知識がそれまでなんだろうけど

検索かけてもほとんど出てこない名ばっかだけど、みんな何で知るの?
何か、後漢の連中についてわかりやすく書かれた書籍とか教えて欲しいです


あと耶律徳光ってよく知らんけど耶律楚材は入ってないのね・・・わけわからん
歴史の教科書レベルの頭じゃついていけまへーん

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:58:04 ID:Ilihl0BuO
>>346
>住人以外に迷惑かけて、反省や対策も講じず、
いや長文派はちゃんと反省、謝罪してたぜ。

>長文書いてやったんだから礼の一つもしろ!!
そんなこと誰が言ってる?そのレスを示してみてよ。
でスレ立て依頼したのは俺なんだが、スレ立ては何度トライしてもダメだった。
仕方無しに代わりにスレ立てて頂けませんか?と依頼したんだ。

つーか貴方の方が>>347の指摘するように論点ずれてるし、それは今出てる話とは別問題。
第一スレ立ての件は誰もいつまでも粘着してないのだが……


353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 22:59:27 ID:Tf5leQ4PO
>>347

>>348にある通り、長文、AAが多いスレは、1,000いかずに書き込めなくなるのは常識だ。
それなのに対策たてません。他人に迷惑かけても問題ねぇ、んなこと知るか!!
は無責任すぎるだろ。750過ぎたら次スレの準備するなりの
ルールを決めようや。よくあることだから無問題。なんて非常識すぎる。
それぐらいも出来ないのか?

それ以外の理由で長文をやめる必要はない。長文が嫌なら読まなきゃ良い。見なきゃ良い。
そんなの議論してどうする。馴れ合いたいのか?
〇さん凄いッスと、互いが誉めあいたいのか?キモすぎだよ。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:06:36 ID:Tf5leQ4PO
長文書いてやったんだから〜は>>340を読んだから。
じゃ何か?クレクレ君には長文で返さなかったとでもヌカすのか!?

悪いが短い文で返してたとは思えないぞ。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:08:00 ID:HBHBRtZm0
>>353
前スレが容量増えたのは、推薦文よりも定義論争の方が影響してたんじゃないかと思ったり・・・
早めにスレ立てするのはよいと思うのだけど、この板だと保守しないでも平気なんかね?
そしたら500くらいで次スレ立ててしまってもよいのかも

前半部分は正論なんだけど、
>それ以外の理由で長文をやめる必要はない。長文が嫌なら読まなきゃ良い。見なきゃ良い。
>そんなの議論してどうする。馴れ合いたいのか?
>〇さん凄いッスと、互いが誉めあいたいのか?キモすぎだよ。
この記述するなら、キモすぎていづらいだろうから
このスレから去るか、もしくは永久にROMっててくれな

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:21:00 ID:Tf5leQ4PO
〇が叩かれたのは、特定の人物におもねり、反対意見はキレたからだろ!?
それなのに馴れ合いはデフォだからROMれ!!ほう、反省もしないで居直り上等かいな。

これまた素敵な反論ですこと。人格者は違うな。

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:30:14 ID:Ilihl0BuO
ID:Tf5leQ4POは態度最悪!!
長文派のレスちゃんと読んだか?
それとクレクレ君の中にはサンクスやdのひとつも言わない無い奴がいるから
これはどうなんだと言ったたけで長文とは関係ない。オマエは読解力ないのか?
このスレが気に入らないなら無理に参加しなくていい。悪態を垂れ流すだけなら甚だ迷惑だ!!
つーかID:Tf5leQ4POはスルーと言う事で。



358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:33:26 ID:HBHBRtZm0
>>356
君のいう反省ってのは、君の言うことを全て認めてひれ伏さないと駄目なのか?
君の言う妥当で正しい部分はみんな認めてるでしょうに

改善すべき部分だけ書いて余計な煽り部分入れなけりゃあいいのに、なんでわざわざ煽るのか?
そんなだと、いくら正しいことを言ってても大多数の人には聞く耳持ってもらえないよ・・・

359 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/02(水) 23:39:51 ID:cVwz+1tH0
>>356
つまり、何が言いたいかというと?
長文だめ、単行レスしてきちんと1000までいけ
それがダメなら、さっさと次スレたてろ。
ともかく見ててキモイから長文と馴れ合いはやめろ。

ということ?
次スレ云々はすまん、君には常識でも自分にはなかった。
今度からは常識にするけど。
それと、クレクレ言ってたのは誰かは知らんが、礼を入れることはそれほどおかしなことじゃないと思うが。
自分も前に、他スレにまで礼を言われたことがあって、それは励みになった。
まぁ、自分は強要せんがね。
熱いレスを投下してくれればいいと思っている。

○さんを持ち出す理由はわからんが、特定できる存在を特定できない存在が叩くのはフェアではないでしょ。
そこは控えたほうがいいと思うが、いかが?


>>351
鬼スルーされそうな勢いなので、答えてみる。
陳って、陳舜臣?
たいした人物がいない、というより同一勢力に固まった、とみるべきでしょうね。
後漢初は、日本語で読めるろくな書物がないので、ツラいと思う。
陳センセは「小説・十八史略」書いているけど、あれは正史のおもしろエピソードを抜き出した
いってみればオリジナル。本当の「十八史略」とはずいぶん違う。
それなりに参考にはなると思う。


360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:40:30 ID:Ilihl0BuO
>>358
ID:Tf5leQ4POはわざと煽ってるんだよ。
こんな奴いちいち相手しなくていいよ。
相手にするだけ時間の無駄だ。



361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:45:45 ID:HBHBRtZm0
>>351
>検索かけてもほとんど出てこない名ばっかだけど、みんな何で知るの?
推薦文上げてくれてる方々は、だいたいは正史かその他漢籍史料を読んでらっしゃいますな
その他、アジア歴史事典とかも元ネタになってました

>何か、後漢の連中についてわかりやすく書かれた書籍とか教えて欲しいです
書籍じゃないけど、光武帝関連のこのサイトとかどうですかね?
http://www.geocities.jp/kaysak864/

>あと耶律徳光ってよく知らんけど耶律楚材は入ってないのね・・・わけわからん
徳光は遼の太宗です。楚材は政治家なんで、名将スレでは対象外です。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:46:40 ID:8Ccz95AL0
陳御大に大した知識がないなんてそんな恐ろしいこと言う人が居るわけがない
きっと>>351は朕って言おうとしてたんだ。自分のこと皇帝陛下みたいな一人称する人なのさ

363 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/02(水) 23:48:21 ID:f1tECAra0
今の話の流れとは全然関係ないんやけど・・・
何騰蛟の紹介文は明日ってことで。今日はそろそろ眠いのです。
しかも何騰蛟、名将なのか否かがよーわからんくなってきた。
10万余の兵を集めたり李自成を蹴倒したり清軍を斥けたり
さらに清軍が立て籠もる永州城を囲んで36戦して
これを抜いたりしとるんやけど、なんかパンチ力不足な気がする。
まぁあくまでこんな人もおったよ的な紹介文であって、推薦文じゃないからいいんやけど。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:49:14 ID:6b4VDF7d0
>>351
最近後漢書の訳本が出てるからそれを直接読んでみたらどうだろう。
あと後漢初期の政治状況について詳しく知りたいなら狩野直禎先生の『後漢政治史の研究』の研究も結構オススメ。



365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:55:54 ID:Ilihl0BuO
>>359
>クレクレ言ってたのは誰かは知らんが
元コウの際の司令官って誰の件と
徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥が名将中の名将を分かりやすくの件。
俺が言うことじゃないが、礼の一言ぐらいいうのが筋かと。
現に俺は他スレまでお礼を言いに行った。
>自分も前に、他スレにまで礼を言われたことがあって、それは励みになった。
上に書いたがそれは俺。
その節はお世話になりました。

366 ::2007/05/03(木) 00:00:09 ID:9J993NId0
>>345
スマンそう言うつもりでは・・・
まあ幸いこのスレの住人の皆さんは良心的な方が多いので安心して参加してますが。

さてココ=テルムについててすが
結局、明では資格有りなのかな? >>307さんや310さん、>>312さんのレスを考慮してらココ=テルムは
「当時の中華国家の人々に恐怖意識を植えつけた」
とみなしてよいのかな?
それと>せいぜいが劉基の「拡廓、未だ軽んずべからずなり」
明の大軍師がそう言い放つと言うことは、
ココ=テルムを国全体で(民衆も含め)かなり脅威な人物と考えてたと見るのは無理がある?

それとも>>306さんが仰る様に元の枠に入れて残り一枠を
カイシャン他と争うのがいいのかな?


367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:31:40 ID:uCm0lvZfO
>>365
わざわざ礼してないレス探してるのか。きもいな。
そうまでしてお礼が欲しいの?

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 08:48:54 ID:Dynep93KO
後漢にえんしょうさんを入れてあげてください。
理由は簡単

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 09:10:31 ID:MBdtF63r0
>>364

後漢書の訳本が出版されているのですか?欲しい。どこの出版社ですか?

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 10:42:34 ID:36k8H8Wg0
岩波
でもめちゃめちゃ高いんだよなぁ
新品で全部そろえようとすると十二万くらいするよ

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 10:46:25 ID:bhpAzAdc0
ちくまで後漢書の文庫はでないのかなぁ

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 10:47:04 ID:vo88tyvAO
>>368
袁ショウ程度の実力では候補入りが関の山。
理由は簡単て言われても、、、

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 11:08:01 ID:36k8H8Wg0
汲古書院からも『全訳後漢書』のシリーズが出てるね
こっちも高いけど

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 11:24:43 ID:tOUIJIwH0
県立図書館とか大学図書館なら結構置いてる所多いんじゃないかな。


375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 11:36:58 ID:Zifjisi70
>>366
「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」っていう基準はどうなんだろう。
同じ異民族武将なのに北伐を一度阻止しただけのココテムルが入って耶律阿保機、
休哥、チンギスが入らないのは不公平だと思うが。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 13:13:49 ID:Culb8Wdr0
見当違いの答えだったんで自分の質問に対するレスだと気づかなかったよ。
知らんかったことなんで勉強になった。お礼遅くなってすまんな。
ありがとね>>238,239

377 ::2007/05/03(木) 13:25:35 ID:9J993NId0
>>375
今、ちょっと時間がないので返答の方待っていただきたい。
ところで入っての意味はどの様なニュワンスで仰ってるの?


>>376
レスありがd
見当違いの答えでしたか、それは申し訳なかった。


378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 14:13:14 ID:Zifjisi70
>>377
中国の武将のうちに入る、ここで議論される候補の中に入るという意味。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 14:14:39 ID:XXwro7qG0
>>362
すまんこ。いらん失言してしもたよ。
確かに朕が一番知識ないのになw

レスくれた人ありがd
あんまり初心者向けの書籍ないみたいですなー。
>>361のサイトわかりやすそうなので読んでみます。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 14:21:32 ID:XXwro7qG0
無知ついでにもうひとつだけ。
馬賢だけ検索にも出てこないんでわからないんです。
馬援なら知ってるんですが。

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 14:35:49 ID:Y8+ne+8r0
>>380
過去スレの推薦文を再掲しときます

> 【名前】馬賢
> 【時代】後漢(安帝〜順帝期)
> 【理由】
> 護羌校尉、弘農太守として141年に戦死するまでの間、先零羌の叛乱平定を皮切りに
> 20年以上にわたって三輔地域から涼州にかけての諸羌の叛乱を討伐し続けた
> (皇甫規、張奐、段ケイよりも戦績は凄いと思う)
>
> 主な戦績
> 三輔、益州を領有し趙魏に国境を接していた、零昌(シ眞零の子)率いる先零羌の別種を
> 任尚の指揮下で大いに破り、三輔、益州を快復する
> 馬賢派遣前に、羌族鎮圧に任じられていたケ隲、任尚率いる官軍は先零羌に手も足も出ず
> 河東、河内まで侵入を許してしまう体たらくであったが
> 馬賢派遣以降は一挙に反撃に転じ、先零羌を遂には瓦解に追い込んでいる
> またその任期中に、隴西、安定、北地、上など、諸郡を諸羌から快復している
>
> まあ、戦死がマイナスか

382 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/03(木) 16:48:30 ID:M/QnZMNJ0
23行と長いですがご容赦を。一応、抗清名将の代表です。
何騰蛟(字は商運、?-1649)
 天啓元年、郷試に通り、崇禎年間、進士に及第。南陽の知事となる。聡明で四通八達と讃えられた。賊に悩まされるも、
巡撫の将に従って安皋山で賊と戦い、首級四百余を挙げる。その後独力で土寇を平定したことから名を知られるようになった。
巡撫・劉永祚にその賢才を見込まれて引き立てられる。土寇を討ち平らげ、領地に平穏をもたらす。
 左良玉の反逆が起こる。何騰蛟と左良玉は好を結んだ中であったから、あっさり騙され誘拐される。漢陽門から長江を目指す漁船に乗せられたが、
地元の漁師に救われた。そこから徒歩で寧州、瀏陽を踏破して長沙に至り、衆を募る。しかし準備万端整ったときには、左良玉は死んでいた。
 順治二年五月、唐王・朱韋鍵が福州で即位した。唐王は南陽にあったときから何騰蛟の賢明なことを知っており、彼に大任を任せた。
何騰蛟は兵を率いて李自成討伐に出撃。九宮山でこれを斃し、その武将二人を擒らえて帰順させた。そのまま長沙に駐屯、賊を投降させ、
一挙に十万余の兵力を要するようになる。
 李自成の甥で驍勇善戦の武将・李錦が投降、その衆数十万が李錦の寝返りでことごとく何騰蛟に帰順した。
膨大になりすぎた兵たちを部下十三人に分かち、自らは中軍、旧左良玉の部下たちを率いる。
 順治三年五月、清の兵が汀州を破り、唐王を捕らえて殺すと、それを聞いた何騰蛟は兵を保全して辺境に退去した。
のち、永明王が即位すると人心はようやく落ち着いた。清軍が迫ると長沙で迎え撃ち、これを斥ける。
 順治四年、春。湘陰から物資を掠取した将軍が清軍に怯え、湖北に敵前逃亡。この時期、恐慌をきたしてそのような行為に
及ぶ例が多々あった。何騰蛟は十三鎮を築いて長沙を防衛。六月、白牙に移る。八月、武岡が陥ちて守将が清に降った。
永明王は靖州に走り、また柳州まで逃げた。時に常徳、宝慶はすでに落ち、永州は清軍の手に落ちた。永明王は桂林に戻り、
城に入る。焦lがこれを攻めたが、何騰蛟および諸侯の援兵によりこれを撃退、桂林は守られる。
十一月、清軍が全州に迫ると、何騰蛟は将軍五人を率いてこれを斥けた。
 順治五年正月、桂林にて太師を授かった。清軍が全州を奪い、ほしいままに略奪を繰り返しつつ桂林に迫ると、
永福から出兵、麾下を率いて督戦し桂林の三門を扼守してこれを斥ける。さらに逆撃して全州を襲い、三十六戦。
十一月、ついにこれを抜く。まもなく諸州の将帥たちが宝慶、衡州、常徳を奪回し、失地の多くを回復した。
 衡州に常駐。部下の不満や内訌を軽く考えていたため見通しが甘く、
清に寝返った部下により擒らえられる。降伏を勧められるが拒み、擒らわれ、七日七晩絶食して死んだ。

あと>>366○さん、
そんなに深刻な話やないから、すまんとかいわんでいいよ。当時の俺がバカやっただけ。


383 : ◆oOLAqFKRB. :2007/05/03(木) 16:58:10 ID:M/QnZMNJ0
連投すんすません。

「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」
これは無しにしたほうがいいんやろか?
領土は取れんでも攻勢に出て人々をビビらせたら資格あり
(ただし中華とは別の独自路線を歩む人物は選外)、と思ってこの一文入れたけど、
そーすると境界線が不明瞭になるし過去の確定人物たちが揺らぎかねんし。
幸いにしてここは合議制の場やから、ありかなしか民主的に決めたいなーとか思うんやが、どーか?

384 ::2007/05/03(木) 23:45:47 ID:9J993NId0
>>375>>378
耶律阿保機、耶律休哥、チンギスは資格はあると思うよ。
チンギスは一応、推薦文挙がってたし、耶律阿保機は入れろって意見が無かった様な記憶がするし、
あと落選したのは理由が別だよ。
個人的には遼が途中で契丹を名乗っていても、
同一の王朝扱いにすればいいじゃんって思ってます。・・・でも耶律阿保機の痕徳菫可汗の配下時代は先行政権に扱いかな?
誰か詳しい人いませんか?
それとにココ=テルムを特別扱いしようとして>>366のレスを投下した訳ではないのを
了承してもらえるとありがたいのですが・・・
基本的には資格ありそうな人物なら挙げてもらって、
もし微妙人物ならみんなでアレコレ議論すればいいんじゃない?と思ってます。
自分なんか自己主張が激しい部分があるので意見ぶつかる事があるかもしれませんがご勘弁を・・・

>>383
>「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」
>これは無しにしたほうがいいんやろか?
条文を手直しすればいいんじゃない?
例えば
「中華国家に対し深刻な状況に陥らせるほどの軍事行動を起こした人物及び
脅威の存在と捉えられた人物を資格ありとする」
(ただし中華とは別の独自路線を歩む人物は選外)

こんな感じでどうでしょう?
自分の頭じゃこれくらいしか浮かばないし、
もしダメならダメと言って頂ければ幸いです。
あと民主的に決めることにはもちろん賛成します。

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 00:12:34 ID:TUIwjw9A0
>>384
前から気になっていたので一言だけ言わせて

ココテルムじゃなくてココテムル
チャガンテムルやボロテムルもそうだけど、テムルはティムールと一緒でしょ

386 ::2007/05/04(金) 00:42:13 ID:DlaLDUyM0
>>385
申し訳ない。ココテルムじゃなくてココテムルだねw
もし指摘されなかったらずっとココテルムって打ってたよ。
>>385さんご指導ありがd

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 01:02:43 ID:XrtRsHHB0
ココテルムって通信会社みたいだな

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 05:46:11 ID:MqCOYZZMO
靖難の変にて活躍し、たびたび燕軍を破り、朱棣に至っては危うく彼に討ち取られそうになった。
・・・という平安って人物がいるらしいね。

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 12:42:07 ID:2flU3/aCO
あ〜、武道の型にその名を残す平安ね。

390 ::2007/05/04(金) 13:25:41 ID:DlaLDUyM0
曹文詔(?〜1635)
山西省大同の人。
当初、熊廷弼・孫承宗らに付き従い遼東で参軍し、游撃に累進していた。
袁崇煥の死後は、馬世龍に従い参将となり、崇禎三年には延綏東路副総兵に任ぜられ、陜西の農民軍と奮戦する。
四年には王嘉胤を滅ぼし、その功により臨 総兵となり、
点燈子・李老柴・一条龍・掃地王などの首領を尽く討伐。
杜三・楊老柴らを捕縛し、紅軍友を斬った。
七年に後金軍が西進し、懐仁・井坪堡・応州を包囲すると、
曹文詔は懐仁を固く守った。
後金軍の包囲が解けたのを好機として、追撃するも敗退する。
山西巡撫呉?の推挙により援剿総兵官となる。洪承疇と合流し、農民軍を追撃、山陽・鎮安から漢中に入った。
さらに商州を経て金嶺川に進撃したが高迎祥・李自成らの伏兵に遭って包囲下に陥り、
その際、重傷を負い止むなく自害して果てた。


391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 15:28:44 ID:Bl1uckYw0
>>383
自分は、他の定義と比較して解釈の分岐点が非常に曖昧なので、削除した方がよいかと思います。
たしか今までの確定で、「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」で資格ありになった人っていなかったような・・・

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 00:58:11 ID:uifH9k0v0
>>390
曹文詔はその戦歴の大半が農民反乱の鎮圧で、
後金には負けてるし、最後は反乱軍相手に敗死してるから、
確定は無理なんじゃないかな。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 01:21:23 ID:/59R1y8k0
ココ・テムルを北元の将軍と考えても、
元の北走以前に中国領域内で、
義父(チャガンテムル)の仇である田豊や王士誠を破ったり、
ボロテムルとの戦いに勝利したりと、
充分すぎるほどの戦績を挙げているって事実は消えるわけじゃないんだから、
>>69のCの規定を適用して、
別に「中華国家の人々に恐怖意識を植え付けた」って基準は無視して
候補に挙げてもいいんじゃね?

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 01:23:29 ID:s2xw9H2n0
恐怖意識は曖昧な言葉だって前にもあったし

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 01:26:25 ID:Rap+NKCH0
>>393
その観点で問題ないと思いますが、それだと明の枠に入れるよりは
>>306のように元の枠に入れるのがよい気がしますな

396 :定義厨@これ以外は参加できないんです。:2007/05/05(土) 03:16:33 ID:F0bILz9nO
拡廓帖木児は金・南宋、元という時代を代表する人物ではないが、
元末〜明初を代表する人物だと思います。

耶律休珂もそうですが、なんか上手い定義の仕方があれば入るであろう名将が、
定義の壁のためだけに確定どころか、候補にもならないのであれば、
その定義ってなんなの!?とは思うんですが、拡廓帖木児を入れるために新たに作った定義のせいで
チムールなどの、一般的に『中国』とは思えない人物にまで話がおよぶなら、
本末転倒だとは思います。

確定・候補にならなかった中国史に縁のある名将10選――みたいな、
何らかの救済処置は考慮してもらえませんか?

397 ::2007/05/05(土) 08:15:52 ID:0wm4GAZe0
>>396
>拡廓帖木児を入れるために新たに作った定義のせいで
その定義ってどれのこと?
耶律休哥は一応、候補入り&論議してなかったかい?
確か耶律徳光か耶律休哥で迷って耶律徳光を選んでた様な希ガス。
定義に云々なら李元昊なんか参加資格すらないんだし、
別に無理に入れろとは思わないし…

398 : ◆RQdk7scN8s :2007/05/05(土) 10:03:52 ID:aIstgZzV0
遼が北宋に比べ、「劣勢」であれば、自分は耶律休哥を推したかもしれない。
劣勢な国が強大な国に勝つというのは、武将好きにはツボでもあるし…w

遼はその当時、最大勢力を誇ったし、耶律休哥の活躍で、
北宋が瓦解、崩壊あるいはそのきっかけとなってないしね。

>>中国史に縁のある名将10選

とくに草原系の名将、というか強い将の選抜も面白い。
唐末からテュルク、ソグドと入り乱れているし、自分的には大好きだ。
需要があるなら、新スレたててもいいけど、そっち方面に専門な人がいるのだろうか?

399 ::2007/05/05(土) 10:20:38 ID:0wm4GAZe0
>>398
>唐末からテュルク、ソグドと入り乱れているし
>需要があるなら、新スレたててもいいけど、

ちなみに名将論議じゃないけど世界史板にその手のスレたってたような・・・

ところでココテムルはどっちの時代枠に入れるの? 
資格は十分あるみたいだし。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 11:33:23 ID:F0bILz9nO
>>399
拡廓帖木児は元末〜明初の時代に活躍しましたが、北元の武将だと思うのです。
明が中華から元を一掃するまでの期間限定しないと、その後に興る北元の後継政権の扱いに矛盾が出ますよ。

もし拡廓帖木児を入れるのであれば、『新しい定義』が必要になると思うんですが。

401 :393:2007/05/05(土) 11:44:09 ID:/59R1y8k0
>>400
繰り返しになるが、北元の武将に規定するからといって、
元の北走以前の戦功が全て消え去るという理屈が分からん。

北元の武将になったからといって、
中国領内で戦った事実は事実として、彼の戦跡として評価するべきだろう。
そうすれば、おのずと今の基準でも候補入りは自然なものになってくる。

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 11:52:48 ID:F0bILz9nO
>>401
ではエセン・ハーンを推薦されたらどうします?
中国領内であれば良いのであれば、大英帝国の武人たちの扱いはどうなります?

これで前スレは揉めたんですよ。

で、エセンが入ると過去の武将のなかでも、確定しそうな武将がいますよ。
どうします?

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 12:19:09 ID:GxXnbwO40
ココテムルは北元の将軍じゃなくて「元の将軍→追われた後は北元の将軍」だから
元の将軍である時期の功績は入れても何の問題もないと思うが

まあそうすると元のほうに移動しなきゃいけないわけだが

404 ::2007/05/05(土) 13:44:52 ID:0wm4GAZe0
ココテムルはもともと南宋・金・元の時代枠に入れてたのを徐達とセット扱いで
明の時代枠にいれたんだから前の時代でカイシャン達と残りの一枠を争い方が後々遺恨を残さないと思う。
◆oOLAqFKRB. さんが当時の中華国家の人々に恐怖意識を植え付けるほどの活躍をしたものを資格保持者とする。
の定義で明で資格を与えては?みたいな話から論議が始まった訳だし。
ココテムルだけの為に新たな定義作るのはどうかと思うし、それこそ特別扱いの印象を持たれると思うが。
それにエセンも英国の武人も征服王朝の先行政権や中国統一政権の武将ではないですよね?
おのずと答えはでそうですが・・・

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 15:23:25 ID:F0bILz9nO
そうですね。
ただ、同時にこのスレでは守備での功績は評価されづらく、また、時代の趨勢を変えたわけではないので、
南宋・金・元の時代であれば、かなり厳しいかなと思ったまでです。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 20:30:53 ID:Dkw61liR0
後漢の奴らはパッとしないな
他の時代に比べて見劣りするというか…
無理に人数上げる必要あるの?

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 20:38:04 ID:Rap+NKCH0
>>406
枠の見直しをやるとしても、清まで一通り終わった後、
全体を見て議論した上で見直すようにした方がいいかと
途中で変えるのはあまりよくないと思います
(自分としては後漢よりも、前漢の方が枠減らしてもよいかと思ってたり・・・)

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 01:05:31 ID:EUEIvizI0
記念カキコ

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 13:13:12 ID:llizV6hQO
早く明へ行け、明へ行けとしつこく煽ったのはただ朱元璋を推したいだけだったみたいだな。
流れ止まってるわ、ふざけたレスはあるし。
記念カキコってなにがしたいんだ?

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 13:31:08 ID:A61GipaM0
なんでさ

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 17:36:30 ID:CqL59uvvO
元のときも明のときも
漢人外武将の話で進んでるのは一緒だし
つーかGWに人いないの当たり前

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 18:27:28 ID:CyInkGcw0
【みんなで】 戦国名将二十選 【決めよう】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1178529892/

戦国名将百選が落ちたので、数を限定して立て直してみました。

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/08(火) 00:21:34 ID:rn4/SGMC0
なんか最近色んな「名将〜選」スレを見かけるけど、元祖はこのスレだよね?

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/08(火) 00:53:32 ID:JRszK/G20
イエス

個人的には日本名将50選も欲しいと思ってたり

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 11:21:08 ID:3H5SEvvAO
つーかGWに人いないの当たり前とか偉そうに言ってたが、
GW終わっても流れ止まったままじゃんw
>>406みたいなカキコ見たらやる気もなくなるわな・・・

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 11:40:20 ID:K/iLXsf70
たまたま書き込んだ俺が名指しされたよ・・・
すまん悪気はないんだ・・・>>415

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 17:00:51 ID:3H5SEvvAO
>>416
そういうことなら責めたのはお門違いだった・・・ゴメン


418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 20:36:06 ID:YdnjbMkn0
明の話を始めたのが>>279なんだから
ただ朱元璋の話したかっただけとか、それ以外何にもしてないとか見当違い甚だしいだろ
ここ100レス以上はなんの話をしてたんだということになる

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 04:23:41 ID:jveUOWTtO
清に行こうぜ。そんで最初の時代に戻ろう
レスが無いってことは、確定の人に文句なし
候補に挙がってる人物。新たな人物について語れる人が今はいないってことでしょ
いつ書かれるかわかんないレスなんて待ってらんないだろ

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 05:16:45 ID:ZVVhI1hP0
>>419
ならいっそのこと清も飛ばせよ。
清もどうせ明とたいしてレスこないたろ?とっとと一巡したいんだろ?

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 14:18:36 ID:V2THeJ0b0
明清は無駄に長いし時代に魅力がないのは確かだな
繋ぎで殷周を語るか?雑談でいいから

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 01:05:30 ID:T4WM/85i0
時代に魅力が無いかは知らないが
基本的に国難の時代だったので尚文の国である中国では珍しく名将と呼べる人が多い>明

取りあえず、徐達、常遇春、湯和、李文忠、藍玉、もちろん朱元璋も
明の建国の功臣は徐常が一頭抜けてるとはいえ、甲乙付けがたいが
それだけで確定組を埋めるのは色々バランスが悪いかと思う
後漢に樊崇が入ってるのもソレに近い理由だし


徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳、李自成

でどうだろう。ココテムルが入るなら朱元璋には涙をのんで貰うしかないけど
陳友諒は負けてもあれだけの軍備整えたりしてるけど、将才とは少し別の次元だと思うし
張士誠勢力は良く知らないから、まあ推してる人も居るし士徳で
兪大猷は率いた規模で見劣りすると思うし、于謙や王守仁は加えて戦績が少ないので


423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 05:12:47 ID:JIKiL+M6O
どの時代でも魅力はあると思うけどね、好みは人それぞれなんだし。
マイナー、メジャーは関係無いとも思う。
後漢は建国期は光武帝とその配下、末期は曹操がずば抜けてるからじゃない?つーのと
国策としてこじんまりと収めようとした部分もあるしので派手に見えないのでは?
明も武将の偏り方が後漢に似てる様な感じがする。


レスが無い、確定の人に文句がない、語れる人が今は居ないのはどの時代にもあったけどな
流れの止まるが早いか遅いかの違いだけで・・・

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 09:05:04 ID:JUPiROMy0
webより転載
陳友諒と張士誠は軍勢が多く、領土が広く、さらに隣接しており、主要な敵となります。
陳友諒と張士誠について言うなら、張士誠は塩商人の出身であり、何事かあるたびに細かく詮議し、
どっちつかずな態度を取り本拠地を守って動かないことが多く、向上しようと努力することが足らず、
遠謀深慮がなく、恐れるに足りませんが、陳友諒は同じではなく、
彼は漁師の出身であり、好戦的であり、危険を冒すのを喜びます。
もしも先に張士誠を攻めたなら、陳友諒は必ず背後から手を出します。もしも先に陳友諒を攻めたなら、
張士誠はまちがいなく山に座って虎の闘いを見るように動かない可能性が大です」
と劉基は進言している。
勢力的には陳友諒の方を脅威と見ていた様だね。

ココテムルは南宋・金〜元の時代枠に入れた方がいいんじゃないかな? 


425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 09:42:50 ID:YpBVcDWZO
南宋や東晋の武将は良くてなんで北元はいけないの?

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 12:39:51 ID:JUPiROMy0
北元はモンゴル高原に追いやられた後に出来た亡命政権。
南宋は抗州を臨安と名称を変えて首都に
東晋は建業(建康)を首都とした亡命政権。
同じ亡命政権でも北元は中華王朝として扱わないんじゃねーの?

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 13:17:15 ID:Cl0K0bWTO
>>426
モンゴルがモンゴル高原に亡命政権作るってのも変な話だがな

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 14:09:11 ID:1Ukz0QKT0
>>424
この文を読んでも陳友諒>張士誠とはならんなあ。単なる性格分析としか読めないが。

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 15:40:05 ID:JIKiL+M6O
>>428
劉基は呉・張士誠と漢・陳友諒の間にあって苦慮していた朱元璋にたいして、
陳友諒の憂いが大きく、陳友諒が滅べば張士誠も亡ぶ
と進言したりもしてる。 
やはり陳友諒を張士誠より侮りがたい存在と認めていたんじゃない?

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 20:02:25 ID:i2B/4Map0
君自身が言ってるように
朱元璋は陳と張二人に挟まれて危うかった
で、陳漢が好戦的、張呉がノホホン
とうぜんながら張呉を責めれば抜け目ない陳漢が責めてくる
国力や軍事能力よりも指導者の性格がそうだから危険視してたんだろ

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 20:14:38 ID:LH60Rf2H0
北元は、本人達が自分達の国を中華王朝と思っていたかどうか、
周りから見て中華王朝としての形を備えていたかが問題になるんじゃない?

東晋、南宋は間違えなくこの二点を満たしてるけど。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 22:28:38 ID:D7o2NHMi0
張士誠と陳友諒の紹介文

張士誠は元は塩密売商人で弟の張士義らと挙兵し反乱を起こし泰州・興化・高郵を占領。
周を建国し誠王と名乗った。
渡河し蘇州・湖州・松江・常州などを攻め取り、江南で勢力を伸ばした。
平江に本拠を移し官制を整え、紅巾軍と対立するが朱元璋の軍に連敗を喫する。
要所を手に入れるも元のトクト率いる討伐軍に破れ、いったん元に降伏して停戦し、
元の実力者として浙江省紹興まで勢力下とした。
陳友諒と同盟して韓林児・劉福通を攻撃。劉福通は戦死。
やがて再び反逆して呉を建国。呉王を名乗った。
陳友諒の滅亡を放置し、勢力を増した朱元璋に平江を攻め破られ捕虜となるが、自殺した。
璋の軍に平江を攻め破られ、捕らえられて自殺した。

陳友諒は倪文俊の武将で漁師の息子。
反乱に失敗した主君倪文俊を殺して取って代わり、元と交戦して江西・安徽・福建の各地で勝利し、
さらに徐寿輝を殺して漢帝を称した。
安慶・竜興・瑞州・池州を占領し長江中流域を勢力に収め最大の軍事力を誇った。
張士誠と結んで朱元璋に対抗、
朱元璋の拠点である太平を攻め落とし応天府にまで進撃するもするも作戦ミスで惨敗する。
江州が朱元璋軍に破られたため、退いて武昌に遷都した。
後にハン陽湖で朱元璋との決戦に挑も敗北。戦死した。

元末、各地に群雄が割拠しましたたが、
長江流域に置いては上流に陳友諒・中流に朱元璋・下流に張士誠という感じで
三者が鼎立する情勢となっていました。

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 22:30:01 ID:D7o2NHMi0
李自成
元の名は鴻基。陝西省米脂の人。
貧農に生まれ、幼少の頃は牧童をしていたとも富農の出身とも言われている。
二十歳のころ、銀川の駅卒となり、崇禎二年、高迎祥の叛乱軍に参加。
崇禎九年、高迎祥が亡くなると、跡を継いで闖王を称した。
十一年には、梓潼において敗れて白水に敗走し、わずか十八騎に討ち減らされて商 山に籠もった。
翌年、再起して河南に移り、ふたたび勢力を拡大。
十四年には洛陽を攻略し、福王・朱常洵を殺した。
翌年には襄陽を占拠。奉天倡義大元帥を称した。
広く人材を集め、軍紀を厳正にし、租税廃止や均田を行った。
十七年、西安で即位し、国号を大順とし、永昌と建元した。
同年三月に北京を陥落させし、明を滅ぼした。
しかし、呉三桂が清と手を結んで軍を南下させたため、敗走し、翌年に湖北省通山にて自殺した。


434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 22:34:04 ID:fPwEkZ2v0
何で当たり前のように国家を支配者視点で見るかなー
民衆視点で考えたら一目瞭然
漢民族多数治めてるのが中華王朝だろ
北元などもってのほか

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/12(土) 00:38:38 ID:5Af9rmIm0
明末の農民反乱と李自成について

政府の過酷な収奪と干魃による大飢饉が起こり、
飢えた農民による暴動が反政府反乱へと発展した。
反乱軍は規律が厳正で、租税の撤廃というスローガンが大きな支持を得た。
反乱の指導者:王嘉胤 →高迎祥→李自成
当時、叛乱は失業駅卒の大量参加(駅站制の縮小の為)で規模が拡大したが、
相互の連携は殆どなく、陝西・河南に進出すると官軍に各個撃破されていった。
李自成は昇進とともに駅卒を中核として組織化を進め、
高迎祥が敗死した後は闖王を継ぎ、河南・山西・陝西に転戦して十四年に洛陽を占領して福王常洵を殺した。
李軍は軍紀粛正で一切の租税撤廃や均田を標榜していたために各地で支持され、
十五年に襄陽を占拠し、十七年には西安に拠って大順国を建て、太原・大同を攻略し、北京を陥落させて明朝を滅ぼした。
 官制整備と並行して山海関の呉三桂を招撫したが、
呉の降を容れた清軍の為に大敗、北京を放棄して西安に後退、
湖広地方の通城付近で土民に殺された。
北京に入城した李自成は減税には言及せずに税糧牛馬を徴発したために
人心を失い、李自成が敗走すると北京の住民は歓呼したと言われている。

李自成については>>433とだぶる箇所があるが取り敢えず投下してみた。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/12(土) 02:15:01 ID:5Af9rmIm0
何騰蛟の他に農民叛乱鎮圧・抗清の武将なら史可法、黄得功、
抗清ならの李錦、高一功、李定国、劉文秀、
あと義軍の中では最強と呼び名の高い陳邦彦っていうのもいるな。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 16:06:57 ID:2Dz9K71L0
ここらへんの時代ってあんま際立った名将っていうのがいない気がするな

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 22:55:25 ID:ms7Xj0OwO
>>430

苦境に陥ったとき、最強の敵にあえて戦いを挑み、状況を打開することは戦略上よくあります。
最大のピンチを乗り切ることで勢いがつき、共倒れをもくろんでた周りの相手まで飲み込むことは多々あります。
この進言も、そういったことから出たのかもしれませんよ。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 18:40:20 ID:74CpXrHaO
よくあるか?

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 22:56:34 ID:SLq9RJOtO
希にしかない話なら、虎穴に入らずんば虎児を得ずとか、死中に活を求めるいう言葉はないだろ。

劉祐とかも、周りから反対されるような博打に打って出て、栄光を手にしてる。

困難に陥った場合、蛮勇をふるってでも勝負に出ると、案外イイ方に転ぶもの。
要は決断すべき時には決断し、勇気を持って行動に移すこと。
それが勝負の分かれ目だったりする。

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 23:08:53 ID:wKigvHXF0
んなこと言ってるから先の大戦で負けたりすんだよ

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 23:14:03 ID:90vl9BGu0
>>440
「死中に活を見出すべし」と部下に言われて、
乾坤一擲の決戦を挑んだ公孫述は負けたけどな。

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 23:57:13 ID:74CpXrHaO
まれにしかないからこそ発言なり行動なりがクローズアップされるんじゃね?


444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 01:26:18 ID:DJDCB5Xf0
というか、結果が稀にしかないから、その途中経過の言動もクローズアップされるのだと。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 04:48:55 ID:sUi1kiA+O
>>441-442
旧日本軍も公孫述も見通しが甘いというか情報分析を無視してるから負けたんたんじゃねーの?
特に旧日本軍の場合は元から勝てる見込みなんて無かったんだし。


446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 06:59:23 ID:IFXOf2LH0
>>445
日本軍の勝ち目の無さは…日米戦力比1:10000だもんな orz

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 07:14:57 ID:Vuy4kfYbO
追いつめられて逃げ場が無くなったとき、相手に主導権を穫られた上での行動と、
自ら能動的に選択した場合を混同したら、なんら教訓も得られない。

で、日本軍はどうだったんだ?朱元璋と同じ状況だったのか?
公孫述とは?

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 07:46:38 ID:HnaA6KJd0
>>442
乾坤一擲の決戦というか、あれ?
すでに成都すぐそばまで敵が来ている、
王手かけられた状況から勝負に出てもな。


449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 07:57:18 ID:B7YL5lmo0
念のため言っておくが日本軍じゃなく旧日本軍な
アメリカと戦うべきではないと言う主張も勝つ見込みもないという分析結果も無視して
開戦に踏み切った当時の軍部は話にならんよ。
戦うことを選択肢に入れること自体愚か。
公孫述の場合は自ら招いた部分が大きくないかい?
旧日本軍も公孫述も状況判断出来てないのに無理に開戦に踏み切った感が否めない様な気がするが・・・
朱元璋の場合は少なくとも状況判断が出来ていて、勝てると見込みがあると考えてたはず。
勝機のあった状況と決して戦うべきでない状況を混同してないかい?     

念のため言っておくが日本軍じゃなく旧日本軍な。


450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 10:08:57 ID:+yPJTAyf0
>>445
道を誤らせた根底にはそんな考えがあったってことだよ
今から振り返って云々するのは岡目八目としか言いようがない。

まあスレ違いだけどね

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 12:32:52 ID:DJDCB5Xf0
一つ弁護すれば、旧日本軍は戦いたくてはじめたわけじゃあないってことだけどな。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 14:19:40 ID:sUi1kiA+O
>>450
岡目八目つーか山本五十六とかアメリカとの国力差などを
ちゃんと認識してる人物はアメリカと戦うべきではないと言ってますが・・・
>>451
うーんでも軍部の一部の主戦論者が自分達に都合のいいデータだけを元に、
無理矢理、開戦に踏み切ったのは事実だろ?
昭和天皇もアメリカと戦うのには反対してたんだし。

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 19:05:36 ID:U5Unx6KUO
>>451
まあ始めたくもないのに戦争始めないといけない状況になっちゃうのは、もっと問題だと思うがな

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 21:17:14 ID:DJDCB5Xf0
>>452
別に主戦派に押し切られて開戦になったわけでもありませんよ。反対派だった山本たちも
最終的に開戦に同意してます。なぜなら、ここで妥協して問題を先送りにしても、未来の
状況はもっと悪くなると予測したからです。

>>453
そうですね。でもその責任を大きく請負わなくてはならないのは軍部よりも、政府及び
政治家と国民(マスコミ含む)だと思います。戦前の日本は、一応は議会制民主主義だった
のだから。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 22:25:56 ID:sUi1kiA+O
>>454
俺の記憶では山本五十六は最高司令官に任命されてしまい
半年なら暴れまわれるがそれ以降は保証出来ないと言って
やむなく同意したんじゃなかったっけ?
第一、良識ある人々はギリギリまで開戦を回避しようと努力してたはずだか・・・
議会制民主主義だったのは事実だが軍部に統制された状況に
ほぼ等しくなかったかい>昭和初期
それに陸海空軍の元帥である天皇も反対の意向を御前会議にて述べたが
天皇には承認権しかないのでその意見は無視されたんじゃなかったか?
それと国民である祖父もあの戦争は始めるべきではないと思ってたが
そんなこと言ったら殺されてたって言ってた。


456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 22:32:14 ID:Hvu8j68L0
スレ違いの話題を延々続けてるのはわざと?

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 23:02:43 ID:Vuy4kfYbO
>>450
一か八かの勝負に出た旧日本軍と、強敵と弱敵との、いずれかと戦うべきか?を選択できた朱元璋とでは、
状況が違いすぎる。

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 23:03:42 ID:B7YL5lmo0
というか明の武将に関するレスなんかほとんど来てないじゃん・・・
スレ違いでもなんか話あってるだけマシだと思うのは俺だけか?

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 23:10:09 ID:B7YL5lmo0
>>458>>456宛ね。念のためカキコしとくよ。

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 23:27:41 ID:gSEUkQR+0
この発端になった>>438はさ、複数相手の喧嘩ではまず一番強そうな奴を倒せ
みたいな事言いたかったんじゃないの

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 01:01:53 ID:JiwuMdv00
たしかにスレ違いなんで、これで最後にします。
>>455
良識かどうかはともかく、最後まで回避できるのなら望んでいました。具体的に言うと
アメリカが石油制裁を解くか否かで。真珠湾を目指した南雲艦隊も、この交渉が上手く
いったら引き返すという選択肢をもっていたのです。しかし対日開戦を狙うアメリカは
拒絶。制裁が解かれなければ一年後には戦うこともできずに降服するしかなくなる、
ならまだ戦う余力のあるうちに戦おうとなったのです。

それと、軍部の政治介入はたしかに強くなってましたが、それでも政府主導は残って
います。東条英機は、軍人であろうと、内閣総理大臣として戦争を指導したのです。
ついでにいえば、どうして軍部が政治介入することになったのかといえば、それを
押えられなかった当時の政治化たちおよび選んだ国民の責任は大きいでしょう。

あなたの祖父については知りませんのでなんとも。

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 01:39:38 ID:7AqRVc7g0
当時の人の言葉だからって鵜呑みにするような人間は、考察するコトには向かんだろうなぁ
大抵の人間は、自分だけが知ってる過去を知ってる場合、都合の良い様に語るもんだ
酷い場合には捏造するし。お隣の半島の従軍慰安婦とか。自分の証言と歳が合わねぇw

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 02:15:22 ID:JklBSJi40
おまえらは何言っても机上の空論だよ

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 02:56:33 ID:jd4vx3vR0
>>462
≫当時の人の言葉だからって鵜呑みにするような人間は、考察するコトには向かんだろうなぁ

じゃあおまえは何を参考にして話をしてんた?って言ってたが・・・     


465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 21:09:07 ID:hdZpnGZi0
資料を多角的に組み合わせてだろ

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 22:46:13 ID:jd4vx3vR0
資料を多角的に組み合わせないで語ってる奴なんているのか?
いろんな視点から検討するのは当たり前なんだし。
それに身内云々はネタだろ?

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 23:28:44 ID:EgeAtRErO
もう駄目だな。このスレ。
まあこんな過疎板で4スレまで行ったんだから十分かな。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 01:27:55 ID:vAuGlejl0
>>441
元凶は全てこいつのせいだと思う。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 04:53:36 ID:v0yeELRw0
おまえら人のこと気にしながらじゃないと書き込めんのか

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 17:50:41 ID:lDEb7oEI0
良い感じの荒れ具合ですね。

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 18:22:16 ID:PnFIw8Jn0
>>433>>435
流石に「〓陽大会」はスルーしてますなw
まあ、このスレじゃあっても無くても評価に影響は無いか。
呉三桂に勝って新王朝建てたんなら、文句無いんだけど。>李自成

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 22:48:04 ID:xUFIe1Ge0
>>471
呉三桂だけならまだしもプラス清軍だろ、
それに李自成自身も油断してたのはあるけど、新体制を整えていた段階でもあったという、
点も考慮できないかな?
朱温だって唐を滅ぼし新王朝樹立したっていっても
軍閥に毛の生えた程度の地方政権みたいなものなんだし。

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 14:18:40 ID:ORZHmzmhO
スレが過疎ってるのかこの時代が悪いのか。どっちなんだろな。


474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 14:47:21 ID:JYvlspPJ0
スレが過疎ってるよなどう見ても…
トリの人も登場しないし…
マイナーな時代でも一応動きはあったんだし。


上のほうでも言ってるが終ったよなこのスレ。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 15:16:50 ID:2KDrlr7Q0
スレつうか板が過疎ってるんだぜ…

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 19:32:58 ID:AZje37ba0
過疎過疎言わずに自分が書けばいいだろ
周りを気にしなきゃ何も出来ないのか

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 20:24:51 ID:ORZHmzmhO
歴史書もなんちゃら辞典ももってないから参加しようが無い。
はやくこの時代が終わらないかと願うばかり。
書き込みもないんだから次いこうぜ。次。


478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 21:05:31 ID:AZje37ba0
この時代が苦手なやつばかりなのか?どの時代なら得意なんだ?

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 23:52:14 ID:RjyJDnbY0
>>325とか>>346とか、このスレを継続していく上で
一番大事にしないといけないのが何か理解できず、
好き勝手言う輩がいるからこうなったんだろ・・・

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 23:53:57 ID:JYvlspPJ0
>>477
じゃあ清に移ればおまいはカキコするのか?
>>472や李自成・陳友諒や農民叛乱について投下したけど、ほとんど反応ねーじゃん。
次へ行っても事態が好転するとはとても思えんが…

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 23:58:46 ID:JYvlspPJ0
>>479
それは言えるかと…
実際、トリの推薦文職人はさじを投げたと思われ。
俺も一人で語るのは虚しい…

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 00:30:13 ID:eC5nW3XTO
>>477は図書館へ逝ってこい!!

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 00:43:23 ID:xaRQX/3r0
そもそもトリが居なきゃ進まない閉鎖的なスレじゃないし、ココ
アジ歴は図書館いけば読めるだろ
十人の候補案だって出てるんだから、反対なり肯定なりすればいい
なんの進展も無いような捏造発言は頂けない

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 01:26:37 ID:hj44a9pU0
>>483
>なんの進展も無いような捏造発言は頂けない
たとえばどの発言よ?
さっきも言ったがレスにほとんど反応ない様に思うが…
反応あったのは陳友諒と張士誠の話と>>430の意見に対して。他の話題は一人か二人。
それ以外ほとんど動きなんてなかった様な希ガス…

確かにトリが居なきゃ進まない閉鎖的なスレじゃないとは思うが、
トリの推薦文職人が初代スレから結構テコ入れしてたのは事実じゃん。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 13:13:11 ID:VUk839tJ0
秦良玉
明末の女将軍。字は貞素。女なのにすごいのである。

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 14:23:17 ID:CbkdSf7v0
とりあえず鄭成功を挙げておく。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 14:52:23 ID:hj44a9pU0
六王の一人である湯和を一応紹介しとくよ。

湯和 字は鼎臣。安徽省濠州の人。
謙虚でなおかつ性格は慎重であり、朱元璋からの信任は厚かった。
朱元璋と同郷で少年のころからの旧友で、
至正十二年、郭子興の濠州蜂起に参加し、
朱元璋の下で、定遠・和州などを転戦し、渡江して陳野先を捕らえ、
集慶(南京)を陥す一翼を担った。
また徐達に従い鎮江を制圧、統軍元帥・枢密院僉事に進み常州に鎮めた。
張士誠討滅にも従い、また征南将軍となり方国珍・陳友定を討った。
また北伐に従って、山西・陝西・寧夏を転戦し元の名将ココテムルを破り、
洪武十一年には(1378)、信国公に封じられた。
十八年(1385)、朱元璋が諸将の兵権を解こうとはかったので、先んじて郷里に帰り、
帰国後は中山候に封ぜられたが、
四川の夏討伐、辺境の異民族の討伐などの軍事活動に参加。
朱元璋による粛清を避ける為辞職し、のち倭寇対策のために沿海の築城にあたった。
明建国の功臣である同僚の多くが粛清される中で、二十八年に病没し、
東甌王に追封された。

あとなんちゃら辞典なんていう書籍は知らないけど
アジア歴史辞典ぐらいなら図書館にあるだろ?つーか図書館すらないのか?
自分の得意な時代の武将に照らし合わせるか、推薦文を読んで感じた武将に対する
意見でも述べてもらえるだけでも助かるんだけどな。

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 14:57:54 ID:HOyFd7cU0
湯和って基本的に南の司令官で
北伐には大将じゃなくて部将として付随しるから
ちょっと厳しい気がするが

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 15:23:57 ID:hj44a9pU0
秦良玉は歴史上、個人の功績で正史に独立した伝を立てられた唯一の女性。
まあ韓世忠の嫁さんの梁夫人なんかも結構女傑として有名だよな。

国姓爺こと鄭成功は抗清を続けたが結局は不運がたたったどちらかというと英雄って感じかな。


490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 15:32:48 ID:XvdfT6pW0
北伐は司令官が徐達で、副司令官が常遇春と途中から馮勝だっけな

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 15:58:51 ID:KUdKxXOj0
保守

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 16:17:47 ID:Q+TEiCJj0
徐達と常遇春ならどっちが将帥としての能力が優れてるの?

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 16:54:42 ID:XvdfT6pW0
戦場では常遇春
それ以外(戦略的思考や諸将の統率など)も含めると徐達
だと思う

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 17:06:54 ID:hj44a9pU0
>>492
徐達>常遇春じゃないかな。
徐達が大将軍、常遇春が副将軍のコンビだし、
大体の場合、常遇春は徐達の指揮下で活躍してたりするし。

>>493が先に意見を述べてるけど一応投下。

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 17:20:48 ID:Q+TEiCJj0
>>493,>>494
なら朱元璋配下の中では徐達は確定かな
常遇春や湯和も有力な候補ではあると思うけど朱元璋配下に偏りすぎるのも問題アリかもね

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 17:27:42 ID:XvdfT6pW0
徐達と常遇春は一巡目で確定してるけど

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 17:33:10 ID:hj44a9pU0
>>495
朱元璋も含め徐達、常遇春、李文忠は確定でいいと思うけど。
実力から言ってある程度偏るのはしかたないじゃねーの?>洪武帝陣営    
湯和は取り敢えず紹介しただけだよ。別に無理に確定入りさせるつもりもないし。

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 17:56:04 ID:eC5nW3XTO
>>495
例えたら徐達と常遇春は李靖と李勣みたいなもんだな。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 18:35:29 ID:5TW7LJps0
柔の徐達、剛の常遇春
技の徐達、力の常遇春

そんなイメージだ

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 18:54:13 ID:BCQZK9Ge0
「三国演義」(あくまでも「演義」ね)の呂布のモデルと言われているからね。>常遇春

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 18:55:33 ID:XvdfT6pW0
まあ徐達は敵に単騎で突っ込んでいったりはしないだろうなw

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 22:05:33 ID:hj44a9pU0
>>485
>明末の女将軍。女なのにすごいのである。
なにが凄いのかあまりにも漠然としてるので代わりに紹介しとく。
つーか推薦するのかしないのかはっきりしろw

秦良玉
 四川省忠州の人。馬千乗の妻で騎射を得意とし、文章に通じ、常に男装していた。
万暦二十七年夫とともに播州の乱を討って功績を挙げる。
馬千乗が事件に連座して獄死すると、その職を継ぎ、石[石主]宣撫使に任ぜられた。
その部衆は白杆兵と称し、勇敢なことで知られた。
天啓元年、援遼の戦に出兵、後金軍と戦う。また奢崇明の乱の平定でも活躍。
その功により都督僉事に任ぜられ、総兵官となった。
崇禎年間には農民反乱の討伐の為、各地を転戦。
その功により太子太保・都督となる。
十七年には張献忠の侵入を阻止したが病死している

張献忠は李自成と朋輩で湖南・江西から四川に入って独立勢力を樹立。
のちに成都に拠って称帝を称し、大西国を建てた人物。
ちなみに張献忠の養子で南明と結んで清に抵抗した。李定国ていう奴もいる。


503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 01:24:58 ID:DiRdFEqc0
朱元璋政権がある程度大きくなる前に散っていった武将ってあんまいないな〜・・・
こんなんおるけどどう?

胡大海
比較的初期の段階から朱元璋軍に参加した武将で、
明史はその人物を長身鉄面、智力過人と評している。

朱元璋軍が太平を陥れるぐらいまでは突出した活躍は見せないが、
朱元璋軍が徽州を攻略し、間も無く苗族の元将であり、
張士誠の宿敵でもあった楊完者が十万の兵を率いて攻め込んでくると、
胡大海は兵を率いて見事にこれを撃退するという戦功を挙げる。
そして、これより彼の華々しい戦跡が刻まれていく。

ケ愈・李文忠とともに元の将軍の守る建徳を破り、再び楊完者を撃破して三万人の捕虜を得、
次に元将石抹厚孫の守る婺州を、石抹宜孫の派遣した胡深率いる二万の援軍を破りつつ占領。
更に、張士誠領の諸曁を攻略し、その勢いで紹興(お酒で有名)まで侵攻。
しかし、張士誠も黙ってはいない、呂珍(私見では張士徳亡き後の張士誠軍随一の名将)を派遣して諸曁の地の奪回を図る。
胡大海は急ぎ救援に向かい、堰を決壊させて水攻めを行おうとしていた呂珍から堰を奪い取り、
逆に呂珍軍営を水浸しにして、呂珍を捕え、これを釈放した。
ついで元将石抹宜孫の守る処州を攻撃、武将の胡深を降伏させ、
更に石抹宜孫と浙東の四先生と称される章溢や葉琛率いる処州軍を破り処州を占領する。
んでもって、陳友諒配下の将である李明道(犬好きで有名)が信州に侵攻してきた際には、
これを迎撃して、李明道を降伏させている(後に叛旗を翻し再び陳友諒に寝返るのだが・・・)。

これより先、胡大海が建徳を攻略した後、楊完者の配下の将であった蒋英等が投降してきた。
主である楊完者が張士誠(当時は元に降伏していた)と同僚であったはずの
元将達識帖木児の手によって謀殺され、拠るべき所を失っていたのである。
胡大海は蒋英らの勇猛さに惚れ込み、すぐさまこれを自己の配下に組み入れた。
(これからは少し推測が入る)
楊完者の軍は漢民族から見れば野蛮な苗族の軍団であり、
軍の綱紀は緩みっぱなしで、略奪、淫行、殺傷等は是とされていた。
しかし、朱元璋軍は綱紀が非常に厳しく胡大海自身も平時から
殺人と淫行と放火だけは絶対にやってはならんと兵に厳命していた。
蒋英等は次第にそんな窮屈な軍団に嫌気がさし、そして、彼らは遂に行動を起こす。
胡大海の守護する婺州にて、反乱の狼煙を上げ、胡大海を殺害してしまったのだ。
蒋英らはその後胡大海の首を持って方国珍に降ろうとしたが、
朱元璋の怒りをかう事を恐れた方国珍は兄の方国璋に境界線を守らせた。
これに怒った蒋英は方国璋を殺害して、結局は張士誠に降った。
その後、李文忠が杭州を攻略した際、蒋英は捕えられ、
朱元璋によって処刑され、その血をもって胡大海を祀ったとされている。

長文スマソ

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 01:44:46 ID:/nNiDMhI0
胡大海好きなんだけど十選はきついだろうなぁ
その時代には徐達常遇春をはじめとして六王に、馮勝や傅友徳、
ちょっと下がって藍玉と錚々たるメンツがいるし

個人的には徐達・常遇春と並んで朱元璋が最も信頼してた将軍だったけど
クーデター企てて処刑されて正史に伝も立ててもらえなかったっていう邵栄が気になる

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 02:01:38 ID:giuFVJcO0
明はよくわからんので明の名将でぐぐってみた
于謙 袁崇煥 戚継光 兪大猷 李如松

シラネ

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 02:04:34 ID:DiRdFEqc0
もいっちょ

胡深
父は元朝の官僚であり、由緒正しい処州の学者先生であったが、元末の兵乱が激化し、
郷里の周囲でも群盗が猛威を振るうようになると、胡深は郷里の子弟を集め義兵を組織し賊に対抗した。
そして、処州の元将 石抹宜孫に見出され、参軍事として彼の帷幕に加わる。
その後は、数千の兵を集めて山賊を駆逐し、温州の韓虎を破るなど多くの戦功を挙げる。
この間、同じく石抹宜孫に助力していた劉基や章溢(以前からの学友でもある)、葉琛などの著名な学者達と親交を深める。

至正十八年(1358)、朱元璋の軍が婺州に迫ると胡深は救援軍の司令官に抜擢され、
数万の民兵と百両の戦車を率いて婺州へと向かった。
しかし、婺州への道中、朱元璋軍に遭遇して敗れ、撤退。
救援の望みを絶たれた婺州は朱元璋に降伏した。

至正十九年(1359)、朱元璋の処州攻撃が始まると、
胡深は処州の龍泉、慶元、松陽、遂昌の四県を以って抵抗したが、
降伏派に傾いていた四県の士民の説得を受け、遂に降伏。
以前から胡深の名を聞き知っていた朱元璋は、
早速胡深を応天に招待し、日々天下のことを論じ合ったという。

後、胡深は命を受けて処州へと向かい、もともと率いていた兵士たちを招集し、江西征伐に参加。
至正二十二年(1362)、処州の苗族の兵士達が反乱を起こし守将の耿再成を殺すと、平章の邵榮に従い討伐に従事。
この功を以って浙東行省左右司郎中の官を授けられ、処州の軍民を総制した。
この時、処州の治安はあまり良いと言える状態ではなく、各地で賊が出没していた。
その為、胡深は数万の兵を募って賊の一斉討伐にかかり、その首領たちを捕えることに成功する。

至正二十三年(1363)、諸曁の守将 謝再興が朱元璋に叛旗を翻し、
張士誠の軍とともに東陽を攻めると、胡深は李文忠の先鋒として活躍し、遂に謝再興は敗走。
謝再興を破った後、胡深は諸曁を張士誠軍に対する防衛の鼎にしようと進言して聞き入れられ、五指山に新城を建設した。
後、張士誠の将 李伯昇が大軍を以って攻め入った際、この新城をどうしても抜くことが出来ず、敗走。
胡深は、新城建設を建言した功により、朱元璋より名馬を賜ったという。

至正二十四年(1364)、胡深は継続して処州を守り、方国珍の従子 方明善を破るなどの戦功を挙げる。

後、陳友定の軍が処州の境を侵したので、胡深はこれを破り、更にこれを追って捕城を攻略。
胡深は戦勝の勢いに乗って進撃を続け松渓の守将 張子玉を捕える。
そして、朱元璋が派遣した朱亮祖・王溥の軍と合流し、進撃を再開。
しかし、これまでの進撃があまりに性急過ぎたことから、軍に乱れが出始めていた。
胡深はこれに気付き、少し進撃の速度を緩めようとするが、
朱亮祖の反対にあい、結局そのままの調子で陳友定の本拠である延平に向かった。
そして、胡深たちが錦江を行軍していると、陳友定の将 阮徳柔の奇襲にあい、
胡深は何とか撤退しようと柵を二つ破るが、陳友定自らが率いる精鋭の攻撃を受け、遂に捕えられてしまう。

捕えられた胡深は礼をつくして迎えられ、陳友定から自分の部下にならないかと誘われたが、
胡深は頑としてこの要求を受け付けなかった。
陳友定は殺すのは惜しいと思いつつも、元朝の使者がいる目の前で賊軍の将を生かしておくことは出来なかった為、
ここに到って胡深は遂に処刑されてしまった。

後に、朱元璋は陳友定を捕えると「貴様は我が参軍を害した」と痛罵し、
これをその子もろとも殺したという記述が明実録に載っており、
また、陳友定の屍肉を胡深の墓に祀ったという話も伝わっている。

胡深の死後、宋濂と朱元璋は胡深の人物を論じ合い、宋濂は「文武の才」と評し、
朱元璋は宋濂の評価を認めたうえで「浙東の一障であり、私はこれに頼っていた」と語り、その才を賞賛したという。


文武両道に通じていたという、当時としては珍しいタイプの将軍さんです。
相変わらず長文になってしまいました。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 02:26:49 ID:IMB/AYN20
朱元璋政権がある程度大きくなる前に散っていった武将

真っ先に花雲が思い浮かんだ
コイツの最後の言葉を読んだ後に、洪武帝の粛正を見ると虚しい……

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 03:04:49 ID:3W7CTJwJ0
>>504
朱元璋が最も信頼していた三人の一人になんでしょ?>邵栄

>>505
袁崇煥、戚継光は一応紹介文を挙げてるよ。

于謙は宣宗に従って漢王・朱高煦の乱の鎮圧したり、
オイラートから北京を死守したりしてる。
あまりに堅固な守りにエセンも攻め切れなかった。

兪大猷
嘉靖期の対倭寇戦で戚継光と共に活躍し、
海賊の討伐などに功績を挙げ、広東の防衛に抜擢され総督・欧陽必進に重く用いられ、
対ベトナム戦では数々の功績を挙げている。

李如松はボバイの乱の鎮圧で功績を挙げ、秀吉の朝鮮出兵の際には援軍の総督として活躍している。

うーん明末とか詳しい人いないんのかな?
話題が洪武帝陣営に偏ってますなぁ。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 03:28:07 ID:aY64Pf2/0
鬼石曼子ちゃんの猛勇っぷりには明の名将もタジタジだよ

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 10:47:02 ID:YjfsUI+3O
>>509
碧蹄館に島津居たっけ?
あれの日本軍主力は小早川、宇喜多、立花あたりでしよ

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 11:29:43 ID:3W7CTJwJ0
>>510
碧蹄館に島津は参加してないよね。
島津が主に活躍したのは慶長の役。
鬼石曼子(おにしまづ)と恐れられたのは泗川の戦いだし。

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 12:28:56 ID:DiRdFEqc0
邵栄は伝がないからきついな〜・・・
取り敢えず史料から適当に記述を拾って組み合わせてみるか。

邵栄の取り敢えずハッキリしている戦績
対張士誠戦
至正十八年(1358)、徐達とともに張士誠領の宜興を攻略
至正十九年(1359)、餘杭において張士誠軍を破る。
         張士誠領の湖州を攻撃するが失敗し、一時撤退、
         勢いに乗じて張士誠配下の将李伯昇が攻め寄せてくるも、
         事前にこれを察知していた邵栄は兵を伏せてこれを迎え撃ち大いに破った。
         杭州を攻めるが張士誠は達識帖木児と共同戦線を張りこれに対抗、
         ちなみに張士誠の書記である陳基の残した記録には、
         この時邵栄の軍は四方を略奪し、民家を焼き、墓を暴くなどの蛮行を働いたと記されている。
至正二十年(1360)、杭州の包囲は三ヶ月に及んだが結局攻めきれず撤退。
至正二十二年(1362)、蒋英の反乱に乗じて張士誠は兵を上げ、弟の張士信に兵を預けて諸曁を大軍を持って攻撃、
          諸曁の守将謝再興はこのままではこらえ切れないと援軍を要請、
          邵栄は徐達とともに援軍に赴き、張士信はこの援軍を見て殆ど戦わずして逃亡した。
その他
至正二十年、陳友諒が応天府に向けて軍を発したので、諸将とともにこれを迎え撃ち、
      陳友諒の弟陳友仁を拒むなどして戦功を挙げる。(史上名高い江東橋の計)
至正二十二年、婺州の苗将蒋英が反乱を起こしたことを知った、
       お隣処州の苗将李祐之は蒋英に続けとばかりに反乱を起こし守将の耿再成を殺害、
       邵栄は胡深らとともにこれを平らげる。

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 13:09:20 ID:3W7CTJwJ0
>>512
         邵栄の事って他の奴の伝とかにちらほら記載されてる程度なんだろ?


514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 13:33:30 ID:DiRdFEqc0
>>513
確かに明史の太祖本紀では確かに反乱を起こしたことしか書いていません。
しかし、実録とかの記述を丁寧に見ていけば結構見つかります。
まぁ、俺が参考にしたのは国初群雄事略の引用文だけどね。

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 13:39:01 ID:/nNiDMhI0
明史なんて実録の索引くらいにしか役に立たないなんていう人もいるくらいだし

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 16:35:21 ID:3W7CTJwJ0
>>514
朱元璋って邵栄の指揮能力を高く評価していたんでしょ?
国初群雄事略ですかいいなー。
てっきり、あちこちから記述を探してきたんだろうな、
乙だなぁーと思ってたからね。
それと貴重な推薦文職人が居てくれるのは大変有り難いことです。

>>515
なるほど。
いろいろな話が聞けるのがここスレの良いところだよな。


517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:17:19 ID:XkY4aN8NO
>>489
>韓世忠の嫁さんの梁夫人なんかも結構女傑として有名だよな。
女傑と云えば戚継光夫人の王氏なんかも、自ら軍勢を率いて倭寇と戦ったりしてるんだって。
やっぱ似たもの同士は引かれ合うのかな?

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 18:33:54 ID:Ooz8jJqI0
いや、戚さんはMだし・・・

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 20:47:33 ID:OxJaL/s+0
>>517
戚継光は有名な恐妻家だぞ。
ジョークのネタにもなってる。

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:19:05 ID:3W7CTJwJ0
王守仁 
 余姚(浙江)出身。字は伯安、号は陽明。王陽明として知られている。
文臣としては明代を通じて武功第一と称される。
当時の江西省の南籟地方、福建省の汀州、澄押や広東省の治安維持を命ぜられ、
約一年半の間にこれらの地方の険難なところに要塞を作り、賊の討伐に当たった。
この地方には過去にも多くの武将が賊討伐を命ぜられ遠征したが、
ことごとく敗退し、いまだ平定されていない危険な土地として知られていた。

王守仁は既にあらゆる兵法に通じ、向かうところ敵なしの圧倒的な強さを誇った。
王守仁は寧王の乱を14日で鎮圧し、南京兵部尚書・新建伯に封じられ、
広西瑤族を平定するが帰途に江西省南安で没している。

寧王の乱について
寧王、諱は宸濠。
太祖の第17子の寧献王権の曾孫の康王覲鈞の長子。
弘治十二年に寧王を継ぎ南昌に居した。
寧王は軽佻かつ貪欲でしかも兵事を好み、劉瑾への贈賄で護衛兵数の回復を画策、
都指揮使殺害・知府幽閉・群盗との結託するなど非道であり、
広東からは仏郎機銃などの武器を調達し、同時に私造を行ない、
正徳十四年6月に至って討伐令が発せられた。
初めの内は官軍をたびたび撃退して武宗を南京まで親征させるも、
まもなく巡撫の王守仁に鎮圧された。
武宗期の地方叛乱では最大規模とされ、
しかも首謀者が宗室で計画的である点でも重視されている。

十傑入りは無理だろうが王守仁は一発屋と扱うのは過少評価し過ぎだと思う。
取り敢えず紹介文をあげただけどね。結構この人好きだしw

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:10:21 ID:S8yY944J0
鄭和ってよくわからんな
名将っていえるのか

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 23:29:45 ID:Rbu/mWV3O
普通は呼ばないな。

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 22:59:15 ID:rlTC2dHe0
>>519
戚継光が部下の兵士たちに女房を恐れない男こそ真の勇者だと言ったあと
女房が怖い奴は俺の側に来いと命令したら一人だけ来なかった奴がいて
その訳を聞いたら女房に話が聞こえない時は、その場でじっとして動くな
って言われてるんですと答えたんだろ?

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 00:11:18 ID:WAVCnusI0
田中某氏「中国武将列伝」
ttp://www1.ocn.ne.jp/~matsuo3/books/chugokubusho.htm

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 09:18:19 ID:X82UmEN7O
この人の名将百選は頭に『小説のネタになりそうな』ってのがつくよね

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 03:21:57 ID:WinA/SEIO
李自成に滅ぼされた明と同様、このスレも完全に滅んだな…

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 09:34:56 ID:Ypeu+frZ0
>>526
語り尽くされた感じだからね
俺は楽しかった一睡夢

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 09:49:48 ID:bbIxGFfk0
ぶっちゃけ明以降面白くないんだよね〜

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 12:58:42 ID:TMRvy98P0
せっかく今まで議論を尽くしてきたんでどなたかこれまでに決定した百選リストをまとめてもらえないでしょうか?

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 13:56:57 ID:WinA/SEIO
春秋戦国 
【確定】
楽毅、楚の荘王(熊侶)、白起、李牧、王翦、呉起、廉頗、孫武、樗里疾
【候補】
士会、魏無忌(信陵君)、趙の武霊王

統一秦〜前漢 
【確定】
韓信、項羽、霍去病、衛青、趙充国、陳湯、周亜父、章邯、灌嬰(暫定)
【候補】
劉邦、曹参、彭越、鄭吉

新・後漢 
【確定】
劉秀、馮異、樊崇、耿 (エン)、呉漢、班超、段 (ケイ)、馬賢、曹操
【候補・議論中】
岑彭、周瑜

三国〜両晋 
【確定】
トウ艾、石勒、祖逖、王猛、劉曜、慕容垂、慕容恪、桓温、拓跋珪
【候補】
陶侃、石虎、謝艾、謝玄、冉閔

南北朝 
【確定】
劉裕、檀道済、韋叡、陳慶之、拓跋 (トウ)、蘭欽、斛律光、高洋、韋叔裕、段韶

隋・唐 
【確定】
楊素、李世民、李靖 、李勣、裴行倹、薛仁貴、郭子儀、李光弼、李克用、史思明
【候補・議論中】
李晟 or 李愬(郭子儀 or 李光弼との入替)

五代〜北宋・遼 
【確定】
李存勗、柴栄、趙匡胤、楊師厚、狄青、李存審、 (チュウ)師道、楊延昭、李継遷、耶律徳光
【確定】 
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、
【候補・議論中】
海山(カイシャン)、張弘範 、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、張俊 拡廓帖木児(ココテムル)


【確定】
 徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥 、朱元璋、張士徳、李文忠、李自成
【候補・議論中?】
李自成、邵栄、秦良玉、胡深

議論保留中の武将もいるので>>529さんこんなんでいいっすか?


531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 14:04:30 ID:WinA/SEIO
スマソ>>530を訂正 

【確定】
 徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥 、朱元璋、張士徳、李文忠
【候補・議論中?】
李自成、邵栄、秦良玉、胡深

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 14:24:17 ID:TMRvy98P0
>>530-531
レスサンクスです
こうやって改めて眺めてみるとなかなかいい人選ですね
某作家の百選よりもだいぶ良いものが出来たんじゃないでしょうか

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 14:29:15 ID:WinA/SEIO
何度もスマソ 改めて貼り直して置くよ
532さんさっきのは忘れてw

春秋戦国 
【確定】
楽毅、楚の荘王(熊侶)、白起、李牧、王翦、呉起、廉頗、孫武、樗里疾
【候補】
士会、魏無忌(信陵君)、趙の武霊王

統一秦〜前漢 
【確定】
韓信、項羽、霍去病、衛青、趙充国、陳湯、周亜父、章邯、灌嬰(暫定)
【候補】
劉邦、曹参、彭越、鄭吉

新・後漢 
【確定】
劉秀、馮異、樊崇、耿 (エン)、呉漢、班超、段 (ケイ)、馬賢、曹操
【候補・議論中】
岑彭、周瑜

三国〜両晋 
【確定】
トウ艾、石勒、祖逖、王猛、劉曜、慕容垂、慕容恪、桓温、拓跋珪
【候補】
陶侃、石虎、謝艾、謝玄、冉閔

南北朝 
【確定】
劉裕、檀道済、韋叡、陳慶之、拓跋 (トウ)、蘭欽、斛律光、高洋、韋叔裕、段韶

隋・唐 
【確定】
楊素、李世民、李靖 、李勣、裴行倹、薛仁貴、郭子儀、李光弼、李克用、史思明
【候補・議論中】
李晟 or 李愬(郭子儀 or 李光弼との入替)

五代〜北宋・遼 
【確定】
李存勗、柴栄、趙匡胤、楊師厚、狄青、李存審、 (チュウ)師道、楊延昭、李継遷、耶律徳光
【確定】 
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)、
【候補・議論中】
海山(カイシャン)、張弘範、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、張俊 拡廓帖木児(ココテムル)


【確定】
徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳
【候補・議論中?】
李自成、邵栄、秦良玉、胡深


534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 15:15:22 ID:TMRvy98P0
>>533さん度々ありがとうございます

後漢の確定に樊崇が入ってますけど、候補になっている岑彭、周瑜を上回る功績があるんですかね?
樊崇外して岑彭、周瑜の二人を確定に繰上げで良いような気もするんですが…


535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 16:17:51 ID:WinA/SEIO
>>534
岑彭、周瑜については散々話合いましたが決着はついていません。
故に【候補・議論中】となっております。
また光武帝陣営に偏らないようバランスを配慮して話合いましたし、
樊崇は一応天下を取ってるなども配慮に入れて確定入りとなった訳で。
なお当時樊崇の確定入りに強い反対意見はなかった様な…
【王莽】新〜後漢初【光武帝】のスレとはいろいろと事情が異なりますし。
そちらでも同じ様な話してますね、
あちらには前スレよりのレスも投下されてますし。
まあ後漢王朝が立ち直れなかった様にここも立ち直れず滅んだわけで…


536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 17:05:48 ID:jTP/VHA/O
つーか、明代は9人確定してんだし、次に進まない?
議論してるわけじゃないし、誰か特別に推薦したい人物もいないみたいだし。

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 17:48:06 ID:WinA/SEIO
>>536
>つーか、明代は9人確定してんだし、次に進まない?
あれが確定かどうかは知らないけど
あくまで要請に答え俺が勝手に投下してみた訳であり
(確定の9人は今までのレスを読んで勝手に判断しただけ)
あとで俺のせいにされたくないからこれが9人が確定確定だとは断言できない。
そんなに次の時代に行きたければ言い出しっぺの貴方が仕切ればいいじゃん。
ただそれだけの話…

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 09:52:16 ID:ca8WQ46h0
>>536
次に進まない?と言うだけで結局は自分は何もしないんだな・・・


539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 12:24:01 ID:x11xoASi0

ヌルハチ ホンタイジ

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 18:58:56 ID:qtfZRqEt0
>>538
それはちょっとひどい言い草だと思うぞ。
まとめしてくれてるんだよ、その人。

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 19:56:47 ID:56ZmtU4M0
曽国藩 李鴻章

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 20:21:15 ID:IBQjnampO
>>540
537だけど明の確定9人は俺の勝手な判断だって言ってんじゃん。
だったらこれでいいかい?って提案するなり清の候補貼り付けるなり
なにかしら行動起こしたらいいんじゃないか?
結局、何もしないんじゃ言うだけかとか他力本願に見られても仕方ないと思うぞ。

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 22:07:59 ID:qtfZRqEt0
>>542
そりゃすまん。
最近ROM専なもんで、とやかく言えた義理ではないわな。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 22:55:51 ID:IBQjnampO
>>543
いやいや別に貴方のこと責めた訳でないよ。
俺自身何度か仕切ったこと経験があるから意見を述べただけなんだよ。
言うだけじゃなんだから例として一応貼って置くよ


【確定】
徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳
【候補・議論中?】
李自成、邵栄、秦良玉、胡深
以上9名が確定でいいかな?
既に清に移ってます異論がなければよ続行でよろしいですかね?

てな感じで投下したらいいんじゃない?

ついでに清の候補も貼って置くよ。


【候補】
 奴児哈赤(ヌルハチ) 、ホンタイジ、阿巴泰(アハタイ) 、多爾袞(ドルゴン) 、費英東(フィヤントン)
 康熙帝・玄? 、岳鐘 、策稜(ツェリン) 、僧格林沁(サンゴリンチン)、宋景詩 、関天培、
 明亮、楊遇春、李長庚、関天培、李秀成、石達開、
 劉永福、曽国藩、李鴻章

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/29(火) 20:01:43 ID:pzG7H9OR0
オナニースレ

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 22:18:42 ID:2aGO/LBC0
ドルゴンや康熙帝って、名将って言うより名宰相の範疇のような・・
皇帝を「名宰相」っていうのもヘンだが。

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 17:50:57 ID:v5UBkifv0
鄭成功は名将ではないのかな。
あと、施ロウとか。

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 19:06:07 ID:7H/ReGAz0
張煌言が居てこその鄭成功だからなぁ。
最後に別動隊任せなかったらとも思うが、張煌言以外には任せられんかったしな。

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 19:44:17 ID:7H/ReGAz0
別に上司と配下といった関係でもないが。

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 22:07:05 ID:m/4VvuWu0
わからん

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 22:56:25 ID:YOe+66RB0
戦場を選ばなかった呉三桂はどうか

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 22:59:38 ID:uowr7EiP0
呉三桂は前スレだと明のほうの候補に挙がってたな
推す人がいなかったからかいつの間にか消えてるけど

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 23:33:06 ID:WxfhWzwA0
過去ログ見れないのか
蒙恬や馬援、高仙芝、尉遅敬徳、高長恭とか
知名度高いのが入ってないと寂しいな

純粋な戦績だけで判断してるのかね?
人格や名声、感化力・影響力は関係ナッシング?

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 23:37:03 ID:XSFT4IIP0
>>553
ある程度まとまった大軍を指揮して、あげた戦績のみで評価している。
人格や名声、感化力・影響力は評価の範囲外。

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 00:52:36 ID:PixSUAiD0
まあここの住人の気質だと心理的にそんな選び方になるのも仕方あるまい
大輪の華より小粒でもいぶし銀ってか

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 01:19:32 ID:ZUetwaSG0
アンチ田中ってのもあるっぽいしなw

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 17:21:54 ID:5MIIGfx60
確かに英雄が抜けてると地味で小粒に見えるな…

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 18:47:32 ID:Ngu8f8gr0
今ランクインしてる奴だって
蒙恬や馬援、高仙芝、尉遅敬徳、高長恭とかに劣らない程の知名度だと思うが

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 18:50:05 ID:8W74ryDg0
今度は軍事面に限定せずに、総合的な能力で百選でも決めてみる?

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 21:08:13 ID:bH0h+rEOO
薛仁貴とか人気面から入った人もいるけど?

561 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/01(金) 21:14:23 ID:wJmrVkd40
なんだか、自分好みな話題になりつつあるな。
合理的な能力、実績主義だけじゃなく、人格や人気、あるいは民衆受けする名将というのも、おいおい語りたいものだ。
>>高仙芝、尉遅敬徳
は一刀に乱麻を断たれていたように記憶する。
高仙芝は歴史的敗戦、尉遅恭は猛将色がより濃いから、だっけ…


562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 21:23:15 ID:GTGWB+la0
いいんじゃない
所詮おまえらのオナニーなんだし

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 22:07:24 ID:VII9dHmAO
>>562
じゃあ来るな!!

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 23:35:56 ID:glnEbLVX0
>>551
今スレでは呉三桂の推薦文も推す声もなかった。
>>553
蒙恬 オルドスを撃ってたりするが実績不足。推す声はあったが結局落選。
馬援 推薦文も後押しもしたが二度の反乱鎮圧程度じゃ駄目なんだって。
高仙芝 一人躍起になって推す人が居たが
タリム河での敗北が大きなマイナスポイントとして指摘されやはり落選。

尉遅敬徳 >尉遅恭・秦瓊の「門神コンビ」も絶対に外せないところですね。
これ以外記憶に残ってない…
高長恭 推したが名将とは言い難いと却下された。

>>558 同意
そんなに知名度ない連中ばかりとは思えないし。


565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 23:36:57 ID:glnEbLVX0
連投スマソ
>>561
◆RQdk7scN8sさん久しぶりの登場だね。(この間はどうもでした)
◆oOLAqFKRB.さんはもう参加しないつもりなのかな?
ところで皆さん取り敢えず清を片付けないの?

前スレで清は奴児哈赤(ヌルハチ)、阿巴泰(アハタイ)、施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)が確定
あとは洪承疇と宋景詩を推してる人がいたんで、
とりあえずこの2人は暫定的に確定にしてたね。
候補は楊遇春、李長庚、明亮、兆恵、阿桂。
あと林則徐も推す声があったな。


566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:09:10 ID:r9LAgQ5N0
知名度っていうより、押しのけて選ばれてる割に華がない面子が多いんだよな
ドライっていえばドライな人選なんだろうが
ただの戦争の達人100選って感じ
人格や名声も大事な要素だと思った

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:18:25 ID:hsxZFuK80
まあ4スレ消費した現在、今更方針変えても仕方ないし、
名声や人望含めたら田中某氏のと変わりなくなっちゃうから
これはこれでいいんじゃね?

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:27:14 ID:rhDYg+KE0
蒙恬や馬援、高仙芝、尉遅敬徳、高長恭って華があるのか?
後ろ二人はまぁ、そう言えるかも知れないが

高長恭は同時期に斛律光が居て、彼の方が明らかに功績が大きいという理由だ

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:30:45 ID:I6O/iX3A0
まあ話合いの中で選定基準が自然と決まっていったからね。
華がないとは例えば誰?

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:39:57 ID:dVrWM6S90
一人で選ぶなら人格とかイメージとか含めてもいいけど
多人数でやるならなるべく選考基準を単純にしないと紛糾してしょうがない

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:40:40 ID:d7qBIgsm0
>>566
ROMるなりしてたらこのスレの趣旨や傾向性がわかるよ。


そろそろ清の名将について語ろうか。
     ↓

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:46:08 ID:gOKN0tFJ0
>>568
ああ、蒙恬や馬援とか言ってるのは俺じゃない。普段はただのROMだ
横槍すまんかった
通常通り続けてくれ

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:50:13 ID:dVrWM6S90
>>565
林則徐の軍事的功績って何があったっけ?

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:54:13 ID:uRbrcXKD0
人格やエピソードの面白味などを基準にすると、どうしたって個人の差異が現われてくる。
>570氏がおっしゃられているが、一人が選別するのならそれでいいし、個人の趣味嗜好をとやかく
言う事ではないが、複数人でやるのならそれは単なる雑談で百選にはならないだろう。
少なくとも、選別してふるいにかける基準にはならない。

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 00:56:49 ID:QjYrM3Dh0
林則徐はアヘン奪って焼き払ったイメージしかないな・・・
それに彼は政治家だろ?

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 01:15:48 ID:B3NM3b5m0
そりゃエピソードの面白みを語るだけじゃ個人の趣味嗜好に偏りますわな。
むしろ人格そのものっていうより、それにともなう後世への影響力の方が大事。
名声が高い人は死後各地に祀られたりしてるし、十分客観的な判断になる。

かといって関羽を百選に推すわけではないので悪しからず。


しかし、例えば清だと袁世凱の実績は素晴らしくても名将に上げる人間はいないと思うが、
やはり何かしら人格を加味して見ているからだろう。
結局イメージなんだよね。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 01:21:46 ID:rhDYg+KE0
洪承疇は軍閥じゃないから安心して清に使われたみたいだけど
逆に言えば、私兵じゃないのにしっかり活躍してるのは彼の指揮能力じゃないか

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 03:18:12 ID:I6O/iX3A0
>>573>>575
林則徐はアヘン戦争での指揮を執ってるらしい。

>>576
エピや人格も全面に押し出して語っていたら荒れた事もあったのさ。
さっきもいったが話合いの中で決まっていったんだよ。選定基準が。
はっきり言って人格は無視されてるし。
初代、二代目のスレが途中までだかキャッシュに残ってるから
特に>>576は読んだ方がいい。このスレのことがよく分かるはず。

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 07:21:08 ID:I6O/iX3A0
前スレより
195 ナナシ 2007/01/08(月) 00:35:43 ID:LKoNrYsf0
左宗棠入れるなら林則徐のほうがよくないか?
ただ硬骨なだけの政治家という勿れ、
保守的な清朝にあってポルトガル砲や洋式銃を輸入して
西欧列国に対抗しようとした戦略眼は並々ならぬものがある。
第一次アヘン戦争では見事イギリス軍を撃退したし。
二度目はなかったけどな、さすがに。


580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 09:33:49 ID:llfI/jNi0
人気の岑彭、周瑜を外して、樊崇を入れているところにこのスレの誇りや凄みをむしろ感じる。
自分は渋い人選だと思っているよ。(司馬懿や陸遜まで落選させているし)
華や知名度、人格の後世への影響力を加味する人選なら、田中某がすでにしているし、
もはや必要ないと思われる。
また、三国志のスレですら、それを考慮して関羽・趙雲の話になったら、荒れることが多い。
やめた方が無難。

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 10:17:02 ID:ubomuLi+O
華や知名度、人格の後世への影響力とかの話はもういいから清の武将の話、選定をしようぜ。
確定から外れてる自分の贔屓の武将はその人自身が名将だと認知してればいいじゃん。
ここはここのやり方で今まで選定して来たんだからそれはそれで納得しとけ。

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 10:40:50 ID:rhDYg+KE0
>>579
しかしそれでも軍事的功績・能力なら左宗棠ジャマイカ

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 12:06:58 ID:y1a+m0DA0
林則徐は中国の民族的英雄には選出できるだろうけどね。
このスレの趣旨に従うなら、両者を比べた場合どちらかと問われればやはり左宗棠だろうな。

584 :勝手にテコ入れしてる人:2007/06/02(土) 12:32:51 ID:I6O/iX3A0
>>582-583
前スレで挙げた本人でも無理に推すつもりはないし、
あくまでテコ入れのつもりで前スレよりコピペしただけなので、
このスレ的にも将としても左宗棠>林則徐なら左宗棠に代えてもいいと思うよ。
580
>このスレの誇りや凄みをむしろ感じる。
>自分は渋い人選だと思っているよ。
春秋・戦国から明まで選考に関わり数多くの推薦文を挙げてきた内の一人としては、
そう言ってもらえると嬉しい限りだよ。


585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 13:09:10 ID:ohsItivw0
費揚古(フィヤング)って入って無いの?
ジュンガル遠征でガルダン・ハーンを破ったらしいが…

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 13:34:09 ID:dVrWM6S90
>>579
>保守的な清朝にあってポルトガル砲や洋式銃を輸入して
>西欧列国に対抗しようとした戦略眼は並々ならぬものがある。
これはこのスレでは評価外だな

>第一次アヘン戦争では見事イギリス軍を撃退したし。
これはなんのことだろ?

587 :勝手にテコ入れしてる人:2007/06/02(土) 14:34:48 ID:I6O/iX3A0
>>585
またまた前スレよりコピペ
>費揚古(フィヤング)は名将というにはちょっと不足の気が。
>オヤジのコネで軍隊司令官になったわけで、個々の戦場でも
>目だった戦績(寡兵で大軍を破るとか)があるわけでもなし。
>岡田英弘『康熙帝の手紙』読む限り、ジュンガル戦の功績も
>「勝つべくして勝った戦」のような気がする。
>それを言ったら乾隆年間の征服戦も圧倒的兵力で突き進んだわけで、
>個々の武将の力量というのもあまり影響していない。
とのこと。 
自分の推したい武将がいる人は>>2にも書いてるし、
今まで散々言ってきたんだけど推薦文を投下したらいいんじゃない。
あと>>578にも書いたけど初代、二代目のスレは、
ある程度のところまでレスが残ってるから読んでみれば。


588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 18:16:20 ID:wcsLY3N10
やっぱおまえらとは趣味が合わんわ
一生世間から隠れて論評してろや
じゃあな

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 18:36:00 ID:CG7RHPO40
安易に名将って銘打つから紛らわしいんだよきっと。初めての人が文句言うのもわからんでもない。
名将100選じゃなくて戦争の達人100選、
もしくは、私のオナニー100選なら皆が納得すると思うよ。

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 18:53:12 ID:02lqZA9u0
林は軍隊指揮してないだろ?戦争始まったらすぐ総督解任されてるし。
アヘンの名将を挙げるなら関天培や陳化成かと。

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 19:32:09 ID:8H41AyIe0
関天培も陳化成も一矢も報いることが出来ずに敗死してるから、
名将とは言いがたいかと。

592 :勝手にテコ入れしてる人:2007/06/02(土) 19:58:48 ID:I6O/iX3A0
林則徐については勉強不足なのに思い込みで書いた部分があった・・・スマソ
関天培や陳化成は駄目みたいたが(どっちかと言えば英雄だね)
太平天国の乱から名前が挙がってる曽国藩・李鴻章はどうなの?


593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 19:58:57 ID:02lqZA9u0
そうかと?
確かに名将というより英雄かと。

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 00:00:23 ID:y2eKuzIw0
曽国藩は「本人が前線に出たら負ける」なんて評判があったとか。
政治家、オルガナイザー、戦争指導者としては評価できるが、このスレで求められる
前線指揮官としてはちょっと。

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 00:53:15 ID:bWEglzWQ0
南北戦争のマクレランみたいなもんかな

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 02:01:31 ID:t5J2vuuj0
マクレランはアンティータムで勝ってるじゃん。

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 11:08:12 ID:hUFR8iaAO
五代・宋・元あたりまでいたコテ連中の行為は正にオナニー
自分達だけ気持よくなって出すもん出したらティッシュ丸めてポイ、あとは知らん顔だもんな

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 11:36:29 ID:U8cdgx6E0
日清戦争は日本が強すぎたのか清側に目立った名将がいないな。
しかし、もう既に戦艦や大砲で戦う近代兵器の時代なんだな。

>・対象となる武将は、近世以前の武将とし、近代以降の軍人は含めない。

清仏戦争もNGか?

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 12:02:44 ID:jsWq8mMR0
1912年の清滅亡までならいいんじゃないの?
>>544に貼ってる清の候補(?)には清仏戦争や日清戦争後に日本軍に抵抗した、
劉永福みたいな人物も一応入ってるし。
前スレでは馬上で指揮を執ってたらいいんじゃないって書いてた希ガス…

600 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/03(日) 15:53:18 ID:5GhkhSOV0
>>597
ほんとうに、それ以降の歴史を知らんから、言い返せない。
暖かく見守っているつもりではあるが。
それに、専門以外のところで不用意なアホ発言すると、結構な恥をかくので滅多なことは言えないなぁ。
ま、あの長文は自分でも度が過ぎたと思っているんだ、そう何度もほじくり返さないでおくれ。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:06:58 ID:jsWq8mMR0
>>600
◆RQdk7scN8sさん 気にしなさんな。
荒らしてるアホな奴が出没してますがスルーでヨロ
出来れば南北朝の時みたいに何かしら意見を言ってもらうだけでも嬉しいのですが…

(ちなみに貴殿のよく知ってる自分は細々とテコ入れなどして参加しております。)

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 17:49:35 ID:ZW+HtchEO
馴れ合いや自己紹介のレスを入れる暇あったら
何かしら建設的な意見だすべきだろーけど


近代戦争に片足突っ込んだ清末は難しい
その上、清末は清の負ける時代だし
一応、太平天国が区切りという話もある
李秀成とか候補だし

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:11:17 ID:jsWq8mMR0
>>602
>何かしら建設的な意見だすべきだろーけど
頻繁に意見を述べ、あくまで勝手にだがテコ入れもしてるから
そこまでとやかく言われる筋合いはないと思うが。
>太平天国が区切りという話がある
>>599にも書いたが清仏戦争や日清戦争後に日本軍に抵抗した、
劉永福みたいな人物も一応入ってる。

別に馴れ合ってなどないけどなまあどうにでもとればいいさ。


604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:12:11 ID:U8cdgx6E0
清末はなあ・・・
日本の軍人より明らかに劣ってるし、スケールが小さすぎるんだよな・・・

605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:52:56 ID:jsWq8mMR0
清の末期は時代に取り残されてるというか、西大后みたいな奴が居たりするし、
はっきりいって終ってるよな…
挙げ句の果てには列強に侵食されまくってるし。  

でどの辺りまで活躍した武将をセーフにする?
太平天国の乱までにする?それとも1912年まで含める?
太平天国以降は劉永福ぐらいだしな…

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 19:32:08 ID:AZCG1L9V0
明清は既に二流国家に落ちぶれてる
清末に井の中の蛙が露呈しただけ
列強に火器で劣ってる時点で名采配も糞もない

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 19:49:02 ID:jsWq8mMR0
明は鄭和が世界に先駆けてアフリカ辺りまで航海してたり、
清はロシアとネルチンスク条約を結んだりしてたりして一応は頑張ってたんだけどな。
まあ清末には井の中の蛙が露呈したというか時代の流れについて行けなかったというか
そんな感じはあるよな。

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 21:07:15 ID:rXkO9HOW0
いくら知恵と勇気と腕力があっても、
機関銃の敵に対して竹槍兵与えられたら采配も糞もないだろうことを考えると
名将の定義って何なんだろうなって思うことはある。

例えば丁汝昌の北洋艦隊だって海軍予算が大幅に削減されてなければどうなっていたかわからんしな。
それまではそれなりに名将だったんだから。

逆もまた然り。

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 21:08:43 ID:M3rqG10d0
あくまで“清末”はってトコだが
明清は中国の生産力が爆発した時代だろうし
まあ科学面や軍事面では爆発したとは言えないんだろうけど

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 22:18:13 ID:y2eKuzIw0
ターニングポイントはアヘン戦争だろうな。

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 22:34:13 ID:jsWq8mMR0
二流というか結局トップしだいじゃないのかな?
康熙帝なんかはロシアに勝利したけど通商を結びたかったからネルチンスク条約を締結させたりしてんだよな。
日本だと徳川慶喜なんかは結構先進的な人物で
いち早く合議制を取り入れ様としてたり考えてたんだよな。
(思惑は別のところにあるみたいたが)
小栗上野介みたいに時代の先を読んでた幕臣もいたりするし。

名将についてはそりゃー大軍を統率して連勝を重ねたり、名声や後世への影響力は当然の事だが、
ある程度装備が劣っていたり、兵力差あってもそれを覆す様な事を
やった人物だってれっきとした名将と言えるじゃないたろうか。
むしろ後者の方を名将と呼ぶに相応しくないか?

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 22:54:10 ID:jsWq8mMR0
連投スマソ
ここに挙がってる武将って名将じゃなくそれは戦争の達人とか言ってる奴がいるけど
じゃあ将ってなんだよってならないか?
軍事の専門家を言うじゃねーの?
中には将と相を兼ね備えた人物もいるけどそんな奴は中々にいないだろ?
じゃあ韓信とか岳飛はどうなるんだよと言いたいが…

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:51:00 ID:k9Xh+Zvm0
60万の兵と優秀な参謀をひとり付けてくれたら
その日から俺も名将の仲間入りだな

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:53:21 ID:k9Xh+Zvm0
ああ、あと高い官位も必要だな

615 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/03(日) 23:57:14 ID:5GhkhSOV0
>>613
その60万をびっちり統率できれば、名将だな。
ただ制度的に自分の部下、というのでは名将とはいえない。
将は率いる、だからこのスレは戦争の達人選抜という観もなくはない。



616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:59:35 ID:k9Xh+Zvm0
おまえは参謀には向いてないなw

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 00:23:32 ID:WYUZLwnS0
>>611
そりゃ寡兵で大軍を破った人間こそ名将といっても差し支えないだろう。
むしろ衛青や霍去病みたいに大軍与えられて、勝つべくして勝ってるのは果たして名将なのか
と言ってるんではないか?

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 00:45:06 ID:bGodukXv0
アヘン以降の清は無様すぎる
とりあえず劉永福、曽国藩、李鴻章は外してもいいんじゃないか
李鴻章は太平天国の乱鎮圧に貢献したのかもしれんが
その後の政治家としてのイメージが濃すぎる


619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 00:55:17 ID:AjIB7eES0
>>617
万以上の単位の集団をそつなく統率するのであればそれは名将だろ
勝つべくして勝つという能力は貴重だよ

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 01:31:23 ID:pZzelEPC0
>>618
後者二人は軍人というよりは政治家だな
私兵を背景に政治するって中国じゃ珍しい型だが、それも清末という時代の特殊性かしらね

劉永福は所詮ゲリラ屋だし、国外だし、候補止まりだと思う

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 01:57:57 ID:iqHNfqMu0
候補にある明亮がググっても出てこないんだがどういう人?

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 03:06:38 ID:UzuXMx4G0
>>617
どちらの場合も名将とは思うが、己の価値観にそぐわないからって
アホな事言ってるのはどうなんだと言いたいのだが。
>>619の意見は最もだと思う。
それに60万の兵と優秀な参謀を与えられたぐらいで誰でも名将になれれば苦労はしない。
618
李鴻章はその後の政治家としてのイメージが濃すぎても
将としての実績が評価出来るのならそれはそれでいいんじゃないのかな?


623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 10:29:21 ID:1ja2dAyP0
>>622
将として評価できる部分で考察すると、候補どまりだと思う。
曽国藩も李鴻章も前線指揮は部下(曽国藩は弟に任せたそうだが)にやらせている。
特に李鴻章は、清仏戦争も日清戦争も当人は北京で戦地にも赴いていない。

このスレの評価対象からは外れるんじゃない?

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 10:51:21 ID:+Rv6kacb0
>>617
このスレでは少なくとも万単位の人を率いて戦いに勝たないことには名将扱いされないようで
完顔陳和尚なんかは400じゃ少なすぎると言うことで確定入りできなかった
まあ最後に負けたってのも入らない理由のひとつではあったけどね



625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 15:10:06 ID:UzuXMx4G0
>>623
自身が戦場で直接指揮、采配を振ってないのなら
曽国藩も李鴻章は候補止まりになりますね。
どの様な身分でも直接指揮を執っているのが評価の対象ですし。
>>624
陳和尚が落選したのは対スプタイ戦以外の戦績がはっきりと証明できなかったからで
率いた兵が万未満だから落選したのとはちょっと違うかと。

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 18:02:15 ID:kMBAjNQl0
>>624
曽国藩も李鴻章も前線で直接指揮を執ってるよ。
曽国藩は負けまくってるけど。

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 19:22:05 ID:UuWf6eu90
清スレから住人連れてきてくれよ
素人ばっかりじゃ話にならん

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 19:32:16 ID:UuWf6eu90
>>622
えー、俺60万の兵がいれば名将になれる自信あるんだどなー

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:31:19 ID:pZzelEPC0
無理だよ
俺が60万の兵でお前をボコボコにするから

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:40:32 ID:gVZatzkd0
ボコボコで済むのか
生易しい戦争だなw

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:48:38 ID:pZzelEPC0
だって俺は名将じゃないから
精々、ID:UuWf6eu90を打ち負かして
ID:UuWf6eu90が糞尿漏らしながら逃げ回るのを観察するぐらいしか出来ないよ

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:56:18 ID:gVZatzkd0
引っ張るほどのネタじゃねえよ
つまらん

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 20:59:53 ID:LxWyKIkZ0
>>626
それは彼が前線に立つと皆が功をはやって命令を聞かずに
功をたてようとしたせいじゃないのか?
それが理由で彼は戦争では前面には立たないと日記だか家書に
書いている
李鴻章に関しては政治家というイメージが強い気がする。
蘇州の税金徴収とかを淮軍なり湘軍なりの軍費にあてたりしてるの
みると、政治的実務にたけてないとそこまでしない気もするし、
所詮、軍人というより科挙受けて受かったことに自分のプライドの
スタンスにしてるあたり、文人将軍なんじゃないだろか。
というか清末あたりの(武科挙でなく)科挙合格者で
戦場に出てる李鴻章、曽国藩、左宗棠とかは逆に将軍という判断を
してもらいたくない人たちだった気もする。
李鴻章も曽国藩も、結構な年齢になってから、自分の人生で唯一の悔いは、
戦場に行き過ぎてて科挙の試験官になれなかったことだとか言ってるし。

まあ、じゃあ、僧格林沁とかが旗人系がすごいのかと言われるとまた
謎だが。

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:04:06 ID:pZzelEPC0
左宗棠は違うと思う

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:43:22 ID:u4Lg8KA9O
ID:UuWf6eu90よ偉そうなこと言ってるが君は清が得意分野なのか?
一応あちこちに頼んどいたがまず自分が行動起こせよ!!
まあ>>633氏は詳しいみたいだな。

あとID:UuWf6eu90はSLGのやり過ぎみたいだし、もういいからROMってろ!!

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:43:35 ID:uClfV08Q0
スレ停滞してるしちゃっちゃと決めて入れ替え議論に移行しようぜ
そのうち寝台に詳しい人出てくるだろ

637 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/04(月) 22:06:59 ID:+eEVxaxn0
とりあえず、上に戻るのがめんどくさい人用に、>>544からコピペしておきます。


【候補】
 奴児哈赤(ヌルハチ) 、ホンタイジ、阿巴泰(アハタイ) 、多爾袞(ドルゴン) 、費英東(フィヤントン)
 康熙帝・玄? 、岳鐘 、策稜(ツェリン) 、僧格林沁(サンゴリンチン)、宋景詩 、関天培、
 明亮、楊遇春、李長庚、関天培、李秀成、石達開、
 劉永福、曽国藩、李鴻章

清て時代は意外にマイナーなのか?
専門スレもあるにはあるが、進んでないみたいだし。
声かけてくれている人、ご苦労様です。

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 22:23:45 ID:LxWyKIkZ0
>>635
個人的に道光とかの軍人皇帝とか(自分の着ていた服のボタンを銃に入れて
戦ったりしたとことかwww)、水師作った彭玉麟とか、
文盲だったが曽国藩との意志連携が完璧だった鮑超とかの方が
名将というカテゴリに配属される気はするが。

候補の中では個人的に石達開と僧格林沁が名将ではないかと思う。

>>635
全然詳しくなくて、勉強したくてこのスレ来たwww

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 22:42:50 ID:UzuXMx4G0
>>637が貼ってくれてますが一応、現在までの経過


【確定】
奴児哈赤(ヌルハチ)、阿巴泰(アハタイ)、施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)

【候補】
楊遇春、李長庚、明亮、兆恵、阿桂、左宗棠、
皇太極(ホンタイジ)石達開、李秀成、関天培   
費英東(フィヤントン)、劉永福、曽国藩、李鴻章 は
支持されてないみたいなので外してもいいかな? 道光、彭玉麟、鮑超も一応候補に入れとく?
出来れば推薦文挙げたてくれると有り難いのだが。

あとスレ停滞してるしみたいなので
出来れば>>636がちゃっちゃと決めてくれると助かるが…

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 22:55:48 ID:1ja2dAyP0
ヌルハチは反対かなあ。この人は明らかに外国人扱いでしょ。

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 23:03:11 ID:u4Lg8KA9O
>>637
ID:UuWf6eu90が口先はがりで行動を起こさないみたいだから代わりに動いたまでの話さ。

>>638
ID:LxWyKIkZ0氏謙遜なさるな。さっきのレス非常に助かったよ。
僧格林沁(サンゴリンチン)は元々確定入りしてるのでそのまま確定でいいんじゃないかな。
ホンタイジは寧錦で袁崇煥に負けてるがそうマイナスポイントにならないと思うので
個人的にはホンタイジのことを推す。


642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 23:13:59 ID:UzuXMx4G0
>>640
ヌルハチは>>7に示されてる定義の
>征服王朝の先行政権における武将の場合、中国本土に攻め入って領土を攻め取るか橋頭堡を作り、
>そのうえでのちに来る征服王朝の樹立に貢献した武将を資格ありとする。
のいずれかに適合するから問題ないと思うんだけど。

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 23:58:25 ID:ilmHMaM20
>>642
長城すら越えてないから、話にならないと思うが・・・

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 00:12:22 ID:ZJ3Dv51O0
正直、gdgdになったからあまりこだわる必要はないかもしれないけども、
現状の定義に従えばヌルハチはもちろん、ホンタイジとアハタイも権利なしじゃないかと思う。

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 00:39:23 ID:vMEZfICR0
クソッ!おまえら、俺の背後にいる60万の兵見たらそんな偉そうな口も聞けなくなるぞ!

仕方ない、ここは名将である俺の秘策、




三 十 六 計 逃 げ る に し か ず だ !

さ ら ば っ (ダッ

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 02:37:24 ID:0JEnddP80
三十六計言いたいだけやん

647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 02:44:11 ID:CoeAGwrH0
李広利なんてみたら、軍隊を統率して、脱走者を出さずに戦場まで
連れて行くという能力だけでも大したもんだと思わざるを得ないなw

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 05:23:40 ID:T/c/pjXb0
>>621
明亮
ttp://ww1.enjoy.ne.jp/~nagaichi/chu088.html

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 09:52:19 ID:EJe9/uf0O
李元コウや阿骨打と同類でないかね?ヌルハチは。

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 21:45:48 ID:8oizCetpO
ほしゅ

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 22:34:54 ID:PFVroa650
>>644
ヌルハチはわかるがホンタイジは資格有りそうだと思うけどな。
清は実質、彼の代から始まる訳だろ?
アハタイはよくわからない。
あと岳鐘・兆恵・楊遇春と明亮に一票入れとく。

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 22:36:10 ID:mCLCFpV20
中国は文明の実験場

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 22:46:11 ID:uIzwvkDw0
>>651
ドルゴンが呉三桂の手引きを受けて山海関超えるまで、
防備の薄いところで長城を超えて略奪するくらいで、
長城内の領土を獲れていないんだから、
>>7の定義に当てはめれば対象外でしょ。
アハタイ(アバタイ?)も活躍したほとんどが長城越える前だから対象外。

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 23:40:07 ID:NBaIvmIg0
中華の人をビビラせていたら有資格なんじゃないの?

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 23:46:57 ID:uIzwvkDw0
>>654
これまでその項目が適用されたことはない。
そして判断基準が曖昧すぎだから適用しようもない。

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 00:51:08 ID:1YxDJzYQ0
漢民族を多数支配下に収めた時点で中華王朝な
覚えておこうぜ

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 01:26:52 ID:Rdy8Harn0
もう一度貼り直しとく。

【確定】
施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)、洪承疇、宋景詩

【候補】
楊遇春、李長庚、明亮、兆恵、阿桂、左宗棠、
石達開、李秀成、関天培 、康熙帝・
玄ヨウ、岳鐘、道光、彭玉麟、鮑超

奴児哈赤(ヌルハチ)、阿巴泰(アハタイ)皇太極(ホンタイジ)は資格なしということで。
洪承疇、宋景詩と康熙帝・玄ヨウ、岳鐘を入れ忘れてたので追加。
で洪承疇は一応は確定入りにしてるがこいつは清の武将として扱っても問題ないのか?
呉三柱と同様に明の武将として扱った方がいいような。
>>656に任すから決めてくれ。

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 01:48:09 ID:Rdy8Harn0
>>657に多爾袞(ドルゴン)も入れ忘れてたので候補に追加。

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:08:17 ID:zDQ99AIg0
WEBより抜粋
洪承疇
延綏巡撫・陜西三辺総督に累進し、陜西の農民叛乱を鎮圧。
河南・山西・陜西・湖広の軍務を統轄し、高迎祥や李自成の軍を破った。
清に降った後、湖広・広東・広西・雲南・貴州を経略し、
経略大学士の印を賜り、南明永暦政権への進攻にかかる軍務をつかさどった。

岳鐘
都統法喇に従ってチベットに入り、ジュンガル兵を駆逐。
青海のロブザンダンジンの乱の平定に参加して、功を挙げる

兆恵
ジュンガルのアムルサナ(阿睦爾撤納)の乱と大小ホージャ(和卓)の乱の平定
明亮
イリに鎮して、回部の乱ビルマに遠征僧格桑の乱、平定貴州・湖南の苗族の乱、湖北の白蓮教の乱のを鎮圧
内乱平定や外征に将軍としてたびたび用いられた。


660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:15:42 ID:zDQ99AIg0
連投スマソ
康熙帝・玄ヨウ
 廟号は聖祖。在位1661〜1722。
順治帝(福臨)の三男。順治十八年(1661)、八歳で即位。
翌年には南明最後の永暦帝を昆明で処刑し、康煕三年(1664)には大順軍(李自成)の残党も一掃した。
八年(1669)、後見者のオーバイ(鰲拜)を罷免して親政をはじめた。
十二年(1673)に三藩の乱が起こると、これを九年がかりで鎮圧した。
海上では鄭氏海軍を破り、台湾を占領。
二十八年(1689)、北方のロシアとネルチンスク条約を結んで、和平した。
三度にわたって西北に親征して、ジュンガル部のガルダンを逐った。

李秀成
洪秀全の金田村の蜂起に参加し、各地を転戦して功績を重ねた。
八年(1858)、江南大営の包囲から天京を救い
十年(1860)には再び江南大営を破り、翌年には安慶の囲みを解いた。

石達開
洪秀全の金田村の蜂起に参加した。永安で太平天国が成立すると、翼王を称し、
五王のひとりとなった。各地で転戦して、曾国藩はじめ清軍を苦しめた。


661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:18:36 ID:zDQ99AIg0
またまた連投スマソ
左宗棠
 曽国藩の部下で大臣。捻軍や回族の乱を平定する。
清仏戦争では総司令官として戦うが 大損害を受けて やがて病死する。

彭玉麟
曽国藩の元で水師となり太平天国の乱平定に貢献する。
1883年、兵部尚書に任命され 広西、雲南 各地で兵を募集して黒旗軍を
支援し 清仏戦争で活躍する。

道光帝・旻寧
紫禁城に乱入した天理教徒を掃討した。


662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 06:15:14 ID:yMqDKoSh0
武功が反乱平定だけってどうなんだ
王朝末期でもなきゃ負けること無いだろ普通
それこそ60万の兵与えられれば誰にでも、って感じ

堂々と会戦で蹴散らしてこそ真の名将

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 06:16:48 ID:yMqDKoSh0
いや、でも・・・

ま、いいや。上の書き込み無視して。

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 12:04:10 ID:zDQ99AIg0
>>662
>武功が反乱平定だけってどうなんだ

少数派の満州人が大多数の漢人などを押さえ付けてる政権だからね。
その政権の性質上、武功が内乱平定や他民族の制圧に偏るのは仕方ないかと…
それに康熙・雍正帝の頃が清の絶頂期で乾隆帝以降は勢力が落ちていったしな。
>王朝末期でもなきゃ負けること無いだろ普通

乾隆帝の頃の満州族の軍勢は江戸時代末期の旗本の様に軟弱に成り下がってた様で、
天地会の反乱では満州族による軍団は惨敗し反乱、鎮圧に手を焼いたみたい、
そこで仕方なく漢民族で構成された軍団に任せる羽目に。
あとはお約束通り(?)文官が足を引っ張ることに…
(清が専門じゃないからあまり偉そうなこと言えないけど)

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 12:05:42 ID:zDQ99AIg0
鮑超
湘軍水師(湘軍の水上部隊)に参加し、楊岳斌のもとで哨官となり、
「長龍」型軍船一隻を指揮して、湘軍が太平軍を討伐に参加。
曽国藩(湘軍の最高司令官)は、曽国藩は鮑超の才能を認め、とても重用し、
鮑超は、守備、営官、都司、遊撃、副将の職を歴任。
1860年、曽国藩が祁門で包囲されたとき、鮑超は百里以上の距離を急いで救援に向かい、
祁門の包囲を解くも、
解雇されその後は何度か起用しようとされたが、
ついに功績を挙げることなく晩年を過ごしたそうだ。

666 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 19:58:20 ID:gyeA/lao0
>>662
すると例えば、唐代に反乱平定で活躍したことで選出された名将たち、
李晟、李愬、郭子儀、李光弼などは軒並み資格なしということで?

667 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 22:02:49 ID:KXGXwUrQO
スルーしてくれと言ってるのに喰いつく粘着さん達w

668 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 22:23:50 ID:joUeIna50
そんだけスレが停滞してるということかもね

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 23:55:31 ID:+gFBf4sj0
清は名将いないよ
戦争弱すぎ

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 10:00:33 ID:OtrIQ7TGO
>>666

> すると例えば、唐代に反乱平定で活躍したことで選出された名将たち、
> 李晟、李愬、郭子儀、李光弼などは軒並み資格なしということで?


シッタカせずに、せめて名前をあげた人物の活躍ぐらい調べろよw
そのレベルの知識でツッコむなよw

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 10:10:54 ID:pbeKjx/iO
>>670
自分が真のシッタカということに気付かない罠

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 10:41:22 ID:bQFwTtexO
釣人のいない餌に食い付いた小魚に更に食い付くお魚さん
食物連鎖の勉強もできる良スレですね

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 11:00:25 ID:Q9cJoTVf0
>>669
確かに英仏などの列強諸国に負けてるけど、
康煕帝期の清は積極的な西欧近代化政策を推進したロマノフ王朝のピョートル1世の時代の
ロシアに勝ってネルチンスク条約を締結してんじゃん。
あと乾隆帝期には苦戦もあり失敗もあれど、
ジュンガル、金川、グルカに各二回ずつ、回部、台湾、ビルマ、安南は一回ずつ
計十回の遠征を成功した件は無視ですか・・・

僧格林沁(サンゴリンチン)や戦う豆腐屋、宋景詩の存在は無視ですか。ああっそうですか・・・

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 17:38:50 ID:4rIS75qb0
それだけ清を語れるならさっさと候補絞ってくれ

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 18:20:22 ID:Q9cJoTVf0
>>674
絞ってやるけどさ、この前から紹介文投下したり、個人的に武将を推したりしてんだし、
偉そうに指示するなら少しは>>657-658の中の武将を推すなり、反対するなりぐらいしろよ。
それすらできないのか?

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 18:38:52 ID:4rIS75qb0
>>675
>>669

677 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 21:15:13 ID:Q9cJoTVf0

【確定】
施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)、宋景詩、康熙帝、楊遇春
【候補】
岳鐘、兆恵、明亮、李秀成、石達開、彭玉麟、左宗棠

康熙帝、楊遇春は確定でいいと思う。
あと李秀成と石達開、彭玉麟と左宗棠は共に似たり寄ったりな印象があるな。
まあ好みでどちらかに選べばいいんじゃないか?
洪承疇は呉三柱と同様に明代に入れたほうがいいと思うし、
多爾袞(ドルゴン)は山海関を越え、李自成軍を追い払い、北京に入城してはいるけど
摂政王として政治家の側面の方が強いので外した。
ID:4rIS75qb0よこれで満足か?


678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 22:12:19 ID:3e65yVd+0
康煕帝、別に陣頭指揮とった訳じゃないだろう

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 10:33:03 ID:Yk6jLNPG0
同意。
康熙帝と多爾袞は名将というより政治家。


680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 10:57:21 ID:xTFM0f0u0
政治家とはいえドルゴンの実績が>>677のとおりで他の候補より勝ってるのならば
普通に確定に入れていいんじゃないか?
過去の時代で確定に入ってる奴でもそんなのいくらでもいるし
康熙帝に関しては前線に出てないんだったら>>678>>679に同意。
実際指揮した将に登場してもらって本人はこのスレからの退場願うしかないだろな

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 12:34:01 ID:e2BonjR50
李鴻章が外された理由と同じなら排除だな>康熙帝

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 16:11:58 ID:qc6Jmzba0
康熙帝を入れるなら明珠を入れるべきかと。

・・・良将とは思うが名将とは思わないので推薦しないが。
(個人的意見だが。)

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 17:41:15 ID:u5SmbWhzO
この時代詳しくない俺が言うのもなんだが
なんか薄いな。人名見て素直にうなずけるのがいねぇw
明まではそんなことなかったんだけど

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 17:54:23 ID:S8ljlQla0
>>669

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 18:24:47 ID:+IS8P3OS0
>>684
そんなの踏まえた上で敢えて選出してんだよ。
清をさっさと終わらせたいんだろ?おまいも少しは協力しろよ。

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:08:40 ID:mNjAKuwJ0
岳鐘って岳鐘hのこと?ググっても出てこないんだけど

687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:30:36 ID:+IS8P3OS0
>>686
>>659

688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:37:35 ID:mNjAKuwJ0
それ同一人物なの?

あとツェリンってジュンガル部のガルダン・ツェリンのこと?

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:44:15 ID:TCKNgTE00
>>686
岳鐘hだろう
岳鐘って人物は少なくとも清史稿には出てこないはず

>>687
答えになってないんじゃ?
同じか違うか答えないと

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:56:12 ID:+IS8P3OS0
>>688
岳鐘○ 字は東美

Ttp://ww1.enjoy.ne.jp/~nagaichi/chu087.html スマソ俺のボロPCでは〇のとこが表示されてないから岳鐘だと思ってた…
ガルダン・ツェリンではないと思う。確かもう一人居たような…
>>689
スマソ上にも書いたが表示されないんだ。      で岳鐘〇の三文字目はなんてなっての?

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 19:59:54 ID:TCKNgTE00
>>690
なるほど、それはしょうがない

三文字目は「棋」の木へんが王へんになったやつ

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 20:24:27 ID:+IS8P3OS0
>>691
混乱させて誠に申し訳ない。
なにせそんなに得意じゃ時代だがなんとかテコ入れしようと頑張っているのだが
至らぬ箇所が多々あると思うのでその辺りを了承してくれると助かるのだか…

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 20:46:24 ID:8xtcpyEU0
なんかもうぐたぐたやん
確定してる武将だけでもきちんと紹介してくれ

あと、清は無理に10人あげなくてもいいだろう
なぜなら






>>669

694 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:08:37 ID:K3qXEdTZ0
ドルゴンの弟のドドってどうかね?
WEBから丸写しですまんが、入関後の業績。

>順治元年(1644)、入関して、李自成軍を破り、定国大将軍に任ぜられた。
>軍を率いて揚州を落とし、江南に下って南明の福王を捕らえた。和碩徳豫親王に進んだ。
>三年(1646)、揚威大将軍となり、モンゴルのスニト部を平定した。
>翌年、輔政叔徳豫親王に進んだ。のち病没した。

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:39:47 ID:+IS8P3OS0
>>693
こちらもwEBから丸写しで申し訳ないが…

施琅
福建省晋江の人。はじめ鄭芝竜の部下として左沖鋒をつとめた。
清に降ってのち、同安副将・同安総兵・福建水師提督を歴任し、
内大臣に任ぜられ、漢軍 黄旗に属した。
康熙三年(1664)、靖海将軍となった。二十年(1681)、福建水師提督に再任した。
二十二年(1683)、軍を率いて澎湖を攻めて勝ち、台湾を討って鄭克爽を降伏させた。
功により靖海侯に封ぜられた。

センゲリンチン(僧格林沁)
博爾済吉特氏。モンゴルのコルチン部左翼の出身。
道光五年(1825)、科爾沁郡王の爵位を継いだ。十四年(1834)、御前大臣・侍衛内大臣・都統に任ぜられた。
咸豊三年(1853)、参賛大臣となり、太平天国の北伐軍に対して、兵を率いて防戦した。
七年(1857)、英仏軍が天津海口を犯すと、欽差大臣となって軍務を統括した。
九年(1859)、英仏軍が大沽を攻めると、軍を率いて防御にあたり、敵船十数隻を沈めた。
翌年、英仏軍が北塘より上陸し、大沽砲台を占拠すると、軍を通州に退いたが、八里橋で敗れた。
このため爵位と役職を奪われた。北京条約締結後、郡王の爵位を回復した。
長槍会の乱、白蓮教徒の乱、劉徳培の乱、文賢教の乱などの鎮圧に奔走した。
同治元年(1862)、魯豫の軍務を統括するよう命じられた。
四年(1865)、捻党討伐で戦死した。

宋景詩
山東省堂色の人。塩商人の子。
咸豊十年(1860)、郷里の抗糧紛争に参加した。
翌年、魯西の白蓮教の叛乱に参加し、部衆を黒旗軍と称して河北・山東を転戦した。
のちに清の欽差大臣勝保の招撫を受けて、捻軍や回民の叛乱鎮圧にあたった。
勝保が処刑されると、かれも排斥を受けたため、
同治二年(1863)に清軍を離脱して山東に帰り、再び反清の旗を掲げた。
まもなくセンゲリンチンの軍に敗れて、その終わるところは知られない。
一説に四年(1865)、センゲリンチンを戦場でたおしたという。
また一説に十年(1871)、安徽巡撫英翰に捕らえられて、殺されたという。

策稜(ツェリン)は
ガルタン・ツェレンが雍正九年(1731)には和通泊で傅爾丹率いる清軍を破ったが、
翌年にツェレン親王率いる清軍に大敗し敗走した。
ぐらいしかWEBには載ってないな。
WEBの清史稿から抜粋したいが漢文苦手だし…


696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 22:41:49 ID:+IS8P3OS0
もう一回投下
楊遇春
福康安に従って苗族の乱鎮圧にあたった。功により副将に上った。
嘉慶年間、白蓮教徒の乱を鎮圧。総兵・提督となった。
十八年(1813)、李文成の乱を平定。道光五年(1825)、陝甘総督となった。
翌年、新疆の叛乱平定にあたり、カシュガル・ヤルカンド・ホータンを回復した。
黒旗を標にして、生涯に大小数百回の戦いに参加したが、
一度も手傷を負わず、楊家軍の総帥として恐れられた。



697 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/11(月) 23:00:39 ID:+IS8P3OS0
もう一回投下

多爾袞(ドルゴン)は総司令官ぽいし、北京に入城は呉三柱の活躍が大きいみたいだし、
>>694氏がドド(多鐸)を紹介しているので山海関を越えた後に活躍した他の武将をの功績を紹介。

アジゲ(阿済格)
順治元年(1644)、入関して、李自成軍を破った。
和碩英親王に封ぜられ、靖遠大将軍に任ぜられて、
陝西におもむき、李自成を追った。

孔有徳
  字は瑞図。遼寧省蓋州衛の人。
入関後、陝西の李自成軍を攻め、ついで江南に攻め下った。
順治三年(1646)、平南大将軍となり、湖広・広東の制圧にあたった。
六年(1649)、定南王に改封され、広西に入った。
九年(1652)、桂林で李定国の軍に囲まれ、自殺した。

尚可喜
順治元年(1644)、ドルゴンに従って入関し、農民叛乱軍と各地の反清軍の鎮圧にあたった。
六年(1649)、平南王に改封された。
南明政権に対して攻勢をかけ、広東に鎮し、清初の三藩のひとつとなった。

オマケ
明珠
康熙帝が三藩の乱を平定するのを助け、康熙帝のジュンガル遠征に従った。



698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 00:18:29 ID:ZwtdXQMy0
>>697
アジゲは名将というより単なる猪武者だからなあ。
張飛が名将でないように。

699 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 01:35:42 ID:Any/iQ8G0
>>693
 じゃあ、人民解放軍とかから出してみる?

700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 04:02:43 ID:B3GS2f150
しかし清の顔ぶれは地味すぎだろ…
個々の武勇が目立たない時代なのかねぇ

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 07:29:48 ID:cguC+I+20
>>700
 率直に言ってそういう事
 名将はいるんだろうけど、他の時代と違って少数で大軍を・・・とか派手な(講談的な)武功が少ない分、判りづらくなっている

>>695
 >策稜(ツェリン)
 「超勇」なんて呼ばれたエピソードが無かったっけか
 この人には少数で大軍に突っ込んだエピソードがあった気がする
 うろ覚えなので無かったらスマヌ

702 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 10:26:03 ID:wpDzSkG30
大苦戦したあげくに物量でようやく、っていうイメージが強いんですよね清将って。
田中氏の百選だと誰がランクインしていましたっけ?

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 10:36:02 ID:I+pKaNt50
ドルゴン、明亮、楊遇春、李長庚、関天培、僧格林沁、李秀成、石達開、劉永福
ですな。

704 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 13:35:32 ID:O2lvZiKT0
>701
策稜(ツェリン)のエピについて
サイン=ノヤン本名は策稜(ツェリン)
 トシェト汗家の出身。康熙帝の第十皇女を娶って多羅郡王とされた。
1725年に雍正帝の北辺防禦策の一環として近族とともにトシェト汗家から独立し、
サイン=ノヤンの称号を得て副将軍としてアルタイ方面の清軍を指揮した。
1731年、靖辺大将軍フルダン軍を全滅させたジュンガルのツェリン=ドンドブを撃退して最高位の和硯親王とされ、
同年再びツェリン=ドンドブ軍をハンガイ山のエルデニ=ジョーで大破し、超勇の号を受けた。
>701氏の仰る様に超勇は策稜(ツェリン)エピですね。

705 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 15:41:07 ID:HLL9Aa1i0
ツェリンがツェリンを征伐したのか
ややこしいなマイナー同士のくせして

706 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 17:51:24 ID:PbpsCTYt0
ドルゴンだのツェリンだの
元以降、明らかに中国人じゃない面子ばかりで萎える

707 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 19:33:37 ID:TYNOKJAhO
>>706
漢人なら話はわかるが。元以前にも中国人なんていないけどw


708 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 21:54:24 ID:1Rta0D100
>>706
五胡の進入以降は、民族ごった煮状態で中国人なんて定義できませんが?

709 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 22:20:29 ID:TYNOKJAhO
突き詰めていけば秦、楚、呉越も元は中華外だったんだよね。


710 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 22:53:44 ID:PXAtnD4VO
突き詰めが甘いな

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 23:23:11 ID:CaEzgAT50
>>707-708
ドルゴンだのツェリンだの
元以降、明らかに漢人じゃない面子ばかりで萎える

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 23:24:25 ID:CaEzgAT50
>>708
漢人風の名前なら五胡でもOKかな

713 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 23:45:00 ID:BhN43V7c0
>>712
おまえの趣味など知るかよ

714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/12(火) 23:47:09 ID:1Rta0D100
>>712
まーそれなら漢人限定の選出する別スレ立ててやってればいいんじゃないか?
チラシの裏の愚痴は、停滞気味のスレがさらに白けるから真面目に止めてほしい

715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 19:41:43 ID:FuWrveaB0
話を戻してスマンが、南宋の余玠(王へんに介 字・義夫)は誰も推薦してはくれなかったんだね。

モンゴルの陰にかくれちゃったのかな〜と。

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 21:07:12 ID:lJQOaw+yO
お引き取り下さい
次に宋時代の話ができるまでこのスレがあること願っててくださいね^^

717 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 21:54:42 ID:IkKLXU0f0
>>715
つーか話題にすらなってない。
>>716
白けることばかり言う輩がいなくなれば存続の可能性はあるかと…
そこそこ話合ってたのにその輩が原因で流れが止まっちゃった罠。


718 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 22:06:08 ID:BDoY1dZ30
>>697
ドドとアジゲで比較したらドドかな・・・と。アジゲってドルゴンの兄とはとても思えんw
孔有徳と尚可喜は、洪承疇や呉三桂が清でなく明の扱いなら同じにすべきじゃないかな。

自分としては、追い詰められたとはいえ反乱した呉三桂と違って、
降伏した後は清に忠誠をつくした洪承疇は清の扱いでいいんじゃないかと思うのだが、どうでしょ?

>>703
ドルゴンは、ホンタイジの下で武将やってた頃の実績でいえば十分なのだろうけど、
入関後はあんまり自ら指揮してないような感じだから選外かもね・・・
(あまり正確な知識じゃないから間違ってたら指摘お願いします)

719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 22:48:06 ID:IkKLXU0f0
>>718
ドルゴン、劉永福は名将として扱うことに反対意見が挙がってるので外してもいいと思う。
洪承疇は清の扱いでいいとは思ったんだけど一応聞いてみた。
ここは合議で決めるスレだし。
さして反対が無ければ清将として扱ってもいいんじゃない?
ドルゴンはやはり総司令官って感じがする。
実際に現場で活躍してたのはトドやアジゲ、孔有徳、尚可喜だしね。
北京を陥落させたのも呉三柱の力が大きいし。
それにこのスレでは重鎮・司令官は選外としてるし。


720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 00:17:37 ID:Kztqq/0B0
宋景詩って確定にするほど実績十分なのか?
劉永福がゲリラ屋って理由で除外されるなら宋景詩もそうなんじゃないの?
僧格林沁破ったのだって一説にはって但し書き付きで確定情報じゃないし、
共産体制化で毛沢東に持ち上げられただけって気がするのだが・・・

721 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 16:42:34 ID:Pikg6C9Q0
ここらで話題に上がった内容をいったん整理
間違ってたら指摘お願い

【確定で特に異論なし】
施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)、楊遇春

【確定有力か?】
洪承疇・・・清の枠に入るなら確定?
左宗棠/彭玉麟・・・どちらか一人?
石達開/李秀成・・・どちらか一人?

【確定に異議あり?】
宋景詩・・・実績十分なのか?

【候補】
阿済格(アジゲ)、多鐸(ドド)、孔有徳、尚可喜
岳鐘h、阿桂、兆恵、李長庚、明亮、
鮑超、道光帝、関天培

【落選確実?】
劉永福・・・ゲリラ屋、国外?
康熙帝・・・政治家・総司令官タイプ、前線実績ない?
多爾袞(ドルゴン)・・・政治家・総司令官タイプ、入関後は実績ない?

722 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 17:56:52 ID:Ag0/lemg0
>>721 乙       
洪承疇は清の扱いでいいんじゃないかな。然したる反対もないし。
宋景詩は人物自体がマイナーらしくあまり功績が知られてないんだとさ…   
>>720が言うように毛沢東が持ち上げたのはあるけどそれは宣伝戦略として
宋景詩を利用したみたいだけどね。
まあ前スレで取り敢えず確定にしとくか程度の扱いなんで外してもいいけど。
左宗棠/彭玉麟と石達開/李秀成はホント好みでいいかと。
もしくは左宗棠or彭玉麟、石達開or李秀成として有力候補にしとく?     
阿済格(アジゲ)、鮑超、道光帝、、阿桂、関天培は外してもいいんじゃないかな。
あと康熙帝、多爾袞(ドルゴン)も
劉永福のゲリラをどう評価するかが問題。ゲリラを過小評価してる様なキガス。

723 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 19:37:43 ID:e8BsmYCi0
入関以降の清の統一戦の功労者として
漢人武将の代表として、呉三桂
満族武将の代表として、多鐸(ドド)
この二人を推す。特に呉三桂はこの後の反乱も含めて、清に入れていい人物かと。
本当はこれに抗清側の代表も出したかったんだけど、該当者がみあたらなかった。
強いてあげれば名声、知名度からいって代表は鄭成功になるのだろうけど、この人
戦術面では失策が多いしねえ。

724 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 19:49:06 ID:CiWG7QKV0
やっぱり施琅と比べると鄭成功の方がワンランク下がる感じ

725 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 19:58:25 ID:Pikg6C9Q0
>>722
自分も洪承疇確定入りは賛成です。
宋景詩はとりあえず保留にしといて、枠埋まりそうになければ入れるくらいか?
似たもの同士は多数決で決めるしかないか・・・
個人的な印象度でいくと左宗棠と石達開推し。
候補外れる面々はしばらく様子見でいろんないなら落としましょう。

あと劉永福は、西洋が装備的に圧倒してる状況で、フランスを度々撃退したのは、
ゲリラとか関係なく入れても遜色ないと思うのだがなあ・・・

>>723
漢人代表は洪承疇でいいのでは?という気もしますな。
多鐸(ドド)確定入りは賛成。

抗清側・・・強いてあげるなら鄭成功よりは史可法とか?

726 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 20:44:09 ID:ga0wl5HR0
ある程度の大軍を率いるのが最低条件らしいからゲリラなら除外じゃない?

727 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 20:50:55 ID:Pikg6C9Q0
>>726
そんな定義はこれまで一切なかったと思うよ?
むしろ寡兵・弱兵で大軍・強兵を破る方がこのスレの歴史的にはポイント高い

728 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 20:59:13 ID:Ag0/lemg0
呉三桂は李自成の乱の時、清と手を組んで北京を陥落させ、
その功績により平西王に封ぜられたり
また李自成軍を討ち破り、四川・雲南・貴州を平定し、南明の永暦政権を滅ぼして
三鎮の一人となったが清将として扱うのはどうなんだろ?
明を話合ってる時に呉三桂は清じゃねーの?って思ってたけど
誰も異を唱えなかったしなぁ。
あと清の為に忠節を尽くした洪承疇は清でいいが、呉三桂は明の方がいいんじゃって
誰かいってなかったっけ?
鄭成功も明に入ってるし。
洪承疇と多鐸(ドド)はもう確定でいいんじゃない? どう?
あと戦う豆腐屋こと宋景詩はとりあえず保留というこで。

劉永福は>>725の意見に同意。
劣勢な状況で成果をあげているのは評価してもいいはずだし、
さっきも言ったがゲリラを過小評価してる人っているよな。
>>725は違うと思うが)
個人的には岳鐘[王其]と兆恵、楊遇春、明亮を推すよ。

>>726
勝手に自分の価値観でいってた人がいただけでそんな最低条件などないよ。
たぶん陳和尚の率いた兵がが400では少なすぎと言ってたことだろ?
それは落選の理由じゃないし…

729 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 21:06:38 ID:ga0wl5HR0
書き込んでる人が少ないからそんな劉永福を推されるとそうなのかと思ってしまう
まあ俺はどっちでもいいから好きにすればいいさ

730 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 21:43:46 ID:Ag0/lemg0
>>729
確かにカキコしてる人数は少ない罠。
俺はゲリラだからってなんか戦術的にショボいって思うのは
ちょっと違うぞと思う。
ゲリラはあくまで手段の一つにすぎないんだし。
あと主張が通らないからって投げ遣りになるなよ。

731 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 21:52:00 ID:Pikg6C9Q0
推薦上がってる将をざくっと時代別に配分してみるとこんな感じ?
○は確定、△は有力候補

明掃討戦 : ○洪承疇(呉三桂を推す声も)、△多鐸(ドド)
康熙〜乾隆: ○施琅、○策稜(ツェリン)、△岳鐘h、△兆恵
嘉慶〜道光: ○楊遇春、△明亮
阿片後の清: ○僧格林沁、○左宗棠か彭玉麟、△宋景詩
太平天国  : ○石達開か李秀成
清末期   : △劉永福

洪承疇確定でよいとすると現時点で○が7で残り3枠
バランス的に劉永福は入れておきたい
あとは多鐸(ドド)と明亮で10枠でどうかな?
岳鐘hか兆恵を上3人のどれかと入れ替えでもよいかも

732 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 21:55:56 ID:Pikg6C9Q0
>>729>>730
確かに人少ないけど、ここ最近の中では人多い方じゃないかな・・・?
せっかく久々に動きが出たので、ある程度方針をまとめておいた方がよいように思う
案を出して様子見ておいて、異論が出るようならまた見直せばよいし

733 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:09:02 ID:ga0wl5HR0
>>730
投槍っていうか萎えたよ
ゲリラを評価するならすればいいさ
俺は好きじゃない

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:28:24 ID:K6flS/CaO
>>733
>>713

735 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:31:44 ID:ga0wl5HR0
>>734
ゲリラ戦術を肯定する人間は糞
死ねばいいよ

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 22:53:53 ID:HtKiM4cU0
んなこといったら戦争を肯定(ry

737 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:10:49 ID:ga0wl5HR0
>>736
そういう問題じゃない
近代戦をもっと勉強しろ無能

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:23:43 ID:Ag0/lemg0
>>737
ミサイルとかといいたいんだろ?
じゃあ毛沢東やベトナム、アフガン、キューバとかはどうなる。
孫武は孫子の中でマキャベリは戦術論でゲリラの有効性を説いてるぞ。

739 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 00:17:49 ID:XFnoHVh20
ID:ga0wl5HR0は彭越を評価しなかった項羽と同じ末路を迎える事だろう。

740 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 00:29:34 ID:1unkIMyY0
ナルサスのモデルというだけで明亮を推すのはどうだろう。
阿桂とか額森特とかの方が武勲の規模は大きいと思う。

741 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 00:41:23 ID:Pdx77GOOO
そんな理由で明亮推してる奴いるか?

742 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 01:01:43 ID:Np6lZIxi0
>>740
如何せん明以降、史料を元に情報提供してくれる方がほとんどいなくて、
日本語サイトの限られた情報の中で無理やり選別してるような状況です・・・
もしも可能なら正確な情報提供してくださいませんか?
今までの流れだと阿桂は兆恵との比較で落とされてる感じかと。

ちなみに明亮は「田中ヨッシーがナルサスのモデルで推してる」という話題が
かなり昔に出てたくらいで、このスレで推される理由にはなってないはずです。

743 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 07:28:28 ID:TsChKRkP0
>>742
阿桂

乾隆十三年(1748)、大金山土司の叛乱平定に参加。
ジュンガル・ビルマ・大金川の討伐に従軍し、また回族の叛乱平定にも参加。
黄河治水、甘粛回民の鎮圧などを行ない、イリに鎮して屯田を行う。
五十一年(1786)、台湾の林爽文の叛乱を鎮圧するために献策した。

それは悪かった。最初の方で誰も推薦文を挙げたり、功績を紹介したり
はたまた候補を整理してくれないんで
清は専門じゃないがいろいろと調べたりしてずっとテコ入れしてたわけで、
正確な情報提供してないようなら下りるが・・・
ちなみにナルサス知らんし。知っててもそんな理由なんかで推さないし。

744 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 09:30:14 ID:6fMdNO6/0
>>738
ちげーよバカ



おまえらぜんいんしねっ!(たむらけんじ)

745 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 09:45:21 ID:XQKdaf3BO
>>744
おまいこそ軍事のなんなるかをわかってないな。
迷惑だから二度とこないでね。


がっかりだよ!!
(にしおかすみこ)

746 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 09:46:22 ID:HZyy8qeo0
>>追加

【確定】
施琅、策稜(ツェリン)、僧格林沁(サンゴリンチン)、楊遇春
劉永福

747 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 10:39:19 ID:frnHvkvT0
「サンゴリンチン」って、なんか馴染みのある響きだなーと思ったら
「うんこちんちん」だったよ・・・

748 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 10:48:41 ID:TsChKRkP0
>>746
洪承疇、多鐸(ドド)は確定じゃダメか?
推す声もあるし、逆にこの二人には反対意見がないように見えるけど。
あと岳鐘[王其]を推してるのだがどうなんだろう?賛否の意見すらが出てないようなキガス…
それと左宗棠と石達開を>>725で推してるな。
左宗棠/彭玉麟と石達開/李秀成はホント好みでいいから特に反対なければ、
左宗棠と石達開に絞ってもいいと思う。


749 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 15:54:08 ID:Np6lZIxi0
それじゃあ

【確定】9名
洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)、楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、左宗棠、石達開、劉永福

って感じか

残り1枠は
・岳鐘h(>>651>>728>>748)
・阿桂(>>740)
・兆恵(>>651>>728)
・明亮(>>651>>728)
・宋景詩(評価保留)

この中では岳鐘hを推す人が多そうかな?
(・・・といっても推す声自体が少なくて被りまくりだが)

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 16:21:37 ID:TsChKRkP0
>>749
個人的には確定の9名は異論ないのだがいいのか?
(つーかさっき伺い立てた面子が入っただけなんだが・・・)
岳鐘[王其]・兆恵・明亮を推してるのは俺一人だな。
>>651>>728は俺のレスだし・・・)
宋景詩は元々暫定で確定入りしてただけだしどうなんだろ?
(一応弁護はしたけど・・・)

みんなが賛否のレス投下してくれなきゃ実質二人で決めちゃってるキガス。


751 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 18:14:26 ID:uwNwZgHT0
施琅は台湾攻略が評価されてそこにいるの?

752 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 18:22:05 ID:Np6lZIxi0
>>751
過去スレによると、これが理由と思われる。
> 96 名無しさん@お腹いっぱい。 New! 2007/01/06(土) 21:25:52 ID:nClBpJ/Y0
> とりあえず清朝の候補として、施琅を挙げとく。
> 清朝初期の制海権はこの人が一手に引き受けてたようなもんだし。

753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 19:46:59 ID:Tr46Rhjx0
なんで過去スレで既に清が語られてるんだ?
順番じゃないだろう?

754 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 19:49:31 ID:DbJF6KTX0
今二順目だよ

755 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 20:53:50 ID:vILZhSHj0
>>749
オナニー全開で笑える
もうチラシの裏にでも書いとけよ

756 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 21:08:08 ID:Np6lZIxi0
>>755
笑ってもらってもよいから、せめて誰か推薦するなり駄目なところ指摘するなりしてくれ・・・

757 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 21:31:56 ID:TsChKRkP0
>>755みたいなのはスルーすればいいじゃん。
他でも同じような輩がたまに湧くけど相手にしないのが一番。
まともな主義、主張なんて持ち合わせてないんだから。

758 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 21:49:39 ID:vILZhSHj0
オナニーの主義主張はありませんからw

759 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 23:33:35 ID:XFnoHVh20
出版するなどして主義主張を公のルートに乗せなかったら、どんな著作物もオナニーだろ。

自分の考えをシコシコまとめて一人悦にいってるだけって、
公開オナニーしてるヤツよりも余程きめぇつうか暗ぇえええwwww

760 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/17(日) 23:43:09 ID:pihe4Syk0
>>759
それで自分は明るくてキモくないとでも思っているとしたら、とことん目が開いていないな。
自分も同じ穴の狢と自覚して、参加していればいいよ。
反論や否定されたからって、罵倒で返すのはみっともないと思うがなぁ。

761 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 00:22:20 ID:gBU9Q/iR0
>>760
同じ穴の狢と自覚した上で下卑た返しを行ったんだが、ウケなかったなら、退散するよ。

ただ、俺は「自分が該当しない」とは一文字も書いていない。
また、>>758が後段落のような人物であるとも書いていない。

オナニーとはどのような物であるかを指摘し、オナニーすらしない事を批判しただけだ。
個人を攻撃するものではないからこそ、アンカーを貼っていない。

君は自分の脳内で作り上げた仮定に対し、自ら返答を述べる形で相手を非難してる訳だ。
その辺りから、>>755>>758はオナニーと述べたと思われ、
そこについて俺も>>759で「公開オナニーして居る奴等」という文面で指摘している。

否定に対して否定で、しかも相手を確証なく下種と見下す形で返している。
これら事は、自らも自覚した方が良い。
ここのコテハンらしいが、スレの現状は、君ら古参が作ったものだろう。
嘆くより前に自ら改めるべきではないか?

762 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 01:01:55 ID:q7D9Pqrz0
>>761
煽りにわざわざ煽りで返して何がしたかったのかと・・・
すまんが全く面白くないし、面白かったとしてだから何?って感じ
スレを荒れる方向に持って行く意図があるとしか思えなかった

763 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 01:52:22 ID:gBU9Q/iR0
>>762
批判に対して自分達の主張を行い、スレの意義を改めて問う事をしない。
単に行為の正当性を問い、場を収束する方向に持っていくから、内輪スレに留まる。

何か他にやる事が有るんじゃないのか。

764 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 02:08:06 ID:q7D9Pqrz0
>>763
もう清が終われば一通り選定作業終わるし、意見・主張する人もすっかりいなくなったし、
このスレの存在意義もほとんどなくなったから、終わらせる方向でまとめに入っているのだけど・・・
店じまいで収束させる以外にいまさら何をしろと?
まともに機能している状態なら空き枠や確定の入替議論の
3周目行くべきなのかもしれないのだが、正直疲れたしその需要も既にないだろう

あなたが現行スレの過去レスすらろくに読んでない状態で発言してるのは
>>761の発言で明らかだからあまり多くを期待しないが、
建設的な議論したいなら少なくとも>>759みたいなレスはやめるべきでしょ
理屈屋っぽく曖昧な問いかけするよりは、「何か他にやる事」を具体的に率先して挙げるべきだし

765 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 02:32:15 ID:gBU9Q/iR0
ゲリラ否定論者が出てきて、良くも悪くも一度は活性化したのに、ここに来て店仕舞い宣言か。
それは、総意なのだろうか。

ROM専としてはかなり前から居り、時々レスも付けたが、割と楽しく読ませてもらってたよ。
特に両晋〜南北朝は非常に好きなので、石勒のエピソードは非常に面白かった。
蒸し返しだの過去を知らないというが、問題というのは衆目に晒されてこそ人の関心を誘う物で、
そもそも専ブラだの何だの特定者しか読めない、このスレ以前の経緯を知るのは困難だ。

終わりよければ全て良しともいう。
最後の清代英雄決めるのにこそ、一番人を集めるべきだ…とは思わないのね。

決める事だけが目的なら、そもそもスレを立てる必要もなかっただろうに。
何をすれば良いかって、好きな人物の事を語れば良かろうに。

定義だの長文ウゼェだの言い始めて、そもそも語る事にすら制限を加えるから、レスが減る。

766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 02:47:42 ID:jfpyfhlV0
>>765
100人決めてそこで終了ではなくて
そこから入れ替え議論や50人に絞ったりとかが
始まるかと思ってたんだが違うのか?

767 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 03:03:54 ID:gBU9Q/iR0
>>766
どうなんだろうなぁ。
確かに、入れ替え議論になってからが、信者とアンチで一番盛り上がるはずなんだよな。
「清代イラネ」の一言から罵倒合戦が始まるなら、それもまた良しだとする器量が欲しい所だ。

人気の有る時代と無い時代があるのは、
著作物の量、各時代の時代背景、現在の社会情勢を考えれば当然だ。

それらを鑑みれば、「俺達の戦いはこれからだ」ではなく、むしろ「始まったな」位のモンなんだが。

繰り返し説明するのは嫌だと言っている人も居るが、
何度でも説明すりゃ、それで同好の士が少なからず増えるのにな。

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 04:50:42 ID:QxRYgpUT0
>>767
>「清代イラネ」の一言から罵倒合戦が始まるなら、それもまた良しだとする器量が欲しい所だ。
罵倒合戦なんて始まったらスレが荒れて荒れて白けるのがオチじゃねーの?
建設的な論議なら話はわかるがそうはならないでしょ?
>繰り返し説明するのは嫌だと言っている人も居るが、
>何度でも説明すりゃ、それで同好の士が少なからず増えるのにな。
そりゃあ説明はするが、自分で調べたのかをどうか一応言うぐらいしてくれれは話はわかるが
しかもそれすらせず「なんで〇〇なんだよ」みたいに頭ごなしに言われたら
説明する方も嫌気がさすのつーの…

ちなみに俺は3順目に移行するものだと思って頑張ってるし、
店じまいなんてする気はないんだがだからこそ清は専門じゃないが
ずーとテコ入れしてたわけだが、         それとゲリラ否定論も出てきて活性化みたいなこと言ってますが
反論されたら場を荒らしてただけにしか見えなかったが違うのかい?     
あんなのいくら良し悪いと言っても活性化とは言わないよ。

769 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 06:04:09 ID:gBU9Q/iR0
>>768
レスが増えれば荒らしも増える。
スレが荒れれば、義憤を感じる人が出て、他方、荒れたスレに嫌気が差して離れる人間が出る。
しかし、既に人が減った後だろう。
今更、古参が愚痴をこぼしたり、秩序の護持を理由に締め付けを図る事に意味が有るのだろうか。
自演は論外だが、本来的にレスが付かければ誰も見なくなり、やがてスレッドは落ちる物だ。

また、>反論されたら場を荒らしただけ〜というが。
このスレッドでの俺のIDは、右の二つだ。ID:gBU9Q/iR0 ID:XFnoHVh20
ここでは基本ROM専の俺は、積極的に発言をしてはいないし、ゲリラ戦アンチでも無い。
そちらの発言で、俺一人に原因が有るかのような言われ方をされても、事実はそうではない。
そもそも、君がどの発言をした人なのかすらも分からないので、最良の答弁もまた出来ない。

また、俺の一連の発言が荒らし行為だと言っているが、それも間違っている。
荒らしというのは、暴言を吐いたら去り、逃げる事もなくこうして議論に応じたりはしない。

770 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/18(月) 10:16:53 ID:m1H8hnc60
これまでのランキングまとめ(上)

春秋戦国 (其ノ弐>>623
【確定】
 楽毅、楚の荘王(熊侶)、白起、李牧、王翦、呉起、廉頗、孫武、樗里疾
【候補】
 士会、魏無忌(信陵君)、趙の武霊王

統一秦〜前漢 (其ノ弐>>831
【確定】
 韓信、項羽、霍去病、衛青、趙充国、陳湯、周亜父、章邯、灌嬰(暫定)
【候補】
 劉邦、曹参、彭越、鄭吉

新・後漢 (其ノ参>>71
【確定】
 劉秀、馮異、樊崇、耿エン、呉漢、班超、段ケイ、馬賢、曹操
【候補・議論中】
 岑彭、周瑜、皇甫嵩

三国〜両晋 (其ノ参>>169
【確定】
 ケ艾、石勒、祖逖、王猛、劉曜、慕容垂、慕容恪、桓温、拓跋珪
【候補】
 陶侃、石虎、謝艾、謝玄、冉閔、姚萇

南北朝 (其ノ参>>278、284)
【確定】
 劉裕、檀道済、韋叡、陳慶之、拓跋トウ、蘭欽、斛律光、高洋、韋叔裕、段韶
【候補】
 柳元景、奚斤、楊大眼、元英、周盤龍、慕容紹宗、宇文護、李弼 、長恭、爾朱栄、王勇、
 沈慶之、陳顕達 、赫連勃勃、侯景(宇宙大将軍) 、蕭道成、陳覇先

隋・唐 (其ノ参>>468、475)
【確定】
 楊素、李世民、李靖 、李勣、裴行倹、薛仁貴、郭子儀、李光弼、李克用、史思明
【候補・議論中】
 李晟 or 李愬(郭子儀 or 李光弼との入替)
 韓擒虎、賀若弼、張須陀、竇建徳、楊義臣、李密、劉黒闥 、李孝恭、高仙芝、顔真卿、
 張巡、王式、黄巣、高駢 、李存孝、安録山、劉方、蘇烈、劉仁軌



771 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/18(月) 10:18:10 ID:m1H8hnc60
これまでのランキングまとめ(下)

五代〜北宋・遼 (其ノ参>>786
【確定】
 李存勗、柴栄、趙匡胤、楊師厚、狄青、李存審、狆(チュウ)師道、楊延昭、李継遷、耶律徳光
【候補】
 周徳威、郭崇韜、王彦章、郭言、劉ジン、康延孝、任圜、李神福、台濛、周本、孟堅、
 張彦卿、陸孟俊、劉仁贍、張武、王環、趙季良、蘇章、潘崇徹、銭弘佐、顧全武、張元徽、李瓊
 耶律休哥、狆師道、劉昌祚、李継遷、賈ー、潘美、楊延昭、
 史建トウ、王景、康壊貞、朱温(朱晃)、郭威、曹彬、

南宋・金〜元 (其ノ四>>278
【確定組】 9名
 宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、
 察罕帖木児(チャガン・テムル)、
【候補】
 海山(カイシャン)、張弘範、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、李庭芝、忽必烈(フビライ) 、
 完顔宗弼(ウジュ) 、韓世忠、杜杲、張弘範、范仲淹、張俊、呉カイ、呉リン、劉リ、虞允文、
 李顕忠、楊存中、僕散忠義、徒単合喜、宗翰(ネメガ)、耶律斜軫、史天沢、兀良合台(ウリャンハタイ)
 劉整、張弘範、脱脱(トクト)、呂文煥

明 (其ノ四>>544
【確定組】
 徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳
【候補】
 陳友諒、方国珍、湯和、藍玉、于謙、兪大猷、王守仁、拡廓、呉三桂、李自成、
 鄭成功、馮国勝、張輔、邵栄、秦良玉、胡深
【資格あり?】
 拡廓帖木児(ココテムル)

清 (其ノ四>>749
【確定】
 洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)、楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、左宗棠、石達開、劉永福
【候補】
 ・岳鐘キ、阿桂、兆恵、明亮、宋景詩

772 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 12:06:28 ID:3QX46SOdO
10の時代に分かれてるんだからさ、1つの時代を3日
1ヶ月で1周できるようにしないか?
スケジュール決めといたら自分の好きな時代にも参加しやすいだろうし。


773 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 12:58:05 ID:yyp9DpD50
劉永福は日本軍に蹴散らされたショボいイメージしかないな。
中国では英雄扱いなのかもしれんが所詮清末の武将。ショボ杉。
時代が違うとはいえ韓信や項羽などと同列で並べるのはどうなのかね。

774 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 14:11:14 ID:QxRYgpUT0
>>773
いや、こう考えるんだ。
一位の名将もいれば百位の名将もいる。
世の中全員が、韓信、項羽クラスの武将ばかりではあるまい。
それに韓信、項羽と同格扱いしてる訳じゃないんだし。

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 14:58:45 ID:PWJ4X8BVO
伍員とかハンレイとか呉越闘争の名将が候補にすらなっていないのが残念。
司馬法書いた司馬ジョウショとかも名将でしょう。
他の時代は結構候補がいるのに、春秋戦国は不足気味では?
項燕とかモーテンとかもありでは?

携帯からなもんでカタカナが多いのはご容赦を。

776 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 15:03:26 ID:PWJ4X8BVO
あと李広とかも資格ありでは?
三国時代も少なすぎ。
馬鹿にしすぎ。見事な戦績を挙げた奴はちゃんといるよ。

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 16:23:12 ID:O6a6OUnw0
>>775
呉越闘争の名将は孫武が入っています。
伍員や范蠡は名将じゃなくて、名参謀だからこのスレとは関係ないね。
司馬穣苴は戦功はあるけど、戦国春秋の確定組と比べると戦績不足。
兵法書を書いたかどうかということと、軍事的功績は関係ない。
項燕は本気を出した秦軍相手にあっさり敗れています。
蒙恬は冒頓が出る前の匈奴を破ったのと、落日の斉を討ったぐらいで戦功不足。
楚軍に敗れているし。
李広は匈奴戦華やかなりし武帝時代、まったく戦果を挙げていないが痛い。

疑問は解けたかな?

778 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 16:29:15 ID:O6a6OUnw0
>>776
そうそう、書き忘れた。
三国時代は一発屋は多いけど、総指揮官として安定して戦功を立て続けた将軍が少ないんだよね。
文句なしに戦功が多いといえるのが、曹操とケ艾ぐらい。
たとえば、陸抗は西陵の戦いは神だけど、その他の戦いではそれほど戦功が無い。

「見事な戦績を挙げた奴はちゃんといる」と言うなら、名前を挙げて欲しい。

779 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 16:54:04 ID:1wQHS7wN0
>>769
ツマンネ

780 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 17:21:15 ID:QxRYgpUT0
◆RQdk7scN8sさん
>>770の南北朝、隋・唐 
>>771の五代〜北宋・遼、南宋・金〜元、明に選考から落ちた武将がなぜ復活してるの?
話合いの中で選外となったはずでは?       

>>776
>三国時代も少なすぎ。
>馬鹿にしすぎ。見事な戦績を挙げた奴はちゃんといるよ。
確かに見事な戦績いるとは思うけどこのスレの趣旨では
役不足になっちゃうんじゃないんですか?     
それにバカになんてしてませんよ。
>>778さんの言うように貴方の一押しの武将を挙げてみてよ。


781 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 19:41:31 ID:QxRYgpUT0
>>769
なにも貴方を荒らしとは言ってませんよ。
でも>>759のレスはどうなんだろう。
せっかくID:Np6lZIxi0氏が纏めてくれようとしてるのに>>755みたいなのが現われたら流れが止まっちゃうから
俺が>>757>>755みたいなのはスルーすればいいじゃん。
って言ってるのにわざわざ変なレス投下してますよね?
とても>>739と同一人物とは思えない発言に見えませんが・・・
ゲリラの話はID:ga0wl5HR0とID:6fMdNO6/0のことを言ってるんですがよ。
自分の考えを否定されたからってあの態度はどうかと思うのだが・・・
>今更、古参が愚痴をこぼしたり、秩序の護持を理由に締め付けを図る事に意味が有るのだろうか。
古参が愚痴って例えばどれ?
秩序の護持を理由に締め付けって例えばどれ?


782 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 19:43:55 ID:QxRYgpUT0
前100ぐらいからの俺のレスは>>685>>690>>692>>695>>696>>697>>704>>717>>



783 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 19:45:13 ID:QxRYgpUT0
>>782の続き
719>>722>>728>>730>>738>>743>>748>>750>>757


784 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 20:05:14 ID:MQrsBO8lO
名前があがっても候補落ちした奴もいるから
「○○がいない!」と言う前に過去スレ読んでと


785 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/18(月) 20:32:45 ID:m1H8hnc60
>>780
すまん。自分のメモ帖には入ったまんまだった。
人物名見てニヤニヤするたちなもんで、消すのがもったいないと。
もう一回過去スレ洗ってみるよ。

786 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 20:45:26 ID:jzCPYjxOO
>>785
俺が今スレで清の選定に入る前に確定及び候補・論議中の一覧表を挙げてるよ。

787 : ◆RQdk7scN8s :2007/06/18(月) 21:00:44 ID:m1H8hnc60
>>786
>>533ね。
候補のない時代もあって、それなら、ということで付け足したんだけど、余計だった。

それにしても改めて見ると、定期的な煽りレスが随所にあって
あれはあれでレスを伸ばそうとしてくれてるのだろうか、とか思ってしまう。

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 21:05:55 ID:OLLRdhBr0
今回の選定が終わったら、次は絞込み作業に入るの?
それとも残りの確定作業続行?

789 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 21:07:27 ID:gBU9Q/iR0
>>781
自ら変と言っている発言を蒸し返す暇があったら、今の流れに乗ったらどうなんだ

790 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 21:48:32 ID:QxRYgpUT0
みんなには悪いが>>789にこれだけは言いたい。
>自ら変と言っている発言を蒸し返す暇があったら云々・・・
はあ?変なのは貴方の>>759での発言だよ。
貴方は読解力ないのか?
>>768のレスに対して>>769で貴方があれこれ言ってるからそれに対して答える為に
>>781を投下したんだけどなんで俺が文句いわれなきゃならないのさ。
そもそも事の発端は>>759での発言じゃないか。
何度も言うけど俺はずっとにテコ入れしてたし、
流れに乗れなんて偉そうに指示される覚えはない。



791 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 21:55:23 ID:QxRYgpUT0
>>788
今回の選定が終わったら、次の作業は各時代の候補・論議中なってる、
確定の残り枠を決めるのがいいじゃないかな?

792 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 21:59:23 ID:q7D9Pqrz0
なんか、急に流れ早くなったなぁ
しかし清の確定案に対する意見がほとんどないのは・・・?(苦笑
◆RQdk7scN8sさんが>>749そのまま貼ってくれてるのは特に異論なしってことですかね。

>>773でyyp9DpD50さんが劉永福に疑問投げかけてますが、>>774で納得できます?
もし入れ替えの候補推薦してくれるならその議論進めて、清に決着つけてしまいましょう。

793 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 22:14:56 ID:q7D9Pqrz0
>>790
好意的に解釈して推測すると、おそらく>>761で自分の>>759の発言が変だと言ってるっぽいのでは?
正直、独善的な発言ばかりでとても自分の非を認めてるようには感じられないがね・・・

自分は以下の点でgBU9Q/iR0の思想・発言に耐え切れないので、これ以降は相手にしない
・現状に対する否定、不満を発言するだけで具体的な改善案は何も出さない
・スレが悪い方向にいったと考えていた割りに、自分ではなんら行動を起こさなかったが、
 それが罪という認識はない、むしろROMであったことを免罪符にして自分に責任はないと考えてる
・自分の非は認めないし、周りを完全に見下してる
・このスレの流れはROMして理解してるはずであるのに、推薦文投下してきてくれた功労者に対する最低限の礼儀すら払わない

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 22:28:24 ID:q7D9Pqrz0
連投ごめん

>>775
>>777に、若干補足します
伍員は、最終段階の直前まで有力候補で残ってましたよ
孫武と伍員は功績的には似通ってるのでどっちにするかで結構揉めたし、
孫武/伍員は切っても切れない関係だから特例で2人で1枠にできないかという案もあった
最終的には、孫武の方が功績が明確になってると理由で選出された感じでした

>>776
三国は、後漢の光武帝陣営/両晋の五胡連中に
凄い顔ぶれが揃ってるので、入る余地なしって印象でしたな
時代が違えば、司馬懿、陸遜あたりは可能性があったように思うけど

795 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:03:12 ID:gBU9Q/iR0
>>790
とりあえず、今の流れはそう悪くなく思える。
だからこそ>>790のタイミングでの発言は「自身が正しい」という事を証明する以外に全く意味が無い。
こちらはこの後はROMをする事も無く、このスレを去る。
しかし以後も、そういった姿勢を改めない限りには、初心者は寄り付かず、能力の低い者はROMに留まるだろう。

何故なら、君の癇に障った人間は、常に相手の論破のみを目的とした論陣を相手にしなければならなくなるからだ。

>>793の言葉は全く正論だ。
そもそもROM専がレス投下した時点で、ROM専のルールを自ら侵している。
その時点で、既にこちらには何ら正当性が無い。
スレが死のうが黙っているのが、本来のROM専に求められる姿である訳でね。
功労者に対する最低限の礼儀というのは、レスに対する最大限の礼儀は、それを見て楽しむ事だ。

それを単純に楽しむ事の出来なくなった時点で、ただ去る事を選択しなかった事は謝罪する。

796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:04:06 ID:QxRYgpUT0
>>793
ID:q7D9Pqrz0さんもちろん好意的な発言したつもりですし、額面通り受けとめて下さい。
俺もgBU9Q/iR0には失望しました。
誤解を与えたようなので遅くはなったが返答したのにあの様な言われ方されるとは
残念でなりません。
あと孫武に関してですが仰る様に決め手となる推薦文が投下されて
孫武は確定入りとなりました。
つーか必死にいろいろな史書から孫武の功績を拾い集め推薦文を投下したのは
実は俺なんです。
(手前味噌でスマソ)

797 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:15:58 ID:f7a4+dFc0
ぶっちゃけ、劉永福より司馬懿、陸遜の方が実績もスケールも大きい
時代ごとに満遍なくって言いながら結果的に偏りすぎだね

798 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:19:48 ID:R/hOl1kB0
よくしらんけど、劉永福は西洋列強の近代的軍隊に始めて東亜の軍隊が勝利したってことで大フィーバー、ってことじゃないの?

799 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:21:56 ID:QxRYgpUT0
>>769を投下する前に確認せずスレを投下してしまった・・・スマソ
>>768
別に癇に触ったとかじゃなく、怒られる理由が俺にはないんだが・・・
そんなに俺の主張が変か?
まあ本人がスレを去るって言ってるからこれ以上は何も言わないが。

800 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:37:25 ID:QxRYgpUT0
>>797
>>774でも言ったが一位の名将もいれば百位の名将もいる訳で。
それと劉永福がゲリラ戦で功績挙げたからと低い評価をしないでほしい。    
(貴方が評価の基準をどこに置いてるのかはわかならいけど)
こんなこと言ったらまた屁理屈言ってるとか叩かれるのかな?

801 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:43:20 ID:BSlM3hXGO
>>797
スケールがでかいけど外されたモンゴル西征組みたいなのもいるぞ
それに取り合えず一周回して候補リスト作らないと時代ごとのすりあわせも出来ないでしょ

802 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:47:32 ID:f7a4+dFc0
いやいや、別に劉永福が凡将といってるわけでなくて
それよりは功績やスケールのでかいであろう司馬懿、陸遜あたりが選に漏れてるのが気になったので突っ込んだまで
まあ今回の劉永福は例えにすぎず、他の武将にも当てはまるのではないか、と

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:13:08 ID:t79tg82eO
>>795
ROM専がレスを投下したらダメかね?
興味のある話題なら己の知識の範囲内で発言してもいいはず。
おまいの俺ルールを他人にも押し付ける様なことするなよ。
ホント無責任な奴だな。


804 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:19:28 ID:KzfiNlue0
>>802
司馬懿、陸遜が劉永福に明らかに勝ってるのは、
三国志の登場人物であるという点においての知名度のみだと思うがね
実績・スケールで明らかに上というまでは、具体的に実績挙げて比較しないと判断できない
ぶっちゃけ司馬懿、陸遜は両晋の候補にすら残ってないし、
入選する可能性があるとしたら、前漢か清の枠くらいしかないと思うよ
(・・・たまたま名前が挙がったから例になっただけってのは理解した上での個人的感想です)

時代による濃淡はどうしてもついちゃうから、どうしても納得できないところは
>>801にあるように一通り終わってから全体のバランス見ながら枠の調整するしかないと思う

805 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:22:02 ID:KzfiNlue0
>>803
本来、発言が増えるのは活性化のためにも大歓迎なんだよね
彼の人のような、投げっぱなしの不満・感想のみで、発言に責任持たない類はご遠慮願いたい

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:32:39 ID:Bb9KrLEZ0
>中国を称揚しすぎているという意見
>田中は熱烈な中国ファンで知られるが、贔屓が高じるあまりにダブルスタンタードな見解を示すことも多いという批判が存在する。
>たとえば『創竜伝』の中で、日本海海戦は局地戦なのだから教科書で東郷平八郎を取り上げることは不当だ(4巻P168)と書いているのに、
>自身の著書の中では、局地戦の猛将でしか過ぎない劉永福を大々的に称揚している(9巻P210)のは、中国びいきなだけなのではないかという意見もある。

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:45:30 ID:KutuDoZp0
>>803>>805
伍子胥みたいな事はやめときな…>>799の潔さを見習うべき

808 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:51:16 ID:my7Zr1/N0
劉永福はお得意のゲリラ戦でさえ台湾で最終的に日本軍に撃破されて命からがら数人で本国に逃亡している。
やり方と結果を見ても名将ではないな。小粒すぎ。
支持してるやつは持ち上げすぎじゃないのか?

概して、清末の軍人はスケールが小さい。圧倒的に。

809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:57:09 ID:Z4xpg/y60
スケールが小さいとまでは言わないが
どちらかというと政争と混乱の時代だからな>清末

810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:57:13 ID:JH0SgApO0
アンチゲリラ厨のおまえが反論すればするほど、意地でも確定から外せないなw

811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 01:01:17 ID:UsvKDz5d0
軍事的に劣っているのと政争と混乱は関係ない

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 01:14:44 ID:KzfiNlue0
今回はまだ400kBいってないし容量制限にはひっかからないっぽいから、次スレの目安は900くらいかな?

劉永福sage主張に対して徹底抗戦するつもりは全くないが、代わりに誰をageるか推薦よろしく

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 01:25:39 ID:KzfiNlue0
>>807
ごもっともです。反省。

>>788>>791
現行定義に対する疑義がさんざん上がってましたが、途中で定義変えるのは混乱をきたすので、
とりあえず2周目終わるまでは現行のまま進め、終わったら根本的に見直ししようってことにしてました
3周目入る前にまずはその議論からですが、何かしら対案が出てこなけりゃスルーするしかないですな

814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 02:07:44 ID:Z4xpg/y60
>>811
あるよ
左宗棠、彭玉麟、李鴻章、曾国藩、みな清朝におけるマトモな軍隊の持ち主だったけど
誰一人として 純軍人ではなく、政治家、軍政家だ。末期症状を起こした清のせいなんだけど
軍隊という財産で政治活動を行っていたし、彼らも自分を軍人ではなく、清朝を改革・延命しようと思う政治家だったじゃないか
結局、清末においては洋務運動や変法などの机上の人材に有為の者が流れていって、軍人は一部の有能な人間が兼任してる

815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 02:31:00 ID:t79tg82eO
>>807
ゴメン・・・あまりにふざけたこと言ってたんで黙ってられなかったわけで・・・


816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 03:07:26 ID:0moJD7+i0
>>814
経緯はどうであれ軍事的に劣っている現状には違いないだろう

スケールの小ささだな

817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 11:07:58 ID:POU1jIqT0
常勝軍を率いたゴードンはこのスレ的にはアリ?

818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 12:03:21 ID:t79tg82eO
スマン、ゴードンって誰?詳細キボンヌ

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 15:47:36 ID:7tqD89i1O
ゴードンさんはイギリスの軍人さん
英国の利益のために戦ったのであって清のためではないでしょ


820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 17:07:12 ID:YgxERm+3O
日本の幕末も実にスケール小さいな。清末同様に。

821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 17:34:28 ID:07VRNFB70
江戸時代の名将10人挙げろって言われても難しいが、清はそれに近いものがあるな。

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 18:01:56 ID:5RAlVPQV0
建国は範囲外扱い&降伏した武将が多くて
全盛期は国力自体が強力だったからこれという人が少なくて
末期は外国にやられてばっかりだから
なかなか難しいのはわかる

823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 21:18:28 ID:6yY0ptuP0
左宗棠は確定でいいんじゃないの?
功績を実戦に限定しても、十分に戦功が大きい。

824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 21:57:08 ID:KzfiNlue0
>>823
現状案>>749で既に確定に入ってます
劉永福以外は異論なしかな?

825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 22:25:12 ID:8xrUu5860
劉永福が外れるなら残りは2枠か。俺はやはり岳鐘[王其]と明亮を推す。
阿桂は大金山土司の叛乱平定に参加。
ジュンガル・ビルマ・大金川の討伐回族の叛乱平定も参加としか記載ないし、
これじゃどう活躍したのかが不明。
黄河治水、甘粛回民の鎮圧などを行ない、イリに鎮して屯田を行う。
台湾の林爽文の叛乱を鎮圧するために献策した。
甘粛回民の鎮圧以外は戦績の内に含まれないだろ?
阿桂の具体的な功績を誰か示してくるれば話は変わってくるんだろうけど・・・
あと戦う豆腐屋宋景詩は推しても劉永福と同様、異論でそうだしな。


826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 22:43:02 ID:KzfiNlue0
>>825
一回りした後の枠数の調整、あるいは定義の見直しでアバタイ・ホンタイジあたりの復活を考慮して、
劉永福除いた8名で打ち切るという選択肢もありかも・・・ほとんど推薦上がって来ないし

827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 22:53:42 ID:8xrUu5860
>>826
そうですね。それも有りかと。
取り敢えずはみんなの意見を待つということでいかがですかね?
動きが無けれ8名を確定として次に進むということで。

828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 00:17:27 ID:RyhawRww0
俺も劉外して岳鐘と明亮
後漢も結構時代偏ってるし、アリじゃないかと

829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 01:17:25 ID:3Scoan0O0
弱い清に10人も枠はいらない説に1票

830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 10:23:23 ID:3aj3Fni10
それやったらあいた分は○○いれろという
人が増えて
例外ひとつ作ると更なるカオスにならないかな
板違いですまんが近代装備のイタリア軍といい勝負をした
20世紀のエチオピアの将軍って名前知らんけど有名なの
いるのかな考えてみるとすごい実績な気が(負けたけど)



831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 10:44:11 ID:FGlgmJ140
板違いの質問で更なるカオスに巻き込まないでくれ

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 13:53:43 ID:XdEnCRs80
>>830
世界史に関する質問はこちらへどうぞ


世界史なんでも質問スレッド42
ttp://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1181956393/

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 19:47:18 ID:XdEnCRs80
スマンちょっと確認しときたいんだが>>826での提案って通例通りに残り枠を保留にするって意味?
それとも弱い清に10人も枠はいらないって意味?
前者の意味だと思ったから>>827で賛同したんだけど どっちの意味になるのかな?
後者の意味なら>>830の言う様に後々遺恨を残すことになるから反対なのだが。

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 20:24:39 ID:Lc2xpM+F0
>>833
前者の意味だろ。清は中期まではまぎれもない軍事大国だったし、
候補として名前が挙がる武将も、前期・中期なら少なくない。
候補自体が挙がらない前漢とは違う。

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 20:50:33 ID:XdEnCRs80
>>834
だから
スマンちょっと確認しときたいんだがと言ってるのだが・・・
なんか珍説に一票投じてる人かいるから一応、確認したんだよ。おK?


836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 23:01:15 ID:xVGkrbu20
宋景詩はどうも戦功自体が上げ底っぽい気もするのだが・・・
ゲリラ戦云々以前にそこがどうもね。
派手な奴が少ない清代において貴重なキャラだから勿体無いんだけど。

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 01:58:03 ID:yl3MyPDI0
ゲリラ厨は死ねばいいよ

838 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 02:00:55 ID:vVYG2DD80
>>837
自分自身がこのスレでゲリラ的活動をしているという自覚は無いのかw

839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 02:16:05 ID:zoDCGOVN0
つーか>>837はゲリラの意味分かってねーんじゃないの?w
アンチなんかほっといて残り2枠をどうするのかについての
意見を聞かせてほしいのだが・・・
岳鐘[王其]と明亮を確定にしてもいいかい?

840 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 02:23:26 ID:xiR439oO0
今後、ゲリラを肯定するやつはテロリストな

841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 06:15:45 ID:YVY/JrrN0
>>追加

太公望 周公旦 召公セキ 田単 趙奢 孫臏 司馬穰苴 蒙恬 李広 馬援 
司馬懿 陸遜 呂光 尉遅敬徳 高仙芝 高長恭
鄭和 劉永福 朱徳 彭徳懐 林彪 ラーメンマン

842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 12:47:56 ID:uNYKGxaQ0
李広とか馬援とか高仙芝とか色んな書物で伝統的に名将とされてる人物でも
戦績少ないだの一度大敗したからだの、つまらん言いがかりつけて外すとかアホなスレだなw
変に凝り固まりすぎで住人のスケールが小さく見える
いっそのこと、枠なんて取っ払ったらどうだ?ん?

843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 13:27:56 ID:Mp7qMsEZ0
まあ、惰性でやってるくらいならもうやめたほうがいいと思う。
確証の無い答えをぐだぐだ出し合ってるだけで、所詮コテを中心とした自己満のオナニースレ。
そんなもの長々と見せつけられてもキモイだけ。

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 13:38:54 ID:g2QgHYyd0
>>841
過去スレ読んで、尚追加したいのですか?

845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:02:05 ID:zoDCGOVN0
>>841は今スレすらろくに読んでないだろ。
あとチラシ裏の批判は他で汁。はっきり言って迷惑だ。

846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:16:48 ID:sj9Wq8SE0
ラーメンマンって書いてる時点でネタじゃんか
いちいちレスするおまえらも律儀だなw

847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:20:31 ID:+92Kd+6r0
チラシの裏に批判して何が悪いんだ?ん?

848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:24:43 ID:wIi2I+A30
>>844-845
過去スレなど読む価値は無い
オナニースレなんだから自分の好きな名将挙げて自己完結
それ以上でもそれ以下でもない

849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:26:42 ID:VszOgKX50
オナニースレだと思うなら、オナニーじゃないとお前が思うルールを作って新スレを立てればよかろう。

850 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:30:39 ID:wIi2I+A30
皆の者!否が応でもここで我々の公開オナニーを見せ付けてやろうぞ!

851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 14:52:51 ID:d5AZXq3D0
格ゲーヲタは消えろwwww

852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 20:22:32 ID:i4Vg/AeV0
コテ中心つっても、自分はすでに中心じゃない。
もうやめてもいいんだよね。もとは五代の武将挙げのとき
ひどい自演と言われたから、岩城氏と区別できるようトリつけただけだから。
つうわけだから、トリははずすが、オナニーはそう簡単にやめるわけにはいかんなぁ。
つか、過去スレに価値がないと断じておりながら、なんでここ見てるのさ?

853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 20:43:43 ID:F5JrAubUO
>>848
100人オナニーは辛いぞ〜
しかも守備範囲外が平気で混ざってるのは

854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 21:52:36 ID:zoDCGOVN0
そもそもその人物がトリを付けた理由も、岩城氏がどれだけテコ入れしてたかも恐らく知らないくせに、  
定期的にオナニーだなんだって煽ってるアホはただ構ってほしいだけじゃねーの。
でちょっと反論されたり主張が食い違ったらしたら、
罵声を浴びせて去っていくだけしか能がないし、
かと言って自らはなんの行動も起こさない。
どっちの方がオナニーかな?よく考えて見ろよ。
こっちはなんとか清を終わらせ様としてるのに邪魔してんじゃねーよ。
このスレがそんなに気に入らないなら来なけりゃいいし見なけりゃいいだろ。
俺は贔屓の趙奢や馬援、高長恭がこのスレで落されてても別に腹も立たないし、
このスレでの評価がどうあれ、自分が名将だと思ってればいいだけの話だしな。
ここへ不満をぶちまける神経がわからん。
やるならそれ専用のスレに逝けよ。


855 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 22:19:47 ID:OrPWDAK6O
長文乙w


856 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 23:29:02 ID:5uGElpJC0
そろそろ話を戻すけど、岳鐘[王其]と明亮は確定でいいのかね?
自分は確定でも構わないと思うんだけど。
次の作業に進まない?


857 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 02:36:07 ID:obTKUbMU0
>>856
賛成。次の作業へ進もう。

858 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 04:45:20 ID:Up16OKfZO
次の作業に進むのは賛成。
その二人を確定にするのは反対。

859 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 06:42:14 ID:obTKUbMU0
>>858
岳鐘[王其]と明亮を確定に反対する理由を示さなきゃスルーされちゃうよ。

860 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 07:16:06 ID:Up16OKfZO
賛成してる人だって明確な理由なんてないだろう
>>749を参考にするが、劉永福が候補に落ちて、明亮、岳鐘キ、兆恵、宋景詩、阿桂の六人から二人
岳鐘キと明亮が抜けてると思えんのだが
8人確定、候補たくさん。決定はまた今度。でいいじゃん

861 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 14:48:00 ID:CwcZh83h0
おまえらオナニーじゃなくてチンポの舐め合いだなw

862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 21:56:36 ID:obTKUbMU0
せっかくID:Up16OKfZO氏と真面目な話をしようと思ってたのに
>>861の糞レス見たら正直やる気が失せた・・・



863 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 22:12:14 ID:/xig0UAC0
まぁ>>861はスレの趣旨に合わないスカトロ野郎だからなぁ

864 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 22:39:32 ID:9GTUf5eQ0
>>856
岳鐘キと明亮を確定にする理由を教えてくれ。

865 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/22(金) 23:59:00 ID:obTKUbMU0
>>864
本人じゃないし、さっきはやる気が失せてたが気を取り直したから
俺が答えてていい?。
過去スレでも岳鐘[王其]は推す声があったし、これといった反対もなかったな。
>岳鐘キ=清朝唯一の漢人大将軍。漢人ながらその統率力と人望は満州人からも崇拝された。
戦績的には策稜(ツェリン)よりやや下だな。

てなレスも投下されてるし岳鐘[王其]と明亮は一巡目での最終候補にも残ってた。
明亮はナルサスのモデルだからって推した訳でもないし、
阿桂とか額森特とかの方が武勲の規模は大きいと思う。
っていう意見もあったが具体的な戦績が示されてないね。
宋景詩は支持が受けれないだろうし、現に反対意見も多いから推すのを諦めた。
兆恵(ジョーホイ)は今スレでも支持すらされてない。
俺は阿桂より明亮の戦績が勝ってると思ったからずっと推してたし、
二名だが賛同も一応得てるし確定入りしてもいいんじゃないか?と思うがいかがですかね?
あと>>860で>劉永福が候補に落ちて、明亮、岳鐘キ、兆恵、宋景詩、阿桂の六人から二人
>岳鐘キと明亮が抜けてると思えんのだが
>8人確定、候補たくさん。決定はまた今度。でいいじゃん         って言ってるが既に一巡目で候補は絞られてるし、話合いもしてた。
>>544に貼ってるのが一巡目の最終候補な訳だし。
(結局同じ様な面々が残ってる様に見えますが)


866 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 03:31:02 ID:wYm976sZ0
馴れ合いどもの糞人選が萎えるから
新スレ立てて新メンバー新ルールで一新したいものだがなあ
いつまで続くんだこのスレ
まじ勘弁

867 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:17:24 ID:oscK9KCG0
>>866
そんな事わざわざここで言う必要全くない。草案を推敲してさっさと立ち上げたらどうだ。

868 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:27:58 ID:RYVWwXtT0
構ってほしいだけで行動に起こすつもりなど毛頭ないんだろ。
>>866みたいな糞がスレ立てたところで誰も来ないだろうがな。
前に初代支那なんちゃらって名将百選みたいなスレあったが知らぬ間に落ちてたし。

869 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:30:55 ID:wYm976sZ0
だって重複スレって言われるだろ
このスレが落ちるのを待っているのさ☆

870 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 04:58:44 ID:JN+Bd39Z0
例えると長い王朝時代に宦官や外戚が蔓延って自分好みの法律を作って専横してる感じか>馴れ合いのオナニー
スレ立て直して新参同士でフレッシュな気持ちでやり直したい気分はあるな

871 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 07:16:07 ID:UrKoFLeR0
じゃあ、このスレで終わりな。

最期に清の欠番2名を周の太公望と中華人民共和国の林彪に割り当てようか。
例外?遺恨?
あたまの固い連中の考えることだな。

さっさと決めてさっさと終わろうぜ。

872 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 07:27:42 ID:2Z9PY6lu0
じゃま、新スレとやらでがんばってくれ。

873 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 07:36:51 ID:h3VK+fWz0
長年お付き合いいただきありがとうございました。また合える日まで。

874 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 08:50:14 ID:dSlJQZq5O
重複だろうがなんと言われようがスレ立ててそっちで勝手にやってくれ。
(カスどもが寄せ集まっても無理か)
こっちは3順目へと突入するし次スレも立てるからからな、もう邪魔しに来るなよ。

林彪はわかるが太公望はどう見ても明らかに軍師だろうが
>>871はアホだろwww
このスレ立って一年未満なのに長年って・・・
>>873もかなりのアホだなwww

875 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 09:28:46 ID:dSlJQZq5O
支那名将初代スレっていうのがあったが6レスで落ちてるし・・・
まあカス共、せいぜい新スレ立てて頑張れやwww
つかマジウザイから誰か立ててやってくれ。
携帯じゃスレ立てられねえんだ。

876 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 09:38:43 ID:dM46OwCaO
煽り、煽られが2chの醍醐味。ガキじゃないんだから、そう目くじらたてんなよ。

877 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 16:40:08 ID:fHX+QdmHO
よっぽど自分の推した武将が選ばれなかったのが悔しかったのかな?マス掻き君は

878 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 16:48:04 ID:0ki/U3050
もし次のスレ立てるんだったら百選から三十選ぐらいに絞ってみる?

879 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:06:09 ID:m2G4f/Kg0
マス掻き君の為にスレ立てたぞ。

【討議】中国名将列伝【選抜】【討議】中国名将列伝【選抜】


ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182584982/2n-


880 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 17:08:30 ID:m2G4f/Kg0
間違えたからもう一回貼り直し・・・

【討議】中国名将列伝【選抜】

ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182584982/2n-


881 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 18:28:45 ID:fHX+QdmHO
まだ百人決まったわけじゃないのに三十選もなにもあるか

882 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 21:03:49 ID:cEXTyB1r0
何が三十選だw
オナニー厨は死ねよwwww

883 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 21:34:03 ID:eX8DX9/O0
>>874
漫画の読みすぎか?もう少し勉強しろよ…

884 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 21:51:06 ID:dSlJQZq5O
おまえらクズの為のスレ立ったんだしそっちへ逝けよ

885 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:09:04 ID:eX8DX9/O0
荒らしが立てたスレなどスルーだな
新しく立てるにしても冷却期間がいるだろうよ

886 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:17:32 ID:RYVWwXtT0

【確定】
洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)、楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、
左宗棠、石達開、岳鐘キ、明亮
が以上の10名が確定でもういいだろ?
いい加減次の段階へ進もうよ。

887 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:23:10 ID:Xkr+qaXE0
>洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)、楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、
>左宗棠、石達開、岳鐘キ、明亮
>が以上の10名が確定でもういいだろ?
>いい加減次の段階へ進もうよ。

勝手に人選して賛同者もなしに、なんだそのいいざまは!
だからオナニースレだと言われるんだよ!おまえがしっかりしろ!

888 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:40:17 ID:RYVWwXtT0
>>887
怒りを露にする元気があるならどうしたいのかなぜ意見を述べない?
ずっと伺い立ててただろ?最終的に反対意見述べてくれたのは>>858だけだろうが。
じゃあどうしたいんだオマイは?
任せるから代わりに仕切ってくれ。

889 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 22:56:53 ID:RYVWwXtT0
おい>>887よオマイは
>>865のレスにもなんの反応も示してないくせに偉そうな口きいてんじゃねーよ。
自分はなにも行動起こさないくせに文句だけは言うんだな。ホント腹立つな。

890 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 23:01:32 ID:YhLBtpJs0
このままだとループしそうだから無理に全員確定させないで、
8人確定のまま三週目に突入でもいいような気がする

891 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 23:47:11 ID:42qKEoYr0
>>886
いいよとは思うけど、まあ取り敢えず8人までにして現状を確認

【現在の確定武将】
楽毅、楚の荘王(熊侶)、白起、李牧、王翦、呉起、廉頗、孫武、樗里疾             (春秋戦国より9名)
韓信、項羽、霍去病、衛青、趙充国、陳湯、周亜父、章邯、灌嬰                 (秦・前漢より9名)
劉秀、馮異、樊崇、耿弇(エン)、呉漢、班超、段熲(ケイ)、馬賢、曹操               (新・後漢より9名)
ケ艾、石勒、祖逖、王猛、劉曜、慕容垂、慕容恪、桓温、拓跋珪                 (三国・両晋十六国より9名)
劉裕、檀道済、韋叡、陳慶之、拓跋燾(トウ)、蘭欽、斛律光、高洋、韋叔裕、段韶        (南北朝より10名)
楊素、李世民、李靖 、李勣、裴行倹、薛仁貴、郭子儀、李光弼、李克用、史思明       (隋唐より10名)
李存勗、柴栄、趙匡胤、楊師厚、狄青、李存審、狆(チュウ)師道、楊延昭、李継遷、耶律徳光 (五代十国・北宋・遼より10名)
宗沢、岳飛、完顔宗望(オリブ) 、孟[王共]、伯顔(バヤン)、トゥルイ、
阿朮(アジュ)、速不台(スブタイ)、察罕帖木児(チャガン・テムル)                 (南宋・金・元より9名)
徐達、常遇春、朱棣、戚継光、袁崇煥、朱元璋、李文忠、張士徳、馬芳             (明より9名)
洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)
楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、左宗棠、石達開                        (清より8名)

☆現在確定武将の総数は92名


【候補武将】
士会、魏無忌(信陵君)、趙の武霊王
劉邦、曹参、彭越、鄭吉
岑彭、周瑜
陶侃、石虎、謝艾、謝玄、冉閔
李晟、李愬
海山(カイシャン)、張弘範 、郭侃、阿里海牙(アリハイヤ)、張俊 拡廓帖木児(ココテムル)
李自成、邵栄、秦良玉、胡深
劉永福、明亮、岳鐘キ、兆恵、宋景詩、阿桂、李秀成、彭玉麟

892 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 00:16:25 ID:/RgDy0Uw0
>>891 乙
洪承疇、多鐸(ドド)、施琅、策稜(ツェリン)
楊遇春、僧格林沁(サンゴリンチン)、左宗棠、石達開
以上の8名を確定として劉永福、明亮、岳鐘キ、兆恵、宋景詩、阿桂、李秀成、彭玉麟
の8名を候補・論議中と言うことにしてもう次に行くかい?
俺が足引っ張ってるみたいだし、このままだといつまでも限りないし・・・

893 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 00:38:06 ID:XGIUwVOZ0
というかもう、候補の中から8人選んだ方が良いと思う

あと李継遷はどーなんだろう……さり気なく確定入りしちゃてるけど
前の流れだと外すコトになってなかったか?

894 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 00:38:25 ID:HX7fITWRO
真面目に決めてくんなら人呼び込まないといかんのではと思って
>>772を提案したんだがスルーされちゃったし次の周もダラダラ行くのかい?
あと定義ももうちっと緩やかにしようや。
スブタイやトゥルイが入って阿骨打やヌルハチ、ドルゴンあたりが入らんってなんか釈然としないわ


895 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 04:19:49 ID:C6WSiI3X0
なんか次スレ立てそうな勢いだな…
俺は疲れたから一旦ROMに戻るわ
残りの連中で頑張って

896 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 04:32:30 ID:+5R4ZQ8O0
>>894
同意。ガチガチに固めると新参が自由に発言しづらいスレになる。
>>895のように人が減ってゆき、まさに馴れ合い同士だけのオナニースレに・・・

897 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 05:13:25 ID:43RaiRJo0
>例えると長い王朝時代に宦官や外戚が蔓延って自分好みの法律を作って専横してる感じか>馴れ合いのオナニー


言い得て妙だなw
残ってる連中に限って妙な使命感に燃えて我が強いから手に負えないw
自分の作ったシステムを傘にして傲慢だしw

一般的に意見をまとめる議長役は律儀で大人しい人間が最適なんだが
ID:RYVWwXtT0みたいに感情を顕わにするタイプだから尚更スレが荒れやすいw

898 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 06:07:18 ID:p44p+ctE0
でもオナニーって気持ちいいよね〜
ときに宦官ってちんぽないのにどうやってオナニーしたのかな?
ピュッピュできないよ?アナニー?

あと宦官の名将っている?ピュッ

ピュッ?

899 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 06:23:08 ID:n/BT8MrCO
オナニーだ宦官がどうたらと朝早よから精がでますな。
毎回毎回同じことばかりご苦労なこったwww
いい加減そのネタ聞き飽きたし、もうちょい違うこと言えんのかね(ry    





無理かw

900 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 06:32:56 ID:p44p+ctE0
>>899
ねえねえ教えてよ
宦官のオナニーってどうなの?ピュッ?

901 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 09:00:57 ID:AveYPOKfO
>>894
阿骨打あたりが入るなら、誘導次第ではティムールとか
中国史に関係ない奴まで推薦できそうだから賛成!!
時代によっては、中国の歴史とは関係ない人物で席が埋まったりできるしね。

その方がダイナミックで良いじゃん。

902 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 09:25:59 ID:sCfBeS8N0
だらだらスレが長引くとだんだん融通が利かなくなるし空気も澱んでくる。

俺はこのスレで終わらせた方がいいと思うが。

903 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 10:27:54 ID:xnZW2YNu0
>>899

>>891の人選見たら、オナニーといわれても仕方ないと思うが。
傍から見て、圧倒的に何か欠けてるんだよな。

904 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 10:56:03 ID:kkWPV1Qf0
92名決まれば十分だろう。残りの枠はそれぞれ自分の思う武将を当てはめればいい。
100名ガッチリ決めるとなると各人で譲れない武将が出てきて絶対揉めるに決まっている。
100人目を強引に決めても満足するのは決定した本人だけ。
融通利かせるのは大事だよ。

905 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 11:17:02 ID:ix5o3/rd0
いいねそれ
じゃあ足りないと思った8名それぞれ最後に挙げてみないか?

候補には入らなかったけどこれだけは入れたかった
定義には外れるかもしれないがこれは好きなので
等含め

古参や新参、ゲリラ肯定派や否定派、オナニー厨
いろんな奴らの話でスレを締めたい

906 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 13:08:22 ID:f5PJRMTd0
最期に皆でザーメンのぶちまけあいか
オナニースレの最期にはふさわしかもなw
よかろう。俺も8人考えておくよ

907 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 13:21:58 ID:oU/wTdjD0
8人所か今までの全部無視で100人出してきたらWら得る

908 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 19:12:42 ID:/vGpETdJ0
しかし、こんな程度の軋轢でいちいち荒らし化してたら、ふつうに集団行動できんのと違う?
自分だってかつては言いたいこといろいろあったし、言ったが、その都度折り合いつけていったんだがなぁ。
まぁそうでなければ、周瑜とか李孝恭なんか普通にノミネートするだろうに。
それがしないところに、ここの話し合いの凄みがあると思ってるのだが。

909 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 20:21:00 ID:3JkR4XaqO
このスレで終わりでも良いけどまとめサイトほしくね?
これだけ議論したのを残さずにおくなんてもったいないよ

910 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 20:46:04 ID:n/BT8MrCO
>>908
気に入らないからって毎日、毎日オナニーだやれ馴れ合いだしか言わないしな。
その上、積極的に行動は起こさないけど文句だけは一人前。
やはり人間性の問題か・・・
(文句を言うなとは言わないがあまりにも程度が低い)
歴史版にしか2ちゃんに参加してない人って免疫ついてないてのはあるんじゃない?
漫画版なんかとかじゃ、ちょっと意見が合わないぐらいで荒らし化してたら
2ちゃんなんかやってられないと思うが。


911 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 21:57:00 ID:dNEZ0/o10
>>910
まぁ、他の板だと、そもそも馬鹿は徹底スルーだよな。
感情的になったり過剰に反応したりする事を、釣ってると想ってる連中は一番望んでるわけで。

>>908も、連中が通常生活と2chでの行動パターンが違う事を理解し、
徹底スルーまたは専ブラ利用して「オナニー」「馴れ合い」をNGワード指定してするのが吉かと。

912 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 01:20:58 ID:+gyhvxhF0
グチグチ女々しいよおまえら
終わるなら気持ちよく終わらそうや

で、8人挙げるの?

913 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 01:23:28 ID:OAv15pUE0
8人挙げて、100人決めて、また当確の中と候補の中で入れ替え可能なら変えて……そんな作業だな
オレは>>902の意見は反対。多少の反対や譲れない者を乗り越えて今の92名が居るんだ。残り8名だけで妥協はしたくない

914 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 01:40:54 ID:+gyhvxhF0
>>905
完顔阿骨打 ヌルハチ ドルゴン 周瑜 高仙芝 楊大眼 趙奢 尉遅恭 李孝恭

8人絞るの難しいな…

915 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 02:40:19 ID:+gyhvxhF0
>>913
いかにもここまで俺が育ててきた的発言ですな

916 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 02:45:42 ID:CCX0qZZa0
次スレ立てたら立てたで続くのかも知れんけど、だらだら感は否めないな。
ここは一旦切って、冷却期間置いてから立て直すのとかどう。
その間、皆が苦手な清時代を勉強する、と・・・

まあ個人的には>>904の意見に賛成なのだが。

917 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 03:07:19 ID:CCX0qZZa0
ずっと腹が立っていたので言う

まとめ人の我が強すぎる
推薦してる人いるのに候補に書かなかったり勝手に追加したり削ったりするし
自分好みと言われても仕方ないやり方と傲慢さ

例えば、一人でも誰か推薦したら何も考えずにとりあえず一旦は候補に入れるべき
まとめ書くときは自分の意見は添えて書かない

それだけでも大分違ってくる

918 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 03:11:02 ID:iXFQjqeb0
きみがまとめ人になればいい。
「文句言うだけの役立たずが、自分でやれよ」とどこぞの馬鹿みたいに煽る訳ではない。
俺もそいつ嫌いなんでな。

919 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 11:24:47 ID:33EHq6h10
いや、もう潔くこのスレで終わろうよ。
ちょうど清末まで行ってスレ残りわずかだしちょうどいい。
立てるならまた違う定義でやりたい。


920 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 15:24:55 ID:OAv15pUE0
名前出た奴は一周目の段階では全員入ってた筈
二周目の段階で候補の連中も削られたんだが

921 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 17:02:32 ID:klwxXFbfO
このスレは空中分解してるから、なに言っても無駄だよ。

922 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 19:48:51 ID:DA35GHmDO
マス男が去るまで凍結するか

923 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 21:53:25 ID:A9oWlR/z0
CATVのIPがBBQ串リスト入って一週間近く書き込み出来なかった・・・その間gdgdですな
遅レスだが>>833への返答

とりあえずは保留の意味
ただ、一周したところで定義見直し議論するはずだったから、
>>826のように資格なしだった清初期の名将の復活がありえたし、
次のサイクル入る前に全体のバランス見ながら枠の調整するのは悪くないと思ってました

924 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:00:52 ID:A9oWlR/z0
>>917
一応初期からスレを見てきたけど、そこまで理不尽な例は思いつかないのだが、
具体的に例えば誰がそういう外され方をしてましたかね?
名前だけ推薦してて功績や理由がなくて入らなかったとかだったらそれは当たり前と思うけど、
もしも具体的な功績挙がってて議論もなしに削られてたのだったとしたら見直しすべきですな

あと仕切り役をやってた主力コテ面子は、誰も仕切らなくて進まないから、
性格的に適してないのは解っていても仕切らざるをえなかったって面があると思うな・・・

925 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:04:33 ID:A9oWlR/z0
もう収集つかなそうだけども、一応個人的な提案

旧来の流れを継続するスレと、新しく一から選定始めるスレと、
それぞれ希望する人たちで住み分けした方がよくないかな?
ここみたいな過疎板でも似たような趣旨だと重複とか文句つけられるのかな・・・

926 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:35:11 ID:klwxXFbfO
>>925
↓このスレ使えば良くないの?
【討議】中国名将列伝【選抜】
ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182584982/

927 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:44:17 ID:A9oWlR/z0
>>926
旧来の流れを気に入らない人はそこを使ってくれればいいと思う
結論まとめるのが難しそうな趣旨+序盤になってるけど、まとめ役買って出る人の力量次第かな?

928 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 05:58:35 ID:lRWKrSpD0
住み分けしたらますます過疎化しそうだな・・・
そしてますます馴れ合いのオ○ニーと叩かれそうだw

929 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 06:22:31 ID:qsst//5z0
別にここでやめる必要は無いと思うが冷却期間は必要じゃないか?
すぐ立てても荒らしがまたやってくるだけだろうし、我々の勉強期間も設ける意味で。
そして、3ヵ月後〜くらいに立て直す。
ただ、完全に忘れてしまわないようにまとめサイトは欲しいところ。

930 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 06:46:01 ID:vn3MvBMU0
荒らし、煽り、釣りの類は放置、スルーするのが一番なんだけどね。
反応示さなきゃ奴らは消えるよ。


931 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 07:29:34 ID:X6VI+Zw30
自分の意見が反映されなかった不満組が荒らしに変化している
スレが長く続けば続くほどどんどん増えていくぞこりゃ

932 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 08:56:06 ID:vn3MvBMU0
じゃあオナニーだ馴れ合いだ言われても住み分けするしかないでしょ?
話合っても意見が合わないんじゃ平行線辿るだけだし。
別スレで不満のあるもの同士で自分たちの納得いく定義なりなんなり
決めるしかないと思うが・・・

933 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 09:23:47 ID:X6VI+Zw30
その意見には反対

934 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 09:43:37 ID:dj4qubJa0
住み分けって決め付けるのは構わんが、荒らしがここに住み着く限り意味がないな。
それよりもう少し定義を緩めて広く受け入れる(=荒らし化を防ぐ)べきだ。
現状に不満な住人多いんだから。

935 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 11:08:38 ID:vn3MvBMU0
3順目で定義を見なおそうと提案されてるけどそれじゃ駄目なのか?
オナニーだなんだ横槍入るから中断されてるけど
取り敢えず清の確定案を検討するのはダブーですか?
このままじゃいつまでも先に進まない気がする。
あと荒らし、煽りは無視、放置するのが一番。

936 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 11:34:02 ID:T3H33CglO
清は8人確定、他は候補に。で決まったのかと思ってた
名前だけあがって詳しいこと分からん人も何人かいるし


937 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 14:25:58 ID:s9mzYB5PO
てか意見が割れまくって何について話合うべきなのかが見えて来ないんだけど…
で今後どの方向へ進んでいく訳?誰か教えてくれないか?

一つ聞きたいんだけど戦国板の名将スレもコテ湧いてたり、ちょい荒れ気味なんだけど
ここもそれと同じ状況だと思って参加してる人はいないよね?
あっちみたいに程度が低いのはオナニー厨だけだと思うのだが…       
(間違ってたらゴメン)

938 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 21:50:18 ID:vn3MvBMU0
>>936
>>892で示された案に対して賛否の意見も無く、そのまま次に話が進んでいたので
確認のつもりでレスしたのだが・・・
>>892の案でいいのなら別に異論はないんだけどね。
推薦文については額森特以外の挙げてるつもりだけど(トドは違う人だが)
道光帝、鮑超、彭玉麟は俺が勝手に紹介文を挙げただけで本人は推すのかが不明。
ちなみに額森特は推薦文が挙がってません。
名前が挙がっても推薦文や紹介文が挙がらないと選外にされても仕方ないかと。
(目障りならこのレスはスルーしてくれたらいいよ。)


939 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:06:12 ID:1Y78hIlY0
>>938
ん、単に打ち間違いかと思ったから前は指摘しなかったけど、
これは勘違いっぽい?ドド(多鐸)ですよ

940 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:19:17 ID:1Y78hIlY0
>>934
定義を緩めるってのは、異民族武将をもっと入れるって意味?
もしそうなら、今の定義はむしろ異民族武将がほとんど入らない流れを
なんとかして修正するために産み出されたものなんだけどね・・・

>>938
定義が変わる可能性も高いので清の武将枠を無理に埋めるのは反対、
>>892のとおり、現状の8名でひとまず区切りにして、
次のサイクルに入る準備として定義見直し議論に入るのを推します。
具体的な議論は次スレになりそうな雰囲気ではあるが・・・

941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:20:31 ID:vn3MvBMU0
>>969
いやー申し訳ない。トドだと思いこんでる場合がたまにあるんだよね。
(ちょい頭ボケてるからご勘弁を)

942 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:45:15 ID:vn3MvBMU0
>>940
たびたび申し訳ない。再読み込みしないで投下してしまった。
(マジで頭ボケてるなorz)
いいんですよ。無理に残り枠決めるつもりはないですから。
つーか次スレあるのかな?
定義に関しては同意見です。
元々モンゴル武将に資格を与える為に揉めに揉めて決めたんですからね。
たぶんそれでも選外になる武将を差してるのでは? 
例えば完顔阿骨打、ヌルハチや入関前の後金武将、北元のティムールやエセンとか・・・

943 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:45:49 ID:/A+2LpZl0
新定義って正史に伝のある人物。でいいじゃん
それだったら遼・金・後金の将も話できるだろうし
ざっと見たけど今のままでも伝もないような人は候補・確定に入ってないっしょ


944 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 23:00:57 ID:1Y78hIlY0
>>943
おいらは元々その意見に近かったので、異論はないです
そもそも現定義の草案を出してくれた◆oOLAqFKRB.さんも正史に基づくのに賛成だったはず
当時は異民族武将入れるのに猛反対する勢力が強かったのですよ
ことあるごとにエセンとかティムールとか極端な出してきてどう反論します?という人とか
現状と違ってちゃんと議論になってたし、顰蹙買いながらも激論交わしてたのがなつかしいな・・・

945 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 23:06:06 ID:vn3MvBMU0
>>943
それはそうなんだけどね。
前に定義作るときにあれこれ異論がでた訳。
(正史案ももちろん挙がったよ)
今の定義に落ち着くまで散々揉めたんだし、
すんなり決まるかどうかは話合ってみないことには何とも言えないな・・・

>>944氏が先にレスしてますが一応投下してみた。

946 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 23:08:25 ID:019QgXvk0
そういえば◆oOLAqFKRB.さんは何してるのかな、最近全然見かけないけど。

私も>>943さんの案に賛成です。非常に分かりやすい定義だから後々揉める事も少ないと思う。

947 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 23:50:55 ID:p0TgwHZy0
ばかやろう!このスレで終わるってどういうことだ!
ここで終わったらオナニー厨の思う壺ではないか!
一旦やり始めたオナニーなんだから途中で止めれるわけが無いだろう!
こうなったらとことん最後の一滴まで射精し尽くそうぜおまえら!
それこそオナニー厨にぶっかけるくらいの勢いでな!ガハハハハハハ

948 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:27:06 ID:1aiNq0rM0
結局古参が全てを決めちゃうんだよな
新参が来ないわけだ

949 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:40:16 ID:Bj8CKiHP0
>>948
古参=よくこのスレを見ていて、発言してる人
新参=たまにしか見ないか、見ててもあまり発言しない人
という傾向にあるんじゃないのかね?

何か案でたら、古参が発言するとシャイな新参は意見できなくなるから黙ってろとでも?
そもそもあなた自身が>>943に賛成なり、反対なり意見出さないのは何故?

950 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:46:01 ID:FYkB+HT50
結局2、3人の常連が選定してるだけのスレだろう。
まあ、ロムってる分には暇つぶしにはなるし面白いよ。

951 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:52:50 ID:Bj8CKiHP0
>>950
明以降はまともに進行しようとしてるのが数人+α程度なのは事実そのとおり
それで結論出すのはあんまりだから、意見出てくるの待って結論出さずに引っ張ってるのが現状だったわけだが・・・

952 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 00:57:36 ID:FYkB+HT50
宣伝しても来ないんだから実際新規は入りづらいんだろうよ

953 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 01:36:51 ID:qZ4eFEBv0
結局○○が入って○○が入ってないのはなぜとか
ここをこうすればいいんじゃないとか
そういった疑問や意見が過去に散々議論してあるから
過去レス読めですんじゃうからな

954 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 01:42:33 ID:i6QUIxCZ0
>>943
伝がある人物ってのには反対だな。
史書編纂当時から史料が少なくて立伝されなかったけど実は凄い人、ってのもいるだろうし。


955 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 01:50:33 ID:Bj8CKiHP0
>>953
まとめサイト作って過去スレを見られるようにしないと、新規参入も難しいかもしれないね

>>954
しかしそういう人物は、実は凄いんだという功績の立証も出来ないから、
確定入りのさせようがないんではないかな?

956 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 01:50:42 ID:ZUAUqAqq0
今ウダウダ言ってるのは
過去スレも読まないような程度の低い新参なのか
自分の推薦した武将が選ばれなくて粘着してる古参なのか
どっちですか?

957 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 02:18:10 ID:rDf8mdhwO
正史読んだことないけど太平天国の将みたいな反体制側の将って立伝されてるの?
されてるんなら>>943に賛成。でもモンゴル帝国の将の取捨選択は揉めそうだね。


958 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 04:40:47 ID:TG2hau5F0
>>951
そうだね。そのつもりであれこれテコ入れしてるつもりなんだが。
別に一人よがりのつもりなど更々ないし・・・

>>956
古参ですが粘着なんてしてませんよ。
意見がサパーリ出ないんで「こんなんでどう?」とは聞くけど。
あとあまりにもあれな意見なら過去スレ嫁って言われても仕方ないとは思う。
でもわからないなら教えますと何度も言ってるのたが・・・
あと古参、古参と拘ってるのはなぜ?
別に古参だからとか新参とかどうでもいいんじゃない。
勝手に変な壁を作ってる様に見えるが。

959 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 08:31:19 ID:PYL5KJbt0
新規が入りづらいっていうけど、じゃあその新規が明や清についてどれだけ知識があるのかと。
これが春秋戦国、秦末、三国なら、わりに入ってこれると思うけど?
実際その時代の論争は沸いたものだった。

960 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 11:11:02 ID:mnzpJuuG0
>>955
本紀なり他の列伝みるなり、他史料あたるなりいろいろあるでしょ

961 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 11:19:04 ID:Ya1Q48mZ0
オナニー丸出しの選定だから新規が見て萎えてるんだよきっと

962 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 11:24:16 ID:Ya1Q48mZ0
いや、俺は別にオナニーとは思ってないけどな

過去ログ見たら経緯はわかるし。パっと見の話ね

ただ探しづらいし、皆が過去ログ読めるわけでもない

確かにまとめサイトは欲しいわな

963 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 11:55:50 ID:ISqLSyU50
住み分けさせたり新規を排除してたらますます閉鎖的なスレになるな。
もう自サイト作ってそっちに引き篭もってろよ。

964 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 12:28:46 ID:EnIgZ4fQ0
文句言ってる奴は、みんなで話し合って決めるこのスレのようなスタイルだと
参加者全員が選出結果に100%満足するのはまず不可能、って基本をよく理解した方がいい。

全員が7割位の満足度で、「俺ならこいつの代わりにこいつだな、その理由は・・・」とか言うための
叩き台に出来れば大成功だろ。

ここで選出されたからって何かの権威がある訳じゃないんだから。

965 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 13:04:23 ID:PYL5KJbt0
推薦理由を自分の言葉で文章にできるやつが少ないね。
新規が入りにくいというのは、そういう専門チックな部分もあるからでない?
名前だけ書いて、はいおしまい、という性格のスレでないのは確かだし。

あと、意見に対立が生じたとき、歩み寄る姿勢にかけるのも問題がある。
妥協というものは、いかにもなぁなぁな感じだが、異なる個性たちに折り合いつけるには、必要なことでもある。
しょっちゅう妥協しまくってたら、話し合いの意味がなくなる。
それは対立を避けているだけなので、気をつけなければならないところだが…

と、いうわけで新スレいくなら立てるが、タイトルとテンプレをどうする?
確定はとりあえず、清8名のそこまででいいと思うのだが。

966 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 13:29:50 ID:TG2hau5F0
仮に推薦文を挙げるのが無理だとしても推薦文を読んで何かしらの意見を
述べてくれるだけでも参加の意義はあると思うし、むしろ有り難いんだけどね。
変に構えないでほしいとお願いしたい。      

スレのタイトルは其の五でいいんじゃない?
テンプレはお任せいたします。

967 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 14:05:43 ID:Z0oyuX2b0
>>965
同意。
サブタイトルは【推薦】 中国名将百選 其ノ五 【選考】こんな感じ?

>>966
しかし、その意見が的外れだと、相手が居なくなるまで食って掛かるのも居る訳で…

968 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 14:41:18 ID:cX8P4rQ10
次スレ立てるのは暫らく時間を置いてからじゃないの?

969 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 14:44:31 ID:aWGeMHHH0
>>967
的外れでなくても違う意見言ったりするとえらい勢いで食って掛かるやつもいたな
それも反論された当人だけでなく仲良しさんたちが一緒になって




970 :(´c_,` ):2007/06/27(水) 14:52:38 ID:aWGeMHHH0
IDがゲームの王様だw

>>968 誰が立てるか、何時立てるか決められないだろ。
自然消滅を避けるためにも1000行く前に立てたほうがいいと思いまつ。
荒らしは放置。を徹底させるしかないんだぜ。

971 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 15:42:29 ID:HKdhSdBD0
俺は時間置いてから立てるのに賛成かな

自然消滅が怖いのなら俺が責任もって立てるよ

とりあえずテンプレだけ決めておくのは先決

972 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 15:54:42 ID:TG2hau5F0
>>967
サブタイトルはそれでいいと思うよ。
あと的外れだとしても意見を一応出せる環境にしとかないと、
やれ封殺だ、やれ古参のみが跋扈だの言われるよ。
あまりしつこく食って掛かる様なのはスルーということで。

>>968
自然消滅を避けるためと
荒らしは放置。を徹底させる俺はその意見に同意。
でも流れに任せます。


973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 16:26:55 ID:RYfumZ9/0
荒らしの冷却期間もそうだけど、
明清苦手な人多いから勉強期間設けるという意味で時間置く方に賛成。
さっそくオレもいくつか書物買ってきたw

で、立てるは時期は、上でも誰か言ってたけど3ヵ月後がまあ適当かな、と。
具体的には10月1日。>>971に立ててもらって、万が一立たないことがあれば
代理が立てる。第2候補はオレが請け負います。

これでどうですか。反対なら潔く従います。

974 :(´c_,` ) :2007/06/27(水) 16:45:55 ID:aWGeMHHH0
3ヶ月も放置か。長すぎるな。
戦国あたりは明清と違って人も集まるだろうし、
スルーしてたら荒らしもその他大勢に埋もれるさ
これで集まらんかったらこのスレ用無しってことだろ。

975 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 17:01:15 ID:0CgcAdLhO
確かに3ヶ月はも長すぎる。
>>974の言うように春秋戦国なら人は集まると思うけどな。
『荒らし、煽りは相手にしない。』これを徹底すればいいんだし。
他の板(例えば漫画板)なんかでも相手にしなけりゃ荒らしは消えるし。
中英板の某スレで厨房が暴れてたが相手にしないようにしてから姿が消えたしな。

976 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 17:32:52 ID:+GDeIREI0
やっぱりまとめサイトが欲しいなあ…


977 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 17:35:25 ID:v9YCOmTi0
夏・盆休みに立ててはどうですか

978 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 18:13:36 ID:YCG9Q1pq0
スレは間を置かず、継続して立てた方が良いと思うけどな。
間を空けたら、ただでさえ少ないスレ住民が離散してしまう。
これまでの4スレ分の議論の蓄積を無駄にするようなことはしてほしくない。

979 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 19:08:53 ID:0CgcAdLhO
・中国の長い歴史の中で登場した数多くの武将たちの中から、
特筆に値するであろう名将百名を選ぼうというスレです。
 要は作家の田中某氏の著作「中国武将列伝」と同じ企画ですが、田中某氏の評価に従う必要はなく、各人それぞれの
評価によって、百選に入れるべき武将を推挙して下さい。

・推挙する武将については、その理由を述べること。
・なお推挙する武将は名前だけ挙げても推薦文や紹介文が挙げないと選外となります。
・個人の出来る範囲内で良いので推薦文を挙げて下さい
・対象となる武将は、近世以前の武将とし、近代以降の軍人は含めない。
・対象となる武将は、特定の時代に偏らないように配慮する。
・荒らし、煽りはスルーして下さい。
・意見、主張がぶつかることもありますが、お互い熱くなり過ぎず冷静に話合って下さい。
・過去の話合いの内容についての質問には答えてあげて下さい。
・質問する側も紳士的な態度をお願いします。
 以上の点に留意して、中国名将百選を決めましょう。
 
テンプレ案はこんな感じでどう?
不都合な箇所は修正してもらえれば有り難いんだけどね。


980 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 19:39:35 ID:EnIgZ4fQ0
・次スレはすぐ立てる
・まとめサイトで選出・落選・候補入り時それぞれの議論の流れが判るようにする

981 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 21:33:59 ID:rDf8mdhwO
10月は遅すぎる、8月の新スレ立ては新定義決めなんかで
ヒートしそうなところを夏厨流入で収拾つかなくなりそう
継続して立てて夏厨来る前に新定義決めて人が増えそうな時代に入っておきたいな


982 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 22:46:13 ID:PYL5KJbt0
テンプレにこれを追加してみるのはどうか?

ttp://www.hoolulu.com/zh/

繁体字と簡体字でのインターネットで見れる正史です。
ただ、目録ないのが調べにくい。
「漢籍電子文献」もリンク貼ってみる?

ttp://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3

983 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 22:52:15 ID:g8HrCOGu0
>>982
それは後者だけあればいいんじゃないかなぁ
あと加えるなら
ttp://www.angelibrary.com/oldies/zztj/039.htm
は如何?

984 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 11:02:58 ID:2DiPEItH0
なんで通鑑の巻39だけなんだw

985 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 16:11:27 ID:C+2ZYes90
《正史二十五史》
ttp://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3
(サイト名 「漢籍電子文献」)

《資治通鑑》
ttp://www.angelibrary.com/oldies/zztj/index.htm
(サイト名 「熾天使書城」)


あとついでに、ユニコード変換サイト
ttp://code.cside.com/3rdpage/jp/unicode/converter.html

と、いうのもある。
こんな感じかね?

つうか、今頃こんなの出すなよなってねw
正史にしろツガンにしろ、結構需要があることがよくわかった。
そうでなければ、ここでの紹介文が書けないという。

ただ学者じゃないんで、これ以外の史料にまで目を通すとなると不可能。趣味の範囲を超えてしまう。
比較的手に入りやすいものや、すでに所持している人がそれをもとに書くのはいいとして、
通常、基準は正史にしておくのがよいと思われます。

986 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 16:46:46 ID:8eQZ6teR0
>>985
そうだね。世界史なんかでもある特定の時代や王朝のマニアとかいるけど、
その人たちみたいに深く掘り下げなくてもいいと思う。
専門的なのは特定のスレで語り合ってもらうというのがいいかと。      
推薦文ってもあくまで武将をアピールもしくは審査基準にする為のものだし。

987 : ◆oOLAqFKRB. :2007/06/28(木) 20:54:21 ID:4HEHJCr80
お久しぶりです岩城っす。
途中退場者の俺ですが(明清は面白くないからさっさと流そうぜ、的な書き込みにちょいと絶望したのです)
それでもみんな清朝の名将たちにきっちり向き合ってて、早期退場した自分が恥ずかしくもあり。
今更ながら帰ってきてもいいんでしょうか?
まぁ今から清史稿読んでも間に合わんなとは思うけど、次の周回で挙げる余地があったら挙げたい。
ジョーホイとかフカンガとか、ツェリン以外にも康熙帝から乾隆帝にかけての時期には名将多いし。
(特にジョーホイに関してはツェリン死後ジュンガルに最も恐れられた男やし、紹介なしは寂しい)
ただ、中期以降の清朝が爛熟と退廃の中でどんどん弱体化して行ったのは同意。
ゆえに後期の名将は探すのが困難を極めるのも同じく。いっそ清将は中期(1840)までで打ち切るってのも手かもね。
それ以降は女性用便器かかえてイギリス軍に突っ込むヘンな戦術(楊芳さん)が真面目に実行される混迷期やし。
あと、これは書き込む必要ないかしれんけど、久々にきて見るとオナニースレとか誹謗中傷的な書き込みが多いやんね。
前はこんなじゃなかったと思うんやが、現在荒廃中?
清朝資料の難しさに真摯な人たちがスレ離れした(明清時代を改めて勉強とか)のが多くて停滞、結果こんな感じになっとるんやろか。
とりあえず次スレがあるならまた参加させて欲しいなーの岩城でした。

988 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 21:41:04 ID:2DiPEItH0
>>985
熾天使書城の通鑑の底本なに?
そこってあちこちの電子書籍を無断で転載してるところだよね
そういうのは利用しない方がいいとおもうよ


989 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 22:05:42 ID:8eQZ6teR0
>>987
清は専門外だがテコ入れしたり、推薦文投下や叩かれながらも
纏めてみたりなんとか力になろうと努力はした。
このスレも一度は滅んだかに見えたがみんなの力で再興出来たし。      
ジョーホイ、フカンガについては知識が皆無、サイン=ノヤンことツェリンは
ジュンガルのツェリンと紛らわしいがなんとか資料を発掘してきた。     俺にはそれ位しか出来なかった。
これは書き込む必要ないと思うならオナニースレとか誹謗中傷的な書き込みについては
穿り返さないでほしい。
荒らしが消えて漸く落ち着いているのだから。   
参加や退場するのは個人の自由、なにも断り入れる必要などないと思うが。

990 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 22:34:23 ID:l4RvAQeZ0
タイトル:【確定は】 中国名将百選 其ノ四 【誰だ!?】
【糞スレランク:A+】
直接的な誹謗中傷:90/989 (9.10%)
間接的な誹謗中傷:6/989 (0.61%)
卑猥な表現:76/989 (7.68%)
差別的表現:9/989 (0.91%)
無駄な改行:3/989 (0.30%)
巨大なAAなど:27/989 (2.73%)
同一文章の反復:0/989 (0.00%)
by 糞スレチェッカー Ver0.91 http://kabu.tm.land.to/kuso/kuso.cgi?ver=91

これはヒドイですねwwwwwwwww

991 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 23:17:11 ID:J9qKa0n60
次スレ立てようと思ったら弾かれた。
誰か、あとを頼む。なるべく早い次スレ立てを望む。

992 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 17:33:23 ID:WCcNNLVa0
新スレ立ててきたよ。
テンプレなど足りない部分は補足お願いします。

993 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 17:42:05 ID:WCcNNLVa0
【推薦】 中国名将百選 其ノ五 【選考】
ttp://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1183105131/

994 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 22:00:37 ID:GD2SEWTc0
>>992
ごくろうさまでした。

>>988
そうか、それは思い至らなかった。
ツガンはあまり参考にしないかな…? 特にテンプレにいれる必要もないかな。
二十五史はテンプレにしてたほうがいいと思うので、追加しときます。

995 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 22:55:43 ID:WCcNNLVa0
新スレあんな感じでよかった?          いよいよ5スレ目に突入ですな。

あとはまとめサイトを誰か作ってくれれば・・・
(俺にはそんな技術ないしな・・・)



996 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:03:01 ID:9QPdjGy70
確定の面子だけでも書いといたほうが

997 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:48:33 ID:CsAov2Lf0
>>995
スレ立て乙です

>>996
とりあえず、ここまで使ってきてた定義と>>891の確定・候補リストを追加しときました

998 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 02:34:22 ID:mXj63XXq0
>>994
『資治通鑑』jは入れたほうがいいと思うぞ

999 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 09:48:45 ID:4SNCN8Ok0
>>998
その意見はありがたく拝聴する。
アドレスさらしてくれ。

そして、梅

1000 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 10:33:24 ID:M/sbHO3aO
1000ならお前らが今の苦悩から解放される

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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